ヤズ
2025-02-26 22:05:57
4013文字
Public 考察
 

FGOカリオストロ伯爵バレンタイン考察 ~その贋物に価値はあるか?~

―――考察できるか、このがらんどうを

※『奏章Ⅱ 不可逆廃棄孔イド』のネタバレ注意
※蘆屋道満(リンボ)、オベロン、巌窟王モンテ・クリストのお返しにも軽く触れてますのでネタバレ注意

いつもの注意書きですが、こちらは一プレイヤーの解釈に基づいた考察文です。
公式の見解とは全く異なる場合があります。
それどころかこの男について深く考えること自体間違いなんじゃないかという疑心に苛まれながら書いています。考察厨マスターこんなの初めて。
あまり真に受けぬが御身のためでしょう😌

※受け取り当日の感想文はこちら→カリオストロ伯爵のバレンタイン感想



いやあ、まさか誰の模倣でもなんでもなく、こんな丁寧に"無"をプレゼントしてくれるとはね……



『返礼の品』。
これが普通のサーヴァントからの贈り物だったなら、たとえどんなに無難な品物だったとしても何かしらの名前がつきそうなもの。
それこそ、まさに礼装テキストにある「ブランド物のハンカチーフ」のような名前が。
なのに、ただの『返礼の品』。
名前もない、込められた願いもない、チョコの返礼品それ以上でもそれ以下でもない。
返礼品としての体裁は完璧だけど、あまりにも、あまりにも何も無さすぎる。
まさか誰のパクリでもなしにこんな"無"を突きつけてくるとは。

「決して贋作ではありません」は、礼装テキストからしてたぶん嘘。
そして「まるで商品写真のように完璧な返礼品」。お返しの受け渡し場所は人気の少なそうな書庫。
おそらく彼は書庫の広間にマスターを待たせた後、所蔵されていた商品カタログか何かから返礼品に相応しいものを見繕い、物品鋳造スキルでこのお返しを拵えたのではないでしょうか。
パッケージとハンカチに自分モチーフのワンポイントを入れるアレンジも同スキルでどうにかなるはず。あれは既存品の改造にも使えるスキルなので。(ただの完コピじゃなく、自分のお返しとして違和感ないようにアレンジを加えるあたりも彼らしい)
「リボン付きの丁寧な包装が印象的」も深読みしてしまいますね。中身じゃなくて包装が印象的とは、まるで彼そのもの。

正直申し上げますと、カリオストロなら仮に巌窟王あたりを模倣するとしても、あえて『空っぽのコーヒーカップ』とかそういうので来そうだなと予想してたんですよ。
同じくプリテンダーで尚且つ強烈な自己表現を贈ったオベロンが先にいましたからね。
中身は空っぽだけど美しい器、という形でがらんどうを表現するのではないかと。

違いました。中身も包装も全てが贋物、何かのコピーなんだ。そっかあ。

※ハンカチのプレゼントは手切れ云々の話もありますが、個人的にはそこは関係ないかなあと思っています。
 調べた感じハンカチの贈り物が縁起が悪いとされてるのはアジア圏の話みたいですし。
 それに、これはただの『返礼の品』ですからね。ハンカチであることにきっと意味はない。
 本当にただのチョコの返礼品。それ以外の意図は"無"。だといいな。



さて。
相変わらず彼の言葉は何も信用できないのですが、彼の真意を考察する足掛かりは少しだけ見えました。

「是なる返礼品、決して贋作ではありません。」に対しての選択肢。



上の「物品鋳造のスキルを使ってないってこと?」を選ぶと



この通りいつもの胡散臭い笑顔ですが、

下の「心を込めた贈り物、ってこと?」を選ぶと



…………

ここがこのバレンタインストーリーにおける唯一の選択肢差分。
ならば間違いなくここには意味がある。
これこそが、カリオストロの真意を探る唯一の足掛かりではないかと思います。


先述した通り、このお返しには彼の心など一切込められていません。
「心を込めた贈り物」で無の表情になったのを見てもそこに間違いはないと思います。
しかし、「はい、そうですよ」と心にも無い嘘を吐いてマスターを嘲笑ったりはしなかった。
リンボのように、「愛を込めた」と悪意たっぷりの嘘を吐いてマスターの心を弄ぶ気は、彼には無かったということです。

曖昧な表情で誤魔化しつつも、彼はマスターに対して『忠告』をします。
プリテンダーの言葉をあまり真に受けないのが御身のためだ、と。

先程の無の表情の後に、この忠告。
私には、欺瞞でもなんでもない、彼の本心から出た忠告に思えて仕方ありません。

そう。彼は彼なりに、真摯に忠告してくれているのではないでしょうか。
放つ言葉にしても、贈る品物にしても、そこに込めた心にしても。
がらんどうの詐欺師に"真"を期待するな」、という忠告を。


