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彌夜
2025-02-20 20:12:24
8322文字
Public
景丹
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緋を繋いで灯すはあかつき
閲覧ありがとうございます。拙作は景丹🦁🍁の以前掲載したものに、加筆修正を加えたものとなります。時間軸は星天演武開催時。相変わらず捏造ばかりなのでご注意を。2頁目はルカ視点。×でなく、あくまで強者と戦ってみたいだけです。
大丈夫そうでしたら、お楽しみ頂けると幸いです。
1
2
【緋を繋いで灯すはあかつき】
轟く雷鳴より大きな歓声が船の外壁さえ越え、空自体を震わせた。競鋒艦に舞い踊る色とりどりな紙吹雪。一進一退。汗握る闘争を見守ってきた観客達は、名勝負を繰り広げた甲板上の武人二人を口々に褒め称える。義腕を酷使した赤毛の闘拳士と、彼の腕を自分の腕と共に天高く掲げ、晴れやかに微笑む少年剣士の姿は新たな歴史の交差を象徴しているようだ。
遠く高所から腕を組み観戦していた景元は、ゆったりとひとり満足感に頷く。思い出すのは守り人時代。異星から其の身一つで乗り込み、己が拳を以て母星の窮地を訴えた赤毛の友人だ。まだ景元も若く血気盛んな頃、傷心を抱え帰還する背を見送るしかなかった男。
向こう見ずな義憤は助けるべきだと訴えていたのに。
当時壊滅の手先は豊穣の忌みものより討伐優先度が低く、上層部は同盟同士での結束を優先し他の惑星にまで手が回らなかった。それ自体は仕方の無い事。だから、助けて欲しい、という願いはついぞ叶えられず。
そのまま帰れば死ぬと闘士にはわかっていた。わかっていても、愛する人々の為、あの男は惜しげなく命を白魔の抱擁へと捧げたのだ。
本当に何も出来ないのか。歯痒さからそう訴えた弟子を当時剣首の座にあった麗しき師は、散々叩きのめした上で諭した。我等には我等が護るべき民がいる。今の局面故に手を貸せはしないが、だからと黄泉への歩みを止めるのもまた戦士への侮辱。あの男にとっても敵わぬからと、暴威へ立ち向かわないのは、死よりも惨い無為なのだと。自分自身が滅んだ舟出身である彼女の言葉は重く、巡狩の鏃としていずれ誰もが迎える生き様を叩き込まれたものだ。
あれから永い歳月が経つ。
更に幾つもの取り返しがつかない後悔を重ねながら景元だけは生き延び、祭りを執り行う立場となった。だが交流が無かった星々を招待する際、正直、何百年も前の招待状が、男の意志の後継者へ届くとは思いもしなかったのだ。終わらぬ冬の星が息を吹き返し、闘士の残火が再び羅浮を猛り狂う熱で席巻するとは。
「
…
思いの外、喜ばしいものだ」
「その割に曇り気味な顔をしているな」
ぽつり洩らす独白への返事は背後から。かつん。影から抜け出し寄り添う凛とした青年に、景元は笑みを深めた。鱗淵境からずっと付き従う龍の化身は仏頂面だが、其の瞳の色は、朝露を零すまいと葉を震わせず耐える若葉に似ている。今も景元から滴る感情を、その掌の裡へ大切に掬おうとするように。
「深い感慨とは概ねそういうものさ。私は歳だからね、涙腺も脆くて当たり前だとも」
「よくもいけしゃあしゃあと
…
。貴方がそんな表情をするのは、昔を思い出しているからだろう」
だが貴方とルカの間に接点があっただろうか?
訝しげな丹恒のしなやかな腰を引き寄せ、誤魔化すようにこめかみへ口付けひとつ。
「昔ヤリーロから訪れた拳闘士が星天演武へ挑み、私が迎え撃ったのだよ。今の彼と同じく燃え滾る闘志を纏い、極寒と壊滅の魔手から他の星へ救援を求めていた。残念だが答えられず仕舞いだったけれども。あれから反応が途絶え惑星自体消滅したと考えていたが、まさか、銀軌へ立ち戻る手助けを君達が担っていたとはね」
「開拓の不思議な縁だな。
…
ルカもまた復興の為知名度を上げたいと名乗りを上げたそうだ。守り人にこそ屈したが、この献身に貴方はどう応える?」
「ふふ。あの拳士は弱っていた羅浮を鼓舞し、私の期待以上に演武を華やかに彩ってくれた立役者の一人。御蔭で舞台裏の暗躍を民は知らずに過ごせた。恩義には必ず報いよう」
「そうか
…
ならばブローニャやゼーレ、ジェパード達も胸を撫で下ろすだろう。春はまだ遠くとも、氷雪を緩める風が吹くのだから」
「どうなるかは彼等次第だけどね。それはさておき、丹恒」
「ん?」
友へ想いを馳せる青年の、他所にぼやけた意識を呼び戻すのに、口づけをもう一つ。人よりなお本能に忠実な生き物特有に情深く、けれど発露する方法を知らずにいた仔龍が素直に想いを口にできるようになった姿は、息が詰まるほど愛おしく喜ばしい。愛されて育つ筈の幼少期、水神は咎で奪われ傍に居る事も教え導く事も立場上景元には不可能であったから。
