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Nagisa_burn
2025-03-15 00:34:26
80262文字
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メモログ
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CP混在、タイトル無し多め、概要は各話の前に記載 お好きなものだけつまんでください
1
2
2025.06.03
未来IF隊長パロ藍一+平&浦 お昼ごはんの話
基本的には自宅の台所で食事を作り済ませるのだが、週に一度ほどの頻度で外食も混ざる。買い込んだ食材が切れたタイミングや、うまい店の噂を聞いたなど理由はさまざまだが、今回はお互いの気分が一致した、というものだった。
「それでこうなるか? フツー」
「そういう時もあるだろうね」
「アハハ、ヤだなあ〜。勘弁してくださいよホント」
訪れた定食屋には先客がいた。昼時の店内は八割ほど埋まっていたが、そこの区画だけ席が空いていたので妙だなとは思ったのだ。霊圧を探ればよかったが、どこに誰がいてどのように動くべきか、なんて無駄な気を遣うのはもうやめた。何をどうしたって目立つうえ、どこに行っても遠巻きに扱われるためだ。だからこそ、自炊のレベルが年々上がってきているわけだが。
「なあ平子、ここのオススメどれ?」
「
……
オマエよォこの流れで俺に聞けんな」
「藍染どうする? 半分こしねえ?」
「そんでスルーかい。大物になったモンやで」
「おかげさまで」
「その中なら麻婆豆腐だな」
「あー
……
それもいいな
……
、
……
浦原さんそれなに?」
「月見そばッスけど」
「平子は?」
「チキン南蛮。ここの揚げモンうまいで」
「うーーーーん」
困ったことに、どれも非常に美味しそうだった。元より空腹の身なので、なにを口に入れたって幸せになれる。隣の席
―――
混んできたためにほぼ相席テーブルとなった
―――
の平子と浦原のほうからもいい匂いがして、一護は腕を組んだ。
「
……………………
藍染」
「かまわないよ」
「まだ何も言ってないッスけど」
「マジ? じゃあそれでいこう。大盛りでいいよな、すみませーん注文お願いします!」
「何も言っとらんのに勝手に進んだわ。なんやコイツら」
「この天津飯と鍋焼きうどんで。両方大盛り、うどんのほうにたまご天とちくわ天トッピング。あと取り分け用の皿もらっていいスか」
「俺らのオススメなんやってん!」
「平子隊長、お静かに」
「誰のせいやと思てんねんホンマ腹立つなオマエ!」
注文を終え、ほっと息を吐いて水を飲む。本当は酒も飲みたいところだがあいにく勤務中だ。横でやいやい騒ぐ平子と浦原を横目に、ぱらぱらとメニュー表をめくる。ある一点で目が留まり、一護はぐっと前のめりになって正面の藍染に見えるようメニューを傾けた。
「柚子シャーベットとバニラアイスどっちがいい?」
「どちらも君が食べなさい」
「マジ? やった」
声をひそめて笑う。こうは言うものの、口もとに持っていけば食べる男だ。ひとくちずつやろうと決めて、一護は椅子にもたれかかった。店内の騒がしさが心地よいが、腹の虫が切なく鳴く。とろとろの餡がかかった天津飯の甘酸っぱさを想像して、手持ち無沙汰に帯の端を握りしめた。
2025.06.10
完全虚化の斬月おじさまが見たい
乱用を控えるのはひとえにあるじのためだった。突き詰めると、それで自分たちに悪影響が出ることそのものに問題はないのだ。その結果、片方の力を使えなくなった一護に思わぬ危害が及ぶ可能性を鑑みて、まあ控えるべきだろうと互いに意見が一致しただけで。
霊子を集め、硬質化させる。霊弓や神聖滅矢のようなものではなく、質量を持った物質として構成する。描く貌は決まっていた。オリジナルがあったからだ。
白は借りない。一護のものだ。黒を使う。片割れのものだが、まあ、許される。肉体に混ざる異物を検知して、全身の血管がびきりと痛んだ。それを無視して力を引き出し、斬月は生み出したそれを被った。両の側頭部から伸びる角と、後頭部までを覆う仮面。溢れ出た霊圧が行き場を失い、髪を包んで腰まで伸ばした。手足の先が鋭く尖るのを実感しながら、膝を曲げて強く踏み込んで地面を蹴る。一番近くにいた敵の頭を片手で鷲掴んで叩きつけながら、斬月はもう片方の手で刀に月牙を纏わせた。
―――
ここからは、短期決戦だ。
*
「無茶しすぎ。ボロボロじゃねえか」
「
……
承知の上だ」
一護の指が額に触れ、前髪を払いのけた。明瞭になった視界には、青い空と怒ったような顔だけが映る。あるじの膝の上に横たわりながら、斬月は細く長く息を吐いた。斬月が暴れている間に彼を安全地帯まで届けてくれた片割れは、この場は傍観を決め込むことにしたらしい。気配を探っても近くには見当たらなかった。
全身が千切られるように痛む。この程度の無理は、唯一無二たるあるじの無事には代えられなかった。多少の無茶で事が終わるならよいことだろうという意も込めて、恨みがましげに見下ろしてくる瞳を見つめ返す。根負けするのは案の定一護のほうだった。
「
……
わかった、わかったよ。あんたも頑固だもんな」
「自覚が出てきたのか、それは何よりだ」
「うるせえ、俺はまだ許してねえからな。あとできっちりお仕置きしてやる」
「はは、期待しておこう。ところで一護、」
手を伸ばし、頬に添える。怒っていながら振りほどかず、文句を言いつつ膝を貸すから、つくづくこの子は甘いのだ。
「名を呼んでくれはしないだろうか。私にとって、それが何よりの褒美となる」
ぐっと眉を寄せた一護が、それからため息を吐いた。引き結ばれていた唇がほころんで、呆れ笑いのかたちをつくる。おかえり、の言葉とともに落とされた名と唇に、斬月は幸福を噛みしめるようにして目を閉じた。
2025.06.13
カノープスをさがして
ファンタジー白黒 魔法があったりなかったりする
眠るまで背を撫でてくれていた、兄の手のひらのあたたかさを覚えている。
生まれも育ちも最悪だった。気づいた時には二人ぼっちで、物心がついてからはずっと、暴力と罵詈雑言と理不尽の中に身を晒して生きていた。今日の水を手に入れるために逃げ回って、明日のパンを手に入れるために盗みをはたらいて殴られる、そんなクソみたいな生活。
兄はいつも、一護よりも巧くやった。足は速く、手先が器用で、魔法の才能にも恵まれていた。少しではあるけれど水を生む魔法を習得した兄が、これでもう水瓶を抱えなくていいな、と笑って胸を張るのを、一護はぼんやり「すごいなあ」と思って見ていた。
一護には才能がなかった。盗みは下手くそ、逃げ足も遅く、いつも捕まっては転がされ、そのたび兄に助けられた。おまけに体まで弱いのか、同じ生活をしているのに一護だけ風邪に罹って寝込む始末。本当に、どこまでも足手まといで役立たずだった。
「一護、大丈夫だ。大丈夫だからな」
雪の降る夜だった。三日前からの発熱は下がる気配がなく、一護はもう指一本動かせずにぐったりと兄の体に身を預けていた。毛布なんて上等なものはここにはなく、ボロ布を纏いボロ布を敷き、かろうじて体裁を保っているだけの路地裏の棲家だ。始めは「またか」という顔をしていた兄も、一護の様子にいよいよ顔色を変えて焦り出し、先ほどからはずっと抱きしめて背をさすってくれている。
「
……
にい、ちゃん」
「なんだ? のど渇いたか、腹へったか?」
「いいよ、もう」
手の動きがぴたりと止まる。こわごわと体を離した兄に向かって、一護はなるべくゆっくりと、荒い息の合間に言葉を紡いだ。
「おいていって、いいよ」
「
……
いち、」
「おれなんかに、かまわなくていいよ。おれみたいな、ぐずに」
何度も何度も、知らない大人たちに言われた言葉を繰り返す。唇を震わせた兄は、けれどぐっと引き結ぶともう一度一護の体を抱きしめ、背を撫でる作業を再開した。あたたかいな、と思いながら、同時にばかだなあとも思う。目を閉じて、服の裾を握る。
気絶するように眠り、次の日の朝、兄の姿はどこにもなかった。雪はやみ、そこかしこに積もった跡を残すだけ。「兄ちゃん?」と呼んだ声はむなしく響いたけれど、がらがらだった喉は驚くほどマシになっていた。熱の下がった体で、違和感を覚えて敷物の下を探る。隠されていた麻の袋の中には、めいっぱいの金貨が詰め込まれていた。
そうして一護は、願ったとおりに置いていかれた。健康な体と、わずかばかりの魔法の才だけを残して。
ふ、と意識が浮上する。どうやら眠っていたようだった。燻る焚き火を前に、のろい頭を振って体を伸ばす。まだ夜明け前だ。
「バウッ」
「わ、
……
ごめん、寝ちまってたな。あっためてくれてたのか? ありがとな、スノウ」
すぐ隣で鳴いた狼が、当然だというような顔で尻尾を振る。真っ白でふわふわと柔らかな冬毛に顔を埋めて頬ずりすれば、スノウは一護の体を己の身で囲むようにして丸くなった。太ももに頭を置いて目を閉じる相棒の眉間をゆっくりと撫でながら、懐かしい夢のことを思い出す。
自分から言い出したくせに、いざ置いていかれると一護は必死になって兄を探した。金貨を奪われないよう隠しながら街を駆け回り、拙いやり方で情報を集め、金さえ払えばなんでも叶えてくれるという怪しい店が隣町にあることを知った。そこへ向かう途中、慣れない旅で倒れ込んでいた一護の前に現れたのがこの白銀の狼
―――
……
スノウだった。
「日が昇ったら移動しよう。森を抜ける前に、食料集めておきてえな
……
。スノウ、腹減ってねえか? 干し肉、まだあるけど」
「ウウ゛」
「
……
ほんとに? 気ィ遣ってくれんのはありがてえけど、無理すんなよ。おまえがいなくなったら、俺泣くからな」
取り出して鼻先に近づけた干し肉を、逆にこちら側へと追いやられる。礼とともにそれを喰んで、毛布を引き寄せた。スノウにもかかるようにしながら位置を調整し、勢いをなくした火種に魔法をかけて再び小さく燃え上がらせる。
雪の中に埋もれそうになっていた一護を救ってくれた狼に、一護はスノウと名をつけた。当時は一護よりも体が大きかったので、よく乗せてもらったものだ。どうして懐いてくれたのかはよくわからないが、彼がいなければ一護はとっくに野垂れ死んでいただろう。件の何でも屋に辿り着くまででも何度か危ない目に遭って、そのたび彼が助けてくれたのだ。
『でも、アナタから置いていけと言ったんでしょう? それなのに、お兄さんの行き先を知りたいんスか?』
店主はそう言って煙管を吸った。何に使うのかもわからない品物が所狭しと並ぶ店内で、怖気付く拳を握りこんで、幼い一護は言ったのだ。
『まだなんにも返せてない。兄ちゃんに、ありがとうって言えてないから』
『
……
そッスか、ならひとつだけお節介を。これは何の解決にもならないので、今回に限りお代は必要ないッスよ』
手渡されたのは、世界地図だった。わかりやすく、一護が今いる国だけが手書きの赤インクで記されたものだ。縮尺どころか詳細な地名もわかりゃしない、ほんとうに、ただ世界の広さを知らしめるだけのもの。
『キミの道行きに幸運があらんことを。足もとには気をつけなさいね』
そうして一護は旅に出た。身には余るがこの先には足りない金貨と、なんの変哲もない世界地図、それから頼りになる相棒を連れて。
「
……
魔法、上手くなったと思うんだけどな」
指先に灯した明かりを息で吹き消して、一護はため息を吐いた。地図は半分どころか十分の一も制覇できておらず、先の見通しも立たない。それでも諦めきれなくて、もう声変わりもしてしまった体で、消えた兄の影を探し続けている。
暗い顔をしたせいか、体を起こしたスノウが一護の顔を舐めてきた。当然べたべたになるのだが、これは彼なりの慰めなのだとわかっている。獣の優しさを受け取りながら、涎まみれになるのを甘受した。
くすぐったさで笑う一護を見て、スノウもまた満足したように身体を離す。月の色を映したような金の瞳が、慈しむように細められた。
*
・ふんわり設定 ない話とネタバレ込み
一護(6→16)
消えた兄を探して東奔西走。目撃情報自体がないので、それを得ることが第一目標。地図がボロボロになってきたけど買い換えてない。
魔法の性質は火。あんまり強くはないけど、近くのものに火をつけたり獣を追い払ったりくらいはできる。人探しの魔法の存在を知り、浦原喜助に直談判しに行くけど二秒で断られる回がある。
兄に会いたいけど、会って何を言うのかはまだ決まっていない。ひとまず謝って、もらった金貨と今までの生活ぶんの金を返そうと思っている。そうするとやっぱりお金がぜんぜん足りないので、近々稼ぐ方向に動かなければな
…
と迷い中。
真白(9→?)
一護よりもみっつ歳上の兄。見た目が奇異だったせいで実の親に虐げられた。次に産まれた一護も変わった毛色だったためにまとめて捨てられ、赤ん坊の一護を抱えて必死に生きてきた。結果は本編の通り。
流行り病に罹った一護が高熱で死にかけた夜、黒い男と出会う。
浦原喜助(32)
アナタの知りたいものはなんですか?の教え屋さん。解明術式の腕は随一で、おおよそのことは調べられる。知られたくないこと、隠しておきたいこと、言わなくてもよいこともすべて白日のもとに晒すので一部の人間からは蛇蝎の如く嫌われている。本人は気にしていない。
定期的に街に戻ってきた一護に尋ねられるたび、役に立たないアドバイスをしている。教えてないのでお金は取らない。通常料金だと、一回につき依頼人の全財産の三割を請求される。
藍染惣右介(32)
かつて魔法学校の教師だったが嫌気が差して飛び出した。同じ学校出身の浦原喜助が本当に嫌い。魔法の腕は認めているけれど、それ以外が駄目。隣の国の辺鄙なところに城を構え、世界における思想が同じ者たちと暮らしている。訪れた一護に紅茶をご馳走し、人探しの魔法についての話をして、対価として一護の旅の記録を遠巻きに覗く権利を得た。
人の歩みが好き。幻術魔法の応用で旅の映像をちょこちょこ見ている。
スノウ(?)
白銀金眼の狼。幼少期の一護を乗せて回り、一護が大きくなってからは護衛として鼻を効かせ、夜は毛布がわりになっている。
一護のことしか護らない。一護はなんで懐いてくるのかわからないと思っているけれど、スノウからすればあたりまえすぎて考えることでもない。一護は庇護対象。それだけ。立派に番犬(狼)をやっている。
不思議と老けない。
??????(?)
真白に出会い、請われ、一護を死の淵から救った男。
本当にそう望みさえすればなんでもひとつだけ願いを叶える、という魔法が使える。対価はもちろん、相手が差し出せるものすべて。
2025.07.04
星の夢をみる
一護受け 病弱黒崎くんの話 随時更新するかも?
