かいえ
2025-03-02 20:36:11
12269文字
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【とら武】DAYS

2023年7月2日芭流覇羅×花垣武道オンリーwebイベント『ヴァルホルの廃屋』で発行したとら武本から
料理上手な一虎君と、その一虎君に甘やかされている武道が同棲している可愛いお話
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「タケミチ、おかえり」
 玄関からリビングへ向かう廊下の突き当りのドアを開けると、厚めの濃紺コットン生地のエプロンを付けた一虎君が振り返って、オレに笑いかけてくる。顔面偏差値が高過ぎて笑顔が眩しい。そして、毎回ドキッとしているのはオレだけの秘密だ。
 一虎君は、一見オレと同じくらいの体格に見えるが、実はオレより十センチくらい背が高い。細身で中世的な雰囲気を纏っているから、小柄で女性的なイメージになって、何となく自分と同じくらいの背格好と思ってしまうのだろう。でも、実際横に並ぶと、オレは一虎君を少し見上げなくてはいけなかった。
 一虎君の髪型は毎日変わる。昔は短かった髪を長く伸ばしたせいなのだけれど。一虎君は、顔の周囲の髪だけ金髪にしていて、サイドから奥の部分は黒髪と金髪で交互に染め分けている。今日は、その金髪部分であるサイドだけ耳の横に下ろして、残りの髪は結い上げて頭頂部の辺りでマンバンにしていた。その姿は、やはりどう見ても綺麗なお姉さんにしか見えなかったりするから、オレはまたしてもドキッとしてしまうのだ。
 今だって、首筋に数本落ちる後れ毛が嫌に色っぽくて、目のやり場に困っていたりする。一虎君は男で、しかもすげぇ喧嘩が強いのも知っているけど、ドキッとするのは止められないから困るのだ。それに、最近、一虎君がどんどん綺麗になっている気がして仕方がない。
「めちゃくちゃ良い匂いっス」
自分の邪な気持ちを一虎君に知られたくなくて、慌てて別の話題に振ってみる。
「今夜は餃子にしたんだ」
 一虎君はそう言いながら、フライパンに水を入れて、素早く蓋をしながらそう答えた。その横顔は真剣そのもので、とても調理中の表情には見えない。
直後、フライパンの底の油と水が喧嘩して、ばちばち激しい音を立てた。その音で既に美味しさが伝わってきて、オレの腹は現金にもぐーぐー鳴り、口の中に唾液が分泌されているのが分かるくらい溢れた。それくらい、一虎君の作る餃子は美味しいのだ。ぱりっと香ばしく焼かれた外側の皮に包まれた肉汁たっぷりの餡が、口の中で炸裂するのだから堪らない。まだ焼いている最中だというのに、早く食べたくて仕方が無くなってしまうのだ。
 一虎君は、はっきり言ってオレの何十倍も料理が上手だ。ちょくちょく遊びに来る千冬も料理上手なので、オレは二人にしっかり胃袋を掴まれてしまっている。
 一虎君とオレの間には、ルームシェアをする為に作ったルールがいくつかある。その中の一つに「夜ご飯は早く帰宅した方が作る」というものがあった。
 同居当初は、自分ばかりが食事当番になる罠的なルールかと思っていたのだけれど、蓋を開けてみれば、圧倒的にオレより一虎君が作る日の方が多かったからびっくりした。よく考えれば、毎日閉店時間が決まっている一虎君の勤務先と、二十四時間営業な上に、シフトで決まる勤務時間のオレとでは、一虎君の方が調理回数は多くなるのは当たり前の事だった。それなのに、一虎君を疑った自分を張り倒したくなった。
 あまりにも不公平過ぎる気がして、一虎君にルールの変更を求めた事があるのだけれど、やんわり断られてしまった。もしかすると、オレが料理下手なのを察して、そんな変なルールにしたのかもしれない。
 ほんのたまに、自分が料理当番の時に作った料理の出来上がりの不味さに直面した時は、自分の仮説に間違いが無いと実感してしまうのだ。
 けれども一虎君は、そんなくそ不味い料理を「美味しいよ」と、残すことなく全部食べてくれるから、本当に凄く優しい。「不味いんで残して下さい」と言っても「オレの為に作ってくれたものを残すわけないじゃん」と笑うから、オレの胸は女子高生のようにときめいてしまうし、彼氏だったら、スパダリと呼ばれるやつじゃないのか? と、思ってしまうのだった。一虎君とオレは、同中の先輩後輩の仲なので、そういう恋とか愛とかいう関係では無いのだけれど、オレをこんなにドキドキさせるなんて、一虎君はなんて罪作りなのだろうと思う。綺麗で格好良くてケンカが強くて優しくて料理上手とか、ハイスペック過ぎるだろ! と毎度の如く叫びたくなる衝動に駆られてしまうのだった。
