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夢篠
2025-03-07 23:06:36
1930文字
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黄昏星(雑渡双子妹)
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黄昏に星一つ
雑渡の双子妹は山本を慕っている
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あの兄妹の事は生まれた時から知っていた。双子の男女は心中の生まれ変わり。そんな非合理的な迷信とも取れる言説を信じた訳でもあるまいに、先代は二人を可能な限り遠ざけ、特に妹御、
ナマエ
の方は半ば隔離と言える程徹底して屋敷の中で育てた。彼女は生まれた時、否恐らく生まれる前から、里の外に嫁ぐ事が決まっていた。
全ては里の基盤を盤石にする為だ。男児は里の戦力として、女児は里の発展の礎として。使える器は全て利用する。それは徹底的に合理的で実に無駄の無い考えだ。だが、
ナマエ
がその思惑の犠牲になるのを、私はどうしても受け入れる事が出来なかった。
ナマエ
を目で追うようになった切っ掛けを、実は私は良く覚えていない。気付いたらその笑む顔に惹かれ、姿が見えなければ存在を探し、その柔らかな心に触れたいと思った。八つも歳が離れているから、きっと
ナマエ
にとって私は昆奈門より更に上の、兄かともすれば父のような立ち位置にいるのだろう。だから彼女は軽率に私に触れ、剰え期待させるような言葉を掛ける。
ナマエ
の全てが私の物になる事など有り得ないのに。
ナマエ
はこの里から遠く離れた顔も知らない男の許に嫁ぐ事が決まっていた。名前も為人も知らない。歳の頃すらも。それが女の務めであると、
ナマエ
を想う前なら言う事が出来た筈だ。それはとても「良くある」話で、あの頃なら女たちに同情こそしただろうがきっとそれ以上は思考が至らなかった。
ナマエ
が私を変えた。腑抜けにしたのか、或いは。
「じんないさま
……
」
大きな瞳がとろりと蕩けた色で私の顔を見上げている。寄せられた小さな身体から香るのは香だろうか。私には縁遠い物なので分からなかった。書庫に兵法書を返しに来て、偶然
ナマエ
と顔を合わせた。暫く見ない内に美しい女に成長した
ナマエ
に目の遣り場が無い。暫く彼女と他愛も無い立ち話をしていた筈なのに。きっと、私が呟いた言葉のせいだ。
相手ある娘と二人きりは良くないな
それは自分への牽制の積もりだった。いつまでも二人きりでその顔を見ていたら、傍にいて手を伸ばして触れてしまえたら、感情が抑えられなくなりそうだった。この感情は殺したくても殺せないから、せめて
ナマエ
にぶつけてしまわないように心の奥の奥に大切に、錠を掛けて仕舞って置かなければならない。
ナマエ
は私の言葉にあからさまに傷付いた顔をした。期待してしまうから、そんな顔をしないで欲しかった。事故が起こる前に退出しようと、挨拶もそこそこに踵を返そうとした私の袖を細く白い指が遠慮がちに握った。
「
……
あの、じんない、さま」
震える声、甘く蕩けた舌足らずな声を都合良く己に向けられたと勘違いしそうになる。俯いた
ナマエ
の滑らかな髪から覗く白い耳は真っ赤だった。
「
……
ナマエ
、?」
私の声は
ナマエ
にどのように聞こえただろう。私には、ぞっとする程欲を孕んだ声に聞こえた。
「
……
じんない、さま。
ナマエ
は、
……
っ、
ナマエ
は、ね、本当は、じんないさまが、」
縋るような声と共に裾を握る力が強まる。それを自惚れとは思えなかった。思いたくなかった。己の感情と
ナマエ
の気持ちが同質の物だと祈るように、私は
ナマエ
に向き直る。
ナマエ
の少し垂れた大きな目には悲痛な覚悟が見え隠れしていた。言わせては、ならぬ。その時に、瞬時にそう思った。言葉にしてしまったら、その言葉をたとえ一人でも聞いてしまったら、取り返しが付かなくなってしまう。意思とは無関係に身体が動く。
「
……
っ、ん、」
それは児戯に等しい、口吸いとも呼べない唯の、致命的な触れ合いだった。私より頭ひとつ分以上低い位置にある顔を掬い上げて、その言葉を封じた。誰にも、私にも、
ナマエ
にすらもそれは聞かれてはならぬ言葉だった。その言葉を聞いてしまったら、きっと私は覚悟が鈍ってしまう。忍びとして己の生命、そして感情すら儘ならぬ生を享受する覚悟が。
「
……
っ、すまない」
だがきっとその言葉が無かったとしても、これ程近くで彼女を感じてしまってはもう手遅れなのだ。二度と触れる事も出来ないその存在に、余計に焦がれているのは果たして何方なのか。
逃げるようにその場を去る私を
ナマエ
は追い掛けて来なかった。それを残念だと思ったし、正解だとも思った。そしてそれ故に、唯ひたすら、これを罪だと断じて欲しくなかった。私が
ナマエ
に与える想いも。
ナマエ
が私に抱く願いも。
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