(最終更新:2025.08.25)
月に一度、多めに採血をする日がある。この日に向けて体調を整え、この日を境に体調を崩し、またどうにかして戻すのが一ヶ月のルーティンとなっていた。病院内を歩くだけでも息切れする体が採血を終えると寝たきりになり、しばらくして車椅子での移動ならできるようになり、ようやく立って歩けるようになって、次の採血の日がやってくる。どうしても忌避感は拭えないけれど、一護の薬はこの血液をもとに解析と調合がおこなわれているというのだから、避けては通れないものなのだ。
一護がそうして渋るので、いつからか前日には好きなものを買ってもらえるようになっていた。新作のチョコレートアイスだったり、微炭酸のジュースだったり、有名なのだというお店のプリンだったり。この日ばかりは主治医の竜弦も目を瞑り、ちまちまとそれらを口に運ぶことを許してくれる。
けれど彼は、採血後は厳しかった。一護に、ではなく、周囲に。当日は朝からずっとピリピリしていて、血を抜いている時は元より、どうにか耐えてへろへろになった一護をベッドに寝かせる時も、その日のうちに状態が悪化する一護に処置をする時も、ひどく怒っている。
一度だけ、朦朧とする意識の中で彼の怒鳴り声を聞いたことがあった。普段はそんなことをしないから、ものすごく驚いたことを覚えている。相手が誰かまではわからなかったが、とにかくその時の竜弦は凄まじい剣幕だった。血が足りなくて、ひどく寒くて、だから余計に彼の声は寂しくなった心によく響いた。
あの子からこれ以上奪う気か、と。そう叫んだ竜弦の言葉の意味を、七年経った今でもわからないままでいる。
「すまない、来月は来られそうにないんだ。しばらく予定が詰まっていてね」
「いいよ、気にしなくて。忙しいのに来てくれてサンキュな」
「僕が好きでやっていることだ。それこそきみが気にすることじゃない」
「その言い方、竜弦先生にそっくり」
「
……
」
「ほら、その顔も」
「やめないか」
拗ねてそっぽを向く雨竜に笑って、一護は口をあけた。小さく切られたリンゴがそうっと運ばれてくるのを確かめて、歯を立てて咀嚼する。すりおろしもいいけれど、やっぱりリンゴは食感が楽しめるほうがいい。
「風邪引くなよ。気をつけてな」
「きみこそ暖かくして寝るんだよ。何かあったら竜弦に連絡して。
……
忙しいとは言ったけれど、きみに呼ばれたら僕も駆けつけるから。遠慮はするなよ」
「大丈夫。でも、そのときはよろしく」
「もちろん。おやすみ」
「うん、おやすみ。またな、雨竜」
手を振って、友人が引き戸を閉めるさまを見届ける。本当はエントランスまで出て見送りたかったけれど、最近はあまり調子がよくない。足がうまく動かない日もあり、見舞いに来てくれる一心はずっとマッサージをしながら話してくれるようになった。
雨竜がいなくなると、途端に部屋は静かになる。窓から見える夕暮れがきれいで、一護はベッドを軽く起こしたまま深く息を吐いた。
忙しいのは、雨竜だけではない。妹たちも父も、似たようなことを言っていた。もうすぐ世間一般的にも忙しくなる十二月に入るため当然だ。適温が保たれた個室で窓の外を見ていると、不意に視界に影が横切った。もうそんな時間なのか、と思いながら手を伸ばす。
「おはよう。今日はどう? 話せそう?」
『
………………
、
…………
少しだけだ』
「ほんとに? じゃあ話そうぜ! あんたの話、面白くて好きなんだ」
不定の影が、手を繋いでいる時だけ人型になる。表情をきちんと読み取ることはできないけれど、その瞳こそが雄弁だった。
「なあ、聞かせて。病院の外の世界のこと」
影の男が、仕方なくといった様子で椅子に腰かける。断られたためしはないので、実のところこの男はいつでも一護に甘いのだ。一護にしか見えないらしいので、ほんとうは壊れた頭が作り出した幻覚に過ぎないのかもしれないけれど、それでも構わなかった。
日々は退屈で、日常は苦痛だ。同じことを繰り返すばかりの生活に嫌気が差しても、この体は思うように動かない。写真や映像でしか見たことのない海で泳ぐことも、緑豊かな山に登ることも、学校で机を並べて教科書を広げることだって叶わない。友人も家族も先生も看護師も優しいけれど、一護はいつだって、彼らとは深い溝で隔たれている。
だったら、幻覚にくらい甘えたっていいだろう。頭がおかしくなったと言われても、はじめから、体はずっとおかしいのだし。
「それから、今日こそあんたの名前も!」
聞き取れない名を、懲りずに聞く。いつもと変わらない響きを確かめて、一護はねだるようにして男の腕を引いた。
*
自分が異常なのだと知ったのは、妹たちがうまれてからだった。出産を控えて入院した母を見て"これで朝も夜も一緒だ"と喜び、ちいさくてかわいらしい妹たちを抱っこして"もう寂しくない"と安堵したのも束の間。母子ともに健康であることを確かめ、しばらくののち退院した三人を前に愕然とした。外を知らない一護は、健常な人間は病院には留まらないのだという事実をその時初めて知ったのだ。
さんざん泣いて喚いて熱を出して眠った夜に、一護はそれを見た。夜の暗い部屋の中にぼんやり浮かぶ、夜よりも濃い影のなにか。ひとりぼっちであることを自覚して起きては泣きじゃくる一護の頭を撫でるそれが、はじまりだった。
「昨夜は誰と話していた」
「いつもの。先生知ってるだろ」
「見えないものはいないのと同じだ」
「はいはい。俺はおかしいんだもんな」
「
……
言葉の綾だ。わかっているだろう」
ちらりと視線をやってうなずく。竜弦のこれは癖のようなもので、悪い人ではないのだ。点滴を替える澱みない手つきを見ながら、ちいさく「嘘じゃないんだよ」と呟く。わかっている、と、彼からも返る。
幽霊の話は、雨竜にも竜弦にも母にも通じた。廊下に漂う子どもや、部屋の隅にうずくまる大人を見つけては袖を引く一護を邪険にせず、彼ら彼女らはみな一様に「気にしなくていい」と告げた。それらは気付くと消えていたから、そういうものなのだと思っていた。
だから、夜に時折現れる影の男についての話が通じなくて驚いた。面会時間は過ぎていたので、竜弦がいる時に現れてもらったのに、だ。
『そこには何も無い。誰もいない。何が視えている?』
薄気味悪いものを見るような目が忘れられない。検査もされたけれど、脳や目に異常はみられなかった。自分のおかしさを痛感しただけだった。
「雨竜から話は聞いているな?」
「来れないってことは聞いた」
「そうだ。
……
何を食べたいか早めに決めておきなさい」
「
……
先生に言っていいの?」
「他に誰に言うんだ」
「母ちゃんとか」
「真咲もしばらく忙しい。私では不満か」
「ううん、嬉しい。でも先生をケーキ屋とかに並ばせるの、悪いなーって思って」
仏頂面でかわいらしいケーキを指さす姿を想像して、一護は笑った。眉をひそめながら「程度は弁えろ」と言う竜弦は、それでも今まで一度だって、一護のおねだりを無下にしたことはない。家に帰ってみたいという無茶な願い以外なら、たとえばホールケーキを頼んだって、雨竜を介してではあるが買ってきてくれるのだ。一ピースがせいいっぱいの一護からすれば、いいと言われても選ばない代物だけれど。
「先生さ、」
季節も時間も関係なく、院長である竜弦は忙しい。その竜弦が主治医として時間を割いてくれるのは、一護の体を案じているからだと知っている。
「ウラハラキスケ、って、知ってる?」
「
…………
は?」
だから。だからこそ聞いておきたかった。影の彼が繰り返し「気をつけろ」と言う相手の名前。つい先日、面会時間もとっくに過ぎた夜に窓から現れた男の名前。にこにこ笑って、けれど目の奥はちっとも笑っていない、冬より冷たい空気をはらんだ男。
「どこでその名を、」
「本人から聞いた。この間来たよ、なんか、すげえ怪しかった」
「
……
少し留守にする。真咲にはこのことは?」
「まだ言ってない。つーか、俺の質問に答えてくれねえの?」
「知る必要のないことだ」
「必要なんだって」
いつもよりも焦ったような顔は、やっぱり雨竜にそっくりだった。生真面目で優しくて、一護を危険から遠ざけようとするところが。
「藍染惣右介を倒すのに、俺の血が必要だって言ってたよ」
竜弦から表情が消える。取り繕いもせず大きな音を立てて部屋を飛び出していった背中を見送って、一護はため息を吐いた。あれじゃあ、知っているどころかずっと昔から関わっていると言っているようなものだ。
「
……
まだ話終わってないのに」
『続けていたら卒倒していただろうな。惜しいことをした』
「意地悪。いつもそんなんじゃないくせに」
『おまえだけだ。知っているだろう?』
「
……
そりゃ、俺だけのあんただもんな」
言うタイミングを逃してしまった。実はこれはウラハラキスケにも言っていないのだけれど、余計にややこしくなるだろうか。一護としては、変わらない日々に彩りを与えてくれるなら誰だってなんだって構わないのだ。どうせ、この箱庭からは出られないのだし。
「惣右介さんは昔からずっと来てるけどさ、倒すとか言うくらいだから、ウラハラさんと仲悪いのかな。どう思う?」
『私が答えては意味がない。何を信じるかはおまえが自分で決めろ』
「意地悪」
『なんとでも。おまえのためだ』
廊下の奥からバタバタと音がする。血相を変えて飛び出した竜弦のことを知った看護師だろうか。余計な仕事を増やしてしまうことを申し訳なく思いながら、一護はベッドに潜り込んだ。
*
その子どもは産まれた時から特別だった。遡ればもっと前、母親の胎に宿ったその瞬間から特異性を指摘し、さんざん『産むな』と忠告されたような存在だった。
もちろん、母親
―――
……
真咲は子を堕ろさなかった。人間として産まれてくるかもわからない存在を大事に慈しみ育んで、腹を痛めて産んでみせた。それ自体は賞賛に値するものだ。母とはこれほど強い存在なのかと、竜弦ですらその意志の強さに感心した。
母から受け継いだ滅却師と虚の力。父から受け継いだ死神の力。相反するそれらを肉の器に押し込めた結果、子どもはひとりでは生きていけなくなった。秒ごとに切り替わる魂魄の形、自壊しては再生する臓器。一護の力が肉体を生かそうとしているのは明らかだったが、その力の複雑さゆえに人間として生きる一護を蝕み続けていた。
けれど、それだけならまだ病弱な子どもの範疇だった。転機が訪れたのは、十歳の誕生日を来月に控えた六月十七日のことだ。
ユーハバッハ。始祖の復活を謳う歌になぞらえた聖別の日に、あの子の運命は決定した。真咲が倒れ、叶絵が倒れ、雨竜が倒れ。ただでさえ体が弱い一護もまた一時は危篤状態に陥り
―――
……
しかしその後、聖別を受けて倒れた者の中で唯一回復の兆しを見せた。
一護の心臓に血栓は作られなかった。彼の血液そのものに、事象に対する抗体が存在したからだ。あらゆる種族の力を混ぜ合わせて存在する奇跡の子を苦しめる力こそが、他者を救う光となる皮肉だった。
「どういうつもりだ浦原、説明しろ!」
「説明も何も、彼が言った通りッスよ。この先の戦いには彼の力が必要です」
「その理由は聞き飽きた! ただでさえ不安定なんだ、これ以上頻度を増やせば死に至ることが何故わからん!」
「世界と一人を天秤にかけるおつもりですか? このままでは空座町はもとより、世界そのものをひっくり返されるんスよ。せっかく助かったご家族の命を無駄にしたいわけでもないでしょう」
ぐっと喉を詰めれば、浦原は呆れたようにため息を吐いた。「アタシだってできればやりたくないんスけどねえ」と思ってもない言葉を連ねる顔を殴り飛ばしてやりたかったが、今更だと言ってしまえばそれまでだ。
『
……
真咲たちを助けるためだ。すまないが、協力してほしい』
『いいよ、おれなんかでよければ、いくらでも。先生おねがい、みんなを助けて。おれはどうなってもいいから、おねがい
……
』
一護の血を抜いたのは竜弦だった。酸素マスクを装着し、いくつもの管に繋がれた小さな体から、生命維持できるギリギリのラインまで血液を採って浦原喜助へと手渡した。彼の血から、ユーハバッハの聖別に対抗するワクチンを精製できることがわかったからだ。
一命を取りとめた三人は経過観察こそ必要だったものの、投与後の体調は安定していた。叶絵と真咲の滅却師としての力はほとんど失われてしまったが、命には替えられない。死の運命から逃れられただけで僥倖だった。
けれど、一護は。
『先生、みえないの? 黒いひと、ここにいるんだよ』
一護に異変が起きたのは、血液不足により陥った昏睡状態から目覚めてすぐのことだった。ようやく回復し始めた一護と話をしている時に、何もないところを示してそう言われた。
『うーん、なんでだろ。名前も言ってくれてるんだけど、そこだけうまく聞こえなくて
……
、
……
先生?』
一護にのみ見えるだけだったはずの何かと、一護は明確に会話していた。寂しさと孤独から生み出した幻覚やイマジナリーフレンドではなく、そこに確かに何かが居るのだとその時になってようやく気づいて悪寒が走った。家族を助けるためにとそれらしい理由をつけて幼子を死の淵に追いやったことで、その存在の影が濃くなったのだということも悟ってしまった。
『
……
おれ、やっぱりおかしいよね。ごめん、ヘンなこと言って』
泣きそうに笑う子どもの顔が忘れられない。そんなことはないと、おかしくなんてないと、あの子に向かって叫んでやるべきだったのに。
「お話は終わりですか? アタシも暇じゃないんスよね、時間なんていくらあっても足りない」
はっと顔を上げる。思考に耽っていた頭を振り、竜弦はぎっと浦原を睨みつけた。この男に話しても埒があかない。これ以上の搾取を真咲たちが容認しているのかどうかも怪しいところだ。
「
……
近いうち、貴様の歯をすべて折ってやる」
「アハハ、できるならいくらでも」
戸を思い切り閉めて、竜弦は元来た道を駆け出した。クロサキ医院に向かいたいが、あまり長く病院を空けていられない。ひとまず連絡だけは入れておこうと、真咲の携帯にワンコールの着信を残す。気づいたタイミングで掛け直してくれるだろう。
何もかもままならない。ケーキやジュースを買い与えてやることはできても、それだけだ。こうして善人ぶって抗議したところで、あの子を閉じ込めて搾取していることには変わりない。帰ったこともない"自分の家"に焦がれる子どもの望みを叶えてやることはできやしない。
「
……
くそ、」
苛立ちのまま舌打ちをこぼす。昔からずっと、本当に、大事なものは手の中ならすり抜けていくようにできている。
*
「なにを見ているんだい?」
声がかかって、一護は右を向いた。ベンチのほうではなく、車椅子に座る一護の隣から一歩空けた位置に男が立っている。にこ、と微笑む甘い顔をしばらく見つめてから、指をさした。