「餃子すげぇ好きです!」
 情緒が乱れ過ぎて、とりあえず何か口走る。
「もう出来るから、手洗って来いよ。で、机の上セッティングして」
 オレは「はーい」と、返事をしながら、背負っていたリュックをリビングの奥にある自分の部屋に放り投げてから、再び廊下に戻り、トイレの前の洗面所で手を洗った。
 駅から徒歩五分の好立地。十階建てマンションの最上階角部屋で、風呂とトイレが別で、しかも、大きなルーフバルコニーがある2LDKが、一虎君とオレの住んでいるマンションだ。大きなルーフバルコニーは一虎君のセンスで洒落たバーみたいな造りになっていて、気候の過ごし易い季節は、東京卍會のみんなを呼んだり、一虎君と二人でソファに座り夜空を眺めながらお酒を飲んだりしていた。
 オレの安月給では到底住める訳もないこの物件は、ぱーちん君とぺーやん君達が尽力してくれた事が大きいけれど、一虎君とルームシェアしているから住む事が出来ていた。
 元々一人暮らしをしていた一虎君が、もう少し設備の良い部屋に住みたいと思った事と、オレが家を出ようとしたタイミングが一緒だったから実現した、とてもラッキーな巡り合わせで訪れた幸運だった。
 そう言う訳で、一虎君と住み始めてもうすぐ一年になるのだけれど、特に衝突する事も無く、比較的穏やかな同居生活を送れていた。
 元々、一虎君が高校生の頃から一人暮らししていたアパートに、オレが入り浸っていた事もあり、一虎君の事は一緒に住む前からある程度理解していたのもあり、実際一緒に住んでも、特に問題が起きる事が無かったのかもしれない。
 最後のリープをして、小学生から人生をやり直す事になった時は、まさかこんな未来になるなんて、ミリも思っていなかったのだから、人生は何が起こるのか分からないものだと、しみじみ思ってしまう。
 あのナイフみたいに尖った一虎君と、一緒に住むようになり、オレに手料理を振る舞ってくれるくらいの親しい関係になれるなんて、最初の世界線では想像も出来なかった事だから余計にそう思う。
 この世界線で、黒い衝動の影響を受ける事の無かった一虎君は、真一郎君を殺す事はなかった。
 従って、逮捕される事も、少年院に行く事も無いから、マイキー君を逆恨みする事にもならず、普通の中学生活を送った。
 そう言う訳で、最初の世界線の荒み切って昏い瞳をした一虎君と、この世界線でオレの接している一虎君は全然違っていた。一虎君の家の事情は、黒い衝動とは関係ないので、どうにもならないとしても、真一郎君を殺さない世界の一虎君は、仲間想いで仁義に厚い、立派な不良少年になった。
 それでも、キレると滅茶苦茶怖いけれど、通常は優しくて後輩の面倒見も良いので、場地君と同じような存在になっていた。それは、東京卍會で双龍に次ぐポジションで、場地君とセットで双獣と称される立ち位置に居た。
 そうなると、最初の世界線では疎遠だった一虎君と、同中のよしみでオレが仲良くなるのは必然で、オレは一虎君の庇護の下に普通に入ってしまっていた。
 一虎君もオレを弟のように思ってくれているみたいで「オレ、一人っ子だからタケミチが弟みたいで嬉しい」と言ってくれたりする。もちろん、オレも一人っ子だったから、 一虎君を兄のように慕ったのは言うまでもない。一虎君との今の関係は、すごく嬉しかった。
 一虎君は、オレの中学の一年先輩になる。一虎君の不良としての格好良さに加え、アイドルのような甘いルックスも相まって、一虎君の女性徒からの人気は凄まじく、バレンタインには、靴箱と学校の机に置かれたチョコの多さで伝説を作った事もある。
 女生徒からなんて、一つもチョコなど貰ったことの無いオレとは真逆の人生を送っていたのだ。それなのに、女性には一切興味持たなかった一虎君は、浮ついたところはまるで無い硬派そのもので、後輩の男子からも憧れの視線を一心に浴びた。この辺りも一虎君は場地君に似ていた。
 そんな一虎君は、いつもオレを傍に置いてくれたから、必然的にオレも中学で一目置かれるような存在になり、中学生活を謳歌する事が出来たのだった。
「もっと食えよ。腹が減ってんだろ?」
