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彌夜
2025-02-20 20:12:24
8322文字
Public
景丹
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緋を繋いで灯すはあかつき
閲覧ありがとうございます。拙作は景丹🦁🍁の以前掲載したものに、加筆修正を加えたものとなります。時間軸は星天演武開催時。相変わらず捏造ばかりなのでご注意を。2頁目はルカ視点。×でなく、あくまで強者と戦ってみたいだけです。
大丈夫そうでしたら、お楽しみ頂けると幸いです。
1
2
(番外。ルカ視点にて)
銀雪舞う冬国とは全く意匠の異なる華美な扉が閉まると同時に、ルカは大きく溜息を吐き、肩を落とす。
「
…
はぁ〜
………
緊張、したぜ」
星天演舞の主催者との面会は無事に終わった。
丹塗りの手摺に体重を預け、ぐったり脱力する。空っぽになった肺腑に仙舟独特な香木の匂いが忍び寄ってきた。雅な香りは芽吹きの季節すら知らぬルカには少しばかり居心地悪い。生まれ育った常冬の星には存在しないものばかりだから。特に行政府の差は顎が外れるかと思った。上層部で目にした宮殿は人類最後の砦に相応しく冴え冴えとした氷の鋭利さと危うい結晶の美しさが融和する石造りの城塞だったが、羅浮の神策府という場所は軍事拠点でもあるというのに何処か開放的だ。無論護りの獅子像や練度の高い精鋭兵で固められているけれど、池を備えた風雅な中庭や、所々に植えられた月明かり色をした蓮の花は、銀河でも腕利きな狩人達の棲家とは感じさせない。
不思議なのは、さっきまで面会していた将軍と云う男もである。
ルカからしたら大守護者と戍衛官を兼任しているという認識。だがやはりブローニャやジェパードとは別種だ。想像もつかぬ歳月を生き、深い思慮と叡智で底知れぬ艶を帯びた金の瞳と目が合った瞬間、異星故の不理解の壁が聳えているとルカの本能は叫んでいた。同じ人の形をしていてもどうしても紙一重には相容れぬもの。共感は出来ても虚しいだけの、長いいのちで摩耗していった心の有り様。あの将軍はそれでも恐るべき理性で人であったけれど。
(きっと、歴代の大守護者様みたいな悩みをずっと背負い続けているんだろうな)
貰った写真に映る若き銀髪の将軍は今の気怠げで未亡人じみた面影を宿せど、純朴なあどけなさを残している。その変わりようが数百年に渡り降りかかったであろう苦難の茨を思わせるし、呪いは途切れもしていないのだと、会場への如才ない采配が示していた。
とんでもなく強靭な精神力だ。過去守り人でもあったそうだし、実力も柔らかな見た目にそぐわず折り紙付きだろう。そう考えると猛者と拳を交えてみたいと吼え猛る混じり気なき闘争心が目を覚ます。立場も何も関係なく、唯、武を志す一介の選手として対峙してみたいと叶わぬ欲を宥めルカは深々と呼吸を繰り返した。落ち着け、と自戒。相手は一国の将軍様。おいそれと挑める相手ではないし、万が一外交に影響が出たらすべてが水の泡だ。鷹揚な本人が気にせずとも周りがそうはいかないだろう。下手を打てば師匠やゼーレに叱られる程度では済まず、自治権を得た星としての命脈を断ちかねない。折角カンパニーの走狗にはならなかったのに。ルカはあくまでヤリーロの代表なのだから、一挙一投足を品定めされていることくらい理解しているし、またスヴァローグに気を揉ませるのは勘弁だ。
落ち着け。落ち着け。
骨まで焦がす劫火で薙ぎ払うべきは、冬の国へ仇なす敵。
いっそ水中に飛び込めば頭も冷えるだろうか。
目の前には御誂え向きに青く煌めく池の水面。招かれたのが謁見の間でなく、奥の会議室のような部屋だった御蔭で人の気配は巡回兵位だ。気付かれても足を滑らせたの言い訳で見逃してもらえるかもしれない。
そうだ、そうしてみようか。
