【創作|馬子軸】琳としずくのやつ(タイトル未定)

生えてきたのを直して直して…とやっていたらなんか全然違うものができました。どうするか何も考えてないので一旦出せる分だけ出そうの気持ちで放出します。



この世には『馬子』という奇妙な生き物がいる。私のことだ。

どの個体も基本的に足が速く、最高時速七十キロで走れる二足歩行の哺乳類。馬の耳と尾っぽを持つ、奇怪な人類の仲間。
ダチョウと同じ速さで走ることができる生き物は数あれど、人間と同等の思考力――そしてその背骨に神秘を匿い、社会の中で歴史を紡いだ知的生命体は人間以外で『馬子』しかいない……はずだ。多分。記憶が、正しければ。

歴史の講義なんてまともに聞いちゃいない。
私の馬耳は興味がないことをとことん聞こえないことにする、都合のよい耳をしていた。


……『選考の結果、不採用とさせて頂く運びとなりました。春居様の活躍を心より祈念申し上げ、結びの言葉とさせていただきます』」

その日、私は珍しく休日出勤して大学院にいた。居室でメールを確認し、妙に時間のかかる実験のために待ち時間を潰し、ついでに同期のエッグプラントに水と餌を与えた。エッグプラントがかわいくなければキレ散らかしているところである。
ラップトップパソコンの画面を睨みつける。大学用のメールアドレスに届いた不採用通知はこれで四通目になった。私は乱暴に蓋を閉めて、

…………クソが、炎上して株価暴落しろ、ドブカス企業」

と、誰にも聞かれないように内心だけで呟き――すっかり冷めてしまったコーヒーを胃に流し込んだ。

「おーい、春居。いるかー」
「有馬……

同期の男が居室へ入ってくる。普段なら八人がいる居室には私しかいない。有馬は何でも器用にこなし、研究室の中でも早々に就職活動を終わらせていた。
所謂イケメンと呼ばれるこの男は彼女といちゃつくことにも、髪型をワックスで決める事も、実験を大変器用にこなす事にも余念がない。私が水の入った霧吹きを向ければ明後日の方向を向くエッグプラントも、こいつの霧吹きには嬉々としてかぶりに行く。

……何か用事?」
「いや。就活どうかな~と思って。もう十月も終わるし、流石にまだ決まって無かったらヤバいだろ。流石に一社は決まった?」
「このノンデリ野郎」
「ノンデリ~? お前があんまりにも不器用だからだろ。だって何回同じ失敗してんだよ。面接で聞かれる事なんて大概決まってるんだから、テンプレを覚えて――
……余計なお世話ちゃ。自分が万事上手くいったからって私を使って自分の優位性に浸んなや。大体お前のデータ適当すぎて全然参考にならねえんだよ」

私は感情のままにノートを有馬に叩きつけた。

「痛っってえ!! 何すんだ! 八つ当たりすんなよ」
「八つ当たりなんかやない。お前のデータマジで再現性ゼロ。最悪。それで全部私がやり直しとるんやけど、知っとった? いや知るわけないか。私がお前の実験代わりにやり直しとる間、お前は呑気に遊んどる」
「な……何だよ急に……
「そのまま中身のねえぺらっぺらの人生送っとれば?」

もう一度白紙のノートを叩きつけてやる。ずる、とノートが顔から滑り落ちる。私は荷物をまとめて居室を出た。もう散々だった。
実験のデータをいくら積み上げようと就活で上手くいかなければ人生が詰む。面接官を前にした時、口腔内はカラカラになり、何を言おうとしたのか何もかもを忘れ、この明るい栗毛のせいで落とされ――「地毛なんです」と言おうが就職担当には「暗い色にした方がいいよ」と言われ。
どうしろというんだ? そもそも私は好きで栗毛に生まれてきたわけじゃない。従兄弟はその栗毛が良く似合う、気の良い爽やかな男だが、私は違う。

『根暗』『明るいのは毛色だけ』『速くてもこれじゃあな』

高専時代を思い出して胸が激しく痛んだ。
クラシック・ホースレースという華やかさの極致のような舞台に片足を突っ込んでいたことがある。一生に一度しか走れないクラシックレースの舞台も。一応は、走ったことがある。
同期は看護師になったらしい。彼女は唯一私が、まだ仲良くしている高専時代の同期だった。クラシックこそ一つも獲れなかった小柄なあの子は、私よりずっと速く――美しく、そして海を越えたその先で最強になった。

私には、何もない。

バスのICカードリーダーに定期券を翳し、JRの駅へ向かう。博多駅は相変わらず人でごった返しており日本人よりも外国人の方があからさまに多かった。聞こえてくる言語の多様性に嫌気がさして、耳にレザーのカバーを付ける。

(新作……

秋ごろのスターバックスの新作は比較的好みの味が多い。芋や栗を使った商品が多く出回るのが嬉しい。馬子の身はままならないもので、チョコレートが食べられないのだ。
私は新作の焼き芋フラペチーノを買って店を後にする。キラキラした男女がいっぱいいる空間に長時間いるといたたまれずこの身が焼き潰れる錯覚を起こすからだ。
一口ストローで吸い込んでみると確かにざくざくとした芋けんぴの破片と、芋の味がするフラッペが楽しい。耳が無意識にぴんと立って自分の口腔内から聞こえる音を拾っている。

スマホに表示されたデジタル時計を見遣れば、まだ目的の電車には三十分以上の時間があった。今ホームへ上がっても仕方がない――明日の朝飯のパンでも買いに行こうか、と改札口の傍にあるパン屋へ向かう。
紙袋をケチらずに貰っておけばよかった。ペットボトルホルダーにフラペチーノの容器は入らないし、手に持ったままパンを選ぶのは大変だ。うまい具合にリュックサックのサイドポケットへ押し込み、何のためについているのか分からないベルトで固定する。これでとりあえずはクリームで汚れる事もないだろう。

