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豆炭々炬燵
3293文字
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モアナと伝説の海シリーズ
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【マウモア】trial and error【タマモア】
手放し難く忘れ難い幸せのぬくもりを忘却の揺り籠に寝かせ徒花の子守唄を謡う
モア海2の設定を踏襲しつつエ/ル/フでマウイを助けるため己の身と引き換えに運命を書き換え続けるモアナの話。普段よりも増して雰囲気重視。
1
2
噎せ返るような深き森に佇む壮麗たる白亜の神殿。
其処に御座す大海原を航海する者を導き、陸と海を繋ぐ尊き神が朽ち果てる事無く愛藏されている。
老いに見放されたうら若き乙女の半神半人。悠久を過ごす彼女の四肢に嵌められた信仰の鎖。その冷たさと温もりに憂いた視線を投げ掛け愛おしげに指を這わした。
そして、先刻怯えた顔で足元を縺れさせ駆けて行く幼き童の背を見遣っては微笑んだ。
聖域である孤島に人が訪れるなぞ稀な事。それが神官や神職に携わる者では無ければ尚の事。
肝試しか見栄を張った出まかせか。煌めく珊瑚の砂に下り立つ幼き気配に女神は開け掛けた瞼を再び閉ざす。
耳を澄ませ信者が恭しく此の身が穢れぬようにと隔てた檻の前、恐る恐る伸ばされる尊く懐かしい指と手、温もりに女神は横たえていた身を起こす。
眼に映り込む面影を残す童。不安げに眉尻を下げ瞳孔を揺らめかし言葉未満の声が冷たく硬い石の床を撫でまわす。
好奇心で伸ばし初めて触れた柔い女性の肌が殊更刺激が強かったと見える。
数千年の間、感情を表に出さなかった女神が柔和に微笑み金色の刺繡が施された左手で童の胸をそっと突く。指先からじわり広がる明星が蒼穹に彩を変え、指先が離れるのに合わせまっさらな太陽に愛された肌色へと戻る。
折り畳んだ膝上に伸ばしていた手を置いた事で硬い鎖の音が反響したのを皮切りに童は弾かれたように神殿を後にした。
これでいい
これでいい
無力に打ちひしがれ慟哭する日々に別れを告げられるのならば
命の灯が消えてしまう愛おしき半神半人の英雄を救えるならば
正気ではいられない悠久の時に身を魂を捧げるのも厭わない
母親に捨てられてしまう過去を変え
神々に拾われる過去を変え
千年の孤独の過去を変え
私を庇って命を落としてしまう嘆きに満ちた過去を変える
何度目か幾度目か。ただの人間として人生を歩む数多ある彼の運命を手繰り寄せた。
その代わりに傅き崇め畏れ奉る象徴になるのを甘んじて受け入れた。苦笑交じり呟く「信仰対象だった彼の気持ちを少し分かった気がする」強がりを彼の胸に宿した力越しに彼の生活を眺める。
寝て起きるだけの無味で時間間隔が曖昧になる暮らし。何も食べなくとも衰えない存在を神と声高らかに言う人々の謁見が決められた日に行われるお陰で完全なる自我の消失を免れている。
数えるのを忘れたその日がまた訪れた。
疾うに半神半人の英雄だった彼より半神半人の年数が長くなってしまった女神は、数十年に一度孤島から運び出され敬虔な信者達が住まう島を訪れた。
一糸乱れぬ傅く島民達が作る道を信仰の枷を鳴らし練り歩く。遠くから聞こえる陶酔称賛する声々が女神の顔を曇らせ、精悍な顔つきになった青年の姿を視界端で捉えるなり陽の光を煌めかせる瞳を見開いた。
強く面影が残る風貌に女神は初めて童に出会った頃のように微笑み、何か言おうとしている青年の頭をひと撫でして彼の中から自分の存在していた何もかもの記憶を消し去った。
悲しみも温もりも、何もかも。
色褪せていた前世の記憶が彼の強い意志に呼応して甦る前に。
呆然と立ち尽くす青年の横を通り過ぎた女神はゆっくりと天を仰いだ。
雲一つない蒼穹を覆い尽くす重苦しい雷雲。雄叫びを上げる雷鳴に瞼を閉じた。何度も味わって来た記憶が勇み足になり眼窩で輝く忘れようもない暴力的な紫苑が耳を劈き音と視界を奪い去る。
言葉に出さずに口の形だけで別れの言葉を青年に告げた女神は膝を折りそのまま──、
「おっと勝手に物語りを終わらせるのは無しだぜ? 俺のシャイニーに煌めくイケガニ伝説が残ってんだからよ」
