夢篠
2025-03-03 20:18:05
1936文字
Public 兄弟星(雑渡双子弟)
 
1212706

兄弟星眠る、宙に在る

雑渡は弟の夢を見る


夢を見る事はとても少ない。否、もう無いと言って良い。忍びとして生きるには夢を見る時間は不要だからだ。一瞬で深い眠りに落ちて一瞬で覚醒する、そんな眠り方をもう二十年は続けている。なのに夢を見た。それはきっと、「私の願望」を写し取った虚構なのだろう。

夢の中で「あの日」と変わらない幼いナマエが何も言わず私に手を伸ばした。私の物より柔らかくて細い指が私の頬を撫でる。その見目は幼い頃の私と瓜二つなのだろう。もう、以前の自分の姿形を思い出す必要が無いから確信は持てないけれど。

指先は私を受け入れるように触れてそして、ナマエは笑って私の短くなった髪にそれを絡めた。恋仲の触れ方とは少し違う気がする。けれど血を分けた兄弟の触れ方とも明らかに違う。離れていた期間を埋めるような触れ方を純粋に私は愛おしいと思った。

………………、」

その名を呼ぼうと思ったのに声が出ない。もどかしくてその身体を腕の中に仕舞った。私は子供の頃のナマエしか知らないから、その感触をとても柔らかく感じた。最後にこの腕に彼を抱いたのはナマエが里に生きていた最後の夜だった。あの夜のナマエはきっと、何かに酷く傷付いていた。

私と昆奈門が、同じかどうか証明しようよ

ふらりと私の部屋を訪れて、理解の能わない言葉と共に口を吸われ情だけを残された。共に果てて堕ちたのに、朝起きたらもうナマエは私の隣にはいなかった。

言葉も態度も、或いは想いすら何一つナマエは残してくれなかった。私には何も話してくれなかった。残されたのは将来組頭になり得る器が一つになったという事実と、儘ならない、自分の中で燻る想いだけ。

閨で落とした睦言すら、ナマエは忘れて行ってしまったようだった。あれだけ名を呼んで、愛を乞うた筈なのに。

陣内が、羨ましかった。ナマエが消えたと知った時、先代は一番に私ではなく陣内を問い糺した。私より陣内の方が彼に近しい存在だったのだと、先代ですら気付いていた事が恐ろしかった。

「どうして、私を置いて行ったの」

名を呼べないのに恨み言は呆れる程口から溢れ出る。ナマエは私の腕の中で骨が軋む程抱き締められていて、それでも抵抗一つしなかった。なんて、都合の良い夢だろう。夢だと分かっていても全てを捨てて縋ってしまいたかった。

「こん……

ナマエの声も幼い頃のままだ。本当に、合っているのかは分からない。でも、これまで何百、何千、何万と思い返したその声と、それは限りなく同一だった。ナマエの顔を覗き込む。顔は写し絵のように似ている私たちが唯一違っていたのはその瞳の色だった。私は青みがかっていて、ナマエは赤みが強い。覗き込まないと分からないから、知っている者は少ないだろう。……多分、私以外に知っているのは陣内だけだ。

……お前は狡いね。組頭の私を唯の昆奈門にしてしまうのは多分もう、陣内とお前だけだよ」

でも私が想うのはお前だけだから、もしお前が私の隣にいたら私はとんだ腑抜けになってしまうのだろうね。

囁く言葉は幼い頃には伝えられなかった物ばかりだ。幼い頃はどうしても強がりや苛立ちが先に出てしまって、本当に伝えたい言葉より先に要らぬ言葉をナマエ投げ付けてしまった。ずっと後悔していた。私がもっとちゃんと己の心に正直にナマエに想いを渡していたら。そんな、下らないもしもを。

幼いナマエは私の目を覗き込むように見た。赤みのかかったその目はとても気高く美しかった。ナマエはどんな大人になったのだろう。もし、彼に相対すれば、この夢に現れたナマエの姿も大人のそれになるのだろうか。

「昆、会いに来たよ。君が寂しがっている気がしたから」

…………タソガレドキ忍び軍の組頭を捕まえて、お前も凄い事を言うね。……私が寂しかったって?」

「そう。君は昔から、何時でも何でも私と一緒が好きだったろう。……私もずっと君と離れていて、とても、とても寂しかったもの」

甘い声音に眩暈がする。嗚呼、ナマエの声と表情で、「私の願望」を言葉にするな。それは万に一つもナマエが口にする筈の無い言葉だろう。だってもし、ナマエが本当に「そう」思っているのならば。

……どうして、私を置いて行ったの」

ゆっくりと目蓋を持ち上げれば明るい室内が眩しくて、視界が滲む。あーあ、矢張りお前は狡いよね。私の記憶の中で成長もしなければ、答えなんていつもくれないのだから。