うん、これで間違いはないはずだ。
今朝家を出る前にだって何度も確認したし、母に渡す分や風紀委員会の分、生徒会執行部の分と混ざらないように調達する店だって変えて、包装だってうんと特別なものに変えてもらったのだから。
レース模様のラッピング袋の口には濃紺と白いオーガンジーを二重にしたリボンを重ね合わせ、水色の薔薇の造花を添えてある。念入りに包装された〝本体〟を入れる水色にレース柄をあしらった紙袋の持ち手には、ゴールドのロゴ入りの真っ白なリボン
――彼女が目にすればきっと「かわいい」だなんて言ってくれるはずの豪華なラッピングは僕が手にするのには随分不釣り合いな気がするのだけれど、今日ばっかりは許してもらおう。
こほん、と咳払いをしながら鞄の中身を今一度確認し、きょろきょろと周囲を見渡す。〝いつも通り〟なら、教室を出るタイミングを見計らって廊下でばったり会った時にでも、とするところだけれど
――そんな偶然を当てにして、万一すれ違うわけにはいかない。なにせ今日は、大切なあの日からちょうど一か月後の、決して逃すことのできない大切な一日なのだから。
――「明日は君と一緒に下校をしたい。放課後に中庭で落ち合えないかい?」
昨晩の帰宅後に送った携帯メールとその返答を見返し、思わずぼうっとため息をつく。
いささか強引だったろうか? いや、彼女だってなにかしら期待はしてくれているはずだろうし
……そわそわと落ち着かない心地のまま、そよ風にかすかに揺れる葉の瑞々しい緑のきらめきと、そこからこぼれ落ちるまばゆい木洩れ日の光にぼうっと見惚れる。
昼休みにも放課後にも、どこか緊張を隠せないようすで贈り物を渡す男子生徒たちの姿を多数目にしたものだ。
自分もまたその一員に加わるのだ、これから
――行動こそは去年と同じはずなのに、一年前とはまるで違う思いが胸の中を埋め尽くしていることがなんだかいとおしくってたまらない。
落ち着いて
――まずはもう一度深呼吸だ。
深く息を吸って吐き、ざわめく胸の内をどうにかなだめるようにしながら部活へ向かうもの、帰宅するもの
――それぞれの目的地を急ぐ行き交う生徒たちのようすをぼうっと眺めるうち、ふいに視界に飛び込んだ影が視界の端でまばゆく光輝く
――見間違えるはずなんてない、彼女だ。
「氷上くん!」
こちらを視界に捕らえた途端、輝くように明るい瞳により一層鮮やかな色が点る。
思い上がりでなければいいのだけれど
――こほん、と小さく咳払いをこぼし、平静を装うようにしながら、小さく手を振って僕は答える。
「ごめんね、遅くなっちゃって。待ったよね?」
屋外とは言え、人通りの多い場所で走ることはよくないと判断したのだろう。気持ちばかりの急ぎ足で駆け寄ってくれた彼女を前に、にこりと笑いかけるようにしながら僕は答える。
「いや、いいよ。時間まで指定したわけではないしね。それに僕は
……こうして、君を待つことも楽しいんだ」
「
……あぁ、うん」
少し間をおいて投げかけられた返答の言葉に、胸の内からはさざなみのようなざわめきが巻き起こる。
また何かおかしなことでも言っていたのだろうか
……? いや、失礼はなかったと思うのだけれど。どこか落ち着かない心地でいるこちらに気づいたのか、気遣うような優しい笑顔がふっとこぼされる。
「ねえ氷上くん、そろそろ行かない?」
「
……ああ、そうだな」
促されるようにそっとその場を立ち、並んで歩き出す。手を繋ぎたいな、だなんてことを少しだけ思うのに、いびつに震えた指先は少しもその場から動かせない
――だってほら、ここはまだ学校で、僕は風紀を守る立場を仰せ使わされていて
――そういったことはまぁ、もっと相応しい理由がある時だけで構わない。
……まだ。
「ところで海野くんその、少しいいかな?」
