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夢篠
2025-03-01 00:38:44
2729文字
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兄弟星(雑渡双子弟)
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兄弟星綺羅と、宙昇る
雑渡の双子弟の秘密
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2
ナマエ
が町に降りていると昆奈門に相談を受けた。酷く落ち込んだ様子なのに強がりばかり言ってしまう彼の事が心配になってしまう。それと同時に生まれた時からの半身にすら、本心を打ち明けられない
ナマエ
の事も。
「
ナマエ
、」
陽当たりの悪い部屋で居住まいを正して兵法書を読む
ナマエ
の様子を横目で見る。一刻程前に部屋を訪ねてから一度も崩される事の無い伸びやかな姿勢は見ていて心地良い。書に向かう真剣な眼差しは少年には似つかわしくない凛々しさを感じさせる。私の視線を受けた
ナマエ
がこちらに視線を向けた。
「なに」
真っ直ぐな目が私を見ている。射抜くような強い視線は生半可の者では圧倒されてたじろいでしまうだろう。私が何か言おうとしている事に気付いたのか
ナマエ
は書を閉じて私に向き直る。お手本のように正された姿勢は、
ナマエ
に対する大人たちの期待の表れのように見えた。
「その、昆奈門が心配していたぞ。最近町に良く降りているらしいな」
「
…………
、ああ、うん
……
」
直ぐに咎められているかのように俯く
ナマエ
に咄嗟に言葉を付け加える。責める意図も詮索する意図も無い、これはただの純粋な心配なのだと。
ナマエ
は疑るように私を見ていたけれど言葉を重ねる事で僅かにでもそれは払拭されたのか、曖昧に彼を守る薄くそれでいて硬い防御が外れたような気がした。
「
…………
昆奈門が、気にしているの?」
「ああ。町に
ナマエ
の好い人がいるんじゃないかと心配していたぞ」
ナマエ
の困ったように下がった眉が少し緩む。下手くそな笑い方に少なくとも昆奈門の心配は的外れだったようだと安堵が浮かぶ。
「好い人ってなに?変なの。
……
そうじゃないよ。でも、うん、まあ、あの、さ、」
言い淀む
ナマエ
は言葉を探している。
ナマエ
は普段迷わず言葉を発する人間だ。だから言葉を探す時は急かすより待ってやる方が良いのだろうと気付いたのは何年か前の事だ。
ナマエ
は思ったより気が強く、それでいて肝心な所で逃げる。昆奈門は思ったより気が弱いけれど、それでいて肝心な時に強い。
「
…………
」
「言っても、怒らない?あの、父には言わないで
……
」
促すように見詰めると
ナマエ
はまるで叱られるのを恐れるかのように俯いて膝の上で手を握った。
ナマエ
は私が彼の父上と繋がっていると懸念しているようだ。出来ているかは分からないが努めて安心させるような顔で微笑んでみる。
「誰にも内緒だ。
ナマエ
が良いと言うまでは、雑渡様にも昆奈門にだって言わない」
「
……
、はい」
萎らしい表情だったが、少しほっとしたような表情が微笑ましい。つい頭を撫でてしまったら、「やめろ」と緩んだ顔で手を叩かれた。
「それで、何をしに町に行っているんだ?」
「えっと、あの、ねこ
……
」
「
……
猫?」
意外な言葉に復唱すると、
ナマエ
は怖々と頷いた。猫とはあの猫で良いのだろうか。頭の中で考えが巡る。
ナマエ
に説明を促す。
「あの、この間長雨があったでしょう。あの時に親から逸れた仔猫を拾って、怪我をしていたから世話をしていたの。
……
里では飼えないでしょう」
呟くように事情を説明する
ナマエ
に、顔を緩めた時だった。ぴり、と背筋に走る寒気に顔が強張る。
ナマエ
は気付いていないのかふにゃりとした顔で笑った。
「
……
内緒だよ。父にも、昆奈門にも誰にも言っちゃ駄目。
……
もう少しで元気になるんだ。そしたら親猫を探すんだよ」
子供らしいふわふわとした顔で笑う
ナマエ
に、私は上手く笑えていただろうか。
ナマエ
は気付いていないのだろうけれど、私にだけ感じられるように一瞬発せられた雑渡様の気配に私の顔は引き攣っていないだろうか。無意味な願いとは分かっていても、願わずにはいられなかった。あの方がいつから私たちの話を聞いていたのか。
ナマエ
の話が、そのお耳に入っていなければ良いと。
無意味な願いだとは、知っていたけれど。
それから十日も経っただろうか。
ナマエ
が町に降りる頻度が目に見えて減った。と言うより無くなった。あの日の雑渡様の気配に心が重くなるのを感じる。
ナマエ
の部屋を再度訪ねる。私を迎える
ナマエ
の目に宿るのは、純粋な悲しみだった。
「
ナマエ
、その、」
「
……
陣内。前話した猫ね、父上に取り上げられちゃった」
俯いて、膝の上で感情を落ち着けようとするかのように手を握る
ナマエ
の顔を覗き込む。所在無さげな顔で膝頭に視線を落としたままの彼は多分、泣いていた。
「
……
雑渡様に?」
「
……
あの後すぐ、父上が部屋に来て、もう猫の世話に行っては駄目と言われた。内緒で一回行ったけど、もう何処にもいなくなってた。それも見つかって、叱られちゃったけど」
笑いながら見せられた手首に残る縛られた後はまだ、治っていなかった。顔は笑っているのに震える声が痛ましい。幼児らしい大きな目に溜まる雫が、零れ落ちる前にそれは私の手のひらの中に消えた。
「
…………
私が関わってしまったから、死んでしまったんだ」
「っ、それは違う。きっと、元気になって野生に帰っただけだ」
「いつもそう。私に関わると皆不幸になる。陣内も、あの後父上に叱られたんでしょう
……
?昆奈門だって
……
っ、昆奈門だって、私がいるからっ」
後から後から落ちてくる雫を握り潰す。こうするのが正解なのかは分からなかった。ただ、自分がとても幼い頃に母がしてくれたように幼い身体を腕に抱いてみる。
ナマエ
は暫くはされるがままだったが、少しすると私と身体を密着させるように私の服の裾を握った。
「
ナマエ
が、悪い事は何一つ無い。猫は元気になったし、私が雑渡様に叱られたのは私個人の事で
ナマエ
には何ら関係無いから気にしなくて良い。それから、昆奈門は本当にお前を気に掛けている。だから、」
だから、
ナマエ
はもっと自由に生きれば良い。本当はそう伝えたかった。でも、それはとても酷な事だと私も、
ナマエ
も知っていた。だから私が何も言えなかった事に
ナマエ
も何も言わなかった。
それでも、本当は気休めにでもそう言ってやれたら良かったのかも知れない。気休めでも良いから
ナマエ
の求める言葉を沢山贈れば良かったのかも知れない。もし、その気休めがあれば或いは、
ナマエ
は今もこの里で生きていられたのだろうか。
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