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めやぬら
2025-03-09 22:58:11
9439文字
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和食
和食の家庭ご飯を作って食べるニキひいの話。
確か(強いていうなら)和食好きなんですよね、ニキくん。
内容とは関係無いですが、なんで好きなんだろうとか、もしかしてご両親の思い出が一番多いのかな、とか考えました。
実際のところは品数が多いから、とかなのかな。
1
2
春の始まり、寒さの合間に麗かな暖かさが混ざる季節。彼らは多忙を極めていた。年度末、イベント、そしてライブ。
一彩だって例外ではない忙しい日々をこなしているが、特にニキのスケジュールは見事なまでに埋まっていた。それは二足の草鞋を履くものならではとも言える。アルバイトとはいえ料理人としての職務を投げ出すなどあり得ない。アイドルとしてもリーダーからの有無を言わせない仕事の割り振りとバイトのシフト、どちらもこなそうとなると、どうしても休みなどないも同然の状態になってしまった。
「うぅ、疲れたっす
……
」
今日も店の締めまでいたのだろう、夜も遅くに部屋へ帰ってきたニキは、かばんをその辺に放った後でベッドに倒れ込む。風呂上り、僕は濡れた髪をタオルで拭いながら死体と化しそうな人間に声をかけた。
「お疲れ様」
「あ~弟さん
……
おつかれっす
……
」
疲れ果ててへろへろになって掛け布団の上に伸びているニキからなんとか絞り出された返事は草臥れ切っており、一彩は苦笑いした。
「お風呂入りなよ、空いたよ」
「んん
……
」
「僕はもう寝るけど、気にしないでいいからね」
「んぃ
……
分かったっす」
「あと僕も明日から泊りがけのロケに行くから、不在にするよ」
「えっ!?」
不在を伝えると、臥せっていた頭を勢いよく上げて起き上がる。そんなに驚くようなことを言ったろうかと不思議に思うが、ニキは残念そうに顔をゆがめた。
「そうなんすか
……
明日は半日お休みだからゆっくりできると思ったのに
……
」
「なら好都合だ、僕はいないからゆっくり休んでね」
「むぅ
……
」
不服そうな表情に自分も胸を締め付けられるような気持ちになったが、無理なものは無理である。また帰ってきたときにでもゆっくり、と言うと解けかけた髪を揺らしこれまた残念そうに首を振った。
「僕、明々後日からロケで泊まりなんす
……
来週もライブですし、なぁんでこんな忙しいんすかねぇ」
「ふふ、ありがたいことだけどね」
「はぁーあ
……
」
すっかり気落ちしたニキは再びぽすんとベッドに沈んでクッションに顔を埋め、頬擦りして現実逃避している。体かを服の裾をぐちゃぐちゃに巻き込んでいるが、それも気にならないほどらしい。
もう一人のルームメイトは、明日の仕事のことで片割れのところへ行っている。まだ帰ってこないことを見計らって、ボロボロにほつれた髪をそっと撫でると、もぞもぞ身じろいで胡乱に顔を覗かせた。いつも元気な印象の強いニキにしてはあからさまにものぐさな様子が新鮮で、こっそりと笑う。
「ライブツアーも泊まりだったよね。最終日は僕も配信を見るから、頑張ってほしいよ」
「
……
分かったっす」
重いため息をついて脱衣所に向かう後ろ姿が、物言わずとも疲労と落胆をひしひし伝えてくる。
繁忙期を抜けるまで、あとしばらく。コズプロのツアーが終われば、確か二人ともしばらくスケジュールに空きがあったはず。疲労困憊のニキとは違って、僕にはまだ少し余裕がある。だから全然平気だと思っていた。
だが蓋を開けてみれば。
「はぁ
……
」
沈み切った重いため息が口から滑り出ていく。さっきからぼんやりしてしまって、目の前に置いたコンビニのオムライスも、せっかく電子レンジで温めたのに少し冷めてきてしまっている。ちょっと勿体無いな、と思いながら、均一な出来の黄色い卵とケチャップライスを白いプラスチックのスプーンで掬って頬張った。
現在、広い寮の部屋には自分一人だけ。ひなたとニキは同じライブツアーに参加しているため、二人とも不在だ。二週間ほど前、帰ってきたニキと寝ようとしていた一彩がニアミスしたときくらいまでは、社員食堂やシナモンで少し話したりできたが、すぐにバタバタと仕事へ戻ってしまったり一彩の次の用事があったりと、どうしても長話はできず。事務所が違い、そして出演するライブの日程が違うと、同じ部屋であろうとなんだろうと顔を合わせる時間は合わなくなり、必然的に会話は無くなる。ライブを控えた最近は、部屋での生活すらもすれ違って、近況すら話せなかった。
ちら、と見やったニキのベッド。先日慌てて出たのであろうときのまま、掛布がめくれて少し枕がずれている。ひなたの方も同じような有り様で、生活の名残を感じて安心するやら、心細くなるやら。自分のベッドだけがきちんと整えられていることも相俟って、まるでどちらの方が部屋で過ごしているのか分からなくなってくるようだ。
一彩の方の繁忙は先日のイベントの参加を境に終わり、一足早くわずかな連休を過ごしている。
本日の夕飯は、形が崩れないようプラスチックの安い容器にぎゅっと押し固められている、寮から近いコンビニのオムライス。
しっかりめに火が通った卵とチキンライスをもぐもぐ咀嚼しながら、コップの水に手を伸ばした。静かな部屋で立てる食事の音はささやかで、どうにも少し居心地悪い。けれど、キッチンルームの賑やかな中で食べるのも気が進まなかった。