「屋上のところ」
「彼女?」
「
……
わかるの?」
「わかるよ」
「あのひと、いつもあそこにいるんだ。何回も何回も、あそこから落ちるの。落ちたと思ったら上にいるの。痛くないのかな」
「そうだね、あれはそういう怪異になりかけているから」
「
……
幽霊じゃないの?」
「大きな括りなら同じことさ。気になるかい?」
うなずけば、男は笑みを深めた。中庭の木陰は涼しくて、風もあるから汗もかかない。春先のこの時期は一護の体調も比較的安定していて、院内の散歩にはうってつけなのだ。
「成仏できないまま長く居たのだろうね。死因は転落死か、自殺か
……
。とにかく"落ちる"ことが魂に刻まれて、己の意識が消えるまで同じ行動を繰り返している。摩耗しきれば消滅するだろうが」
「助けられないのかな」
「君はどうしたい?」
「助けてあげたい。でも、俺の手は届かないから」
まともに動かない足、筋肉のない体。中庭を駆け回る子の中には同年代の子もいるのに、一護はこの木陰から動けない。ただずっと、落ちる女の人の顔をじっと見つめ続けることしかできない。
「お兄さんなら助けられる?」
「出来るよ」
「なんでも?」
「もちろん」
「
……
お願いしていい?」
「光栄だね。まさか、君から頼み事をされる日が来るとは」
不思議なことを話す、不思議な雰囲気の男だった。母よりも暗い色の髪と、一護よりも濃い色の瞳。眼鏡越しの視線は探るようだったけれど不快ではなかった。彫刻のように美しい横顔は、ずっと笑みのかたちをしている。
「お兄さんの名前、なんていうの。俺は黒崎一護だよ」
「これは失礼。藍染惣右介だ、よろしく」
末永く仲良くしてほしいな、と、男は笑った。その次の日から、屋上から落ちる女の人の姿は見なくなった。
藍染はものをよく知っている人だった。一護からすれば周囲の大人はみなそうなのだが、とにかく何にでも答え、わかりやすく教えてくれた。空が青い理由も、桜の木が毎年花を咲かせる仕組みも、天気の移り変わり方も、一護が扱う車椅子の構造も、食べものがどのようにして作られて調理されているのかも。
聞けばなんでも答えてくれる。だから化けの皮が剥がれるのも早かった。見破ったなどという大層なものではなく、ただ「ずっと笑ってるの疲れない?」と聞いただけだ。にこにこと優しく微笑んでいた藍染は数秒首を傾げたのちに「それもそうだな」と表情を消した。いっそ清々しいほどの変わりようだったが、甘い顔をしていないとより一層顔の美しさが強調されて感心した。美形というのはこういう人を言うのだろう。
「俺なんかに付き合わなくてもいいのに」
「君に時間を割くことは私の計画の内だ。問題はない」
「順調なの?」
「拍子抜けするほどに」
「ふうん。そのわりには嬉しくなさそう」
「嬉しい嬉しくないの話ではないよ。恙無く進むのは良いことだが、手応えが無さすぎるのもつまらないというだけだ」
藍染が一護のもとを訪れる日は決まっていない。ただ、調子が良いな、という日に院内を移動していると、何故だか人のいないタイミングに現れるのだ。監視されているようだったし、実際そうなのだろうけれど、一護はこの藍染という男にすっかり気を許してしまっていた。一護よりもよっぽど大人で世界のことをよく知っているのに、どうしてか寂しそうで、何もできない自分でも話し相手くらいにはなれるだろうと思ったからだ。
「黒い人の話、しただろ」
「君にだけ見える彼の話だろう?」
「うん。あれからも何度か話してるんだけど、やっぱり名前だけ聞けないんだ。惣右介さんならわかるかと思って」
「予想はつくが、その鍵を開けるのは君であるべきだ。そう焦らずとも、私の見立てではもうじきだろうさ」
「ホントに?」
「彼に聞けばいい」
「ホントに!?」
『
……
どうだろうな』
「なんと言っている?」
「誤魔化されてる!」
困っているようにも見える男の手を握り、一護は笑った。やれやれと肩をすくめる藍染も、はぐらかしてばかりの男のことも大好きだった。彼らは一護に優しかったから。いつだって相手をしてくれたから。
だから、一護が過ごしているのが一般病棟ではなく精神科の病棟であることに気づいたあとも苦しくなかった。気味悪そうに見られても、距離を取りながら接されても、ひそひそと何かを囁かれても大丈夫だった。なんでも話せる友達がいたから、家族や先生の前でも笑っていられた。ちょっと頭がおかしいだけの、どこにでもいる病人でいられた。
これ以上心配をかけたくなくて、なんでもないように笑えるようになったのだ。
*
失望と怒りが渦巻いていた。
言葉すらまともに出てこなかった。ここまでとは、と、いっそ感嘆すらした。漏れた笑いは次第に大きくなり、広い空間に反響した。
悍ましいほどに醜悪で、生き汚く、狡猾な亡者ども。己の保身のためにどんなものでも利用してみせ、それらしく飾りつけては賛辞の言葉を投げつける。年端もいかぬ子どもが取れる行動などたかが知れており、思考をめぐらせずともどうなったのかなど手に取るようにわかる。
まったく愚かしいほどの善性だ。それ故に己の身を滅ぼしているのだから笑えない。本当に、笑い話にもならず笑えてくる。
手を伸ばす。触れる。硬い水晶の冷えた感触を手のひらで確かめて、男はゆがんだ口角を一文字に結び直した。指先から入った罅が音を立てて広がるのと同時に、空間そのものが揺れていく。
そして、世界は。
「貴方は、いつまでそうしているつもりなのかな」
静かな声が夜の病室に響く。面会時間はとうに過ぎ、時計の針は深夜一時過ぎを指していた。秒針の音と寝息のみが規則正しく満ちる部屋に、男の声は異質だ。
「いい加減私も退屈でね。どうせなら、特等席で眺めたいものだが」
『
……
貴様と話す道理はない』
「おや、それにしては寛大じゃないか。私にもその声を聞かせてくれるとは」
『失せろ。二度は言わん』
窓際に立つ男は、昼間と違い白い衣服に身を包んでいた。眼鏡はなく、前髪は上げられている。目元は同じだ。取り繕うことをやめた男
―――
……
藍染惣右介は、限りなく自然体で一護と接している。他ならぬ一護が、自覚も無しにそうさせたのだ。
わざとらしく肩をすくめ、藍染は壁から背を離すと三歩こちらへ歩み寄った。ベッドで眠る一護を挟み距離が縮まるが、男の視線はこちらではなく一護へと向けられている。正確には、彼の裡側に。
「承知の上とは恐れ入ったよ。まさか、君がそこまで彼のことを気遣うとは。貴方と盟約でも交わしたのかな」
『
…………
』
「さて、私は私で好きに動かせてもらうとしよう。できれば貴方とは戦わずに済むことを願っているよ」
指先が一護の頬を撫ぜる。その手に切っ先を突きつけた瞬間、男の姿は幻のように消え失せていた。すやすやと眠りこける子どもがううんと唸って寝返りを打とうとして、点滴に引っ張られて諦めて身じろぎにとどめる。乱れた布団を直してやる。
『一護』
応えは返らない。眠っているのだから当然だ。窓の外は厳しい寒さに覆われ、十二月も半ばに差しかかろうとしている。いよいよ決戦、といったところだろう。離反した藍染惣右介らを迎え撃つため、尸魂界も準備を進めている。もちろん、現世に潜む者たちも。
―――
この子も利用される。何せ、類稀なる血だ。正面から堂々と来て親交を深めているぶん藍染惣右介のほうがまだマシで、素材としてしか見ていない浦原喜助のほうが悪辣だ。どうにかしようとしているがどうにもできず項垂れる竜弦も、献身的に支える黒崎家も、この子の運命を変えられはしない。私を他に置いて。
『私は、おまえを救ってみせよう』
藍染は気づいている。聡く、勘のいい男だ。理解した上で楽しむことを選ぶというのは悪癖だろう。それで痛い目を見たというのに変わらない。
邪魔をされないなら好都合だ。今度こそ選択を間違えない。ここからはつまらない意地とプライドの張り合いだが、譲れないものがある。
目を閉じても未来は視えず、一寸先すらも見通せない。けれどそれでも、光るものがあったのだ。あの日こぼれ落ちた輝きを掬い上げ、再び空へと戻すために。
星の夢をみた。だから私達は、そのためにすべてを擲つと決めたのだ。
(続
…
?)
2025.07.15
黒崎一護誕 メゾンドがかき氷を食べる話
梅雨明けの早い年だった。七月になる前に前線が遠のき、遠のいたと思ったら消滅して気象庁が明けを宣言した。まだ湿気は残るが、日差しと空模様は夏そのものだ。午前の時点で夏日を記録する気温にうなだれながら、一護はぐるぐると手元のレバーを動かした。独特の音を立てて削られる氷が、盛られるそばから透明な水に変わっていく。
「代われ。いつまで経っても終わんねえだろ」
奮闘を見守っていた斬月がため息混じりに立ち上がり、汗を垂らす一護を押しのけてレバーを握った。一護がおこなっていたものよりも勢いのある回転が一気に氷を削り、器がそれらしくなっていく。慌ててシロップを取りに行って戻ってくるころには、ガラス容器にこんもりとした山が作られていた。
「すげえ、なにが違うんだ」
「全部だろ。さっさと食え」
溶けるぞ、と言い含め、斬月は第二弾に取り掛かった。真剣な目で氷をセットして削るさまを横目に、ブルーハワイのシロップを取る。量を加減しながら氷にかければ、立派なかき氷の完成だ。
「青でいいのか」
「これがいいんだよ。いやまあ、味はレモンとかイチゴのが好きだけど」
「
……
甘みが少ないのはどれだ?」
「宇治抹茶シロップあるぜ。あんたの口に合うかどうかはわかんねえけど」
黒い斬月が首を傾げながらシロップを吟味する。早くも溶け始めたかき氷を口に運べば、涼やかな甘みが冷たく喉を駆け抜けた。この時くらいしか食べない人工のシロップは、夏を固めたような味がする。
「斬月、おまえも」
「あ? いらねえよ」
「いーから食えって。溶けちまう」
せっせと氷を削る男にスプーンを差し出せば、渋々といった様子で口がひらかれた。そこに中身を滑り込ませてから、味の感想を聞くこともなく残りの氷をかき込む。冷えて感覚が鈍い舌をべっと突き出せば、男の瞳が丸みを帯びた。
「おそろい。
……
なってるか? 鏡見てねえけど、たぶん、うん」
自信をなくしながら言えば、ぽかんとしていた斬月が吹き出した。山盛りのかき氷を生産しながら、目を伏せて「これ以上かよ」と笑う。同じ声で、同じ貌で、同じ手で器を受け取って一護も微笑んだ。抹茶シロップを置いた斬月が「では私もそれにしようか」と便乗するので、ブルーハワイの容器を手に取って振り向いた。好き嫌いがあるだろうから、まずは少しずつだ。
雲のない晴天だった。暑くて汗が引かない、けれど爽やかな夏の陽気。ささやかな祝い事にはじゅうぶんな、ありふれて恵まれた一日だった。
*
霊王大内裏に献上される氷は、二人の隊長格が霊圧を重ねて練り上げ、それを簡単には溶けぬよう細工して運ばれてくる逸品だった。最初の三年は十番隊長がその任を務め、四年目から十三番隊長も名を連ねることとなり、毎年この時期になると朽木・四楓院二家の承認のもと志波家が霊王宮へと参上する手筈になっている。
かつて分家当主を務めていた志波一心より受け取った氷を大内裏へと運ぶ。その神兵たちを恨めしそうに見る視線には誰もが気づいていたが、男が如何に地位を得たとしても、この先に進ませるわけにはいかないのだからどうしようもない。王族特務とそれ以外では、役割が異なるのだ。
再三声をかけられても動かない男を半ば押し退ける形で、数人がかりで「お引き取りください」と声を重ねるさまを横目に神兵は氷を運んだ。大内裏のすぐ手前まで来ると、浮かび上がるようにして白い男が現れる。霊王様の傍付きだ。
「こちらが献上品です。それでは、私はこれで」
返答はない。これはヒトの形を模しているが、実態は機構に近いのだという。霊王様にしか反応せず、霊王様をお護りするためだけに存在するのだとか。詳しいことは知らないが、知る必要もなかった。氷が扉の向こうへと消えていくのを確かめて、仕事を全うしたとうなずく。早く戻って、恐らくはまだ動かない男を帰さなければいけない。世界をつつがなく廻すには、円滑な運営が何よりも大事なのだから。
「一護、今年も届いたぜ。また一段とデケえな」
抱えたそれを部屋の中央に置き、冷気で固まった手のひらをほぐす。事前に羽織を用意しておいたので、彼の体が冷えすぎることはないだろう。黒い片割れに横抱きに抱えられた一護の腕がだらりと垂れたのを見とがめて、そっと胸の上へと戻してやる。
「削る。座らせてやれ」
男がうなずく。霊圧を介して会話は可能だが、声を奪われたのはやはり都合が悪い。あと少し力が振るえたら黒塗りも消し飛ばせるのだが、そういうことが出来ないようにされている。歯痒かった。
四角く整えられた氷の角を狙い、刀身で素早く断つ。数ミリの薄氷をいくつも作って器に盛れば、一護の体を抱え直した男が匙を手に取ってその一部を口もとへ運んだ。うすく開かれた口内に挿し込み、舌の上で溶かす。端からあふれた水分をぬぐう。
氷には想いがこもっていた。祈りと願い、謝罪、隠しきれない怒り。それらすべてを凍てつかせ、友を名乗った女が最後の仕上げとして外層を整えていた。まったく贅沢なことだ。この氷ひとつに、どれだけの霊圧を使っていることやら。
「
…………
、
……
」
「一護、わかるか?」
何度か同じことを繰り返すと、虚ろだった瞳にわずかに光が宿る。はく、と唇を震わせたのを確かめて、膝をついて目線を合わせた。緩慢なまばたきののちに、彷徨っていた視線がこちらを向く。
「
………………
ぇ、ぅ、」
「あァ、ここにいる。今年もあいつらからおまえ宛に届いたぜ、たまには冷たいモン食うのもいいだろ」
「
……
、
……
ぃ、」
「ん?」
ぎこちない動きで、一護が手を動かした。片割れに腕を支えられながら伸ばされた王の指先が己の顔のそばを通り過ぎ、引っ掛けるようにして髪に触れる。すっかり伸びきった白いそれを、なにが楽しいのか、何度も何度も、指通りを確かめるように。
「
……
おそろ、ぃ、」
「
―――
……
そうだな、一緒だ。ずっと一緒だよ。これまでも、この先も、俺たちはおまえの傍にいるから」
その言葉を聞いて満足でもしたのか、わずかに微笑んだ一護はそれきり動かなくなった。だらりと脱力した体を抱え直した男が「限界か」と呟く。彼が起きていられる時間は短く、意識を保てる時間はもっと短い。時折こうして他者からの霊圧を介して刺激を受けると、稀に目覚めることがあるくらいだ。
まだ大きく形を残す氷を横目に立ち上がる。これはもう一護の口には入らないだろうが、溶けるまでは寝台近くに置いておけばいいだろう。もしかしたらまた、気配に気付いた一護が反応するかもしれない。