けれども、見ず知らずの名を親しみ深く呟かれるのに、ちりりと胸が微かに焦げつくのもまた確かなのだ。今はそうすることを許されている。想いのまま更に抱き寄せられて仔龍が袖口を引っ張るも、児戯程度の力加減。本気で嫌がっていないのは明らかだ。揺るぎない好意に甘え、今は擬態し殊俗の民と同じ耳朶へ、わざと吐息を多めに囁きかけた。
「先程口走った彼らの詳細を教えてくれないかな?でないと妬いてしまいそうだ」
「回りくどい。人となりを探りたいのなら、そう言ってくれ
…
俺の主観で構わなければ喜んで。まあ、星や三月に尋ねる方が得られる情報量が多いけれどな」
ふるり、と丹恒は首を竦める。
あいつらの方が顔見知りだと、景元の煙で巻くような語りに辟易としながらも、生真面目な列車の護衛は頼みを断らない。間近にある丸い耳の先っぽはほんのり赤くなっている。照れながらも、必要だからと冷静に判断を下すのが彼らしかった。
しかしあの挑戦者が燃え広がせた燎火とまでは言わないが、もう少しだけ頬を染めさせたくなる悪戯心がむくむく生まれ、意図的に景元は声音へ更に蜜を垂らす。
「構わないよ。私が君から聴きたいだけだから」
それは後朝の睦言めいた響き。
ひく、と腕の中でやや括れた腰が跳ねた。きつく顰められる眉とは対照的に、徐々に瑞々しい輪郭が帯びるは思ひ色。どうやら青年の心を乱すのに成功したようだ。
槍を振るう骨張ったてのひらが口元を隠す。
暫し黙りこくり、絞り出された言葉は不意打ち。長くに渡って削がれた無私の舵先にさえ宿るセントエルモの火より鮮やかだ。その威力に今度は景元が思わず頬へ朱を昇らせた。
「妬くと冗談を宣いながら、俺の口から人物評を私見含めすべて話させたがるなんて貴方は狡くて可愛いらしいおひとだ。貴方が彼等を知らないように、俺もその拳士を知らない。知らない貴方を知っている男が羨ましくて、どんな風に過ごしたのか全部余さず吐かせてしまいたいのは、俺の方なのに」
「
…
昔話さ。海にも出られぬ老人の懐古と、船出を担う若者を同列にしてはならないよ」
「先に仕掛けたのは貴方だろう。それに、俺にとってはどちらも大差ない」
「君は頑固だね」
「ふん、わざとらしいな」
容赦ない口論は裏表なく軽やか。何処か浮足立っているのはきっと、景元も丹恒もこの祭りの熱に当てられたからとしておこう。
ぱたぱた年甲斐も無い篭もり熱を手で扇ぐのを見遣る海の最も美しい碧は穏やかそのもの。その薄くひんやりした唇が静かに、もう切なげではないなと口遊み、無冠の龍なりに羅浮を震撼させた狼事件を気に病んでいたのだと改めて思い知る。こうして祭礼が幕を閉じ、景元も無事であったのが何よりと優しく結論付けられた。その様子に愛おしさがますます左胸の奥を温める。
規則とはいえ再びあの冷たく暗い牢獄へ赴かせたのだ。護るべき友人が共に居り、元凶へ自ら手を下そうが、丹恒にもまた苦しい想いをさせたのに。
だが気がかりの一つでもあった新たな丹鼎司の長とは、蟠りなく龍女の許助け合えるだろう。不安定な政局下でこの和解は景元にとっても僥倖だった。丹恒へ向ける純粋な愛自体が色褪せずとも、常に指し手である景元は人間関係による物事の駆け引きをまず念頭に考えてしまう。そんな酷薄な狡さも海原の懐の深さで飲んでしまう青年の、眼下で黙する無表情へ。もう心配いらないと微笑もうとして。
「ー!!」
遠くからでも喧騒をものともせぬ呼び声。
素早く身を翻し物陰へ控える青年からは、先程までの甲斐甲斐しい慕わしさは、すっかり息を潜めてしまった。蝋燭の火を吹き消したような名残惜しさを隠し、見下ろす舞台。年相応な笑みを浮かべて手を振る燕と、若き闘拳士、そしてコーチを勤めた開拓者が揃って羅浮を統べる将軍を仰いでいた。
誰もが活き活きと熱気を纏い、生命の火を分け合っている。誰もが至宝の春を夢見て、息づく明日を謳歌している。
今は彼らの時代だ。
「
…
続きは後で」
まだ此の身は求められている。景元にはあまねく燈火が掻き消されぬよう、一際眩い明かりを掲げるべき水先案内人の役目があるのだ。
どちらともなく後の約束を交わし、月桂冠を待ち望む強者の許へと景元はゆっくり階を下っていく。もうあの頃の無邪気な驍衛ではない。今の景元は、やっと、力添えできなかった後悔を一つやり遂げられる。
訪れる朝焼けを前に、果たされなかった冬の願いは雪解けるだろう。
淀む潮水の泥もしばし雪がれた。清らかな流れを導き、朔に匿われていた龍の眼差しが景元を見守っている。
夜明けは間近。
だからきっと。
いつかのような無力感には、もう、苛まれやしない。
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