氷紀
2025-02-21 18:43:19
5240文字
Public とある息子たちの話
 

とある放蕩息子の追想

ゲ謎派生パラレルワールドの〓×6期の👹 『とある~』シリーズの続き。
かつてゲタくんが出会ったある人間のこと。
『とある放蕩息子の追憶』の後日談的なお話なのでモブゲタ的な要素が混ざっています。



 やがて、そいつはゆっくりと本を閉じた。
 その横顔にむかってぽつりと囁く。
「探しちまうよな、やっぱり。マアいるはずない、って分かってても」
……でも、懐かしかった」
 本の表紙を愛おしげに撫でる、僕より二回りくらいちいさな手。
 水木さんが恋しくて、でも泣けずにいた頃を思い出す。
「この本を、くれたっていう人。……会ってみたかった、です」
「本当に妙な人だったヨ。見るからに怪しい僕を、平気で家に上げたりして……でももし、水木さんが年をとったら、あんな感じになっていたのかナ、って。ちょっとだけ、そう思った」
「いくつくらいの人だったんですか?」
「七十九歳。……新聞の訃報欄によれば、だけどネ」
 マア平均寿命くらい、と言っていいだろう。
 ひとりの人間と一緒にいられる時間なんて、どんなに長くても数十年の単位だ。思い入れれば、絶対に後から苦しむって、分かっているのに――僕の心は、あとそいつの心もきっと、人間の存在を求めてしまう。近づいて、叶うならば愛したいと願ってしまう。心の底に、水木さんの注いでくれた愛があるから。
 陽炎のような願いを、僕は未だに捨てられない。
 どれほど人間を愛しても、人間にはなれないのに。
……、」
 そいつが、黙って僕に寄りかかってきた。同じ温度の重みが心地いい。
 何も言わないまま、僕は細い肩を抱きしめた。
 心の底にあるものを言葉にするのは、僕もそいつも得意じゃない。お互いに分かっているから、もう何度繰り返したのか知れない、無言のやりとりを繰り返す。
 さみしい、会いたい、声が聞きたい――他の誰に言ったところで分かってはもらえない、でもそいつには言うまでもなく通じてしまう、心の奥底によどんだままの願い。叶いようもない、虚しい想い。
 またしばらく黙っていると、不意に小さな声がする。
……思い出しました」
「ぁ、おい」
 僕の手の中で、灰になりかかっていた二本目の煙草を、そいつの指先が奪った。灰皿に放り投げられたフィルターを追うように、崩れた灰がふわふわと落ちていく。
「お義父さんもたまに、今のあなたみたいに、煙草に火をつけたままぼんやりしていたことがあった、って」
……ああ。あったナ」
「こっそり盗み見ていただけで、僕にはどうしようもなかった。……水木さん、自分が苦しんでるところは、僕には絶対見せようとはしなかったから。それにあの頃は僕だって、人間基準で言っても子供の年だったし……
「だよなァ。……親の情けない姿なんて、子供に見せるモンじゃない、って思ってたんだろナ」
「ですね」
 互いの声に混ざる、笑いになり損なった音。
 弱音を吐くのが苦手なのも、水木さんが僕とそいつに残してくれたひとつの形、なのかもしれない。
「それでも……あのとき、煙草を奪いにいっていたら、何かが変わってたんでしょうか」
「そいつは、どうかナ……、」
 今から思えば、だけど、水木さんはかなり典型的な昭和の雷親父だった……ような気がする。僕を本気で愛してくれていたのだけは確かだったけど、そいつの言う通り、自分の弱さも重荷も、僕には絶対に見せようとはしなかった。
 親子、だったから。……本当に親子だったから。
「そればっかりは、煙草にイタズラした程度じゃ変わらなかった、と思うネ」
……そうですね。ぴしゃっと叱られておしまい、だったかも」
「うん。僕もそんな気がするヨ」
 愛なのか呪いなのか判別が付かない、疼くような感情が、心の奥底でまた騒ぐ。
 そいつがちいさく、吐息混じりの声で問いかけてきた。
「じゃあ、『鬼太郎』が人間だったら……どうなってたんでしょう」
「おおむね同じだったンじゃないかナ。ああでも一個だけ、確実に変わることがある」
 少しだけ体を放して、そいつの頬をそっと手で包む。正面から見た顔は、確かに、あの頃の僕だった。
「もし『鬼太郎』が人間だったら、……僕はこうやって、お前に触れて抱きしめて、ってことはできなかったと思うヨ」
「どうして」
「だって、……人間だったら、僕はもう、とっくに死んでる年だからサ」
 そいつは軽く目を見開いた。そこに思い至らなかった、という顔で――
「そ、……っか」
「そうだヨ」
 思わず苦笑する。僕とそいつの間に、どれくらいの年月の差があるのか、正確なところは測りようもないけど――僕の年が三桁前半のどこかなのは、間違いのないことだ。
「その方が良かったかも、だよナ。……出会わずに済んでた方が」
 前に言ったことを繰り返す。
 そいつは黙ったまま、僕の額に額を合わせてきた。


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