「シロップの用意をしておくべきだったな」
片割れがぽつりと呟いた。そうだな、と返しながら、かつての夏を思い出す。もう遠い記憶だ。茹だるような暑さの、なんてことのない日常。
「イチゴ味でいいだろ。次は俺が食ってやる」
記憶に刻まれた誉れを懐かしみながら、護り刀は王の手を撫でた。その細くなった指先に、己のものを強く絡めながら。
2025.08.12
破面パラレル グリイチ
お互いが与えたものともらったものの話
「妬けるな」
声がかかって、一護は顔を上げた。いつの間にかベッドに腰かけていた男が、ぐっとこちらへ身を乗り出してくる。
「そんなに大事か」
示されたのは、手の中に握りしめていた首飾りだった。黒い爪の先と己の手を交互に見て、それから視線を合わせて「うん」とうなずく。金の瞳がほんの少しまるくなった。眉も上がっている。めずらしい。
「ほかにもあるけど。これ、いちばん好き」
「
……
そーかよ。よかったな」
「白がくれた刀も好き」
「そいつはドーモ」
「宝箱あるよ。見る?」
「飽きるほど見た」
肩をすくめて舌を出すのに、白は何度でも付き合ってくれる。これを見せるのは彼だけなので、彼がいる時にしか自慢できないのだ。ベッドの下、シーツに隠すようにして置いた箱を探り、よいしょと取り出して開ける。この箱を作ってくれたのも、他ならぬ白だった。
「この石、遠くの流砂の底で見つけたんだって。透明できらきらしてて、すげえ好き。こっちは月みたいな形の石英の枝。削ったんじゃなくて、最初からこうだったんだって。これが
……
、
……
なんて名前、だっけ」
枯れて乾いたそれを丁寧に持ち上げる。それでもぱらぱらと、褪せた黄色が箱の中に散らばった。虚圏には存在しない色彩を、グリムジョーはわざわざ現世にまで行って持ち帰ってきたのだ。
「
……
ヒマワリだ。太陽に向かって咲く花」
「ひまわり、
……
そう、ひまわり。もらった時は、すごくきれいで
……
」
「食いモンかと思ってむしって齧ったんだよな」
ぐ、と言葉に詰まる。呆れたように笑った白の手が、ぐりぐり頭を掻き回した。事実なのだから怒ったって仕方がない。大輪の花を贈ってくれたグリムジョーも、驚いてはいたけど怒らなかった。喰っても腹の足しにはならねえぞ、と、それだけ。
獣の本能を色濃く残す男が、食べるわけでも糧になるわけでもないものを探しては一護のもとへ持ってくる。その行為こそがうれしくて、一護はずっと喜んでいた。うまく笑えないから、それが伝わっていたかどうかはわからないけれど。
「全部、なくしたくない。大事にしたい」
「じゃあちゃんと箱にしまってろ。首飾りは?」
「
…………
これは、おまもりだから
……
」
「はいはい、わかったわかった。見えるとこに置いてろ」
「うん」
グリムジョーの牙と、磨かれた石が左右に数個連なった首飾り。仮面は虚にとっては大事なものなのに、男は躊躇なく、そのうちのひとつを削り落とした。紛れもなく体の一部であるがゆえに、握りしめると今でも霊圧を感じて安心するのだ。あのころのように、棲家で身を寄せ合って眠っている時を思い出せる。
自分の手首を、そこにある体毛を軽く引っ張る。グリムジョーも、同じように考えていてくれたらいいなと思った。
2025.08.18
攻防戦
現パロ グリイチ♀ 惚れたが負け
グリムジョーはかなり優しい。そう言うと、友人たちはみな首をひねりながら「そうかな
……
?」「あんたにだけじゃない?」と口々に言う。そうなのかなあ、と双子の兄に聞いてみると、呆れた顔で「そりゃそうだろ」と返ってきた。どうやらそうらしい。
怖気付いてしまうほど整った顔と、甘く低く響く声。体格の良さと持ち前のガラの悪さから敬遠されがちだけれど、その実一護の彼氏はとんでもなく気の利く男だった。世間一般がぼんやりイメージするような粗暴さは一護に対してはちっともなく、暴力を振るわれたことだってもちろん無い。彼の古い友人曰く喧嘩は恐ろしく強いらしいが、その場面を実際に見たこともなかった。怪我をしているところは、学生時代に何度も見たが。
「
……
なんだよ」
「べつに?」
「なんかついてるか」
「カッコいいよなあと思って」
青い目が丸くなって、逸らされる。じわじわ耳が赤くなる。それを真正面からにんまり眺めて、一護は手元のシフォンケーキにフォークを入れた。アールグレイの茶葉が練り込まれた生地にふわとろの生クリームがかかっていて、ほどよい甘さでとても美味しい。甘いものを一護ほど好まないグリムジョーは、先ほどからアイスコーヒーをぐるぐるストローでかき混ぜていた。
「美術館行ったあとにさ、寄りたいところがあるんだけど」
「どこだ」
「ここ。景色が綺麗なんだって、夕焼けがよく見えるらしくて」
「いいんじゃねえの」
一護が差し出したスマートフォンの画面を見ながら、グリムジョーも己のものを操作する。行き方やかかる時間を確認しているのだろう。今日は朝から、一護の住む家の前まで車に迎えにきてくれた。
そういうことを、当然のようにしてくれる。送り迎えは当たり前、車道側を歩き、荷物は持ち、扉を開ける。スカートの時はエスカレーターで後ろを陣取るし、電車では角の席を空けてくれる。あんまりにも優しすぎるので、子ども扱いでもされているのかと思ったほどだ。実際聞いてみて返ってきたのは「女扱いしてんだよ。嫌ならやめる」だったので、首を振って撃沈するしかなかったのだが。
「ちょっと遠くなるけど」
「構わねェ。ほか行きてえトコねえのか」
「うん、そこだけ。ありがと」
ほら、今もこうして、一護が食べ終わるのをゆっくり待ってくれる。特に好きなものもないのに、一護が行きたい美術館の展示に付き合ってくれる。せっかくだから長くドライブしたいというわがままも、ちゃんと汲み取って叶えてくれる。
そんなグリムジョーが唯一聞いてくれないのが夜についてのそれだった。いつも、遅くとも二十二時には帰される。きちんと家まで送ってくれて、一護が部屋に入るまでを見届ける。これが電車ならばまだ終電を逃すというイベントがあったが、デートはだいたい車移動だから初めから選択肢が存在しない。
どうしたものかと悩んだ一護は、やはりここは同じ男に、と兄に聞いてみることにした。嫌そうに眉をひそめた兄は「とっとと押し倒しゃいいだろが」と言うばかりだったが、最終的にはため息を吐きながら根回しと口裏合わせに付き合ってくれた。今度お高いアイスクリームを奢ろうと思う。
(今日こそ絶対粘ってやる
……
!)
涼しい顔でシフォンケーキを頬張りながら、決意も新たにフォークをぎゅっと握りしめる。このためにデート用の服はもちろん、下着だって新調したのだ。外堀も埋めてもらったのだから、何が何でも退くわけにはいかない。
グリムジョーの、
―――
……
彼氏の家に泊まる。それこそが今日の一護の目標であり、最終目的と呼べるものだった。
―――
と、意気込む彼女を前にひたすら悩み続ける男がひとり。
薄まったアイスコーヒーを吸い上げて、バレないようにため息を吐く。それもこれも、昨夜のうちに届いたメッセージが原因だった。
『朝まで帰らせるんじゃねえぞ』
悪友とも呼べる男であり、目の前にいる女
―――
……
黒崎一護の双子の兄からのメッセージ。端的なそれにどういう意味だと問い返しても既読無視される始末で、結局ぐるぐる考えながら朝を迎えることになってしまった。
深く考えなくていいのなら、つまりはそういうことだ。お許しが出たと言えば聞こえはいいが、心の準備というものがある。デートの度に女々しく部屋を掃除していることがどこからか漏れたのだろうか。
したくないわけではない。むしろ大歓迎だ。ただ、もっと丁寧に事を運びたいというのが本音である。こんなに本気になったのは初めてで、グリムジョーにも加減がわからないのだ。優しくしたい、嫌われたくはない、好かれたままでいたい、もっと多くのことを知りたい、線引きを守りたい、格好をつけたままでいたい。
キスだってろくにしたことがない。そのくせ今も、シフォンケーキを咀嚼するつやつやの唇から目が離せないでいる。童貞でもねえくせに、と、昔の自分が嘲った。
(
……
断れる気がしねえ
……
)
諦めの心地で、苦い液体を舌で転がす。結局のところ、惚れた相手に勝てるはずがない。足りないのは覚悟だけだ。それに、なにも今日最後まで事に及ぶ必要もない。まだまだ先は長いのだし、
……
長くあってほしいと、他の誰でもないグリムジョーこそが願っているのだから。
2025.08.29
彩り野菜のスパイスカレー
未来IF隊長副隊長パロ藍一 夏にごはんを食べるだけの話です
「いつもありがとうねえ、一護ちゃん。これ、よかったらそうちゃんと食べておくれ」
そうちゃん、が、藍染のことをさすのだと気づくのに数秒かかった。動揺を悟られぬよう、ひとまず笑顔を浮かべたまま手渡されたものを受け取る。竹製のカゴいっぱいに入っていたのは、ひと目で新鮮だとわかる野菜たちだ。
「今朝採ったばかりさね。死神の隊長さんがたが口にするには、ちいと安っぽすぎるかもしれんが」
「ンなことねえよ。俺もあいつも、こっちのほうがよっぽど口に合う」
「そうかい?」
「そうだよ。ありがとなばーちゃん」
にこにこと笑みをたたえる老婆の前に膝をつき、手を握って笑う。生涯祖母はいなかったが、いわゆる“ばあちゃん”というのは、こういうひとのことを指すのだろう。
流魂街は平和だ。小競り合いはどこでも起きうるが、街の数字が小さくなればその頻度もぐっと減る。ざっと見回って問題がないか確認し、何かあれば対処するだけのシンプルかつ幅の広いこの仕事も、数十年続ければ慣れたものだ。それぞれの地区に住まう人々との交流も生まれ、こうして野菜や菓子や、あるいは子どもたちのつくったおもちゃだとか、そういうものを渡される機会も増えた。戦争やら何やらに巻き込まれるよりはずっといい。
カゴを抱え、村のものたちに手を振ってから地を蹴る。今日の見回りはこれでひと区切りだ。さっさと帰って、食べるか保存しなければ。夏野菜は鮮度が命だ。陽光に照らされてみずみずしくひかるトマトやキュウリや茄子を見ながら、一護は今日の献立を考え始めた。
「つーワケで、カレーでいいよな? そうちゃん」
藍染が飲みかけの麦茶でむせた。めずらしいな、と思いながらしっかり目に焼きつける。しばらく咳を繰り返していた藍染は、やがて生理的な涙がわずかに張った目で、こちらをきつく睨みあげてきた。
「流魂街のばーちゃんに野菜もらったんだよ。そうちゃんと食えって」
「
…………
あのご婦人か」
「ふ、
……
そう、そのご婦人。いやぁ、やっぱ女のひとって強えなぁ」
カゴの中身を検分しながら、藍染が眉をひそめる。不本意、という雰囲気を出してはいるが、そこまで不機嫌ではない。だいたい、本当にふざけたことを口にして機嫌を損ねたならばもっと鋭い霊圧が飛んでいる。拘束具など、実のところあまり意味をなさないのだ、この男は。
「夏野菜カレーの口になってんだよな。前に銀城たちからもらったスパイスとかまだあったろ」
「キーマか?」
「そこが悩みどころでさぁ
……
。あいがけも捨てがたいだろ、遊子のクリームチーズ豆腐添えて食ったら絶対美味いって」
「
……
一昨日食べきらなかったか?」
「えっ嘘マジで? 待て確認する」
あわてて冷蔵庫の中を物色する。チルド室を開けて、バターやら何やらを取り出して、その奥にタッパーがないことを確認して項垂れた。言われてみれば、先日美味いバゲットを手に入れたからといってはちみつをかけて美味しくいただいてしまった気がする。
「
…………
残したと思ってた
……
」
「なら今回はキーマだな。それは次の機会に」
「ん。キュウリとトマトはサラダにすっから。茄子、パプリカ、カボチャ、
……
庭にオクラあったろ。採ってくるか?」
「いいね。茄子は素揚げで?」
「よろしく」
立ち上がった藍染が台所に向かうのを見届けて、一護は庭へ下りた。荒れた畑を耕して小さな菜園を作ったのだが、これがなかなか良い。育てるのはもっぱらシソやネギ、ししとう、オクラあたりの簡単なものだが、酒の肴にはちょうどいいのだ。トマトやナスやジャガイモに挑戦したこともあったが、皮が硬かったり身が少なかったりでうまくいかないため、買う側に回ることにした。あきらめも肝心だ。
数本見繕って台所に戻ると、すでに野菜の洗いが済んでいた。そこのカゴにオクラを追加して、カレールーの準備に取り掛かる。本気でやろうとすると丸一日かける必要があるのだが、今回は省略だ。冷凍庫にストックしてあるベースのルーを解凍して、具材やスパイスを加えて調整すればいろんなカレーを簡単に作ることができる。
「トマトひとくちくれ」
「はい」
「あっやば汁こぼれ、ッ、ッぶね」
「味は?」
「最高。すげー美味い、ばーちゃんサマサマだな」
「カボチャは薄切りでいいか」
「テキトーでいいよ。皮もいけるやつだろそれ、たぶん」
「おそらくな」
「それ包丁いける? 前研いだのいつだっけ。ダメなら斬月使うか」
「私は構わないが、彼はそれを承諾するのか?」
「
…………
フツーに怒ってる」
「だろうな。君よりまともで助かったよ」
抗議の声を宥めながら、電子レンジで簡易解凍したルーを鍋に投入する。少しの水で戻しながら、横のフライパンでひき肉を炒めにかかった。じゅわ、と油が跳ねる音を響かせながら軽く焼き目を入れていく。その間にスパイスをどれにしようか悩みながら並べていると、横から藍染の手が伸びてきた。手早く決められ、選ばれなかったものは棚に戻されていく。今回はこの組み合わせがいいらしい。
「昔さあ、」
ひき肉を炒めていたフライパンの火を止め、鍋のルーをかき混ぜながら口をひらいた。油の海に野菜がどんどん飛び込んでゆく。
「急に深夜にカレー食いたくなってさ。ひとり暮らししてる時だったんだけど、晩メシ普通に食ったのに、なんかスゲーたまんなくなって。これじゃ寝れねえと思ってファミレスまで出かけたことあるんだよ」
「カレー屋ではないのか」
「ウチの近所になかったんだよな。で、深夜営業してるのがそこしかなくて。もう風呂にも入った後だったし、どうしようかと思ったんだけど、まあいいかってなって、斬月呼んでさ」
「何故そうなる?」
「え? 深夜ファミレス初めてだったから」
「
…………
続けてくれ」
諦めが入ったのがわかった。気にせず、うながされるままに続きを話す。
「そこで初めてファミレスのカレー食ったんだけど、それが結構ウマくてさ。家でも作りてえなーってなったのが始まりかも、俺の料理歴」
「
……
その割には、当初
……
」
「俺しか食わねえから適当だったんだよ! 悪かったなヘッタクソで! あれでもマシになったんだぜ、最初は斬月もすんげえ無表情で、点数すらつけてくれなくて
