めやぬら
2025-03-09 22:58:11
9439文字
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和食

和食の家庭ご飯を作って食べるニキひいの話。
確か(強いていうなら)和食好きなんですよね、ニキくん。
内容とは関係無いですが、なんで好きなんだろうとか、もしかしてご両親の思い出が一番多いのかな、とか考えました。
実際のところは品数が多いから、とかなのかな。


 和食、といっても幅は広く。懐石や鍋といった典型的な和食ではなく、和の食材を使った気取らない家庭料理に落ち着いた。
「結局何を作るの?」
「んーいんげんの白和えと〜味噌汁と〜……あと蕪と胡瓜の酢の物っすかね。メイン、肉と魚どっちがいいです?」
「肉がいいかな」
「んじゃ、お肉っすね〜。あとなんか一個欲しいけど……作りながら考えよっかな」
 キッチンで材料を揃えるエプロンを締めた背中。一彩は共有キッチンのダイニングテーブルでさやいんげんの筋取りをしながら、細々と働くニキを見守る。
 二人分だけとはいえよく食べる一彩と底無しのニキの分なので、量はそれなりだ。ステンレスに反射するボウル半分くらいの緑色を手に取り、細長い莢のヘタを折って筋をぴーっと抜いた。
 ニキは部屋の簡易的な水場よりも格段に広く充実した設備をめいっぱい使って、まずは片手鍋二つ水を注ぎ、火にかける。そして大きな冷蔵庫から取り出したのだろう、なにやら野菜の皮を剥き始めた。
 しゃりしゃり包丁で手際よく進められていく下拵えと下処理。壁に掲げられた時計のチクタクと秒を打つ音が雑念を追い払い、二人とも無言で作業に没頭する。
 キッチンから聞こえる作業音は、時間が経つほど変わっていく。その変化は料理が完成に近づいているのを示すようで、聞いていてとても心地良い。誰かが立てる生活音は時に耳障りなノイズになるが、ニキの音は安心するばかりだ。こんなにゆっくりニキの気配を感じるのは久しぶりで、判然としない暗い気持ちが少しずつ癒えていくような気がする。
 半自動的に作業を進め、とうとう最後の莢を手に取る。最後の硬い筋を取って、これで一彩に与えられた仕事は終わりだ。
「椎名さん、終わったよ」
「ありがと〜置いといて〜」
 筋取りが終わったいんげんのボウルを持ってキッチンを覗くと、薄切りの蕪と胡瓜がプラスチックの器の中で透明な液体に浸っており、ニキは次の料理の作業に移ろうしていた。まさかもう一品目が出来上がったのかと、作業台の空いているところに持ってきたボウルを置いて、酢の物になるらしきものを覗き込む。
「もう出来たの?」
「え?ああ、まだっす。これは置いとかないとしんなりしないんで」
「へぇ、そうなんだね」
「んー、なんか味濃いの欲しいっすよねぇ……
 そう言いながら先ほど一彩が筋取りしたいんげんをがさっと掴むと、手早くヘタを切り落として長さを整えていく。ざくざく適当な長さにされた莢は、火口で沸騰していた鍋に投入された。下茹でしている間に人参を取り出し、それもまた無造作に半分にする。片方はラップで包み、冷蔵庫へ。流れるようにひたすら材料を切って調理を進めるニキの表情は真剣そのものだ。脇目も振らず、というのはこのことか。
……椎名さん」
「ん〜?なぁに〜?」
 だが、集中していても、話しかけたら優しく答えてくれる。そんなところがニキの素敵なところだと、一彩は常々思っている。
「話しかけても良い?」
「良いっすよ、なんすか?」
 そう言いながらも料理を進める手は止まらない。鮮やかに色が変わったいんげんを湯上げし、下味をつけて和えていく。邪魔にならないよう、キッチンからは出てカウンター側から覗いた。
「その……どうして、僕に食事を作ろうと思ったんだい?……疲れているなら休んだ方がいいし、好きなことをして気分転換したら良いのに。ツアー後の、せっかくのオフだろう?」
 気になっていたことを尋ねた。すると、人参を細く切っていた手が、少しだけ止まる。が、数秒したら何事もないようにトントンと小気味良い音を立て始める。
「ん~、ちゃんとした理由はないんすよ」
「理由がないなら、僕は断っても良かったの?」
