ふみかぜ@壁打ち
2025-03-02 19:51:07
4765文字
Public
 

【本編ドラロナ】満ちる前/満たすまで

できていない本編ドラロナ/支部に投稿していた話の再録です
進捗ダメでテンション低いロがドにほんのり気遣われて何かが芽生えそうになる話/自覚しているかもしれないドがロの寝顔を眺める話

【満ちる前】
 キーボードを叩く音が、休業日の事務所内で無機質に響く。
 白い画面に文字を打ち込んでは消してを繰り返し、さっぱり前進しない現状にとうとう手を止めたロナルドは溜め息を吐いた。
 フクマさんがやって来るまで(うっかり何かを忘れていなければ)数日の猶予があるものの、昼間からPCに向き合ってほんの数行も進んでいないというのは不味い気がする。メイデンはともかく、最悪の場合は本社缶詰めコースとなりそうな予感に目眩がした。
「あー……もうこんな時間か……腹減った」
 時計を確認すれば、夜の九時を回ろうとしている。このまま作業しても事態は好転しないと諦め、空腹に従って席を立った。気分転換は大事だ。
 リビングに入る前、事務所の床を軽くノックする。ヒナイチは仕事で外しているのか、反応はない。
 ――オータム書店が容認し家賃も支払わせているとはいえ、クッキーモンスターが床下に巣を作っている現状をロナルドはすっかり受け容れてしまっていた(諦めたともいう)。そしてそれは、扉の向こうで夜食を作っているであろう吸血鬼と可愛いアルマジロについても同様で、彼らが居着く前の自分がどんな生活をしていたかを想像することも難しくなっている。
 この変化が良いことなのか悪いことなのか、ロナルドは未だ答えを出せずにいた。

「ドラ公ー、飯ー」
「もうできる。手を洗っておきたまえ」
「おう」
 キッチンから漂ってくる香ばしい匂いに自然と頬が緩む。ドラルクがロナルドのリクエスト通りのものを用意しているかは運と相手の気紛れ次第だが、今日は特に何か仕掛けることなく唐揚げを作ったらしい。
 皿を運ぶジョンを手伝って、ダイニングのテーブルに着く。こんがりときつね色に揚がった唐揚げは、涎が出そうになるほど美味しそうだった。ロナ戦で描写するとして、脚色を入れる必要が全くないぐらいの出来映えである。
「今日はジョンの提案で、下味の醤油を少し変えてみたよ」
「ヌン!」
「へー、ジョンは偉いな~」
「お子ちゃま舌ルド君には違いが分からないかもしれないがね」
「後で殺すわ」
 握った拳を渋々下げて、箸を手に取る。既に着席した状態でキッチンにいるドラルクを殴り殺すのは少々手間だ。覚えておけクソ砂。
 ――ムカつくことは多々あれど。事務所で夜食を摂る今の時間がロナルドは好きだ。可愛いジョンと食卓を囲みながら美味しい料理を食べるのは楽しいし、ドラルクが随所に挟んでくる煽りの数々も、今じゃこの空間に馴染んだ音の一つになっている。こちらの殺意をぶち上げてくる嫌がらせも、いざ無くなったら寂しくなる……のだろうか。いやそればっかりは清々するかもしれない。
「ドラ公おかわり」
「自分で取りにこんか若造」
「ヌヌヌイ!」
「ジョンはもう一杯だけだよ。デザートもあるんだから」
「ヌ」
 さて、今日は何とも平和的に食事が進み、残すは冷蔵庫で冷やしているプリンを残すのみとなった。三つある内、ジョンと自分の分(あと一つはヒナイチへの取り置きだ)をロナルドが取り出したところで、そういえば、とドラルクが口を挟む。
「ロナルド君、原稿の調子は……ははぁ、さては全く進んでいないな?」
 露骨に顔をしかめたロナルドを見て、ドラルクの顔に愉快げな笑みが浮かぶ。プリンで両手が塞がった状態では殴りにくく、殺意を込めて睨むにとどめた。
「ちょっと……少しだけ、行き詰まってるだけだ」
「ふぅん。ちなみに今日の進捗は何文字?」
……五〇文字……
「うわぁ……
 プリンをテーブルに置いて、行き場をなくした手をぶらりと垂らしたロナルドが絞り出した答えに、ドラルクの声に憐憫の色が混ざる。スプーンを用意して待っていたジョンの視線にも生暖かさを感じて、ちょっと泣きたくなった。
「完全に行き詰まっているじゃないか」
「分かってんだよチクショウ……あと少し、もうちょっとで何か出てきそうな気が……
「ロナルド君、どう見ても泥沼パターン入ってるよそれ」
 カタ、と何かが置かれる音が聞こえる。顔を上げてみれば何だか良い香りを漂わせるポットがティーカップと共に用意されていた。
「ハーブティーだ。これを飲んだら今日はもう寝たまえ」
「へ」
 真顔でカップにお茶を注ぐドラルクの姿に、何だか面食らってしまった。こちらを煽ることに余念がない享楽主義の吸血鬼に気遣いのようなものを見せられると、反応に困ってしまう。
「カモミール、嫌いではないよね?」
「え、おう、ありがとう……って、何か仕込んでんじゃねぇだろうな」
 尚も疑わしげな目を向けるロナルドに、ドラルクは心外そうに肩を竦めた。
「失敬な、私だって空気は読むよ。退治人の君が万全でないとこっちもつまらないからね」
「そう、なのか……何か悪ぃ」
「それに君を煽るのは締切当日ギリギリになってる時が一番オグェー!」
「ヌー……
 ロナルドはティーカップを手元に引き寄せてから、食前の宣言通りにドラルクを殴り殺した。

 食後に風呂でさっぱりすると、ハーブティーの効果か耐えがたい眠気がやってきた。寝衣に着替えてソファベッドを倒すともう限界で、そのまま横になってしまう。
「ロナルド君?」
 聞こえた筈のドラルクの声もおぼろげで、ロナルドは碌な返事もせず寝返りを打った。
「全く、毛布くらい自分で掛けんか五歳児め」
「ヌ」
 瞼の向こうがふっと暗くなり(電気を消したらしい)柔らかい布が身体に被せられる。段々と温もっていくのが心地好くてより深い眠りに引き摺られようとした時、不意に頭を擽られるような感覚に襲われた。
……おやすみ」
「ヌヌヌイ」
 頭を撫でる小さくて温かな手と、骨張った冷たい手。形は全く違うのに動きが似通った二つの刺激に、ロナルドは胸の奥で何か甘い痺れのようなものが広がるのを感じた。
 これは何だろう。逃げ出したいような、ずっとこうしていたいような。ドラルクと共にいると時折、言葉にし難い感情が湧き上がってくるから困る。……不快ではないから余計に。
 降ってきたものは形を与えられることがないまま、ロナルドの中で沈殿して積もっていく。いつか溢れる時が来るかも分からないまま、今は一時の安眠に身を委ねた。