「ん……?」

前を歩く背の高い女性がパン屋の傍にあるコインロッカーの方へフラフラ近づき、壁に手をついて荒い息をしている。人酔いだろうか。私は女性を一度見遣り、パン屋へ入った――が、耳を叩いた何かが倒れるような音に耳が勝手に反応し、その音を拾った。思わずトングとトレーを元に戻し、音の方向へ恐る恐る進む。
黒いワンピースを着た長髪の女性が体を必死に起こしながら真っ青な表情で床を見ている。周囲の人は彼女に気付いていないのか、それとも気付いた上でシカトしているのか足早に過ぎ去っていく。耳が、妖精のようだ。RPGに出てくるダークエルフみたい、と失礼な感想を抱き、だがそんなことを考えている場合ではないと彼女に近づく。

「あ、あ、……あ、……ぁ、あの。だ、……だ、だい、大丈夫、で」
「ごめん……なさい。少し……貧血気味な、だけよ。……良くあることなの」

黒い妖精のような女性はそう言って青白い顔で微笑んだ。柘榴のような真っ赤な瞳だ。しかしなんて美しいかんばせだろうか?
三次元の人間や馬子には全然興味がないと思っていた。だが、失礼ではあるが、目の前の彼女はどんなものよりも美しかった。

「で、でも。あの、あっ、あ、あの……や、薬局。薬局近くにあるから私お水とお薬、鉄剤……鉄剤? 買ってきますから、あ、駅員さん。駅員さんを、」
「気にしないで。もう大丈夫だから……
「あ、あ……水。水持ってる。開けてないやつ。献血。献血でもらったやつある……」 私は慌てふためきながらリュックサックを開け、小さなペットボトル飲料を取り出して彼女へ押し付けた。
「ありがとう」
「あっ、あ……電車。電車来ちゃう、わ、わたし」
「大丈夫よ。もう、動けるわ」 彼女は少しふらつきながら立ち上がった。私よりもかなり背が高いのかと思っていたが、それはハイヒールによるものだったらしい。
「じゃ……じゃあ……私は、これで……

逃げるようにその場を後にして、改札を通る。乗るつもりのなかった特急列車に乗り込み、バクバクと自己主張を繰り返す心臓を押さえつける。
慣れないことはするものじゃない。四つ折り財布をポケットへ戻し、そして。

……は?」

無い。私はもう片方のポケットへ反射的に手を突っ込む。無い。

「嘘やろ……

学生証失くした。
それに気づいたのは、無慈悲にも特急が発車した後の事である。



***



『玖邸大学大学院 理工学研究科 生命体情報・遺伝子工学専攻
 春居しずく』

その名を、彼女は柘榴の瞳でなぞる。
黒い長髪を高い位置で夜会巻きにまとめ、身体のラインを蠱惑的に演出した夜の蝶が一人。彼女は中洲川端にある高級クラブ『Carnet』のホステスだ。手慣れた手つきでグラスを用意し、シェイカーを振る。こういう場を彼が嫌うことはよく知っていた。だからこそバーカウンターがある店を再就職先にわざわざ選んだのだ。
元螺旋捜査官という奇異な経歴を持つ彼女は――いや、それ以前にヒト型の幻想種である彼女は、普通に生活を送ることも難しい。だがこの『Carnet』という場所は日本の幻想秘匿機関から直々に許しを得た、幻想の住人が集う場であった。

『Carnet』の主の名は灘元琳といった。
赤いカクテルが丸いグラスへ注がれ、片方にはロックのウイスキーが。ウイスキーは琳のものだった。開店時間と共に人が集まってくる。しかしどれもこれも、人間は少ない。そもそも普通の人間はこの場所へ辿り着けない。辿り着けるのは正しい行き方を知っている者だけである。エレベーターの作動音が響き、男の革靴が大理石に似た材質の床を叩く。フラワースタンドの群れを無視して彼はバーカウンターへ腰かけた。

「ねえ、名探偵は来ないの? 会いたいのだけど」
「それより仕事や。目ぇ通せ」 彼は琳へA4サイズの茶封筒を渡す。「つかその学生証、なんかちゃ」
「拾ったの。可愛らしい子馬ちゃんだったわ。駅で『声』を聴きすぎて、参ってしまって。普段なら誰も私を気に留めないはずなのだけど、あの子は何故か私に気付いた」
「妙やな……馬子やろ?」
「気になるなら、どうぞ」 琳は彼へ学生証を手渡す。彼はそこに載っている証明写真に目を僅かに見開いた。
「これ春居の従姉妹やねえか。院進したとは聞いとったが――こんな近くにおったんか……

彼の声に琳は書類を捲りながら問う。

「ねえ、これ。この子の大学じゃない」
「気になるならそれも含めて調査してくれ。こっちは例の麻薬騒動でそれどころやねえ」
「可哀想ね。恋人に会いに行く間もなく仕事に駆り出されて……
……しゃあしいわ。俺はもう行く。何かあれば大河を通せ」
「あら、カレンを顎で使えるほど偉い立場に?」

琳は彼――市ノ瀬咲良をからかうような声音で引き留めた。咲良は一歩足を止める。

「実際偉くなったんちゃ。俺は今いとしま医学特区の主任螺旋監察官やぞ……そうやなかったら誰が好きでお前のところになんか来るか」
「ふふ。似合わない肩書だこと。いいわ、これは私が何とかする。名医と名探偵に宜しくね?」
「誰が宜しく言うか。いや。……マジで絶対に、絶対に遼士郎さんに絡むなよ」
「可愛いこと言うのね。それ、フリ?」
「なわけあるか!」