三角リョヲヘイ
2025-03-08 17:57:59
2240文字
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月に鎮め「幕の内弁当」ひと口目

 時系列を決めていない取り留めない小ネタや、前後を決めていない日常のワンシーンなどを集めて少しずつ並べていきます。
 月に鎮めは本編ありの物語ですが、作者にとっては「終わりのない日常系創作」の側面もあるのでこの形式を取ります。
 ここに収めるとよさそう、となった小ネタは本編に組み込む可能性があります。

 さあさ、野暮なことは言いっこなし、粋に参りましょう。
 それでは幕間にひと口、どうぞお召し上がりください。

 幕の内弁当、ひと口目





「なあ、おひいの好きなものってなに?」
 取り留めのない平和的かつ健やかであり、ある種の建設的な雑談が繰り広げられている営業時間外の食事処伊呂波。
 お決まりの四人はいつも思い思いの椅子に適当に腰掛けているので、必ずしも同じ卓についているわけではない。トキ時にいたっては対面式調理場の内側に立っていることも多い。
 先の問いかけは、店内奥に無造作に積まれている予備の椅子を適当に引き寄せて腰掛けた良から、最も入り口に近い三番卓に座っている羅乃目の元へ投げられたものだ。
「好きなの? んと、黒と、山と、甘いのと、狭いとこと、雪も好きでやんす。あとはー」
 好きなものという大雑把な枠組みの問いに対して、人、場所、物を混ぜこぜにして回答していく。ちなみにまだ指を折りながらあれこれ並べているので、出揃ったわけではなさそうだ。
「それから黒の首のこの、こうなってるとこと、肩のとこと、脇のとことかにぐーってするの好きでやんす。あとあとー」
 個数を重ねるうちに若干の趣旨のずれは感じるものの、彼女の指は止まらない。
 ちなみにこの、「ぐーってする」というのは、額をぐりぐりと擦り付けることを指している。綺麗に切り揃えられた前髪がくちゃくちゃに乱れることと、愛情表現の熱さはある程度比例する、羅乃目に限っては。黒骸以外にはしない行動である。
「あと、トキさんの作ったごはん!!」
 勢いよく突き上げた右手はきちんと握りしめられておらず、親指から中指までは曲げられていて、薬指と小指は立ったまま。好きなものを数えた名残りを保っていた。
「へえ奇遇じゃん。トキ時の飯は俺も大好き」
「俺も好きですよ、トキ時さんの作ったご飯」
 最後にこれ! と言わんばかりに力一杯元気よく答えたそれに、良と黒骸が同意した。そしてそのまま三人の視線は自然とトキ時に向かう。
「な、なんだよ。照れるだろ」完全に油断していたトキ時は突然の褒め褒めと注目にたじろぎながらも、「なんだ、その。夕飯なにがいいんだ?お前も食ってくだろ?」としっかり喜んでいる。
「待て待てトキちゃーん。いいの? トキ時じゃなくて『トキ時の飯』だけが好きってことよ? てゆうか俺も入ってなくて悲しいんだけど。そこのところどうなんですかー? 羅乃目サン」
 異議申し立てをする良は、まあ半分本気で半分冗談といった雰囲気だ。わざと羅乃目に敬語を使っているあたりが傍目からでも非常にわかりやすい。確かに先ほどの発表でふたりの名前は入っていなかった。
「えー?」
「どうなんですかー? 俺とトキ時はー?」
「えー? えへへ」
「お前、姪っ子になにがなんでも自分を好きって言わせたい親戚みたいになってるぞ」
 トキ時からの冷たい対応を受け流しつつ前髪の隙間さら左目で羅乃目を捉えて、「俺は羅乃目が好きだけど? 両思い?」などと、相手によっては効果が遺憾なく発揮され、なんなら必殺にもなりうる口説き文句を発した。
「えー? んふふ、えへ」羅乃目は照れ隠しのような笑顔を浮かべながら首を左右交互に傾げては答えをはぐらかしている。
「んーと」
 くにゃくにゃしていた羅乃目は少しだけ躊躇いがちに立ち上がると、まずは向かいに座っていた黒骸の袖を引っ張って立ち上がらせる。
「どうしたの?」
 されるがまま立ち上がったかと思えば、そのまま袖を引かれて歩いていく。黒骸を連れて良の前に来た羅乃目は、今度は空いている左手で同じ手順を踏んだ。
「なになに」
 左右それぞれに物理的な大男を引き連れて、短い暖簾をくぐって対面式調理場に入る。
「ん?」
 トキ時の両脇をふたりの立ち位置に定めると、袖の引っ張り加減を調整して並ばせた。これで左から良、トキ時、黒骸と三人並んだことになる。とは言え狭い対面式調理場だ、上から見れば「くの字」に並んでいる。もうぎゅうぎゅうだ。
「んと、黒が一番の一番でやんすけど」三対一の構図で向き合っている羅乃目は、視線を誰とも合わせずにまた小首を傾げている。「わっち三人とも好きでやんすよ」
 そう言って、牙と呼んでも差し支えない立派な犬歯がよく見えるくらいに満面の笑みを見せた。思っていたよりも遥かに可愛らしい告白に、感情を揺さぶられない者はここにいない。それぞれ揺さぶられる方向性こそ異なるが、これは必殺である。血殺仕置人の浪人と武士も真っ青だ。
「えーもう! 可愛いじゃん! なに! もう! ここまでされちゃったら死神も黙ってないけど? とりあえず、なんか欲しいもんある?」
「羅乃目、なにが食いたいんだ。なんでも作ってあげるからな。今日も明日も明後日もその先も」
「でも黒が一番でやんすよ、一番! 全部の中で一番でやんす! あと羅神と雨庸も好き」
「聞きましたか? 俺が全部の中で一番だそうなので、おふたりには退場していただきましょう。羅乃目は俺のなので」
 三者三様にキリッとした表情で、告白に返事をしていく。
 歳の離れた末の妹に好きって言われたい兄がふたりと、相思相愛の許婚、と言えば関係性は伝わるだろうか。ちなみに前者はものの例えである。ふたりが羅乃目の保護者的役割を担っていることは紛れもない事実であるが。
 単なる仲良しだ。すれ違いと努力と理解を飽きるほど積み上げて、この上ない良好な関係を築き上げた仲良し四人組だ。
 きっと今夜の夕飯は、格別に美味い。


幕内弁当ふた口目