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さかな
6436文字
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豆ぺら本
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ネジを失くした監督生(製本版)
pixivで公開したものを、BOOTHで販売した豆ぺら本にする際に加筆修正したバージョンとなります。
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2
異世界にきて、いままでの全部がなくなった気がした。全部ったら全部だ。
幸せも安寧も苦しみも、柵も。
オンボロ寮の監督生はこの世界に突然降って湧いた、魔法のない世界からの迷い子(無力な少女)だ。
学園長の優しさによって性別を伏せて学園に囲ってはいるが、その存在が公になれば有象無象が押しかけてくるのは目に見えている。異世界やら闇の鏡の転送事故疑惑やら、監督生に纏わるすべては秘されることとなった。
その寄る辺ない脆弱な仔犬を慮って月一のクルーウェル様主催特別個人面談が開催されるようになったのも、さもありなんといったところであろう。
なんせこの仔犬は厄介な問題に巻き込まれて軽率に生命を危機に晒しまくっているのだ。
危機を乗り越えたおかげで複数寮の寮長副寮長とも懇意になったのは良い収穫であろう。しかし、魔法を使えないくせ何故ここに、とすでに反感を買っているというのに、学園の実力者らと交流があるというのは更に馬鹿どもを煽った。
この個人面談の名目はツイステッドワンダーランドでの基礎教育や常識の欠けた監督生が困っていないかの配慮となっているが、そのついでに取り返しのつかないナニカは起きていないかの確認もある。
なにせ大抵のことを『異世界ってすげー!』で受け入れてしまう仔犬なので。
「クルーウェル先生、監督生です」
「入っていいぞ!」
毎月第一月曜日の放課後、監督生はひとりクルーウェルの根城である薬学準備室に訪れる。
「Good girl! 時間通りだ。ご褒美に淹れ
たての紅茶と、今回はチョコレートサブレをやろう」
「わぁい! 先生だいすき〜!」
この特別個人面談ではいつも一緒のグリムもいない。頼れる元気な親分を厭うわけはないが、この時間を監督生は存外楽しみにしており、いつも時間ピッタリに訪れていた。
美味しい紅茶と甘いお菓子、そして顔の良い担任。素晴らしい時間である。
紅茶のつまみにいつも通りの問答をし(馴染めているか問題は起きてないか
……
まるで心配性の母親みたいだと口を滑らし米神を片手で握りつぶされながら「せめて兄と言え」と美声で怒られた)、謎の祝福や呪いをかけられてないかの検査も終え、雑談に移ったときだった。
「ねぇ先生」
「うん?」
「わたし、ずっと思ってたんですけど
……
」
監督生が憂い顔で言ってくるものだから、クルーウェルはてっきり今の生活に嫌気がさして女子制服が欲しくなったのかと考えた。
監督生に合っていない制服姿を常日頃から苦々しく思っていたのだ。スカートは無理でもせめてサイジングして仕立て直してやりたかったのに、トレインに「信頼も築けていない見知らぬ男性教員が? 女生徒を?」と言われ流石のクルーウェル様も諦めたのだ。
「なんでも言ってみろ、大丈夫だ」
さぁスカートが欲しいと言え、そして俺に仕立てさせろ。という内心を隠し優しく微笑み続きをうながせば、監督生も安心したように笑いながら爆弾を落とした。
「繁殖可能年齢の異世界人の女って、検体としておいしすぎじゃないですか」
「
……
うん?」
「卵子取ってクローンつくっても良いですし
……
なによりこの世界の人間と類似生命体なんです、交雑種つくれるか知りたくなりません?」
「仔犬、ステイ」
「魔力を一切含まない母体ですから魔力に負けて受精しない可能性もありますけど
……
よくある設定だと反発がないから魔力強めの父系遺伝そっくりそのまま引き継げるとかもありますし! 可能性は無限大!!」
頭を抱えるクルーウェルを無視して監督生は瞳を輝かせながら、およそ想定していた可愛らしいお悩み相談なんてものではない悍ましい仮説を並べていく。
