ろころころ
2025-03-02 02:37:54
4293文字
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山羊商人はエージェントの夢を見るか







視界を晦ますほどの強い光は、やがて穏やかな朝日へと移り変わる。

暖かな風、柔らかな鳥達の鳴き声。
そんな普段の朝という日常に訪れた、少しの非日常は──────

「警察相手に浮気とは、随分とまぁ良い度胸をされておりますね?商人の割に中々勇敢だとは思っておりましたがまさかこれ程とは。いえ、感服しているのです。勇敢とは、言い換えれば後先を考えずに突っ込む馬鹿とも言えますから」

彼が目をつけたのは寝巻きの無防備な襟元に見えた歯型である。このような場所を恋人本人が自分で噛むなど出来るはずも無いし、自分が着けた記憶も無いと言うのならば──────考えられるのただ一つ。

「言いなさい。誰のですか?」
……貴方のですガ。そこまで疑うのなら、貴方の歯型と合わせてみなさいナ」

青年の言い分は決して間違ってはいない。歯型だってぴったりと合うだろう。何せ、この痕をつけたのは彼以外の何者でもないのだから。

「貴方、昨日の夜は随分と飲んだくれてましたよネ?誰がベロンベロンになったバカの世話をしたと思ってやがりますカ」
「そ、それは……
「その恩も知らずに、起きて早々浮気を疑われるトハ……わたくしはもう悲しくて悲しくて涙が溢れそうですヨシクシク……

そう言われ、確かに昨晩の記憶が無いことに気がついたのであろう警察官は気まずそうに目を逸らした。


さて、そんなこんなで誰かさんの厄介な置き土産を適当に逃れた青年は、もう一つの置き土産が手元に残っていたことに気がつく。

何の変哲もないただの水晶。

これに関しては青年が普段から鉱石を商品として扱っていることもあってか、恋人に特に追求されること無く終わった。

けれども、鏡でしか見えぬ位置のこの痕が消えたとしても──────この水晶という存在は、確かに青年の生きる道に一つの足跡を残したのだ。



*「悪は滅せねばならない。ですから私はこの狂った世界の滅亡を望んでいます。そして、私が光に手を伸ばさないのは一度でもこの世の光を見てしまえば、その光によって視界を眩まされてしまい、私の信じる道を辿ることが出来なくなってしまう。只々、そういう理由なのです」*



Fin.