いぬみ
2025-02-16 19:05:39
8150文字
Public 逆裁
 

予想外のバレンタイン

2/14、バレンタインの成立済みオドキョ。
逆転通信から派生したネタ。
みぬきから響也にチョコを届けるよう頼まれつつ、自身の手作りのチョコを響也に渡しに行く法介/特定の相手にチョコを用意することが初めてな響也の話です。



【side:響也】

 予想外だった。
 検事局の前の人影を見て、一瞬、「ファンかな」とは考えた。今日は二月十四日、バレンタインデーだから、ガリューウエーブのファンが検事局に押しかけてきてもおかしくない。解散してからは、そういったプレゼントをお断りさせていただくようにお知らせしているはずだけど。それを知らない……あるいはわざと破っている可能性を考えた。
 まあ、ぼく目当てじゃない可能性もあるけれど、と、バイクをしかるべき場所に停めて、検事局に向かおうとしたときだった。とりあえず自分のオフィスに戻ろう、対応は話しかけられたそのときに考えればいい。そんなふうに結論づけていたところに、人影が近づいてきたのだ。
「牙琉検事! ちょっと、時間、ありますか」
 なんて、ぼくを引き止めた。
 法廷で、プライベートで、よく聞く……天啓の大音声。誰だったのかを、察した。そういえば、あの人影の片割れは、赤い服を着ていた様子だったことを思い出して。カレだったのか、と驚いた。
 影の正体は、おデコくんだった。
 王泥喜法介。新人の弁護士で……ぼくの恋人。
 予想外の相手だった。
 会う予定は立てていなかったし、連絡もなかった。いつから待っていたのだろうか。いつもの赤いベストスーツの上に、茶色いコートを着込んでいたとはいえ、この時期は寒い。
 急ぎの用事ではなかったみたいだったから、深い要件を聞く前に、オフィスに招いた。おデコから耳までもが真っ赤だったのが、どうにも痛ましかったから。その場には、成歩堂弁護士さんも駆けつけていて、御剣さんに用事があったようで。邪魔するのも何だったし、という理由もある。
「バレンタイン、なので」
 エレベーターで昇り、ぼくのオフィスに到着して、まあとりあえず座んなよ、ともてなして。腰を落ち着かせた頃合に、おデコくんは、ぼくの帰りを待つほどの〝用事〟の内容を語ってくれた。
「みぬきちゃんがあなたに作ったチョコレート、届けに来ました。本人は、他に用事があって、来れなくて。だから、オレが代理で来ました」
 手に持っていた紙袋を持ち上げながら、たんたんと彼は説明する。納得だ。魔術師のおじょうちゃんの頼みなら、おデコくんは相当のことがないかぎり、断らない。
「なるほどね。おじょうちゃんが作った……手作りってことかな」
「はい。オレももらいましたけど、おいしかったですよ」
「へえ……。楽しみだな」
 これです、どうぞ。──さっそく、おデコくんは手渡してくれた。紙袋から出されたチョコレートは包装されていて、水色のラッピングが爽やかな色合いで、かわいらしい。
 さすがおじょうちゃんだ。センスがいい。
 おじょうちゃんは、今年から〝ガリュー〟宛てのチョコレートは募集しないという旨を知った後、「じゃあ、お友達としてならいいですか?」と間髪入れずに提案してくれたのだ。ありがたいことだ。〝ガリュー〟として、チョコレートをもらうことをやめた年にも、こうして、個人のぼくに対してプレゼントをしてくれる人がいる。
 そして、そんな彼女のために、代役として持って行ってあげようとする人もいる。なんとも、あたたかい話だ。
 ……彼が検事局に来てくれるなんて、本当に、予想外だった。
 ……ちょうどいいな、と思った。
 都合がいい。恋人としてのぼくが、そう思った。
 今、おデコくんがちょうどここに来てくれたのなら、さっそく、アレが渡せる。
 ……今朝。裁判所に行く前に、デパートで買った、チョコレートを。
 バレンタインチョコレートは、基本的に、贈られる側だった。学生のときも、〝ガリュー〟としても、検事としても。「これが、キミたちに捧ぐバレンタイン・プレゼントさ!」と称して、ライブを行ったり、ライブの特典でチョコレートを配ったりしたことはある。しかし、個人のぼくから、特定の相手に捧げる、なんて機会はなかった……というか、作らなかった。
