さかな
6436文字
Public 豆ぺら本
 

ネジを失くした監督生(製本版)

pixivで公開したものを、BOOTHで販売した豆ぺら本にする際に加筆修正したバージョンとなります。


助けてリンリーちゃん!


「おや、悪食の監督生さん」
……許してくれません?」

 食堂で問題発言をしてからというもの、監督生は心労甚だしい日々を送っていた。
 あの後、誰が呼んだか駆けつけた教師たちに囲まれ「良識はないのか」「少しは考えてものを言いなさい」「もし外に知られたら揉み消すのも大変なんですよ!」などなど勢い込んで説教をくらい、そのまま溜息とぼやきを聞かされながら連行されこの世界における人種間問題も絡めて懇々と道徳心を説かれるなどしたのだ。
 さらに、やっと解放されへろへろ帰寮した監督生を待ち受けたるは見覚えのあるトランプ兵たちに号令をかけオンボロ寮へ本を大量に運び込んでいる女王さま。事の顛末を聞かされたリドルによる詰め込み教育の始まりであった。
 そして追い討ちをかけるのは、あの日以降にこにこと寄ってくる人魚たちである。ごめんなさい浅慮な発言でした大変失礼いたしました! と頭を目一杯下げて謝罪はしたものの、見事に目をつけられてしまったのだ。

「いやですねぇ、僕が怒ってるように見えますか?」
「見えないから怖いんですよぉ!」

 ふと気がつけばウツボに背後をとられ、連れ立って歩いていたはずのマブとグリムの引き攣り声と走り去る音。目の前には爽やかに笑うアズール。

「僕たちも食堂へ向かうところなんです。見たところ貴方お一人ですし、ご一緒しましょう」
……わぁ〜ありがとうございます〜」

 こうなってしまえば、よく回る舌も頭もない自分はただ粛々と着いていくしかなかった。
 アズールはあの発言により『異世界』の実在を知り、なにか商売に使える情報を欲しているだけなので案外優しいのだ。ただし“無駄な抵抗をしない限りは”と付け足されるのが相変わらず恐ろしいところではある。

 その日の食堂はウツボパワーのおかげでいつもよりほんの少し広々と使えた。途中、きのこを嫌がるフロイドと一緒になってサラダに紛れてたケールをジェイドの皿にお引越しさせるなどして「好き嫌いしない!」と叱られる場面はあったものの総じて平和な昼食であった。
 締めくくりとして元の世界の話と引き換えに奢ってもらったデザートを堪能していると、メモし終えたアズールが手帳を仕舞いつつまた新たな質問をしてきた。

「そういえば、リドルさん監修のお勉強はいかがでしたか」
「あれ? ご存知で?」
「えぇ、寮長会議で顔を合わせたついでにちょっとお聞きしまして。中々壮絶なスケジュールだったようですね?」
「いやぁそれはもう……大変でしたよ。頭の中にオトモダチを作る程度には」

 思い出しても乾いた笑いしか出てこない。
 毎日のように送られる解説を交えた読み聞かせの録音データ、わんこ蕎麦のように終わらない書き取り、すれ違いざま抜き打ちでされる道徳心を図る質疑応答……
 そうして倫理観や社会通念を無理やり再インストールされた結果生まれたのが理性と倫理の化身・リンリーちゃんである。リドルによる手厚いお勉強は、さすがの監督生もイマジナリーフレンドを錬成してしまうくらいには辛かったのだ。

「それは……
「小エビちゃん、頭大丈夫?」
「まぁ日常生活には支障ないんで」

 言い淀みつつドン引きの様子を隠しきれていないアズールと、言葉を選ぶ様子もないフロイドにへらりと笑って返す。盛大な溜息をどうも、一応正気のつもりなので安心してほしい。
 しかしそれとは裏腹に目を輝かせ興味津々な反応を見せたのはジェイドだ。

