いぬみ
2025-03-06 08:30:00
16374文字
Public 逆裁
 

オレと検事が対等になった日

オドキョです。未成立。
いまいち自分の実力に自信が持てない法介が、偶然出会った響也と『対等である』と気づく話。
『ドラマCD:ガリューウエーブ復活ライブ編』の自己補完的な小説です。

 つい目を引いてしまった。オーラなのか、見た目なのか、なんなのか。芸能人としては正しいが、忍んでいるつもりなら間違っている。

「や、おデコくんじゃないか」
……牙琉検事」

 思わず立ち止まってしまったオレに、金髪に褐色のハデな男──牙琉検事が話しかけてきた。なぜかうれしそうな様子で駆けよってくる。こんなところで会うなんて奇遇だね、とほほえんで。

「それ、変装なんですか? バレバレじゃないですか」

 サングラスをかけていること以外は、普段と変わらない格好をしていた。申し訳程度の変装に周りも気づいているらしく、きゃあきゃあと小さな悲鳴がオレたちを包んでいる。
 いつもこうなんだろうか。そういえば、人情公園前でも、ファンに囲まれていた。

「ガイドラインに、仕事中のジャマはしないように書いてるから、多少は、ね。そこまで支障はないよ」

 牙琉検事は懐から検事バッジを手に取った。身につけている様子がないと思ったら、ポケットに常備しているようだ。周りに、笑顔で見せびらかすと、さっきまで少々目立っていた群衆が、そっと散り始める。みんないい子だよね、と牙琉検事がこぼした。

 ガリューウエーブは、検事や警察がメンバーをつとめているバンドなだけあって、ルールがきっちりと決められている。いわゆるガイドラインとやら。グッズ制作から裁判の傍聴マナーまでが公表されているらしい。みぬきちゃんも興味深そうに読んでいた。そのかいあって、ガリューウエーブ周りでのトラブルは少ない、のだという。

「しごとちゅう?」
「現場検証帰りでね。仕事中ってワケさ」
「こんな、夜にですか」
「事件発生時刻が夜でね……より近い時間で検証したほうが正確だろ? おデコくんは? 買い物かい」

 夜九時の、百貨店。そりゃあそんなところにいたら、買い物かなんかだと思うだろう。オレもそう思ったし。逆に牙琉検事がこういう店に来るなんて意外だな、なんて思ったし。でも、どちらにしたって予想が外れる、というわけだ。

「オレも仕事帰りです。……あそこの店のエアコン修理、依頼されて」

 そう。久々の依頼だと思ったのに、結局、機械いじりの仕事である。ハシゴにのぼって、道具を片手に、やれフィルターの掃除やら分解組み立てやらと奮闘して、やっとのこと、どうにか動くようにしたのだ。どうやらあの親子の行きつけの店らしく、報酬は、ちょっとのお金と、割引券。これでも、まだ報酬としてはいいほうであることが、なんともいえない心地にさせる。

「弁護士の仕事じゃないですよね、ほんと。いちおうなんでも事務所なんで、間違いじゃないんですけど」

 検事を目の前にすると、よけいに……なぜかみじめな気持ちになる。向こうは、きちんと検事の仕事をしているのだ。バンドをやってはいるけど、むしろそちらも両立させて、きっちり本業をやりとげている。この前、みぬきちゃんと入り込んだ牙琉検事のオフィス。彼のモニターには、三件、それぞれ別々の事件が映っていた。……それほど、実力があるということ。

 初めて、師匠無しで向かい合った〝好敵手〟……。オレにとってはそうだけれど、実力差は当然のように開いている。七年のキャリア差はそうそう埋められるものではない。追いついてやりたい、そう強く思う。諦めたわけじゃない。けれど。

 ……オレは、検事にどう思われているんだろう。

 七年の中にすれちがった、一介の弁護士でしかないのではないか。兄の弟子。新人弁護士。その域を出ないのではないか。

 そう思うと、悔しさのような……虚しさのようなものがふつふつと湧く。出口のないトンネルを睨みつけているような気分になる。

 オレにとっての牙琉検事というのは……決して矮小な存在ではないのに。相手はどう思っているのだろう、それを読み取る材料が、少なくて。

「たいへんだねえ、きみも。おつかれさま……。そんながんばり屋さんのおデコくんを、ぼくが、労わってあげようか」
「はい?」

 グチっぽい口調に、後ろめたいような気持ちを混ぜて話して。それを受け取った検事は、ちょっと考えた後に、そんな言葉を吐いた。少し俯いていた顔をがばりとあげる。いつもの調子のまま、牙琉検事は笑っている。冗談ではないことを、腕輪が証明していた。

「せっかくだしちょっと話さないかい? ここじゃ、なんだしさ」
 ──検事局に帰る前の、ちょっとした息抜きに、付き合ってもらえないかい。

 ムダがないほどサワヤカに、牙琉検事は言い渡した。帰ったってロクな仕事も待っていないオレには、拒否する理由もない。