「そりゃまあ……断られたら仕方ないっすよ。弟さんには弟さんの都合がありますし。でも、断んないで欲しかったっす」
「どうして?」
……最近、一緒にいられなかったでしょ?」
 いんげんを茹でた湯へにんじんを入れる。これは、白和えになるのだろうか。
「弟さんはたまに食堂とかで見かけましたけど。ちゃんと顔見て話したりってなかったっすよね」
「うむ、そうだね」
「なんかね、それ見て……ずるいなぁって思ったんす」
「ずるい?なにが?」
「だって、僕が作ったものを食べてるのに、僕は君の顔も見れなかったんすよ?タイミングによっちゃ、僕じゃない人が作ったやつも食べてたし……なんか、悔しいなって」
 もう一つ、用意されていた鍋の沸騰したお湯に、お茶のパックに入れた鰹節が浸される。あれは味噌汁になるのか。
「その後も忙しくって、ろくに料理もできなくなって……ライブもロケも楽しかったけど、弟さんのご飯食べてる顔、ちゃんと見たかったっす」
……
「弟さんも、明日オフなんすよね?忙しそうだったし、どっか行くとかは僕もちょっとしんどいけど、ご飯食べるって約束してくれたら、そんときは一緒にいれるじゃないすか。僕が作ったご飯も食べてもらえるし……どうせなら、喜んでほしいんすよ」
 出汁をとっている間、冷蔵庫を開けてなにやら思案しているニキ。そんな約束などしなくても、同じ部屋なのだし、言ってくれたら側にいるくらい造作もない。そんな一彩の思いもつゆ知らず、ニキは蒟蒻を手にバタンっと扉を閉めた。弾力のあるそれを作業台に置いたら、茹で上がったにんじんを取り出しにかかり、いんげんの器に入れて和えていく。
「僕が喜ばせてあげられるのって、料理ぐらいしかないなって思ったんす」
 当然だと言わんばかりにさらりと告げて、隣に置いていた袋の灰黒の塊を手でちぎり、その端からまた湯に入れていくニキ。無造作にちぎられたこんにゃくは、湯に揉まれてぽにゃぽにゃと踊り、こちらの気も知らず楽しそうだ。
「そんな、こと」
 料理しか、なんて過小評価する物言いに否定を返そうとしたが、ぬめる手をすすいだ音に掻き消えてしまった。そのまま二の句が継げないでいるとその様子に気付いたのか、ニキはようやく一彩の顔を見上げ、困ったように笑った。
「ライブ、見てくれたんすよね。すごく嬉しいっす。シナモンにも顔出してくれてたよね。あんまり話せなかったけど、僕、夜ご飯食べに弟さんが来てくれた時は、今日も一日頑張って良かったって思ってたんすよ」
……
 そんな風に思ってくれていたのか。僕はと言えば、ライブを見た後、まだ帰ってこないんだなと実感してなんとも言えない落ち込みがあった。シナモンや食堂でも他のお客さんに呼ばれたりキッチンで調理に入っていたり、忙しなく働く姿を目で追ってしまっていた。
 こんにゃくを湯からあげる。酷使したお湯はなかなか濁ってしまっていて、もうこれを使うことはできないだろう。
「ねぇ、弟さん」
 片手鍋のお湯を捨てて水で浚い、軽くキッチンペーパーで拭いてからごま油を引く。香ばしい香りが一彩のところまでも漂って食欲をそそられるが、意識はニキに釘付けだ。
「僕ぁ弟さんに、何かしてあげたいんす。そう考えたら、一番喜ばせてあげられるのって、やっぱり料理くらいしか思いつかないんすよ」
 温まった油にこんにゃくを投入する。すると、バチバチバチッ!と激しい音を立てて水気が弾け飛び、思わず肩を跳ねさせてしまう。ニキは驚いた様子もなく菜箸で冷静にほぐしながら炒め始めた。
 機嫌良さげに口をつぐんだニキ。その様子を眺めながら、一彩は考えを巡らせた。
 もしかして同じだと自惚れてもいいのだろうか。会いたいと思っていたのは、ニキもだと。
 
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 出来上がった食卓には、先の宣言通り、白和えと酢の物、ネギと油あげだけのシンプルな味噌汁に、炊き立ての白米。もう一品として作られた雷こんにゃくと、そしてメインに。
「ハンバーグっす!」
 てれーん!なんて効果音を付けて出されたのは、和風ハンバーグというものだった。
「わぁ!これは洋食じゃないの?」
「細かい事はなし!味付けが和風だからオッケーっす!」