 もらったからには、お返しにはそれなりに力を入れるけれど、自分から仕掛けることは、ない。芸能人の肩書きができてからは、もっと、そういうことには自粛するようになったので、よけいと。
 だから、そういえば、初めてだった。
 特定の相手に、チョコレートを渡す、っていうのは。
 個人として、こうやって、用意するっていうのは。
 イベントが近づくと、デパートとか、お店とかは、意気揚々と販促する。それにつられてか、あるいは元々乗る気だったのか、人々がお店に賑わう。たいてい、ぼくは、それを見ているだけだったのに。ファンへの〝プレゼント〟もとい〝お返し〟は、ちゃんと事務所を通して受注しているから、個人として、こうやって準備することはそうない。でも、今年は、そこに混ざってしまった。
 解散してしまったから。それなのに、個人的に、贈りたい相手がいるから。
 それが今、目の前にいる。
 そういえばバレンタインデーだ、というのは何となく自覚していて。じゃあちょっとしたプレゼントでも、とは思っていた。けれど、それをチョコレートにしたのは、渡す日程が決まっていなかったのと、店の特集を見て、ふと、彼の顔が浮かんでしまって、つい、コーナーに入ってしまったからだ。
 甘いもの、嫌いじゃないって言ってたはずだし……。この赤いパッケージのやつなんか、いいかな……。でも、こっちのシンプルなやつのほうが、彼は好きそうだな……。あえて趣向をこらせたものを味わってもらうのも、いいかもしれない……
 チョコレートと睨み合いながら、そんなことをぶつぶつと考えて。ぼくらしくもなく、悩んでいた。
 選択の最中から、購入する寸前、なんなら、所持している今の今までずっと、どことなく、緊張した。贈りたい相手……おデコくんの顔が浮かんで、反応が気になって、どう渡すかのシュミレートも止まらなくて。今まで、ぼくにプレゼントを用意してくれていた女のコたちも、こんな気持ちを味わっていたんだな、ということを、今更に、自らの身をもって、知った。
「寒かっただろ? 連絡くれればよかったのに」
「検事は裁判中だったんですから、連絡あってもなくても変わらなかったでしょう」
「変わるよ。来てくれるって知ってたら、帰宅時間の目安は伝えられたし、裁判後の処理も、もうちょっと早く切り上げられた」
 連絡先は交換しているし、いつ送ってもらってもオーケイだよ、とは再三言っているのだけど、おデコくんはこうして、突発的に、唐突に、行動するときがある。面倒くさがっているというよりかは、真面目ゆえにこちらを気遣っているというべきか。あまり機械に慣れてなさげだというのもあるかもしれない。
「連絡不精も困ったものだね」
 言葉の通りに呆れながらも、ひとまずは、寒さに疲弊しただろうおデコくんを癒してやりたいと考えた。寒い思いをしてでも、託された役割を全うしていたおデコくんを労りたい、という意味でも、今朝に買ったチョコレートは、ピッタリだった。
 ホットコーヒーでも奢って、そのついでに渡そうかな、と思いついた。それなら、自然に渡すことができる。今、食べてもらうことができる。食べたときの反応を……直接、見られる!
……体、冷えちゃっただろう? あったかい飲みもの、ごちそうするよ。コーヒーでいいかい?」
 ワクワクとした心地で、話を持ちかける。おデコくんはランチとかディナーとかを奢られるのはなぜだか悔しそうにすることが多いけれど、缶コーヒーとかペットボトルのお茶程度ならそう遠慮しないでいてくれる。
 それでも、なんでだか今日は、そんなぼくにうろたえた様子で。ぼくに、待ったをかけた。
「いや、ちょっと、……ちょっとだけ、待ってくれませんか」
「そんな真っ赤なオデコで言われてもね。ここの自販機、この時期はおしるこもあるんだけど、それにするかい?」
 空調の整ったオフィスにいても、まだ、彼はオデコまで真っ赤にしているままだ。それがちょっぴり心配だ。意地を張るのはよしたほうがいいよ、と遠回しに伝えながら、話を進めていると、「そうじゃなくて」と引き止められる。
 そうじゃない?
 聞き返すと、おデコくんは、こちらを真っ直ぐに見つめて、切り出す。
「あの。もうひとつ、オレからあなたに、渡すもの、あって」
「おデコくんから、ぼくに?」
 おじょうちゃんから頼まれた以外の用事が、あったらしい。なんだろう。思いつかなくて、ただ、彼から説明してもらうのを、待つ。
 彼は、ゴソゴソと身動きした後、勢いよく、ナニカをぼくに差し出した。