……
、食ってはくれるんだけど」
「さっきから言おうと思っていたが、斬魄刀に食事させるのは君の中では昔から普通のことなのか?」
「
……
食えるなら一緒に食ったほうがよくね? 鏡花水月に食わせたことねえの?」
「無い」
断言されて、そうなのか
……
、とすこし落ち込む。かつて浦原が斬魄刀用の義骸を作ってくれたのもあり、一護の中では当たり前のことだった。ひとり暮らしは広義であり、実際にはほぼ三人暮らしだ。黒い斬月も白い斬月もそばにいたから、寂しくもつまらなくもなかった。
静かな場所が好きだ。けれど賑やかなのも嫌いじゃないし、家族が明るかったから、食事のときは誰かと一緒であるほうが好みだった。それを知っていたから斬月は付き合ってくれていたのだろうし、織姫と結婚してからは彼女がいるだけでぱっと場が華やかになった。一勇がうまれてからはもっとだ。食事の場は、一護にとっては憩いの時間だった。
「案外楽しいぜ。今度鏡花水月も呼んでみろよ」
「呼んだところで来るような相手ではないよ。私でさえろくに姿も見ない」
「ふーん、そういうモン? 斬月、味見。どう?」
「まあまあ。もう少しローリエ足してもいいだろ」
小皿の中身をずずずと啜ってから、白い腕がぬっと目の前を横切った。勝手知ったる様子で棚を開け、保管容器からローリエを数枚取り出す。本当はもっと早い段階で煮込むとよいが、まあ、妥協も大事だ。
「常々思うが、きみのそれは異常だね」
「あんたと一つ屋根の下で暮らしてる時点で今更だろ」
「ふむ、そう言われてしまえば否定もできない。こちらの味見も頼もうかな」
油から上がった夏野菜たちを横目で見て、斬月は無言で手を伸ばした。あ、と止める間もなく、一番つやつや光る大ぶりパプリカをつまみ上げる。一護であれば火傷するが、斬月にその感覚はない。もごもごと咀嚼したのち、再び「そこそこ」と素っ気なく呟いた。この男のそこそこだのまあまあだのは、実のところ高評価のうちに入る。
「手で食うな。行儀悪い」
「うるせえ。もう戻る」
「えっ、食わねえの? 俺がこんなに丹精こめて作ったのに?」
まだ空の皿を持って言えば、斜め後ろで男が笑う気配がした。その足を踏みつけるのに失敗しながら、目の前の相棒に向かって眉を寄せる。一護をさんざん甘やかした元凶のうちのひとりは、ぐっと息を詰めると視線をうろうろとさまよわせ、最後には深いため息を吐いた。
「
…………
わァったよ。王の命令なら仕方ねえ」
「よしよし、んじゃ机拭いてきてくれ。あと冷蔵庫から酒な、三人分!」
返事はなかったが、きっちり台拭きを片手に居間へと消えていく。いよいよ笑うのを隠さなくなった藍染の横っ腹を肘でつつきながら、一護は皿に炊きたての米を盛り、カレールウをそうっとかけた。スパイスの香りが鼻腔をくすぐり、口内に唾があふれる。野菜の盛りつけは藍染の担当だ。一護よりもセンスがあるので、こういうものは任せるに限る。
カレー皿を持って居間に向かうと、斬月はすっかりその場に馴染んでいた。一護の定位置の隣に座布団を敷き、その上にあぐらを崩しながら座っている。ビール瓶の蓋を開け、一護が座るタイミングでグラスに注ぎ、己のグラスにも注ぎ、瓶を置いた。藍染が肩をすくめる。
「やれやれ、まさかここまで対応に差があるとはね」
「勝手に飲んでろ。誰がてめえに酌なんざするかよ」
「斬月、ほら。藍染も、乾杯!」
カチン、と、グラスが合わさる音。ぴったりとはいかなかったが、そこはそれ。今さら大して気にするものでもない。
定番銘柄の冷えたビールは、やはり夏の暮れにこそ美味かった。半分以上を一気に飲んでから、ぷはあ、と息を吐く。さすがにおっさん臭くなってきしまったけれど、この喜びは歳に関わらず全人類共通だろう。現に、一護ほどあからさまではないにせよ藍染のグラスの中身もかなり減っている。
「夏はビールに限るよなあ。春でも秋でも美味いんだけど、格別っつーか。斬月おまえそれ服大丈夫か?」
「俺ならこぼします、って自己紹介してんのか?」
「してねえよ! しねえし! 心配して損した!」
「おや、ついこの間めんつゆで染め物をしていたのは誰だったかな」
「洗濯は俺がやったろ!」
「威張るな」
宣言通り、斬月はスムーズにスプーンを動かすとどんどんカレーを減らしていった。白一色の死覇装にハラハラしながら、一護も目の前の皿に集中する。ルーをひとくち、次に米と絡めて、割合を変えて、ビールを挟んで舌を冷やし、カラッと揚がった素揚げの天ぷらに噛みつく。
太陽の恵みがぎゅっと詰まった夏野菜は味が濃く、カレーの香辛料に負けていない。甘みのあるほくほくのカボチャ、油を吸ってジューシーさと味わいが増した茄子、とろっととろける粘りがカレーにも合うオクラ。二杯目のビールを注いだところで斬月が席を立った。冷蔵庫から冷えた瓶を二本持って戻ってくる。
「あー、うま
……
。やっぱり野菜とか添えてると違うな」
「昔はそうでもなかったのか」
「揚げ物って面倒だろ。そりゃカツとか乗せたい時もあったけど、あんまりしなかったな。カレーうどんとか、カレーそばとか、二日目のアレンジはそれなりにしたけど」
「カレーそば
……
?」
「あ、食ったことねえ?
……
そういやこっちで作ったことねえか?」
未知の言葉を聞いた時のように、藍染の眉間に皺が寄った。食べさせるとなんでも口にしてみるタチだが、和食然とした蕎麦のイメージからいまいち抜け出せないのだろう。チーズフォンデュを食べさせる前も似たような顔をしていた記憶がある。
「んじゃ明日の昼はカレーそばな。斬月は?」
「いらねえ。
……
ご馳走さん」
蜃気楼のように、ひとりぶんの気配が消える。何か言いたげにしている藍染を前に、一護は行儀も悪く肘をついて笑った。
「いいだろ。やらねえぞ」
「律儀だとは思うがね。今さら欲しいとは思わないよ」
「見る目ねえなあ」
空になったグラスにビールを注いでやる。さらりと三杯目に手をかけた藍染が、目もとだけで謝意を示して黄金色の液体をあおった。カレーとビールというこんな庶民的な食べものを口にする藍染惣右介なんて、いったい誰が想像できただろうか。
「カレーそば、たまご落としてやろうか」
「おや、寛大だね。隊長殿のご厚意に甘えようかな」
瓶を片手に持った男を見て、心得たようにグラスを差し出す。口に馴染んだスパイスの風味を転がして、一護は笑った。乾杯なんて、何度だってしてもいいものだ。
2025.10.09
明後日までアラームは消して
メゾンド×一護♀(白黒♀、斬一♀)
もっと夜を味わってみたい一護ちゃんの話
「話があるんだけど」と改まって言われ、斬月たちはそれとなく目を見合わせて心当たりを探り、思い当たる節が多くて諦めた。真面目な話であることはすぐにわかったが、具象化して義骸に身を収めている以上、裡にいる時のように彼女の思考が手に取るようにはわからない。何より、そのあたりはプライベートを尊重している。一護に指摘されたことはないが、踏み込みすぎないことは意識していた。
ローテーブルの上にあるものを片付け、向かい合ったソファに座る。片方に一護。もう片方に二人の斬月。ぎゅっと唇を引き結んだ一護は、どう切り出すかを考えているようだった。つくられた拳は震え、うつむきがちになる。その間、斬月たちはひと言も発することなく待ちながら、己の粗相について洗い出していた。
「
……
その、さ。笑わずに、聞いてほしいんだけど」
「無論だ」
そろりと、窺うように視線が上がる。強くうなずいた黒い斬月の横で、白い斬月はおや、と瞠目した。頰の赤さとこの様子から察するに、一護にとっては重大な話だが、深刻なものではないのだということに気づいたからだ。
「
…………
夜の、はなしなんだけど
……
。その、つまり、
……
セックスの回数とか、そういう」
「
……
負担を強いるつもりはねえ。不快なら気を遣わず言え。ここじゃおまえが王だ、わかってんだろ」
「そ、そうじゃなくて! だから!」
焦れたように首を振った一護が、意を決したように立ち上がるとこちらへずんずんと歩み寄ってきた。間隔を空けて座っていた斬月の間にぎゅっと収まって腰かけて、赤い顔をさらして縮こまる。一護の頭越しに顔を見合わせた斬月たちは、女心という複雑なものを前にしてじっと様子を窺った。
「
……
い、いっつも、一回とか二回で終わらせて、つーかおれが寝ちまって、
……
だからその、も、もうすこし
……
」
「
…………
もう少し?」
「
……………………
もっとずっと、たくさん、いっしょにしたい
……
」
「
……
つまり、一日中私たちとまぐわっていたい、と?」
湯気が出るほど真っ赤になった一護が、けれど否定せずにこくんと小さくうなずいた。斬月たちよりひと回りもふた回りも小さな手がTシャツの裾を握りしめ、可能な限り縮こまろうとしている。
そのさまを見下ろして湧き上がったのはとめどない愛おしさだ。どうしたってにやけてしまう口もとを必死に引き結び、できうる限りのまじめな顔をつくって一護の背に手をすべらせる。びく、と跳ねた体をなだめて肩から引き寄せると、簡単に腕の中におさまった。
「ンな緊張するモンじゃねえよ。言ったろ、おまえは俺たちを好きにしていいし、好きに振る舞うべきだ」
「でも、こんなの
……
」
「そもそも迷惑でもねえ、願ったり叶ったりだ。だがまァ準備は必要だな。その点、きちんと早めに言ってくれて助かったぜ」
「
……
準備?」
ふしぎそうに首を傾げた女の頭を軽く撫ぜる。斬月たちが粘り勝ちしたためにケアを任されるようになった髪はふんわりと柔らかく艶があり、長らくさらされていたうなじは今や覆われて、鎖骨の下で毛先がお行儀よく揺れていた。太陽よりもまぶしく見えるそれをくるりと指先でいじる黒い男を見やりながら、「そう、準備だ」と斬月はうなずいた。
「俺たちはまだしも、おまえは飲まず食わずじゃいられねえ。水分補給はもちろんだが、腹を空かし過ぎンのも駄目だ。女はいくらでもイけるぶん、そのあたりは体力も管理してやらねえとな」
「丸一日かけるのなら、翌日のことも考えて土曜にするのがベストだろう。最高のセックスは最高の環境でおこなわれるべきだ。
……
まあ、私たちに任せなさい。必ずやおまえを心から満足させてみせよう」
再び顔を赤く染めて金魚よろしく口を開閉させていた一護は、うろうろと視線をさまよわせるとやがてソファの上で膝をそろえて「よ、よろしくお願いします
……
」と深々頭を下げた。生真面目すぎるのも困りものだ。
まあ、そういうところがこの女のかわいいところではあるのだが。
2025.10.30
空転
浦原+一護
血戦後のちょっとおかしな二人の話
「どーもォ、黒崎サン。お体の調子はいかがッスか?」
「
……
アンタよりはいいんじゃねえの?」
全身あちこちに包帯を巻いた男が扉の向こうからひょっこり現れて、一護はげんなり呟いた。常とは違い帽子を身につけていない浦原が、返答を聞くとにっこり笑って部屋の中へと歩みを進める。その歩き方もおかしく見えて、一護はつい「そこに椅子あるから使えよ」と口を出した。
「お気遣いありがとうございます」
「どっからどう見てもアンタのほうが重傷だろ。こんなトコに顔出してていいのかよ」
「虎徹副隊長に見つかると怒られるかもですねぇ」
「じゃあさっさと戻れよ」
「つれない人だなァ。これでもアタシ、アナタを心配してるんですよ」
「俺への心配より先にすることがあるだろ、っつー話」
「気が気でなくて、夜も眠れなくて。ささ、今のうちにお手を拝借」
茶化した口ぶりのくせに、隠れていない目は真剣だった。言うべき小言をため息で押し込んで、うながされるままに管と針が刺さったままの腕を差し出す。下からそっと掬うようにして触れた浦原は、科学者の目つきで一護の手首を確かめた。霊圧の排出孔だ。
「自覚症状は?」
「
……
斬月に呼びかけて反応がねえのが一番かな。いるのはわかるから、眠ってるんだと思う。俺がヘマして、ずいぶん無理をさせたせいだ」
「なるほど、
……
体調に変化は?」
「何も? 怪我は井上が治してくれたし、俺としちゃあさっさと退院してえんだけど」
「ダメッスよ。アタシが許可しません」
「花太郎に聞いた。アンタがそうやって止めた、って。相当おっかなかったんだろうな、ここで話してくれた時もすげえ震えてたぜ」
離された手首をひらひらと振る。三歩退がって腰を下ろし、一向に椅子に座ろうとしない浦原の顔を見た。ひどい顔だ。怪我もそうだが、隈も濃い。眠れないのは本当のことだろう。
「何を聞きたいんだよ。さっさとしてくれねえと、勇音さんが探しに来るぜ」
「
……
藍染惣右介と、何を話しましたか」
ああそれか、と、得心がいく。なるほど確かに浦原にとっては気になる話題だろう。絶対安静を言いつけられているのに部屋を飛び出して、這うようにしてここまで来るには似合いの理由だ。
同時に、そんなことで、と思いもする。このあたりの価値観をすり合わせる気はないので、口にすることは今後もないが。
「大したことは何も。あの時、その場には先に藍染がいた。鏡花水月を使ってるのがわかったから、あいつならきっと俺の考えくらいお見通しだと思って、任せることにした。思った通りに合わせてくれたから、隙を見て斬った。その後は
……
、石田に助けられたからな。どうにか倒して、それで終わりだよ」
「
…………
」
「疑われンのには慣れたけど、俺からはこれ以上話せることはねえよ。あとは本人にでも聞いてくれ」
「
……
すみません、疑うわけではないんです。ただ、藍染が本当にただ手を貸しただけだというのが、どうにも信じきれなくて」
「なら尚更、理由なんてわかんねえよ。そういう気分だったんじゃねえの」
これ以上は押し問答だ。与えられた寝床にごろりと転がり、腕の引き攣れに眉をひそめる。いい加減痒くて抜いてしまいたいのだが、花太郎も花太郎で怖いのだ。ああいうところはしっかりしているのだなと感心する。
「藍染についてはわかりました。あともうひとつ、お聞きしたいことが」
「まだあんのかよ。いい加減帰ったほうがいいぜ」
「ユーハバッハに、何をされたんですか」
視線を向けた先、鉄格子越しに立つ男に笑みはなかった。探るような眼光を正面から浴びて、天井の木目へと逸らす。手持ち無沙汰に黒髪を指に巻きつけて、「何も」と、同じ応えを返す。
「ひどいことなんて何もなかったのに、俺は父さんを殺したんだ。きっと地獄に堕ちるんだろうな」
笑って言ったのに、浦原は笑わなかった。せめて反応くらいくれたらいいのにと思いながら目を閉じる。冷ややかな殺気石の感触が薄い布団越しでも伝わって、胸の奥がしくしくと、鈍く痛むようだった。