 がばがばのボーダー判定に思わず笑ってしまう。品数も定食ぐらい揃えられ、見るも美味しそうな夕飯が出来上がった。今日は人が少ないのか、二人しかいないダイニングに向かい合わせで座る。いつもの調子を取り戻して、食事に目を輝かせているニキ。一彩も手を合わせた。
「いただきます!」
「ん、召し上がれ〜」
 まずは白和えから。豆腐の滑らかな舌触りと、いんげんとにんじんのシャキシャキ感が残る歯触り。豆腐と出汁醬油での優しい味付けの小鉢ながら野菜の歯応えにより、満足度の高い一品となっている。 
「初めて食べたけど、美味しいね」
「たまに食べたくなるんすよね〜こういうの」
 一彩の反応を窺っていたニキも遅れて箸を伸ばしだ。
 こんにゃくは甘辛の濃い味、ピリッと舌に走る鷹の爪の辛さがアクセント。次いでご飯をかき込むと、米の甘みが辛さを緩和して美味くなる。ごはんが進むわけだ。酢漬けの蕪と胡瓜は少し甘酢に仕上げられており酸っぱすぎず、口の中をさっぱりさせてくれる。
 バラエティ豊かな副菜たちを順に賞味し、ほっと安心するような美味しさに頬が緩む。満足のいく出来だったのだろう、ニキの頬も緩んだ。
 さて、お次はいよいよメインである。
「和風のハンバーグだったよね、いただくよ」
「いっちゃってください!」
 大根おろしとポン酢をかけたシンプルなハンバーグ。中身はすりおろされた玉ねぎが入れられているのをみた。初めて食べる和風のハンバーグ、お味はいかほどか。箸で一口分を切りよけて、ニキからの視線も感じつつ頬張る。
「んっ!」
 噛み締めると、ハンバーグに閉じ込められていた肉汁が溢れ出しポン酢と混ざり合う。肉の脂とあっさりしたポン酢が調和して、食い出はあるが脂の飽きが来ない味が口に広がる。大根おろしも一緒に食べると、大根おろしが肉とポン酢の旨みを吸ってこれまた美味しい。
「美味しい、椎名さん!」
 初めての味に目を輝かせて、思わずニキを見上げる。するとニキはぱちりと瞬きして、嬉しそうにゆるりと笑った。
「そんなら良かったっす」
「今度から色んな場所で頼んでしまいそうだ!」
「なはは〜、たまに食堂でも出してたはずだから、頼んでみてください!」
「ウム、そうさせてもらうよ!」
 美味しさに夢中になって、次々と頬張る。ニキは穏やかに微笑んで一彩を見つめ、自らも箸を進める。
「弟さん、美味しそうに食べてくれるからこっちもうれしくなるっすね〜、なんかこの感覚久しぶりっす」
「そうなの?食堂のメニューやシナモンでも美味しいと言われているんじゃ」
「それとこれとは別っていうか……バイトの時は、なんか結構ライブしたときみたいな……『よっしゃっ!』って感じなんすけど、弟さんが喜んでくれたときは『良かったな〜嬉しいな〜!』って感じっす。……喜んでくれた?」
「それは、もちろん」
「うんうん!やっぱハンバーグにして良かったっすね~」
 嬉しそうな表情、愛でそやす眼差しの熱量は一彩の意識を簡単に攫う。恥ずかし気なく向けられる愛おしさは透き通ったように素直だ。大口で米をかき込むニキは純粋に嬉しそうだが、ものに釣られたと誤解されるのは心外だ。
「ハンバーグだけじゃないよ」
「え?」
 一人で食べたオムライスだってもちろん美味しかったが、どこか空々しく思ったのも確か。ニキが食べる姿を見て嬉しいと思う気持ちとは違うかもしれないが、ニキが他でもない自分だけに料理を作ってくれる特別感と、好物も考えてくれたうれしさ、二人で食べる安心感もあって。
「椎名さんも一緒だから嬉しいんだ。やっぱり一人で食べるご飯は味気ないから、明日も一緒に食べよう!その方がきっと美味しいはずだ」
 僕一人だけでなくて、食事を共にしたい。そんな思いから言えば、ニキはぱちぱちと瞬きして、困ったように眉を下げる。
「なはは……君を喜ばせてあげたかったはずなのに、僕が喜んじゃってるっすね」
 飾らずに伝えられる好意。照れたような顔には隠しきれない慈愛が溢れている。
「明日は弟さんの好きなものいっぱい作ったげるんで、一緒に食べましょうね!」
「うむ!」
 明るい一彩の返事と心底嬉しそうなニキの声が響くダイニング。夕飯を食べつつ続けられた会話は止まることなく、明日の献立を楽しそうに決めていった。