「タマトア!?」
誰もが聞いたことのない女神ことモアナの花の咲いたような声音に驚く暇もなく、突如仰け反るほど巨大な魔物の出現により阿鼻叫喚と化した。
そして、独特の模様が描かれた雷がモアナをその巨体で覆い被さっていたタマトアの甲羅を少しだけ焦がし全身に走る電撃がタマトアの体を一瞬発光させた。
「なっ
…
、え
……
なん、
…
っ」
質問したい事は巨万とある。長年口少なで過ごしてきた弊害で喋りたくてたまらない。
「いいのか嬢ちゃん。これ以上ない機会を逃しちまうぜ?」
タマトアに指摘され彼の下で狼狽していたモアナは、手に持った愛用のオールを握り締め大蟹の体を駆け上り煙がぷすぷす上がっている甲羅の上でオールの先端を掲げた。左腕からオールに流れる人ならざる強大な力が雷雲を吹き飛ばし蒼穹の空を取り戻す。
「ナロッ! この賭けは私の、」
「おれたち」
「
……
私たちの勝ちよっ!!」
俺の事も忘れるな。甲羅の上にいるモアナをジト目で見詰めるタマトアに言い直したモアナが如何足掻いても勝ち筋のない勝負に打ち勝った。
果てしない空の彼方。癇癪を起こしているであろう嵐を司る神を勝ち誇った顔で見上げ、焦げてしまった甲羅を労わる前に巨鋏に摘ままれる懐かしい浮遊感に口端をつり上げた。
「それで助けたお礼に私を食べるわけ?」
「食べる? 俺があんたを? まさか」
剽軽な顔で笑うタマトアが鋏で摘まんでいたモアナを下ろし何処からともなく一輪の花を差し出した。雷に打たれたのに瑞々しさを保っている清らかな甘さを漂わせる花と差し出している当蟹を交互に見つめ眉を顰めた。
「どういうこと
…
?」
「まだ俺がダサガニだった頃、迷い込んだ神殿で交わした約束忘れたとは、」
「
………
」
「おいおいおい。本当に忘れちまったのか」
「違う違うの。幼いあなたと過ごした日の事は覚えているわ」
そう、しっかり覚えている。マウイが生き残る道を探しているうちに何の因果かラロタイで出会った蟹の魔物タマトアとも出会っていた。普通のヤシガニサイズと変わらない彼と交わした約束はたしか
……
。
「人間を襲わない食べない、困っている奴がいたら助ける。ったく残虐非道がウリの魔物に交わす約束にしてはセンスが弾けてんな」
神としての威厳を忘れ滾々と魔物の声に耳を傾けオールを抱き締めるモアナを人々は遠目から固唾を飲んで見守っていた。
「提示された人数は
…
Ah~思い出したくもない。とにかく達成した日に俺から逃げようなんざ片鰓痛いってこった」
「俺はお前が好む人間の求愛を覚えた」
お喋りしている間、鉄脚や巨鋏を賑やかに動かしていたタマトアだったがモアナに差し出した花を掴んでいる巨鋏は片時も動かしやしなかった。繊細な力加減で折られずに咲いている花に宿る健気な魔物の想いが女神の良心を擽る。
「幼気な蟹心を弄んだ責任は取るべきだ」
「幼気
…
」
ちょっと物申したい気持ちを横に置き俯いていた視線を花、そしてタマトアの右目を辿り、また風に揺れている花に戻した。モアナの迷う心の背を押すタマトアの純朴な行動がいつしか邪悪さを帯びているとはつゆ知らず、可憐に咲いている花に手を伸ばしかけたまさにその時、大蟹と女神の間にこの時代では人間”だった”マウイが躍り出た。
幼少期モアナに触れられた場所を中心にして青い火花が夥しいタトゥーになって駆け巡り、天に掲げた右手に遥か空から巨大な釣り針が物凄い速度で落下し難なくマウイはそれを受け止めた。
「俺のモアナを口説こうなんざ一億年早い」
「それなら一億年待つだけだ、友よ」
一触即発。邪悪な笑みを浮かべるタマトアにマウイの面貌が鬼気迫るものであり、背中に伝わる懐かしい衝撃につり上げていた目をまん丸にする羽目になった。
「お涙頂戴感動の再会ってやつか」
すっかりやる気が削がれたタマトアが多い脚を踏み鳴らしその場を立ち去ろうとするも後方から涙声で。
「あなたもいっちゃいやあ
……
」
と、完全に懐かしい相手に再会して離れたくないと愚図る尊い女神様の希いに何とも言えない顔で睨む旧友にタマトアは持っていた花を興味薄で口の中に放り込み二人の傍に寄ったのだった。
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