下校時に時折立ち寄る児童公園のベンチ
――喫茶店とは違って人影もまばらだし交際費もかからない、自分なりに思案したうってつけの場所でそっと、通学の鞄の奥に忍ばせていたとっておき(のつもり)のお返しを取り出す。
「先月はとても結構なものをいただいてしまっただろう? これはその、お返しだ。気に入ってもらえるとうれしい」
こほん、と咳払いをしながら取り出した紙袋を前に、傍らの彼女の瞳は鮮やかに光り輝く。
「わぁ、ありがとう
――すごくきれい、かわいい。ねえ、開けてみてもいい?」
「ああ、もちろんだ」
すこしだけいびつに震えた言葉に促されるかのように、しなやかな彼女の指先は袋の中身をそっと取り出すと、丁重な手つきで包みをほどいていく。
「わぁ
……!」
思わずこぼれる感嘆のためいき混じりの言葉に、ひとまずはそっと胸をなで下ろすような心地を味わう。
星形の透明なプラスチックケースの中には色とりどりの金平糖とマシュマロ
――ホワイトデーの贈り物のために、と用意された特設コーナーで吟味に吟味を重ねた末に選んだとっておきの品のつもりだ。
「ほら、君は以前、ココアにマシュマロを浮かべて飲むのが好きだと言ってたろう? もうずいぶん暖かくなってきたからそんな機会も少なくなってくるのかもしれないけれど
――なんだか、目にした途端に君を思い出したんだ。それにほら、この金平糖
――」
ぽそり、と小さくそうささやきながら、ポケットの中の携帯電話にそっと思いを馳せる。
去年の秋、修学旅行先の京都で色違いで買った色とりどりの金平糖のストラップは、ふたりで過ごした大切な時間を閉じこめた思い出の品だ。
「去年の修学旅行の
……わぁ、うれしいなぁ。すごくかわいい。ほら、そっくりだね?」
華奢な指先は通学カバンの中から携帯電話を取り出すと、しげしげと見比べるように、膝の上に置いた〝ほんもの〟と、食べられないそれとを見比べる。
「ピンクに白に水色
……わぁ、色もお揃いだよ? かわいいなぁ。食べちゃうのがもったいないや。記念写真でも撮ろうかな、一緒に。嬉しいなぁ本当に。氷上くん、すっごく素敵だね?」
かみしめるようにぽつりぽつりと洩らされる言葉に、じわじわと染み渡るような至福感が押し寄せる。
「あぁ
……よかったな、選んだ甲斐があったよ」
どこかこらえようのない気恥ずかしさにおそわれるのを感じながらぎこちなくそう答えれば、やわらかに綻んだ花のような笑みは、ただ静かにそれを受け止めてくれる。
「ねえ氷上くん、もうすぐ新学期でしょ。今年こそは氷上くんと同じクラスになれるかなぁ? 私ね、初詣の時に神様にお願いしたんだよ。『今年はますます勉強をがんばるので、最後の学年こそは氷上くんやちよちゃんと同じクラスにしてください』って。あ、でもせっかくなら三年生でも若王子先生のクラスがいいなぁ。さすがにそれはちょっと欲張りすぎかなぁ?」
無邪気な笑顔まじりにはらりとこぼれ落ちる言葉は、心を軽やかに弾ませる。
つられるような心地でくすりとかすかな笑みを浮かべ、僕は答える。
「いいんじゃないかい? 夢を持つ時には貪欲になりすぎるくらいがちょうどいいだろう? それに僕だってうれしいよ、君と同じクラスで若王子先生が担任だなんて、実現すれば夢みたいな話だ」
いかんせん授業に集中できなくなりそうなので、本音を言えばこのまま違うクラスでいた方が好都合なのだけれど
――それでも。
「ほんとう? うれしいなぁ、すごく」
途端に目の前であふれ出すかのようなやわらかなぬくもりに満ちた言葉と笑顔を目にしてしまえば、そんな不都合はたちまちに消え去ってしまう。
高校生活最後の一年は、将来への足がかりを掴むための重要な第一歩であり、ここからが大学受験への正念場となることを思えば油断は禁物だ。