身を乗り出すと細部まで映し出す澄んだ水鏡。動きにつられ、月が流す涙色の花弁がゆらり。孤高なまでに凛と咲く瑞花が蓮と教えてくれた仙舟人は確か、今代の将軍様が最も好んでいるのだとも教えてくれたな、と不意に思い出す。風流に疎いルカでもこの植物が手塩に掛けられているのが分かるほど、飛沫と消える寸前を切り取った水滴に似た綻び方が綺麗だ。液体を弾くといえば。花を構成する一部であるくっきりした緑の葉の蝋質が硝子ではないかとの疑問も芽生える。
気になったら確かめずにはいられない。ますます落ちかねない体勢となるルカは気付かなかった。回廊へ現れた影が、慌てて駆け寄ってくるのに。
「
…
危ないぞ」
「え?う、わぁっ!?」
くるり。回る視界。次いでとすん、と板張りの床に下ろされルカは目を白黒させた。下層区域にありがちな発育不良の体でも、鍛錬で練った筋肉と、機械仕掛けの義腕の重さは相当なもの。なのにいとも軽々と運ばれたのだ。気遣わしげにルカを見下ろす、しなやかな玉体の青年の何処にそんな怪力があるのか。古式ゆかしい清楚な白蓮の紋様が貴い衣や、帯に鱗の紋様を織り込み禁欲を強いておきながら、煽情的に空いた胸元のきめ細かさが光を吸って白く眩ゆい。なだらかな隆起。呼吸の度に上下する鎖骨が幼い子供じみた膨らみを強調し、はだけてしまわないか不安にさせる。人によっては暴きたくなるのだろう。長命種が持ち得ぬつるりと美しき海の角冠も、濡れた黒髪へ一筋泳ぐ熱帯魚の鰭じみた紅い差し色も。
人にあらざる容姿は蓮の女精にも劣らず、その艶めかしさから慌てて視線を逸らすルカへ、青年は訝しく首を傾げた。
「ぶつけたりはしなかったと思うが
…
手荒ですまない」
「いや、全然平気!問題ないぜ!!」
「そ、そうか。この池はかなり深い。落ちないよう気を付けろ」
「ああ、ありがとな。えぇっと
………
」
言い淀むのは珍しい。けれどルカが言葉につまったのは、この海から上がったばかりの人魚を彷彿とさせる青年の声に聞き覚えがあるからだ。まるで顔見知りな鯨へ話し掛け、親しさで反響する52Hz。だが生憎ルカに海の生き物の知り合いはいない。
いない、筈なのに。
芯に日差しの名残りを抱き留めながらも、冷ややかを気取った音階は、確実に以前耳にしたと記憶が騒ぐ。だが何処で聴いたのだろう。昔と言うにはまだ鼓膜に新しく、最近と言うには潮騒と聞き間違えそうに遠い。
(この人は俺と知己の親しさで接してくれる。でも、すぐに思い出せねぇのはどうしてだろうな。顔を覚えるのが苦手なわけじゃないのに)
況してや相手は幽玄の佳人。印象深い天華を忘れるなんて、銃で撃たれても難しいだろう。
だがどうしても名前が出て来ない。
例えば雪崩のように、人知及ばぬ神の御業へ素手で真っ向から挑む畏怖で魅せてくるのに。まるで自然災害のように絶大な力の脈動を感じさせるのに。
煩悶するルカへ、ほっそりした首を傾げる角度で涼やかに鳴る金細工の耳飾り。手慣れた仕草でも人間を真似るままごとじみた雰囲気が拭えないちぐはぐ感。それでも彼なりに歩み寄ろうとしてか、ルカの乱れた赤毛へ顔を近づける。その内側から淡く光る澄んだ碧にあ、溺れる、と釘付けとなり。
「ーもう来ていたのね、出迎えられずごめんなさい。景元が首を長くしてお待ちよ」
参謀を名乗った女の登場で呪縛は融けた。
ぱちん、と泡が壊れ、蒸留酒を一気飲みした時のような酩酊感が引いてゆく。二言三言交わす女と青年を仰いでルカはどくどく動悸が治まらぬ心臓を意識する。危なかった。純粋な暴力だけが強さでなく、魅了される恐ろしさを間近にするのは羅浮を治める将軍に続いて二人目だ。無意識だろうが仙舟のいくさびとは底知れない。もう少し心理的な攻撃への耐性を上げる特訓を増やすべきだろう。
そうすればもっとヤリーロを、下層部の皆を、鉄の腕で護れるから。
メニューを考えるルカを、話し半ばの女が心配そうに覗き込む。
「大丈夫?この子に何かされた?」
「濡れ衣だ」
「貴方はもう少し御身を理解するべきね」