初めにマスターのチョコを敬遠しようとしたとき、私は意外な行動だと思いました。
てっきり彼は詐欺師らしく積極的にマスターに取り入ろうとすると思っておりましたので。
あの時の彼はいつもの芝居めいた口調ではあるのですが、比較的本気でマスターを遠ざけたかったように見えます。(あえて引く駆け引きの手口かとも思ったのですが、それにしては口調が強めで違和感があります)

カリオストロは、マスターのチョコを受け取るべきではないと思っていた。それはなぜか。

おそらくですが……彼はチョコがほしくなかったというより、そのお返しを避けたかったのだと思います。
今日という日はバレンタインデー。チョコレートに想いを込めて贈る日。
そして、チョコを贈られたら、それに見合った返礼をしなければなりません。

例として挙げますが、蘆屋道満(リンボ)はマスターのチョコに対して呪いを返しました。
ギャグのようですが、よくよく考えれば当然なのです。
リンボはかつて生きた蘆屋道満その人ではなく、その悪意を核としたアルターエゴ。
たとえマスターから心を込めた贈り物を受け取ろうとも、彼に返せるのは呪いという名の悪意だけです。

それと同じように、がらんどうのカリオストロには虚無しか返せない。
もっと言えば、彼にはリンボのように呪いを返すことすらできないでしょう。
愛だろうと呪いだろうと、人の自我、人の心から生まれるもの。
がらんどうの詐欺師には心など返せないのです。

そう。
たとえマスターが自分のために真心を込めてチョコレートを贈ったとしても。
彼には、虚無の贋物しか返せないのです。

彼は自分でそれをわかっているので、バレンタインを避けようとしたのではないでしょうか。
あれは、「自分に贈り物をしても贋物しか返ってこないからやめておけ」という遠回しの警告だったのではないでしょうか。

どんな想いを彼に注いでも、伽藍の洞に響くものは何もなく、全て虚に呑まれるのみ。
それは詐欺師として当然の生態ではあります。
そうならないようにマスターに忠告してくれるのは、果たして彼の優しさと言っていいのでしょうか。


※カリオストロに自我というものはありません。
 (本当に無いのかは定かではありませんが、彼を一番知っているであろう巌窟王がそう言っているので信じるしかありません)
 己が無い以上、今羽織っている役こそが彼の主体になるんじゃないかと私は考えています。
 奏章Ⅱまでの彼が羽織っていた役は異星の使徒、及び巌窟王の大敵。
 今の彼が羽織っている役はカルデアのサーヴァント、マスターのしもべ。
 そして、羽織った役を途中で放り投げたりはしない。役に尽くし、役に殉ずることすら厭わない……という印象を私は奏章Ⅱで受けました。
 ですので、今の彼はマスターを害したりはしないんじゃないかと思います。今のところは。
 彼は主に忠誠を誓っているのではなく、役に忠誠を誓っているのかもしれませんね。

※そういえば、カリオストロはモンテ・クリストのお返しにも顔を出してましたが、彼はマスターがいないところでも陛下/女王陛下呼びするんですね。
 つまり、マスターの前でだけ取り繕って忠臣を演じているわけではないということ。
 それがわかって儲けものでした。巌窟王からしたらウザいだけでしょうけれど。



カリオストロは最初こそチョコの受け取りを断ろうとしましたが、後半になるとその素振りは一切見せず、優雅に、スマートに完璧な返礼をこなします。
彼の態度がどこで切り替わったのかというと、「宜しいのですか?」の確認にマスターが頷いた時から。



ここの「宜しいのですか?」が、私の耳にはどうにも浮いて聞こえると言いますか……比較的、彼の素に近いように聞こえます。

「(貴方の贈り物に私は贋物しか返しませんが)宜しいのですか?」
「(頷く)」

……こういうことだったのかもしれません。
マスターが了承すると彼は微笑み、一転して『マスターからの贈り物に喜びを隠せないカリオストロ』として振る舞い始めます。(私はあの時の照れ顔は演技だと思っています)

その後の、しもべとしてあるべき恭しい言葉、高貴で優雅な立ち振る舞い、完璧な返礼の品。
全てはマスターの望みに応えて彼が羽織った贋物。
ある意味では、マスターは幻を相手に人形遊びをしていたようなものです。


……しかし、贋物でも構わないのではないでしょうか。
今回のマスターとの穏やかなやり取りを見ていると余計にそう思います。
多少強引にでも彼にチョコを贈ったマスターは決して間違ってなどいません。

マスターは彼に日頃の感謝の気持ちを贈りたかっただけ。
贋作じゃないなんて嘘を吐くまでもなく、きっと、マスターにとっては真贋なんか関係なかったのです。
マスターは彼にバレンタインチョコを贈り、彼はその返礼をした。
たとえ形式上の儀式でしかなくとも、上辺だけの贋物でしかなくとも、その行為にこそ意味は宿り、価値が生まれます。

がらんどうの詐欺師でも、構わないのではないでしょうか。

『たとえ偽物だったとしても』。
それこそ、Fateシリーズが初代から取り上げてきたテーマの一つなのですから。