学生の本分は勉学に励むことで、学校生活とは即ち、同じ目的を持ったもの同士で最低限の社会のルールを学ぶ場所に過ぎない
――〝青春〟だなんて言葉に象徴されるかのような、浮ついた思い出作りを求めるほうが間違っている。
――確かにそんなふうに思っていた、そのはずなのに。
「僕たちもいよいよ最終学年になるんだ、これからもお互いに気を引き締めあいながら、より一層と有意義な学校生活を送っていかないとな」
「
……うん、そうだね」
やわらかな木漏れ日に照らし出された彼女の顔が、ちいさくこくりと揺れる。一瞬の絵画のようなその儚くて優しい色をずっと刻みつけておく手段があればいいのに
――言いしれようのないもどかしさに心の内を揺らされるのを感じながら、上着のポケットの中に押し込んだ指先にぎゅっと力を込める。
僕たちが同じ学舎でこうして共に、限りある時間を過ごせるのは残り一年
――一年後の未来の僕たちには、いったいどんな景色が見えているのだろうか。もしも願いが叶うのなら、それはきっと。
ようすを伺うように、とそっと視線を傾けるこちらを前に、はぁ、とやわらかに息を吐きながら彼女は答える。
「なんだかプレッシャーだなぁ。でもせっかくなんだし、めいっぱい楽しまないと損だよね? どうなるのかなぁ、三年生。体育祭でしょ、文化祭でしょ、それにクリスマスパーティー! 今年はスキー合宿の年だもんね。ねえ、てっきり受験勉強漬けかなぁって思ってたけど、案外楽しいこともたくさんあると思わない? 三年生は文化祭の演劇もあるもんね。私、思い切って立候補しちゃおうかなぁ。ねえ、氷上くんはどうする?」
ぱあっと明るく弾むような声で告げられる提案を前に、どこか気圧されるような心地で僕は答える。
「
……あぁ、まあ。それもいいのかもしれないな、君が参加するのなら」
どんな形であれど、ひとつの同じものを作る場に参加できるというのなら、きっと意義深いものになるに違いないだろうし。
わずかばかりの期待と不安
――その両方の入り混じったかのような答えをぽつりと洩らせば、傍らの彼女からは軽やかに弾むような返答が返される。
「ほんとう? わぁ、また夢が増えちゃったや。うれしいなぁ。演劇なんて初めてだけどすっごく楽しそうだよね? 私ね、去年の三年生の劇ですっごく感動しちゃって、来年こそはって、実はちょっと憧れてたの。氷上くんと一緒ならきっと間違いないよね。ねえ、すっごく楽しみだね?」
「あぁ、
……そうだね」
ぎこちなく答えながら、ふっくらと芽吹きかけた、やわらかに膨らんだ花の蕾にそっと目をやる。
凍てついた日々のその先にはやがて、芽吹きの春が訪れる。去年までとはまるで違う、新しく彩りに満ちたその時間の中で僕たちはきっと、新たな鮮やかで優しい色をいくつも見つけることになるのだ。
(もしも神様がいるのならお願いです。一年後のこの日もきょうと同じように、彼女へと贈り物を渡す権利が僕にありますように)
決して口に出すことの叶わない願いをそっと、胸の中でだけささやきながら、ほんのひとときだけ瞼を閉じる。
たとえこれが儚い青春の幻でも構わない、この願いはきっと、この先もずっと輝き続ける宝物になるはずだから。
ちいさな星がまたひとつ、僕の胸の奥でだけ、まばゆく光る。
あとがき
大阪ではバレンタイン期間にコラボカフェが開催されており、氷上くんとバレンタインデート&本命チョコを渡せたのがすごくうれしかったので、この思い出を何か形にしたい! と小説を書こうと決意→きみたる開催日はホワイトデー! となったのでホワイトデー編を書き足しました。
お互いを思い合うかわいいふたりが書けてすごく楽しかったです。
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