*読まなくてもいい蛇足の設定
黒崎一護さん(17)
二度目の侵攻における敵対時に敗北、見えざる帝国へ攫われる。
動けないように筋弛緩剤と睡眠薬を打った上で輸血と血抜きを繰り返され、全身の血を緩やかに入れ替えられた。混濁する意識の中で斬月の正体を知り、ふたりの力添えもあってどうにかこうにか一時のみの覚醒に成功。そのまま城を飛び出し最終決戦へ。
自分を正常だと思い込むことで"黒崎一護"らしい振る舞いを可能として、"黒崎一護"ならこうするだろうという行いでもってユーハバッハを倒した。そういうふうに思わせてくれたのが藍染惣右介。
混ぜられた血が多く、記憶も意識もぐちゃぐちゃになっている。黒髪赤目、自壊と再生を繰り返す体はどう見ても異常だが、一護の頭は健康だと認識しているため早くこの部屋から出たいと思っている。実際はあらゆる意味で危険すぎて地下牢からは一歩も出せない。危険要素として処分/排除/浄化するべきだという四十六室からの話を、京楽と浦原と四番隊とで食い止めている。
義務感だけで父親殺しを達成した空っぽな子ども。
* (以下、書きかけのおまけ)
ほんとうは、見届けるつもりだったのだ。いいや、もっと言えばその場へと駆けつけて、この手で敵の首魁を斬り伏せるべきだった。それができなかったのはひとえに己の弱さからで、道半ばで倒れ伏した浦原には立ち会うことすらできなかった。
「一護さんですが、
……
あんな数値なのに、平気な顔をしているんです。並の隊士なら発狂するか、まともに意識を保てないでしょう。確かに痛みには強いひとですが、それにしたって異常です」
でも、と、彼の主治医を務める花太郎は死覇装の襟元を握りしめた。気弱な顔つきだが、芯の通った男だ。痛む体を引きずって面会謝絶の地下牢へと近付いた浦原を叩き返せるくらいには肝も据わっている。
「
……
でも、同じなんです。僕の知ってる一護さんと、変わらないんです。どこもかしこもおかしくて、面影が残る程度なのに、言葉を交わすとぜんぶ同じで、
……
今までよりずっと、笑ってくれるんです」
涙混じりの声で締めくくって、花太郎は頭を下げると元来た道を戻っていった。勇音に報告するのだろう。その背中を見送って、浦原もまた、廊下の壁にもたれかかってずるずる座り込んだ。
あるいは、この刀を使えば、元に戻してやれるかもしれない。そういう希望はあったが、それよりも失敗するだろうという予感のほうが強かった。眼球を造り直せても、腕を縫い合わせても、魂のかたちは弄れない。他人が手を加えたが最後、"それらしいなにか"に様変わりしてただ朽ちてゆくに違いないのだ。だって。
「
……
笑ってる、か
……
」
だって、浦原喜助は黒崎一護のことをなにも知らない。文字の上の情報を噛み砕いて取り込んで、上っ面の愛想として振りまいてきた。それが馴染んで情に変わりつつあったとしても、結局のところ彼のすべてを知り得ることなんてできやしなかった。
だから、笑う一護から目を逸らせなかったのだ。アナタはそんなふうに笑えるのか、と、内なる好奇心が刺激されてしまったから。
2025.12.02
柿のはなし
未来IF隊長副隊長パラレルの藍一
切り分けた柿に竹串を刺して頬張るところを横目で窺った一護は、藍染の瞳がごくわずかに見開かれるのを確かめると、よし、と握り拳をつくった。当然向こうにも把握されており、何事かと雄弁な目が問うてくる。口内には未だみずみずしい果実が含まれており、ひらくわけにはいかないのだ。
「どう? うまいだろ、それ」
「
……
ああ。柑橘の香りがする、新種か?」
「違うんだなあコレが。俺もさあ、先に言われるか、やってるところを見ねえとわかんねえと思うんだけど」
追加の実を切り終えて、一護はいそいそと皿を持って藍染の向かいに座った。座布団の位置を片手で整え、まとめた髪を背中に流す。
「レモン絞っただけなんだよ、それ。ホントに、今さっきそこで、切ったやつにかけただけ。で、そうなるんだ」
「
……
」
「疑うと思った。こっちまだかけてねえから食えよ」
じっとり細められた目に笑って、一護は己の皿をずいと差し出した。白磁の花形皿は食べすぎない程度に果物を盛るのに最適な大きさで、その色味と質感がカラフルな果肉をそっと支えてくれるので気に入りだ。今もこうして、柔らかさとすこしの硬さをあわせ持つ橙色をより華やかに見せている。
黙ったままの藍染は、しばし思案すると再び竹串を持ち上げた。音もなく刺し込まれたそれの隙間から果汁が滲み、皿にこぼれ落ちる前に藍染の口の中へと吸い込まれる。咀嚼して飲み込み、流れるような手つきで藍染は二個目を頬張った。今度は己の皿のものだ。
「
……
化かされているような心地だな」
「よかったじゃねえか、
催眠下
まわり
の気持ちを味わえて」
「どこでこれを?」
「新しく見に行った果物屋。東通りのふたつ裏手にできてたろ、あそこでいくつか見繕ったら、レモンを合わせるといいって聞いて」
「売り込みか」
「そう、まんまと」
くし形のレモンを皿の上で搾る。さわやかな芳香をまとった柿の実は、その落ち着いた甘さに酸味が加わって、トロピカルフルーツのような姿をみせる。種のまわりの透明なゼリーが水分を得てきらきら光り、まとめて口に入れて咀嚼すると、普段とはまったくちがう、あたらしい果実に歯を立てたかのような心地になる。
「クリームチーズも買ったんだよ。柿と合わせて、はちみつと胡椒。クルミもあるし、クラッカーもあるし、ワイン飲もうと思って。でもレモンかけたらもうこれだけで食いたくなって、これが最後」
「ひとりで先に?」
「飲もうと思ったのはおまえとだけど、まあ、うん。また買いに行こうぜ、してやられたな」
「商売上手なことだ。ほかに目ぼしいものはあったか」
「どれも色艶がよくて美味そうだった。おすすめされたのは柿と梨と、あとぶどうかな」
「梨を日本酒に漬けたいと言っていなかったか」
「あー、和風サングリア! じゃあそれもだな」
指折り数えて、熟れた柿の実をにこやかに頬張る。想定外の食べ方になったが美味いものは美味いし、知らないことを知るのはいくつになってもよいものだ。すっかり皿を空にした藍染がこちらの皿を狙う前に、さっさと腹に入れてしまうことにする。搾ったあとのレモンの香りが、冬を前にした穏やかな居間にやさしく溶け込んで消えていった。
牛肉のしぐれ煮
↑上と同設定 メゾンドと一護
小皿を片手に首をひねりながら、手もとをうろうろとさ迷わせる。砂糖か、醤油か、酒か。どれも足りているような気がするし、どれも足りないような気もする。ううん、とひとしきり考えてから、一護は鍋の火を弱めた。
「
……
斬月、どう思う?」
「砂糖でいいんじゃねえの。多少濃くても、どうせ飲むだろ」
「そうなんだけどよ、スッキリしなくて」
「一旦足してみたらどうだ?」
ぬ、と影が差して、白い男とは反対側に陣取った黒い男が小皿に鍋の中身を盛る。器用に箸で口に入れ、重厚感のある堂々とした声音で適当なことを言うのがこのおとこだ。
「ま、いいか。濃くなりすぎたら俺たちの夜食な」
「元からそのつもりだろ。残しておく必要なんざねえ」
「ダーメだって。あいつ拗ねるとめちゃくちゃ面倒くせえんだから」
「私たちより?」
「
…………
」
「考えてんじゃねえよ。可愛いモンだろ、俺らのワガママなんざ」
「そー
……
れは、どうかな
……
」
どん、と、弱い力で白い男に肩ごと小突かれる。笑ってごまかしながら調味料を足し、肉が焦げないよう慎重にかき回す。生姜を多めに入れてあるが、一護はもう少し山椒が入っているほうが好みである。好みの中間地点を探って今の位置に落ち着いたが、まあ、どれにせよ甘辛く煮た牛肉は酒のアテにしかなり得ない。
一護の返答を引き出すことには飽きたのか、白い男はさっさと器の準備を始めていた。味の相談がしたくて呼んだのだが、どうもこのまま飲む気らしい。黒い男は酒を物色している。見た目からはワインが似合うが、日本酒も飲めるのだ。それは藍染にも共通している。あの男は美味ければこだわりがないので、ジョッキで生ビールもふつうに飲む。一護からすれば見慣れた光景だが、恋次あたりは未だに固まるものだ。
「一護、これメシねえのか」
「炊飯器の残りは使っていいぜ、どうせ冷凍するし。
……
オッサン、味見。
……
どうだ?」
「うむ、よいのではないか」
「俺にも」
「ん」
味見皿を経由してから、今度は青い舌の上にそっと乗せる。もごもご口を動かすふたりを見ていると、なんだかいつも、くすぐったいような笑いがこみ上げてくる。
「さっきよりは美味い」
「ならこれでいいか。サンキュな」
火を止め、半分をタッパーに寄せて粗熱を取りながら冷ます。残りは一護のもの
……
の予定だったが、三人分だ。心得たように山椒の小瓶を持って居間に向かう白い男の背を横目で確かめ、まだ酒を選びかねている黒い男のそばに寄る。一護が決めるのが、いちばん丸く収まるので。
「じゃ、先に飲んじまうか。今日もお疲れさま」
つまみを前に、杯を軽く掲げる。かちん、と鳴る涼やかな音を合図に、同居人を放り出した晩酌が始まった。
2026.02.01
惚れた腫れたの
特殊設定ユハ一♀ (千年前IF、夫婦時空)
柄ではないことは承知の上だった。けれどもこういったことにはとんと疎く、考えをめぐらせてもよい案を思いつかなかったのだ。恥を忍んで周囲の者にも聞いてみたが、みな口を揃えて「あなたがわからないものは私にも
……
」と首を振る。彼女と最も付き合いが長いのは己であり、だからこそ意見が欲しかったのだが、そう上手くはいかない。
捧げ物はいくらでも受け取ってきた。貢ぎ物、贄と言っていい。ユーハバッハはそうされる側の立場で、対価として何もかもを与えてきた。それらはすべて循環のもとにおこなわれるものであり、見返りも損得もない善意と好意から成り立つそれらについての経験は浅かった。
生まれてきてくれたことを、出会ってくれたことを、いまこうして生きて話をしていることを祝いたかった。けれどどうすればよいかわからず、折悪く軍事の作戦について口論になったこともあり、気まずい日々が続いていた。朝一番に言うと決めて眠りについたはずが、朝一番で問題が発生して駆け回る羽目になったのもよくなかった。おかげですっかり夜も更け、日付も変わろうという時に、扉の前で立ち尽くしている。
握った拳を胸の前まで持ち上げて、そのまま動けずにいる。部屋の番をしている兵士はずっとはらはらとした面持ちで、いよいよ「お呼びしましょうか」と目で訴えてくる始末だ。それに無言で首を振り、もう一度、扉を叩く準備をする。またしても、寸前で止まる。
「
…………
いいよ、もう。入りなよ。なに迷ってるんだ」
重々しく見えた扉は、内側から簡単に開けられた。顔を出した女が、呆れたように腰に手を当てる。ネグリジェにナイトガウンを羽織っており、今の今までベッドにいたような格好だった。
「
……………………
起きていたのか」
「そんなにそこにいられちゃ寝てられない。
……
そこの、しばらく席を外してて。大丈夫、お咎めはないから」
「はっ。頃合いを見て戻ります」
あからさまにほっとした顔の兵士の敬礼を受け、部屋の中へと歩みを進める。椅子に腰掛ける女
―――
……
この部屋の主である一護の許しを得るまでは動かないユーハバッハを見て、いよいよ大きくため息を吐かれた。じんわりと汗が滲む感覚は、戦場ですら味わったことがない。
「用があって来たんだろ。そんな疲れた顔で、さっさと部屋で眠ればいいのに」
「
……
これを終えずには眠れなかった。だが、どうしていいかわからなかったのも事実だ」
「何を?」
「おまえの誕生日を、祝えていない」
返答が予想外だったのか、一護の瞳がきょとんと丸くなった。毒気を抜かれた顔で視線をさまよわせ、首を傾げながら声をひそめる。
「
……
この間の文句を言いにきたんじゃなくて?」
「おまえの意見も正しい。あの作戦で受け入れることはできなかったが、そもそもおまえと敵対をしたいわけではないのだ。文句も、ましてや恨み言もあるはずがない。おまえは不服だっただろうが、手を出さないでいてくれたことに感謝する」
「
…………
祝う、っていうのは
……
」
「言葉通りだ。
……
だが、不慣れ故にうまくできなかった。用意できたのもこれだけだ、
……
不甲斐ない」
外套の下に隠していた手を、そこに握りしめていたものを差し出す。紅玉よりも澄んだ瞳が見開かれ、そのなかに同じあかあかとした花びらが映り込んだ。
「
……………………
これを、おまえが、おれに?」
「
…………
気に入らなければ、捨ててくれ。本当はもっと値の張る宝飾品や、珍しい菓子を用意できればよかったのだが」
美しい宝石でも、ましてや花屋で揃えたものでもない、群生するゼラニウムの花を切って集め、紐で縛っただけの簡素な花束だ。生花ゆえの香りは強いが、秀でているところと言えばそれくらいで、握りしめすぎたせいか茎からやや萎び始めている。祝いと呼ぶにはあまりにもお粗末なそれをそっと受け取った一護は、花びらの一枚一枚をじっと見つめるとややあって「捨てない」とちいさく呟いた。
「
…………
うれしい、ありがとう」
「
……
本当にいいのか、こんなもので。私としては、今からでもやり直したいのだが」
「これがいい。気にしなくていい。
……
気にするなら、明日でいいから花瓶を買って。庭師も呼んで。ちゃんと飾って手入れするから」
「
…………
いいのか?」
「しつこい、いいったらいい。わかんない奴だな」
「
……
すまん」
汚れも厭わず花束を抱きしめる一護を見下ろして、ユーハバッハはようやく、細く長く息を吐いた。忙しなかった心臓を落ち着かせ、誤魔化しながら一護の前に膝をつく。白く美しい手を取って恭しく掲げれば、普段よりも頬を赤らめた一護が唇を尖らせるのが見えた。照れ隠しだ。
「おまえが生まれてきてくれたことに、この上ない感謝を。この先のすべてに光が満ちることを祈っている」
「
……
ありがと。もう日付変わったけど」
「む、
…………
締まらないな」
「迷いすぎだ。変なトコで臆病なんだから」
「惚れた女への告白は何度経験しても臆するものだ」
「
……
そういう言葉はすらすら出てくるんだよな
……
」
こめかみを掻きながら、一護は花束を手近にあった瓶に挿した。水入れであって花瓶ではないが、それでもそこにあるだけで部屋の様子が明るくなる。長い黒髪を揺らしながら花を見つめる姿を見て、ユーハバッハはただ、よかった、と思った。贈り物が受け取られたことにではなく、久しく見ていなかった彼女の笑顔が見れたことに。
「よければ、花瓶選びに付き合ってくれないか。私はどうやらそういう感覚は疎いようなのでな」