 四人掛けの正方形のダイニングテーブルに向かい合って座った一虎君は、餃子で両頬をいっぱいにして食べているオレに言う。もう十分入っていますと、しゃべれないので目で訴えると、一虎君は「おもしれぇ顔」と言って笑うだけだ。かと思えば、急に顔色を変え「もしかして、今日の不味い?」と、小首を傾げて聞いてくるから驚いてしまう。そんな事がある訳無いのに、一虎君はたまに自分に自信が無いような素振りを見せるから、堪らなくなって抱きしめたいという衝動に駆られる。そういう時の一虎君は、両親に愛情を貰えなかった小さな子供として、オレの目に映ってしまう。リープしても助けてあげられなかった境遇が見えて、ただ守りたいと思ってしまうのだ。
 オレが慌てて首を振ると、一虎君は目に見えてホッとしたから、オレの心はきゅんと切なくなった。
「良かった~。不味かったらどうしようかと思った」
「そんなのあるワケ無いですよ。いつもすげぇ旨いです!」
 口の中の餃子をようやく飲み込んで、一虎君に言葉をかける事が出来た。オレの言葉に一虎君は照れくさそうに笑った。
「じゃあ、もっと食べるよな?」
 そう言って、一虎君は「あ~ん」とオレの口に餃子を入れてくるから可愛すぎた。一虎君が女の子だったらと考えて、オレは一気に赤面した。最近の一虎君の色っぽさは、マジで尋常じゃないのだ。
「どうした? のどに詰まったのか? 顔が真っ赤だぞ?」
 心配そうに覗き込んで来る瞳がキラキラして、焦点が合わないくらいの距離になり、近すぎるとオレは椅子を後ろに引いた。
「だひひょうぶれす」
 口の中が再び餃子だらけで、まともにしゃべれなかったけれど、喉に詰まった訳ではない事を、必死に一虎君に身振り手振りで伝えると、何とか分かってくれたみたいでホッとした。
「水、飲むか?」
 さっと椅子から立ちあがった一虎君は、蛇口から水を汲んで持って来てくれた。一虎君は本当に優しい。優しいだけじゃなくて器量良しで、料理上手で、硬派で格好良い。そんな一虎君に、恋人はいない。とりあえずいるとは聞いていない。好きな人がいるという話も聞いたことが無い。浮いた話すら一つも無い。
 中学時代から、一虎君の傍にいるのはオレや場地さんや千冬と東京卍會のみんなだけだ。同居しているオレから見ても、こんなに素敵な一虎君に彼女がいない理由が本当に分からないとつくづく思う。
 この一年、一虎君と一緒に暮らしてみて、本当に女の影が無い事を知った。だから、いないだろうと思っていたのだけれど、そういえば、最近行き先を言わない外出が増えている事を思い出してドキリとした。もしかして、こっそり彼女に会いに行ったりしているのかもしれないとか考えて、それだ! と、オレにしては珍しく閃いた気がした。
 オレが十九歳になったのだから、一虎君も二十歳になるのだ。そろそろ結婚とか考え始める頃かもしれない。不良は早婚と相場が決まっているのだから、きっとそうだと思う。
 硬派なら身を固めるのは尚更早いような気がして、それを邪魔しているのは、自分の存在ではないだろうかと思ってしまった。一虎君が結婚したら、ルームシェアを解消しなくてはいけなくなるから、残されたオレの事を心配して話してくれないのかもしれない。もしかすると、オレが結婚して出て行くまで待ってくれているのかもしれない。なにせ、オレ一人の収入ではこのマンションに住む事ができないのだ。
 一虎君は優しいから、そんな風に考えるかもしれない。そう考えて、段々そうなのではないかと思えてきて、オレは一虎君に聞かずにはいられなくなった。
「あの一虎君」
 ようやく口の中から餃子が無くなったオレは、今思い至った事を、一虎君に聞いてみる事にした。
「なに?」
「一虎君って恋人でもできたんですか?」
 オレの言葉に一虎君はふっと表情を無くした。一虎君の様子の変化に、聞いてはいけない事だったかもと後悔した。
「なんでそんな風に思うの?」
一虎君はオレの質問には答えず、質問で返してきた。
「いや最近一虎君がキラキラして見えるから、恋でもしてるのかなってスミマセン立ち入った事を聞いちゃって
 一虎君は目を見開いてびっくりした顔をした。そして、オレから視線を外して瞼を伏せた。
「恋人なんていないよ。そういうタケミチはいないわけ、恋人?」
「へ? いる訳ないじゃないっスか。オレが女の子にどれだけモテないのか知っていますよね? バレンタインのチョコだって生まれてから一度も貰った事が無いんですよ?」
