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夢篠
2025-03-11 22:38:11
2015文字
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黄昏星(雑渡双子妹)
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黄昏に星二つ
雑渡の双子妹はもうすぐ嫁いでしまう
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2
ナマエ
の輿入れの日取りが決まった。嫁げばきっと二度と、この里に帰る事は無いだろう。兄の私がその事について何かを言及する事は出来ない。ならば、
ナマエ
がその見えない心を与えたに過ぎない陣内には、余計に何も言う事は出来ない。
当然何も知らされる事の無い私がそれとなく嗅ぎ回って分かった事は相手は私たちより幾分か年嵩の男で酷く忙しく、屋敷を空けがちなのだとか。人柄も暖かみの欠片も無いと聞く。
ナマエ
は寂しがりだから、そんな男に嫁いでしまったらきっと何度も寂しくて泣くのだろう。もしそうなったら、その時は陣内を思い出すのだろうか。私を思い出す事は、果たしてあるのだろうか。
「
ナマエ
が旦那様の許へ行く日が決まったのよ」
ひと月振りに顔を合わせた片割れはとても穏やかな凪いだ顔で微笑んでいた。半年程前に酷く取り乱して泣きながら私に縋っていたのが嘘のように。あの日に何があったのか、私は知らない。
ナマエ
も答えなかった。確か
ナマエ
はあの日は朝から書庫に篭っていた筈だ。泣きながら彼女はただ一言、どうして、と問うた。何についての問いなのか、私には分からなかった。
「
……
そうみたいだね。とても忙しい人物なんだって?」
少し意地の悪い言い方をしてしまってから後悔した。
ナマエ
は困ったように笑うばかりで、それに余計に後悔が湧く。そしてその顔が私のために変われば良いのにと思ってしまう。私の言葉で喜び、私の行動で泣き、私の想いに心を揺らしてくれれば良いのに。私たちが同じ女の腹から生まれ落ちていなければ、私にもその願いを持つ事が許されたのだろうか。
「昆兄様もご存知なのね。
ナマエ
は長烈様に調べて貰ったのよ。でも、無体を働く方では無いそうだから、きっと大丈夫」
「
……
お前に無体を働くような男だったら、まず父上が許さないだろう。皆を引き連れて殴り込みに行くのだろうね」
「
……
では乗り込む先頭に、昆兄様がいてくださいね。約束よ、ねえ、兄様。
ナマエ
が、兄様を呼んだら、」
微笑む顔が強張っているのが見ただけで分かる。痛ましいくらいに虚勢を張っている
ナマエ
を哀れに思った。本当は、
ナマエ
が怖れている事くらい分かっていた。顔も知らぬ歳も離れた男の許に身一つで嫁ぐ事も、愛した男に心を捧げながら別の男に抱かれて世継ぎを生まねばならぬ事も、その愛した男も何れ自分ではない誰かを娶って子を成さねばならぬ事も、何もかも。
ナマエ
は怖れ、哀しんでいる。本当に哀れな娘だと思った。
「
……
ナマエ
」
「
……
いいえ、何でもないの。嫁いで仕舞えば
ナマエ
は、
……
いいえ、わたくしはもう、タソガレドキの家には戻れぬのですものね」
儚い笑み顔は私たちが幼い頃には見た事の無い表情だった。それは美しく心惹かれるけれど、私は昔の何も知らない
ナマエ
の笑う顔の方が好きだった。ただ、ひたすらに好いた相手に心を寄せて己の感情の赴くままにころころと変わる表情を見ているのが。
「いつの間に、お前はそんな風に物分かりが良くなったの」
「わたくしはタソガレドキの忍び軍組頭の娘なのよ。そんな事、生まれた時から知っていたわ」
覚悟の決まった目が美しくて、だからこそ私は
ナマエ
を愛したのだと思った。その気高い目に私は惹かれ、叶わぬ想いを寄せた。この想いは生涯叶う事は無いだろうし、来世に携えるべきでも無い。それでもきっと、私はこの娘を愛したまま生きて死ぬのだとこの時に感じた。これだけは私の特権で、誰にも譲れぬ私だけの物なのだと。
「
ナマエ
は本当に、強い女だね。それでこそ、父上の娘に相応しい」
「
……
そう、であれば良いのですが。わたくしがお山の向こうの殿方に嫁ぐ事が里のためになるのなら、それはきっと幸福な事なのですよね。
……
それが、父様や兄様や
……
、『彼の方』のためになる、のですよね」
自らに言い聞かせるような言葉は震えを隠せていない。堪らなくて、自らに言い訳をして、その小さな身体を腕の中に収める。あにさま、と小さな声と共に細い指が私の装束の袖を握った。
「
ナマエ
、」
「兄様
……
。ねえ、兄様。わたくしの事、どうか誇りに思ってください。わたくしがお嫁に行く事は、哀しい事ではないのよって言ってください」
「
……
そう、だね。お前は私たちの為に行くのだよ。お前のお陰で私たちはまた、大きくなれる」
腕の中の小さな塊は、前世では私の心中相手だったそうだ。迷信深い大人がそう言っていた。下らないと思った。前世の私の想いが今の私の想いを形作っているなど、ある訳がない。私は私の意思で
ナマエ
に想いを寄せた。それは誰に運命付けられた訳でもない、私が自ら選び取った選択の結果なのだから。
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