「そのリンリーちゃんさんは今もいるんですか?」
「いますよぉ」
「素晴らしい! 僕もお喋りしたいです!」
「え。理性と倫理って1番ジェイドと遠くない? なに話すの?」

 わくわくとしたジェイドの発言に被せるように発せられたフロイドのきょとんとした声に思わず吹き出せば、監督生さん? と首を傾げながら笑顔を向けられる。強くなった圧に慌てて「わかりました聞いてみますね!」と誤魔化してはみたものの、リンリーちゃんの返答は芳しくなかった。

「えぇと……教育に悪い物騒・リーチさんとはお話したくないそうです」
「流石リドルさんによる副産物。よくわかってるじゃないですか」
「そんな……! 僕は理性的で物騒とは縁のない素敵なウツボですのに」
「あ、倫理が足りないのは認めちゃうんですね」

 アズールが鼻で笑ったのをわざとらしく嘆くジェイドの台詞に素直な感想をこぼせば、今度はフロイドが吹き出した。アズールまで釣られたのか咳払いで誤魔化している。

「んんっ……まぁ陸の倫理感は海とはまた違いますからね」
「あ〜、生き残ればなにしても正義! みたいなの分かりやすくていいですよね」
「そこまでではないです」
「あれっ?!」

 流石に先輩相手に考えなしだったな……と反省してフォローに乗っかったはずなのに突然梯子を外されてしまった。何言ってんだコイツ、と言わんばかりの視線が正面からも横からも刺さる。
 こんなはずでは、と斜め前の席へ目をやれば、倫理観足りない仲間であるジェイドは口に手を当てて目をぱちくりとさせていた。

「えっ」
「監督生さんはすごいことを仰るんですね」
「いや、ジェイド先輩も似たようなもんですよね!?」
「僕は社会規範に則って清く正しく生きているウツボなので……

 そんな発想とてもとても、なんてしおらしく気の弱い優等生みたいな態度に思わず助けを求めるように横のフロイドを見やるも、返ってきたのはにんまりとした意地悪な顔だった。

「小エビと違ってジェイドは人間食べたりなんかしないもんねェ?」
「えぇ。どこぞの野蛮な方とは違いますから」
「私だって人魚食べたことなんてありませんよぉ」
「でも貴方、食べられるなら食べてみたいのでは?」

 アズールの台詞に監督生が息を飲むのと同時に、ぴたりと3対の目がこちらを捉えた。熱のない目は虚に似て、はしゃいでいたのが嘘のようにこちらを見つめている。危機管理能力が壊れているともっぱらの噂の監督生でも、さすがにここで馬鹿正直になるのはマズイと感じ取れた。

……小エビは安心安全の小エビですよ? そんなことしませんとも」
……今の間はなんです?』
『リンリーちゃんさんに相談でもされていたのでは』
『やっぱ調教失敗だったんじゃね?』

 渾身のぺかぺか笑顔による無害アピールは怪訝な顔で受け止められ、そのまま知らない言語で審議が始まってしまった。ぼそぼそギュイギュイと小声で交わされる音はなにやら不穏な雰囲気を醸し出している。
 デザートも食べ終わったしそろそろお暇させてもらおうかな……と監督生が腰を上げ恐る恐る声をかけたところ、フロイドが「最後にいっこだけ〜」と質問をしてきた。

「あのさァ、小エビちゃんってェ……人間も食べたりすんの?」
「えっマズイらしいから嫌です」
「そういう問題じゃないんですよ!!」

 逃さぬよう距離を詰められた勢いと上目遣いにノせられ碌に考えず答えた結果、アズールは机を殴りヒビを入れ、それを見たジェイドは微細振動しながら腹を抱えて崩れ落ちていく。

「アーシェングロットがご乱心だぞ!!」
「またリーチが倒れた!監督生の人でなし!!」

 聞き耳を立てていた周囲の生徒たちは「飼い主を呼べ!」「寮長〜! 監督生なにも学んでません!」などとやんやと騒ぎ立て、監督生は再びの詰め込み教育に連行される運びとなったのだった。