 言いながら空しくなってきた。
「アハハ。確かに。男にばっかりモテてるもんな、タケミチは」
 一虎君が茶化すように言うので「ひどいっス!」とオレは抗議したが、一虎君は真面目に受け取ってくれなかった。



「あのさ、さっきの話だけど」
 夕食後、キッチンのシンク前で、皿を洗っているオレに一虎君が口を開いた。さっきの話が何を指すのか分からなくて、オレは横に立つ一虎君を見上げた。そこにあったのは思いの他真剣な眼差しで、一体何の話をするのだろとドキドキしてしまった。
「もし、タケミチに好きな相手が出来たら、最初にオレに教えてくれるよな?」
「最初に?」
「そう、最初に」
 それが大事だと言わんばかりに、一虎君はゆっくりと発音した。
「別に良いですけどだったら一虎君も好きな人が出来たら、最初にオレに言ってくださいよ?」
「うん。そうする」
 冗談で返したのに、一虎君は真面目に返事をしたから、何だか凄く重要な口約束をしてしまった気がした。それにしても、オレに恋人が出来るより、一虎君に恋人が出来る方が確実に早い気がするから、報告は一虎君がしてくるのが妥当だろう。ふと、その日が来た時の事を思い描いてしまった。
 一虎君はどんな表情で、オレに恋人が出来たと教えてくれるのかと。きっと、今みたいに食器を一緒に洗っている時に、さらりと話してくれるような気がした。間違っても、正座して向き合って重々しくは言わないと思うのだ。「そういえばさ、恋人できたんだ」って軽く話して、いつもドキリとさせられる笑みを浮かべて、オレを見るのだろうと想像できてしまった。
 一虎君に好きな人が出来たら、この二人の生活も終わりなのかと思うと、急に切なくなった。ついさっきまでずっとこの生活が続くのだと思い込んでいたのだ。オレと一虎君は血の繋がりも無い他人同士で、たまたま同中の先輩後輩として出会い、仲良くして貰っているだけなのに。よくよく考えてみれば、有限な関係でしかないのだと、オレは初めて自覚した。あまりにも長い時間、一虎君の傍に居たから、感覚がおかしくなっていた。いつだって当たり前に自分の近くに一虎君がいるのだと。
 いつかは分からないけれど、一虎君に恋人が出来たら、すぐに新しい住処に引っ越せるように、準備した方が良いのかもしれないと思った。
 オレが洗った皿を受け取った一虎君が布巾で受け取る。
 絶妙なコンビプレーは、長年の信頼の成せる業だった。こんな風に一緒にキッチンに立つことも、いつかは無くなっちゃうのかなと思うと,今から寂しくてなってきて困ってしまった。
「どうかした?」
「え? 何でもないっスよ?」
 一虎君は他人の気持ちの変化に人一倍敏感だ。今だってすぐにオレの心の動きに気が付いている。生まれ育った環境が影響しているのだろうけど、特に人が自分から離れていくのは苦手なのをオレは知っていた。だから、そんな素振りを見せてはいけないのだと、自分に言い聞かせた。この関係を解消するのは、一虎君側からだけなのだと。オレは、一虎君がオレの事を必要だと思わなくなったら、そっと離れて行くだけで良いのだ。
「あのさ、オレ、ちょっと出かけてくるワ」
 皿も洗い終わり、いつもならコーヒーかアルコールを取る頃、一虎君がそう言った。行き先の分からない外出だった。
「あはい」
 オレが返事をすると、一虎君はエプロンを外して、ダイニングテーブルの椅子の背にかけた。そして、そのままの格好で出かけてしまった。近所のコンビニに行くような感じで。でも、コンビニだったらきっと一緒に行こうと誘ってくれるから、コンビニに行った訳ではないと直感で思った。どこに行くのか聞けなかった。聞いたら全てが終わってしまいそうで。一虎君が出かけた先が好きな子の家だったら、本当にこの生活は終わるのかもしれなかった。今日までは特に気にしてこなかった一虎君の外出が、ひどく重い意味を持っている気がして怖くなった。本当に終わるのかもしれないと思って胸がズキリと傷む。
 そんな時が来たら、さらっと自分から離れれば良いのだと思ったくせに、いざその時期が近付いて来たのだと実感したら、怖いと思うなんてどうかしていると思った。そう、多分、心の準備が出来ていないだけなのだ。あの優しい笑顔も何もかもを失うという事を良く分かっていなかったのだと、オレは愕然としていた。
ともかく、いつかは解消する二人暮らしの事について、オレが意識を向けるきっかけは、この日起こったのだった。