「いいよ。それじゃ、また明日
……
もう今日か。忙しくなければ、いつでも。都合がついたら呼んでくれ」
「ああ、夜遅くにすまなかったな。よく休んでくれ」
「ユーハ、こっち」
部屋を出ようとしたところで手招きされ、ユーハバッハは足を止めた。振り向きざま、唇近くに柔いものがかすめて目を見開く。すぐそばにある一護の笑みが離れていって、そのまま「おやすみ!」と勢いよく追い出された。
半ば呆然と廊下で立ち尽くしていると、戻ってきた兵士がこちらを見てまたしても心配そうな顔をした。けれどそれも一瞬のことで、すぐに片眉を上げて口元をふやけさせる。睨みをきかせれば目を逸らして背筋を伸ばした。まったく、耳が熱くて仕方がない。これだから夏は。
2026.02.20
もえないがらくた
現代パラレル 浦一(未満)
不用品回収を営む浦原さんと捨て子の黒崎くんの話
ひどい人間というのはどこにでもそれなりにいるものだ。自分がそうでないとは思わないが、こういう光景を目の当たりにすると、やっぱりそれよりはマシではないか? と首をひねったりする。
昨日の夕方から降り始めた雨は朝になっても止んでいなかった。数日前に側溝を掃除しておいたのが功を奏して詰まりは防げたが、それでもごうごうと、音を立てて水が流れ続けている。雨粒がせわしなく暴れる音をビニール傘の内側で聞きながら、浦原はもう一度、ふかくため息を吐いた。
「ねえ、キミ、生きてます?」
たっぷり十秒待っても返事がなかったので、仕方なくしゃがみ込んだ浦原はその手を伸ばした。ぐしゃぐしゃに濡れたダンボールの中で丸くなって縮こまるそれに触れて、簡単に脈をはかる。とくとくと、気のせいくらいの強さで鼓動が響き、ため息をさらに重ねた。生きものに触れてしまったからには、放置していては目覚めが悪い。もしも誰かに見られていたら、後からなにやらひそひそ言われるに決まっている。
「
……
あーあ、最悪。キミ、後で責任取ってくださいよ」
第一、こんな所に置いていく人間が悪いのだ。不用品回収を謳ってはいるが、これはハナから対象外である。
壊れていますが使えます、と。雨に濡れて滲んだマーカーペンの字を睨みつけて、浦原はスマートフォンを取り出した。自宅の住所を告げ、救急車と警察を呼ぶ。今日の予定が総崩れだ。
オレンジが混ざるまだらな黒髪を前に、浦原はほんの少し、気持ち程度に傘を傾けた。真っ白な顔でぴくりともせず蹲る少年の浮き出た骨を眺めながら、浦原はそこでじっと、サイレンが近づいてくるのを待っていた。
2026.02.25
春隣
決戦後ゆるふわ同居時空 天一
はじめからあるかたちを、主人と認めた相手にまずは使いやすく調整する。試している、とも言う。能力を抑え、出力を変え、いつでも使いやすくしたものが始解。制限を取り払い、解放し、原初に至るのが卍解だ。過程を踏まなければならないために、当然得られる力も多くなる。故にこそ最も苛烈なかたちであり、すべからく扱いが難しい。卍解とはそういう奥の手だ。
つまるところ、必然的に平時の使用頻度は低いものなのだ。激動の数年間が異常であっただけで。
機嫌を損ねている理由に思い至ったとき、一護はああなるほど、とうなずくとともに、悪かったなあ、という罪悪感に見舞われた。意識したものではなかったがストレスを与えていたのは事実だ。それとなくヒントを出してくれた白い男に礼を告げ、横向きビルの端に足を投げ出して腰かける青年へとゆっくり近づく。すっきりして心が晴れたためか心地よい風が吹いていて、我がことながらわかりやすいなと呆れてしまった。
「天鎖斬月」
名を呼ぶ。振り向かない。もう少し近づいてみる。
「天鎖」
かすかに反応はあるが振り向かない。頑固だ。
「悪かったな」
隣に座り、足を揃えて軽く頭を下げる。途端、有無を言わさぬ力で頭を掴まれ上げさせられた。即座にクーリングオフされた謝罪にどうしたもんかと思案していると、眉を寄せて難しい顔をしていた青年
―――
……
天鎖斬月がようやく口をひらく。
「私を使う機会が無いことに不満が無いわけではない。だが、だからといって私を使うような状況におまえを置きたいわけでもない。
……
おまえの謝罪は見当違いだ。気を遣わせてすまない」
眉尻をすこし下げて申し訳なさそうに、けれど堂々とした振る舞いで謝罪を述べるさまに感嘆する。これが王の威厳の一端であるのなら、何年かけても追いつける気がしない。
「
……
あんたのさ、そのすげえはっきりしたトコ結構好きなんだよな」
「
……
どうしてそうなる?」
「優しいよなって話。なあ天鎖、外に出るのって抵抗あるか? 斬月とオッサンはちょこちょこ出てくるようになったけど、まだ来たことないよな。嫌なら無理にとは言わねえけど」
「おまえが言うなら構わないが
……
」
「ホントか? それならちょっと待っててくれよ、急いで仕上げるから!」
「何を?」
見てるんじゃないのか、と、意外に思った。見ていても、自分のものとは思わなかったのだろうか。そうかもしれない。威厳と風格はあるが、彼はまだまだ若くて青く、自分のことには無頓着なので。
「マフラー! あともうちょっとで編み上がるから!」
そういうところは誰かさんに似ていると、そう言われてしまえば返す言葉もないのだが。
2026.03.11
祈る手を解く
一護受け 誰も報われない霊王√の話です
その座に就くことが決まった時、周囲の猛抗議により霊石への封印は免れることになった。曰く、必ずしもあれに入らなければいけないわけでも、四肢を落とす決まりであるわけでもないらしい。ただ、この世界の礎となる"霊王様"が妙な気を起こさないよう、行動を封じる必要があったのだとか。
数えて三代目の霊王となる一護は、皆の奮闘の甲斐あって歴代で初めての"自由な霊王"となった。霊王宮から出ることは叶わないが世界の様子は知ることができ、腕も足もそのままで、思考して言葉を発することができた。これまでと比べれば破格の待遇だ。それでも皆は唇を噛み、いつか必ず救い出すと、待っていてくれと言ってくれた。
さて、霊王宮に据えられた霊王がやる仕事は何かというと、実のところは何もない。霊王とはそこに在るだけで意味があり、その魂を楔として穿つことで世界を維持する存在だ。仰々しい肩書きだったが一護にその実感は湧かず、ただぼんやりと、己の斬魄刀たちとともに空を眺めたり眠ったり食卓を囲んだり話をしたりして日々を過ごした。霊王となった者には食事も睡眠も必要なかったが、それすら行わなくなるとあまりにも空っぽな毎日で気が狂いそうだったから、無理を言って斬月に付き合ってもらっていた。
霊王が望めば、世界はそういうふうに在り方を変える。宮中は一護が過ごしやすく、安心でき、孤独を感じないように造り変えられていった。花々が咲き誇る庭の木のそばで眠るのが一護の気に入りだった。
もうひとつ気に入っていた、もとい趣味としていたのが世界の覗き見だ。池の水に手をかざせば、一護の目には下界の様子が映し出された。家族や友人、仲間たちがどんなふうに暮らしているのかを覗き、門出の日には祝いの拍手を贈り、困難に見舞われた日には無事を祈った。変わり映えのない日々の中では彼らの姿はあまりにまぶしく見えるため、一日に見るのは一度までにしようと、みずから制限をつけたほどだった。
―――
そして、それから、しばらくが過ぎて。愛しいひとたちが社会人となり、結婚して伴侶を得て子をもうけ、穏やかに眠るのを見届けて、いま。
「すまねえ、一護」
いま、目の前には、一枚の紙が差し出されている。
深く深く頭を下げる父親と目が合うことはない。座した一護の手を煩わせないために、黒い斬月がその紙を受け取った。そしてそのまま、びりびりに破いて捨てて踏み躙る。内容は、すでに話して聞かされていた。
「ふざけるな下衆が、これ以上この子から何を奪うつもりだ。あれだけ大口を叩いておいて、救えないどころか浅ましくも懇願だと? だから貴様らは愚かだというのだ!」
激昂する斬月を前に、一護は妙に冷静だった。白い斬月がそばに控え、静かな声で「殺すか」と問うてくる。それに首を振りながら、細く長く息を吐いた。日々を数えることをやめてからしばらく経つが、彼曰く、今日でちょうど百年だそうだ。霊王様をた讃える祭りが各地で催され、多くの者が己に祈りを捧げているのが伝わってくる。
『どうか、霊王様、我らの罪をおゆるしください』
『どうか、無力な我らにも神のご慈悲を』
『どうかどうか、末永く安寧をお与えください』
争いがやまないのだという。
百年間、一護はよく知る人々の無事を祈り続けた。人間としてはごくふつうに持つ心の動きだったが、霊王には必要のない邪魔な要素でしかなかった。
幸福でいられますように、事故や病気に遭いませんように、試験に合格しますように、家族に恵まれますように。
霊王の祈りはすなわち魂への加護となる。加護を与えられた者をそうでない者が羨むのは当然の摂理で、羨望が嫉妬に変わり嫉妬が憎悪を呼ぶのも当然のことだ。個人間の小さな諍いはやがて一族や集団を巻き込んだものに変わり、終わらない争いは互いをひどく疲弊させた。
だが、加護を受けた者たちはそれによって死ぬことはない。
幸福な終わりを約束されている魂は、争いの中では死ねない。襲撃を受けても生き残り、怪我を負っても奇跡的に回復する。そんなことが続いて起きれば、自ずと原因はわかるものだ。
「本当にすまねえ。俺が憎ければ、今ここで殺してくれてもいい」
霊王に心は必要ない。そんなものがあるから、世界は一向に良くならない。
百年かけて導き出された結論はこうだった。だからこそこうして、心ある霊王への嘆願にふさわしい者として一心が選ばれた。思考を放棄してただの傀儡として座してくれと、その口から言わせるために。
「
……
わかった。受け入れる」
「
…………
一護、」
「ただし、条件がある」
四十六室を含めた尸魂界の解答は正しいものだった。一護は一心の言葉を無視できず、家族や仲間のことを思えばこそ頷かざるをえない。
けれど間違いがひとつだけあった。心あるが故に悲しみ、他者を慮るというのなら逆も然りだということを彼らは忘れていた。
嘆願をおこなうなら、先に心を封じるべきだった。霊王にも、妬み嫉み羨みという感情は確かにあるのだ。ここにいるのは、十七歳で時を止めたただの少年の魂だったのだから。
「この先、俺は祈らない。考えない。心を割かない。望み通りの人形になってやるから、あんたたちも同様だ。今後一切霊王に祈るな。願うな。個人の理想を押しつけるな」
白い斬月が立ち上がった。これは勅命だ。刀を携え、顔隠しの面布を身につけ、その場から掻き消える。霊王宮を飛び出して、下界へ。
王がそう望んだにもかかわらずいつまでも祈り続ける愚か者たちへ、天罰を与えるために。
「話は終わりだ。三十秒後に宮を閉ざす。あんたも早く出ろ」
「一護、俺は、」
「今までありがとな、親父。でも、
……
いや、なんでもねえ。みんなにも伝えておいてくれ、もう黒崎一護のことなんて忘れろ、って。約束な」
なおも言い募ろうとする父の体を、黒い斬月が引きずるようにして連れ出した。しんと静まり返る宮の真ん中で、一護は深く息を吐いて足を崩す。振り向いた先には、百年間そこに在り続けた空の霊石だけがある。
仕方のないことだ。仕方がない。だって、この先に進めない一護とは違い、彼らは人生が続くのだから。それを見届けられないのは残念だけれど仕方ない。そういうものなのだと、本当はずっと前から知っていた。心の隅で期待をして、彼らのことを羨んで、いじらしく待っていた。それが怒りに転じる前に、意識も心も閉ざして眠ろう。
ばかな夢を起きながらみるのは、ここで終わりにしてみせるのだ。
2026.03.23
みちしるべ
幼少攫われ、帝国育ちの一護のユハ一
「おれが神さまだったら、こんな世界にはしなかったなあ」
頭を撫でる手がぴたりと止まって、一護は顔を上げた。まずいことを言っただろうかと思ったが、怒っているようには見えない。無言で続きをうながされて、一護は一度手元の本に視線を落としてからゆっくりと口をひらいた。
「もっと空を明るくしたし、どこだって全部平和にしたし、もっとみんなが過ごしやすくて、笑えるような世界にした。力がなくたって虚に怯えなくていいし、力があるからって死神に追われることもない、そんな世界」
「随分と甘い神だな」
「父さんはちがうの?」
「さてな。おまえはどう思う?」
神さま、皇帝陛下さま。
そう呼ばれるところを一護は時折目にしてきた。それは町の老婆であったり、城の兵士だったり、たどたどしい口調の子どもであったりさまざまで、けれど皆似たように手を重ねて祈りを捧げていた。笑顔で、泣きながら、苦しそうに、無表情で。
ザイドリッツが現世から手に入れてきてくれた本を閉じて、一護はユーハバッハにもたれかかった。大きなソファは二人で並んで座ってもまだ余裕があり、隙間をクッションで埋めている。ブランケットを引っ張って首もとまでかぶりながら、盗み見るようにして頭上を仰いだ。カップに口をつけてコーヒーを飲むとき、ユーハバッハは目を閉じる。そのおだやかな横顔がとても好きだった。
「
……
神さまだったら、おれのものにはできないから、父さんは父さんのままがいい」
「ほう、知らなかったな。私はおまえのものなのか」
「そうだよ」
意地悪を言って笑うのが悔しくて、わざと頰を膨らませた。機嫌取りのために差し出されたクッキーを行儀も悪く口で受ければ、バターの香りがめいっぱいに広がる。夜遅くに食べるとハッシュヴァルトが怒るけれど、いまさらだ。美味しいものは美味しいし、もらえるものはもらわなければ。クッキーも体温も愛も世界も役割も、一護にとっては同列だ。全部がぜんぶ、大好きな父から与えられるものだ。
「ずっとおれと一緒にいてね」
「仕方のない子だ。今晩も?」
「うん。だめ?」
「構わん。が、狭いというのに物好きだな」
本を机に置いて、立ち上がった父のあとをついて歩く。広いベッドは特別で、そのベッドにもぐりこんで許される一護も特別だ。それがとっても誇らしく、うれしく、自慢だった。頭を撫でて褒めてもらうためなら、なんだってできると思えるほどに。
「父さん。おれ、ぜったいに世界を変えるからね」
「ああ。期待している」
けれどその前に歯磨きを、と、指先を口もとに押しつけられる。バターの香りをごくんと一度飲み込んで、一護はしぶしぶ、はあいと気の抜けた返事をあげた。
2026.03.27
きみに餞を
霊王√ ブレソル10周年記念デザインの一護とメゾンドの話
服装の変化は副産物だった。一護の霊圧上限を知るための検査過程で、段階的に霊圧を上げて記録していく時に、際限なく放出されるそれらの行き場を作ってやろうと思ったのがきっかけだった。