「確かにまだ自在に力を制御できないが、味方を巻き添えにしたりしない」
「何が駄目だったかは景元にお聞きなさい、よぉく教えてくれるから」
「
………
嫌だ、断る」
「拒否できるとお思い?さあ、早く行って」
露出した背を押され青年はたたらを踏む。まだ反論し足りなさそうだが、ぴょん、と長い耳を欹てた。途端あえかに色づく頬。まるで扉の向こうから、戀しき人に呼ばれたように。そわそわ半透明な尾を揺らすあやかしは扉に手を掛けた所でふと立ち止まる。肩越しに振り向き、言い忘れていた、と眦を和らげた。
「守り人との戦い、見事だった。将軍もルカの強さを認めている。貴方の願いへ懸ける決意は遥かな天外を越え証明された。おめでとう」
彦卿もルカも本当に清々しかった。
心底そう想っていると信じさせるまっすぐな口調で、ぽつぽつ降る雨のような静けさで、栄誉を褒める青年はルカを誇らしげに祝福する。返事はさせずそのままするりと麗容は部屋の奥へ消えていった。待ち人の許へ。ほんのり甘えを含んで景元、と主を呼びながら。
「あ
…
名前、聞けなかったな
………
」
つい惚けていた。
夢見心地で呟くルカへ青年と同じ長耳の先をぴこぴこ揺らし、持明の策士長は腕を組み直す。
「はぁ、貴方は運が良い。異邦人が羅浮を守護する陰と陽に会える機会なんて滅多にないからね。勘繰らずともきっとその内、彼に会えるよ。とっくに縁は結んでいるのだから」
「それはあんたも彼の正体を黙秘するって事だな。随分将軍と親しそうだし、本当に顔を合わせた事がある奴なのかわかんねぇ
…
」
「景元とあの子は連理の枝。でもあの子は比翼にしては飛び回る範囲が広いから、貴方と必ず星海の旅の合間に再会するとも。さて。本題に入ろうか」
梃子でも教える気はないようだ。怜悧な策士は指を立て、つらつらこれからの予定を瀑布のように浴びせかけてくる。
将軍との刹那の邂逅の裏でもう手回ししていたのか。兵は詭道なり。どんな謀が張り巡らされていようが、最早後戻りは許されない。路上で凍えて餓死するよりは進まないと。そして残酷な侵入者とも、銀河に帰ってきた以上無関係ではいられない。過去の遺物で応戦できるか不明瞭な今、自治を貫く為にも他国との扶助は春告鳥の望みである。
いつか、子供たちが花霞を見られるよう道を切り開くのが、ルカ達の役目なのだから。
「ヤリーロの現状は把握しました。同じ壊滅の、星核の被害を被った同志として、最大限の支援を約束しましょう。貴方の武は私達の精神に叶うもの。これまでは帝弓による導きに従い薬師の災いを刈ってきたけれど、先日の件でナヌークの手先もまた明確な敵と判断しました。貴方を送り届け、大守護者への面会を要請します。共に戦いましょう。春の風が吹くように」
「細々した事は俺には分からないが、俺達の星と共にあると決めてくれて感謝する」
「奴等の一派、絶滅大君には煮え湯を飲まされましたから。復讐の神威の許私達はやられたらやり返します。必ずね」
嫣然とした語り口は柔らかいのに、内容を聞いていると背筋が寒くなる。策士長の言は将軍の意。優男にしか見えぬたおやかな微笑みに秘めた瞋恚の烈しさは、やはり武人ということだろう。眠たげな銀獅子には先程の清廉でいて実力を推し量れぬ猛者も傅いているのか。従っているというよりは、地炎のような繋がりの情を感じなくはないけれど。
「やっぱ宇宙には、俺の知らない猛者が沢山居るんだな」
傷だらけの拳をぎゅっと握り込む。このままではいられない。ヤリーロを守る為に、カンパニーに搾取されない為にもっとルカも高みを目指さなければ。でも落ち着いたらやはり将軍や、あの不思議な青年、それにまた若燕と闘ってみたいなと思いながら、司辰宮へと案内する策士長を追いかける。
雪代に訪れる朝焼けの気配を確信しながら。
(でも、やっぱりあの声には聞き覚えがあるんだよな)
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