選んだオムライスはデミグラスソースのもの、以前も食べたことのある種類。前はとても美味しくて感動したのに。
(なんだか味気ないな)
美味しくないわけではない。むしろ好物だから食は進んでいる。だがこのオムライスは、お待たせしましたという一言と共に供されたわけでもなく、美味しいと言ったって目の前に喜んでくれる人もいない。
記憶の中、美味しい料理と結びついているあのしっぽ髪も明るい声も、今ここにはない。
ぬるくなりはじめた卵とご飯を掬って頬張る。美味しいけれど、記憶の中の鮮やかで美味しかった料理とは大きく違っているように思えて仕方がなかった。
そんなことがあってから僅日。
ガチャと錠の上がる音と、人の明るい話し声に浮上した意識。
「ただいまっす〜、はぁ〜疲れたぁ〜!」
「ただいまー!あれ、寝てた?」
「二人ともおかえりなさい。ちょっとだけ寝てしまってた」
テーブルに課題を広げて問題を解き切ったあと、そのまま寝てしまったらしい。腕を枕に突っ伏していたようで、少し腕が痺れている。
部屋に帰ってきた二人はスーツケースを引っ張って、楽しさを滲ませてにぎやかだ。麗らかな暖気に誘われてうたた寝してしまったことを白状すると、ひなたは爽やかに笑った。
「俺も眠いよ〜、昨日はテンション上がってなかなか寝れなくてさ」
「でも帰りのバスでずっと寝てたっすよね、ひなたくん」
「乗ってた人半分くらい寝てたじゃないですか。俺たちすやすやでしたよ」
「えーいいなぁ〜、僕なんか燐音くんがずっと話しかけてきて寝れなかったんすけど」
「確かに、一生喋ってた」
「ふふ、皆元気そうでよかったよ。とりあえず荷解きをして、ゆっくりしてね」
そのあとは、ライブの感想や舞台裏のことなど、わいわいおしゃべりしながら二人の荷解きを手伝った。スーツケースを広げて服だのなんだのと片付け、一気に騒々しくなる。
あっ、と声を上げたのはひなた。
「やば、これゆうたくんのやつだ」
「混ざっちゃってたんすか?」
「これも、これも!えー、この袋のやつ全部だ!」
「充電器、コード
……
じゃあひなたくんのがゆうたくんのところにあるのかな」
「うわやっちゃったなー
……
俺、渡しに行ってくる!」
ビニール袋を持ってバタバタと出ていった。二人はホテルで同じ部屋だったらしく、どうやら取り違えてしまったようだ。
慌ただしいが、昨夜一人で過ごした時とは全く別の空間みたいで、自然と頬が緩む。
「ふふふ」
「どしたんすか?」
「ううん。昨日まで一人だったから、賑やかだなと思って」
「あー、そっか。あ、これお土産ー。美味しかったから後で一緒に食べましょ」
座ったまま、はい、と手渡されたご当地もののお菓子の箱。ニキが言うのなら味に間違いはないだろう。今はちょうど八つ時である。ひなたが帰ってきたら食べようと、机の上の教材を片付けた。課題はもう終わっているので用もない。
「そういえば、弟さん。ここ最近何食べてたの?」
「昨日の夕飯はオムライスだったよ。コンビニの」
「美味しかった?」
「うむ、美味しかったよ」
「その前は?」
「昨日の昼?
……
確か、焼き魚の定食だったはず」
さもしさが募る中、こんなことではいけないと藍良を誘って食堂で食べた定食は、脂が乗った焼き鰆の定食。誰かと一緒に食事をして多少は虚しさも慰められたが、それでもどこか足りない気分は晴れず、藍良に心配されてしまった。
「それも美味しかったよ、旬の魚であっさりしていて」
「ふぅん
……
ねぇねぇ弟さん」
広げたスーツケースをそのままに、ニキはにこにこと人懐こい笑みを崩さないですすすっと寄ってくる。肩が触れるほどの距離、まるで秘密の話でもするような近さで、少しひそめた小声が耳を打った。
「今日の夜、予定とかないなら弟さんの好きなもの作ろうと思うんすけど、何が良いっすか?」
「えっ、いいのかい?疲れてるんじゃ」
「ぜーんぜん!ようやく休みだって浮かれてるくらいっす!オムライスもハンバーグも、なんならどっちも作れちゃいますよ!」
さあさあ!とリクエストを要求するニキ。疲れているのではという気遣いも、遠慮せずにと跳ね除けられてしまう。だが、自分の好きなものはこの数日で随分食した。ニキの影を追うように、オムライスに始まりハンバーグや色々な料理を食べ、どれもしっくりこなくてちょっと食傷気味だ。
それ故に食べたいものが思い浮かばず、腕を組む。思いつかないと正直に言おうとしたときに、妙案が頭に浮かび、手を打った。
「じゃあ、椎名さんの好きなものが食べたい!」
「えぇっ、オムライスとかハンバーグは?」
「実はつい数日前に食べたんだ。だから、今日は違うものを食べてみたいな。椎名さんも一緒に食べてくれるんだよね?それなら、椎名さんの食べたいものを食べたいよ!」
名案だ。ニキの料理の腕なら、正直何が出ても美味しく食べられそうであるし、しばらく忙しい日々を送っていたニキの好きなものの方がニキは嬉しいかと思った。
だが当のニキはうーん、と悩ましげに首を傾げてしまった。やはり具体的な料理名を言った方がいいか。
確か公表している好きな物は食べものだが、より踏み込んだインタビューでは和食だと言っていた、と藍良から聞いたことがある。
「どうしてもなら、和食がいいな。僕も手伝うよ」
「和食?
……
弟さんがそういうなら、そうしましょっか」
最初納得いかないと口をへの字にしていたが、まあいいか、と頷いて再び自分の荷物と向き合うニキを、お土産を食べる準備をしながら横目で見守った。
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