霧散するだけのそれらを集めて織り、常と同じように死覇装のかたちで再構築して纏わせる。余剰分は遊びに使った。着飾るという点では黒い片割れのほうが知識があるため、お互いにあれこれ注文をつけながら白の羽織をベースに装飾をつけた。霊絡の赤を羽衣状に、魂の橙を力強い土台に、虚の角と刀の鍔を模した金飾りを双肩に。
やると決めるとつい凝り始めてしまい、当の一護が何が何だかわからぬまま困惑しているのをいいことに髪先にまで霊圧を滾らせた。伸びた毛先は白く透け、ぼんやりと光をまとって陽光を弾く。仕上がりは上々だった。検査担当の阿近と名乗る死神は「黒崎、なんだそれ」と半笑いで記録していたが、一護は最後までずっと「知らねえ
……
何
……
?」と困り果てていた。しまいには歩こうとすると空中歩行となり、誰の仕業かようやく気付いた一護に呼びつけられて硬い床に二人並んで正座する羽目になった。
最終的に、戦闘には向かない装飾をつけたその衣装は一張羅と呼称することで丸く収まった。普段の格好では必要のないとっておきだ。好奇心と悪戯心からうまれたそれを身にまとい、腰に手を当ててため息を吐いた一護は、けれどそれでも笑っていた。装飾の意図にもきちんと気付き、角飾りを指して「おそろいだな」とはにかんでいた。
―――
鐘の音が鳴っている。
天の[[階:>きざはし]]を一歩踏みしめるたびに鐘が鳴る。鐘が鳴るたびに一護の中身が消えていく。付き人として侍ることを赦された二対は、けれど声だけは奪われて無言のまま、唇を噛みしめて一段後ろを進む。引きずる布が邪魔そうに見えて、白い男は手を伸ばしてそれを掴んだ。鮮やかなオレンジの、燃えるようにぱちぱち光る一張羅。
黒い男もこちらに倣い、風に揺れる髪を持ち上げる。一護はどれにも無反応だった。床に引きずっても、髪に触れられても、震える手で服を握られても、表情が抜け落ちたまま静かに天へとのぼってゆく。
一番上まで辿り着いて、振り向いた先にはもう階段は無かった。後戻りはできない。この先に未来は無い。世界のシステムとして組み込まれる存在には、それを憂うだけの心も持ち合わせない。
「一護」
大内裏に入ったことで弱まった黒の呪縛を振り払い、斬月は静かに名を呼んだ。感情的な変化はなくとも、個体名を識別した一護がこちらを向く。ガラス玉のような瞳に情けない己の顔が映るのがわかって、せめてもとぎこちなく笑ってやった。怒りをぶつけたって今更だ。もうここには誰も干渉しない。誰に見られることもない。誰に届くわけでもない。
「綺麗だぜ、その格好」
似合わない台詞を風に溶かして目を伏せる。すぐにでも思い起こせるはずのはにかんだ笑顔が、今はずいぶんと、揺らいで霞んで見えてしまった。
2026.06.25
贅沢者(※未完、尻切れ)
1200年ほど前にタイムスリップした20歳の黒崎一護さんとユーハヴェーハくんの話
「星が落ちてきたと騒いでいた」
口をあけていた一護は、こぼされた言葉にまばたきを返すと、一旦スプーンを置いた。「星?」とたずねると、赤い瞳が細められる。
「この村の者は霊力が低い。だからおまえの姿が見えず、おまえが起こした空気の摩擦や砂埃、薙ぎ倒された木だけを見る。そこに死体が見つからなければ、天変地異か異常現象だと思うだろう」
「ああ、どうりで熱心に祈ってると思ったよ」
視線を落とし、スープにうつった月ごと掬う。ゆらゆら揺れて消える光を目で追いながら一護はスプーンを口へ運んだ。食べられそうな草と、森で狩ったウサギ肉を煮込んだだけのスープ。半ば強制的に駆り出されていた浦原商店のサバイバルサマーキャンプの経験が活きてくるだなんて思わなかった。備えあればって言うでしょう? と、容易に想像できる声が笑いつきで脳裏をよぎる。
村で神さまのように扱われていた少年は、一護のことをまっすぐ見据えて「誰だ」と問うた。その面差しに見覚えがあって、しばらく驚いて固まったのち「
……
通りすがりの迷子だよ」と答えたのが少し前のことだ。
「それで? 実際のところどうなのだ。貴様は何者だ?」
「うーん
……
」
本当のことを話すかどうか。元より荒唐無稽な話だ。一護だって、隣に座る子どもの顔を見るなり裡側で騒ぎ出した黒衣のおとこの声がなければ信じなかった。世界の境は越えてきたが、まさか時まで越えるなど。
「あんたの息子」
「は?」
結局悩んだのは数秒だった。隠し事が下手であるという自覚はあるし、なにより反応が気になった。ぽかんと口をあけて目をまるくする少年のさまを見て、言ってよかったな、といたずらっぽく笑う。
*
「千年と少し待てばおまえに会えるのか」
「大した出会いじゃねえと思うぜ」
「では、劇的になるよう祈っておこう」
「誰にだよ、神さま」
「おまえにだ、流れ星」
2026.07.01
ユーハヴェーハくんvs天鎖斬月の謎時空バトル
大聖弓をいくつも掲げるのは奴の癖だった。己の力を誇示し、相手を屈服させるのにわかりやすくて都合がよいからだ。それが見た目だけのお飾りではなく威力も申し分ないともあれば、使わない手はない。
だからこそ読みやすい。すう、と息を吸って、止めて、眼前を凝視する。放たれた矢の軌道を目測で読み、天鎖斬月は右腕を振るった。纏わせた月牙で叩き折り、打ちのめし、虚の霊圧が触れたことで結合が解かれて散らばった霊子を己のものとして利用する。己の裡で片割れが笑った。表を譲ってくれている彼は、誰よりも好戦的で理性的だ。文字通り手と力を貸して、好きにやれと悪魔のように囁いてくる。
片角に収束する光を見てユーハバッハが嗤った。勢いを増した矢が常軌を逸した軌道でこちらに迫り、天鎖斬月の体を撃ち抜く。脇腹に穴が空き、太腿が裂け、刀を手にした腕が飛び
―――
……
そのそばから再生する。まばたきを許せば、現れるのは新しい肉体だ。吹き飛んで塵となった腕からこぼれた長刀が、風を裂いて手元に戻った。反動を抑えるために錨としてその場に突き立て、狙いを定める。
「は、ははははは!! 化け物め!!」
「どうとでも。我らが銘を求めるのはただひとりだけだ」
王虚の閃光、月牙天衝。相反する力を混ぜ合わせ、天鎖斬月はそれを放った。滅却師の始祖にはめっぽうよく効く、とびっきりのとっておきだ。
「月虚閃」
己と同じ顔をしたユーハバッハが嗤う。その憎たらしい笑みごと吹き飛ぶように、天鎖斬月は同じようにして笑ってやった。
2026.07.02
行きはよいよい
あやかし浦+一 フォロワーの作品から書かせていただいたものです
「エエッ? キミ、あの祠壊しちゃったんスか?」
如何にもという風貌の男だった。教科書で見るようなかたちの着物、烏帽子、赤い紐飾り。どうしよっかなァ、と頭を搔く男は、その実まったく困った様子もなく目だけをこちらに向けていた。ざざ、と、吹いた風が揺らす木の葉とおなじ髪と目の色をしている。
「キミ、お名前は?」
「
……
黒崎一護」
「黒崎サンね。何がどうして壊れちゃったんスか? アレ、結構頑丈だったと思うんスけど」
「知らねえ、
……
っつーか、わかんねえ。たまたまここを通りかかって、何かに足引っ掛けたのはわかるんだけど祠には触ってねえし
……
」
「成程」
白い扇子がぱちんと音を立てて閉じられる。隠れた口もとが笑っていたような気がして、一護は反射で一歩下がった。その動きを視線で追われる。一挙手一投足を見られている。
落ちた日の欠片が木々の合間に消えていく。夕闇がおとずれて、境内の雰囲気がしずかなものへと移りゆく。ひんやりとした風が頬を撫でるのとはまた別の、根源的な悪寒が背筋を這った。
「あの、弁償は後日でもいいすか? 今持ち合わせがなくて」
「だーいじょうぶっスよォ。古いものはいつか壊れるものです、それが今だったというお話っスから。ボクとしちゃあ、お礼を言いたいくらいっスね」
「
……
お礼?」
「ハイ。キミのおかげで、久々に息が吸えましたんで」
目が光って見えたのは、おそらくはまぼろしだった。けれどまばたきをした先で、視界いっぱいに男の顔が広がる。にこやかに、うれしそうに、どこか人を小馬鹿にしたように。笑う男の背後で、豊かな毛並みが風に揺られて影を落とした。
「どうもォ、ありがとうございました黒崎サン♡」
長い爪が額に触れる。酩酊する視界の先で、胡散臭い狐がひらひらと手を振っていた。
2026.07.15
スーパー・ノヴァ
霊王√→解放後の雨竜と一護の話
2026黒崎一護誕生日記念
蝉が鳴き始めると夏を実感する。梅雨明けの空は快晴で、降り注ぐ日差しは痛いほどだった。ここぞとばかりに洗われたシーツたちがいっせいにばたばた音を立てるのを横目に、熱をはらんだ廊下を進む。途中すれ違った花太郎が「今日は調子がいいみたいですよ」と教えてくれた。礼を言い、目的の部屋へと足を向ける。
採光用の大きな飾り窓が取り付けられた一室は、この屋敷の中でもっとも日当たりが良い角部屋だ。屋敷の佇まいは古き良きといった具合で質実剛健を地で行く趣のあるものだが、空調設備は最新式を揃えられており、完璧な温度管理がされている。
「おはよう、黒崎」
「
………………
、おはよう」
ひと声かけてから障子を引いて顔を出すと、ややあって返答があった。布団から身を起こし、座椅子に背をあずけてぼんやりとしていた一護の瞳がしっかりとこちらを捉える。本当に調子がいいようだ。
「朝食は食べられたかい?」
「
……
スープは飲んだ」
「そうか、ならよかった。お土産があるんだ、勇音さんからは許可をもらっているよ」
首をかしげる一護の隣に座り、手にしていた紙袋からタッパーを取り出す。ぱか、と蓋を開けると途端に広がる芳香に、一護の瞳がわずかながら輝いた気がした。ももだ、と、ちいさな声が漏れる。
「熟して甘くなっていてね。柔らかいし、食べやすいはずだ」
ひと口よりもずっと細かく、ほとんど角切りにしたうす淡い桃をスプーンに乗せる。一護がひらいた唇の合間に差し込むと、筋張った喉がゆっくりと動いて嚥下した。むせてしまわないか気をつけながら、一護が口を開けるのを待ってからスプーンを動かす。その間、一護と雨竜のあいだに会話はほとんどない。
一護がここまで動けるようになるまで、六年かかった。彼が今世の霊王の座につくことが決まってからはおよそ五百年。必ず助け出すと誓っておいて、それだけの時間を彼の命のもとに護られて過ごした。
お役目から解放されて始めの一年を、一護は眠ることなく終えた。霊王は世界のすべてを見渡すものであり、その眼に特異性があらわれる。初代霊王は四つ、二代目は三つ、三代目を務めた一護は五つ。
五百年間、その眼は閉じられなかった。ヒトとして生きる感覚から永く離れた彼は、眠り方はもちろん、目蓋を下ろすことも忘れていた。そんな機能は必要なかったからだ。どこを、何を見るでもなくただ開かれた瞳が虚空をさまよい、目の前で振られる手にも涙ながらに揺り起こす声にも反応を見せなかった。
雪の降る日のことだった。きびしい冷え込みに白い息を吐きながらこの廊下を歩いて部屋を訪れると、雪よりも白いおとこが幽鬼のように部屋の中に立っていた。反射で弓を構えかけた雨竜に対し、おとこはちらりと視線を向けただけで、あとは一護をじっと見下ろすばかり。その面差しが彼にそっくりであることに気付いた雨竜が詰めていた息を吐くと、おとこはその場に膝をつき、白い手で一護の髪を撫でた。前髪を上げ、額に手のひらを沿わせ、目もとを覆う。
『
……
もういい。もう眠っていいんだ、一護』
おとこが告げたのはそれだけだった。手のひらが離れたあと、一護の目蓋は閉ざされていた。まるでその言葉でゆるされたかのように、それから彼は三年ものあいだ目覚めることなく静かに眠り続けた。
「
……
ごちそうさま」
「苦しくないかい?」
「うん」
「ならよかった。眠るなら動かそうか」
「
……
このままで、いい。外、見たいから」
「わかった。こっちの障子も開けるよ」
桃の香りをまとった一護が、夏の日差しに照らされて輝く庭をまぶしそうに見つめる。タッパーを片付けながら、雨竜はその横顔を盗み見た。風に揺られる風鈴の音が、静かな屋敷の中に響く。
白いおとこは名乗らなかったが、彼が何であるかはみな検討がついていた。長い長い眠りののちに目を覚ました一護がものを食べられるようになるまではまた一年かかり、こうして受け応えができるようになるまでにさらに一年。赤子からやり直しているかのようなそれは、まさしく新たに生まれなおすための期間だった。
「そうだ、黒崎。今日は夜更かしをしていいそうだ」
「
……
?」
「明日はきみの誕生日だからね。日付が変わるのと同時に、空鶴さんと岩鷲くんが花火を打ち上げるらしい。さっき見てきたけど、すごかったよ。屋敷のまわりにぐるっとたくさん並んでて」
「花火
……
」
三文字を口の中で転がして、一護はうつむいた。眉を寄せて難しい顔をしているので、何かあったかとそばに寄る。自由のきかなかった体には今もまだ楔とされた後遺症が残り、痛みや苦しみに喘ぐ夜もあれば、眼を閉じられず人形のようになる朝もあり、目の前にいるはずの半身の名を叫び続ける昼下がりもあった。兆候は早めに気付くに越したことはない。
雨竜の懸念とは裏腹に、一護は視線を上げて雨竜のほうを見た。表情の乏しくなった彼の、けれど精いっぱいの困り顔で、あのさ、と口ごもる。
「
……
晩ごはん食べる前に、寝ていいかな」
「
……
お腹、空きそうにないのか?」
「そうじゃなくて、その、
……
起きてるの、むずかしいかも、だから」
「ああ、なるほど。じゃあ後で遊子ちゃんに伝えておくよ。でも明日は気合いを入れるって張り切っていたから、覚悟しておきなよ」
「
……
うん」
それは、紛れもなく微笑みだった。口角がわずかばかり持ち上げられただけの、けれど皆が待ち望んだ、黒崎一護の笑顔だった。
夜をともに過ごすために努力して眠ろうとする一護を前にして、雨竜もまた肩から力を抜いた。足を崩し、お茶を飲み、一護にならって庭に目を向ける。ここからは見えないが、発射台は本当にたくさん並んでいた。志波家が誇る花火は五百年間欠かすことなく七月十五日に打ち上げられており、今年はようやく、そこに祝いの席も設けられた。きっと華々しく騒々しい、誕生日にふさわしい賑やかな一日になるはずだ。
「たのしみだ」
「そうだね」
早めに眠るなら、腹もちのするものを用意したほうがいいだろう。喉越しのよい柑橘のゼリーを作ってもらいに行こうと決めて、雨竜はひとまず、目の前の友人の手を握った。弱い力で握り返して笑う一護がこの先瞳に映すひかりが、まばゆく輝くものでありますようにと祈りながら。
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