「これ……! みぬきちゃんといっしょに作ったやつ、で。オレの、手作りですけど。……もらってください」

 紙袋の中から、それは出てきた。真っ赤な包装紙で包まれた、袋状のそれ。その正体が何なのか……察することはできた。つい先程、もらったばかりだ、包装紙の色違いで。

「チョコレート、です」

 彼の口からも、その正体を告げられる。
 バレンタイン・チョコレート。しかも、おデコくんの、手作りの。

「きみが……ぼくに」

 ──予想外、だった。
 おデコくんがチョコを用意していたことも。それが紙袋から出てきたことも。
 紙袋の中に、他になにか入ってるな、とは気づいていた。ちらりと見えた真っ赤な包装紙が、実におデコくんらしいな、と。たぶん、おじょうちゃんからもらったチョコレートが、これなんだろう、そう勘違い、していた。
 実際は、ぼくに宛てた、プレゼント……だったらしい。
 ……贈る想定はしていたけれど、贈られる想定は、全くしていなかった。そんなこと、思いつきもしなかったのだ。彼から、贈り物をされるなんて。期待してなかった以前に、そんな可能性が、すっぽ抜けていた。ただ、ぼくが、差し入れたい……そんな願望に夢中になっていて、彼も同じことも思っているかもしれないという想像を、そもそも、していなかった。
「連絡、しなかったの。……驚かせたかった、のも、あって」
 意表をつかれながら、チョコレートを受け取って、ただ目をぱちくりとさせることしかできないぼくに、おデコくんは、さらに、そんな追撃をかましてくる。……凍えてまで、そんなふうに、サプライズをしようとしてくれたなんて。そんなけなげな彼が、より、愛おしくて。
「きみは、本当に……
 手に持ったチョコレートは、手のひらサイズほどだけれど、そこに感じる愛情は大きく、重く、アツい。心臓がバクバクと騒ぎ立てている。顔が熱い。きっと、おデコくんが真っ赤だった理由は、寒さもあるけれど、今この時は、照れと緊張もあったのだろう、と察する。
「ぼくの予想を上回るオトコ、だね」
 恍惚と、つい、呟いてしまう。渡す予定は、カンペキに組み立てられていたはずなのに、また一から立て直しになってしまった。ぼくの予想を、期待を、いつまでも外しつづけるのだ……しかも、それが、上回るカタチときている。流石だと言わざるを得ない。
 さて、ぼくは、どう渡せばいいだろうか。こうなってしまえば、コーヒーのついで……なんていうスマートな方法は見合わないし、選ぶ気分でもなくなってしまった。情熱的に、お返しとばかりのアツい気持ちで、応えたい。
 おデコくんと違って、ぼくは、市販品の出来合いだけど。それでも、彼に、喜んでもらえるだろうか。どんな顔を、どんな反応を彼は返してくれるだろうか。
 楽しみな気持ちと、ひとつまみの不安と、照れくささと、緊張感。
 きっとさっきまでおデコくんも感じていたそのままを抱き込んで、ぼくも、こっそりと調達していたチョコレートを、手に取った。