確かにそのような実験をするマッドサイエンティストもいるかもしれないが、このツイステッドワンダーランドでは到底許される好奇心ではない。
「
……
もしや異世界には道徳や倫理がないのか?」
「置いてきました」
基本的に大人しく礼儀正しい仔犬だったので安心していたが、もしや異世界との常識に多大なズレがあったのではと訊いてみれば、返ってきたのは晴々とした笑顔である。
それにクルーウェルも「そうか」と微笑みを返し、カップに残っていた紅茶を呷る。そうしてらしくもなく乱暴にカップを置くと、我慢できず睨みつけるように叫んだ。
「取ってこい‼︎‼︎」
◆
「で? 今度はなーにやったの?」
特別個人面談の翌日、昼の大食堂にて。
昨日はあれから散々説教され、今朝のホームルームでは課題図書としてジュニアハイスクール向けの道徳の教科書と法律入門『人権ってなぁに?』が手渡された。もちろんクラスメイト全員に見られていたし、その場は濁したが昼休みに入った途端両脇をエーデュースに掴まれたのだ。
連行された腹いせに頼んだハンバーグをトランプ兵たちに見せびらかしながら、今朝渡されたものを説明する。
「子分もトレインの補習一緒に受けるのか?」
「えっ、監督生もグリム並みだったのか
……
?」
「違う違う! ちょっとすれ違いがあっただけだってば!」
監督生がクルーウェルとお茶している間、グリムはトレインとルチウスに道徳教育されている。野生の魔獣が人間社会に馴染むため、キンダーガーデンレベルから始まり、最近はエレメンタリースクールの教科書を貰ったと威張っていた。流石の監督生もそこまでではない(と、少なくとも本人は思っている)。
「ちょっと思いついたこと溢しただけなのにさぁ、あのサ部の顧問なのにだよ?」
「いや、だからだろ」
「クルーウェル先生はサイエンス部のストッパーだからな」
それはそうかもしれないけど
……
と納得のいかない顔でサラダをグリムに無理矢理食べさせる監督生に、行儀悪く頬杖をついたエースが更に話しかける。
「
……
例えばどんな感じ? なんか思いついてよ」
「えぇー、そんな急に」
「僕も気になるな」
「そうだなぁ
……
」
デュースにまでせっつかれて、監督生はなにか取っ掛かりがないかとぐるりと大食堂を見回す。
大抵の問題なら大いに叱りつけてもあとを引かないあの担任が、翌日まで持ち越すほどだ。一体なにをやらかしたのかと驚いたが、本人の口振りからしてそこまでヤバい案件でもないだろうとたかを括っていた。
「やっちゃいけないと思えば思うほど
……
ってある
じゃん? 突然大声出したらどうなるかな〜とか」
「あー、怒られてる時に限ってツボ浅くなったりね」
「そうそう! んで例えばさぁ、あそこに人魚先輩たちがいるじゃないですか」
監督生が声を潜めるのに倣って出来るだけ目立たぬように視線だけ動かせば、確かにオクタヴィネル寮のトップスリーがいた。イソギンチャクを生やされ奴隷のようにこき使われた記憶も未だ生々しい、あまり関わり合いたくない先輩方である。
「私の故郷に、人魚食べて不老不死になる伝説があるんだよね」
途端、周囲から音が消える。食事中に突如落とされた爆弾は、マブたちだけではなくそれが聞こえてしまった人たちをも戦慄させた。
そもそも始まりからして、あの退学RTA組のオバブロ常連がまたなんかしたらしい、となんとはなしに聞いていた野次馬は少なくなかったのだ。結果として『人魚を食べる』なんていう禁忌を犯した発言は大食堂にいた大半の生徒に届いてしまった。
「
……
かんとくせー、冗談キツいって〜!」
「うん? さすがに信じてないよ〜」
「だっ、だよな! タチ悪いぞ監督生!」
「えぇー
……
話振ったのはエースなんだから、そっち責めてよ」
朗らかに返しながらハンバーグを食べる姿に力も抜け、このラインをわかってない友人は後で密告しよう
……
とエーデュースは心に決めた。担任による調教と、寮長による法律ブートキャンプでもされてしまえばいいのだ。
「でもさぁ
……
タコは勿論おいしいけど、ウツボの唐揚げもおいしいらしいんだよねぇ
……
」
「おい! リーチが倒れたぞ‼︎」
「誰か大人のひと呼んできてぇ!!」
監督生の続投は騒めきが戻りかけていたとはいえ思いの外よく通り、大食堂は混乱の渦に呑み込まれた。
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