いぬみ
2025-02-16 19:05:39
8150文字
Public 逆裁
 

予想外のバレンタイン

2/14、バレンタインの成立済みオドキョ。
逆転通信から派生したネタ。
みぬきから響也にチョコを届けるよう頼まれつつ、自身の手作りのチョコを響也に渡しに行く法介/特定の相手にチョコを用意することが初めてな響也の話です。

【side:法介】

 会う約束はしていなかった。
 というかできなかっただろう。あの人は仕事を優先するタイプだし、オレだって仕事を邪魔するようなタイプではない。
 イベントごととか、用事とか、祝日とか。そういうのにいちいち乗れるほど、ヒマなわけじゃないのだ、オレたちは。大人だし。相手は、特に、公務員だし。
 だから、こうして、寒空の中で待っている。手に持っている紙袋に、託されたチョコレートを入れて。牙琉検事が、裁判を終えるのを……検事局に戻ってくるのを、待っている。
 となりには成歩堂さんもいる。なぜだか、彼も、待ちぼうけを食らっている。こちらは、御剣検事局長を待っているらしい。
 みぬきちゃんが、せっかくのバレンタイン、今年は手作りしてみたいんです、と言ったのが始まりだった。市販品のチョコレートを湯煎で溶かして、生クリームと混ぜて、型に入れて、冷やし固める。それだけの工程でも、思ったよりも大変なものだ。
 〝手助け〟という体で、色々手伝って。(一応高校生だし、料理にも慣れていないようだったので、成歩堂さんからも頼まれたので、それは納得しているけど。)完成して、達成感を味わったならば。
 出来上がったモノは当然。渡しに行かねばならない。
 さっそく、二月十四日の朝、つまり今日の朝。みぬきちゃんからチョコレートをもらった。昨日のうちに冷やしたものを、オレが出社する前にラッピングをしたらしい。ピンクの包装紙がきれいで照れくさい。バレンタインチョコなんて、高校時代に大袋の小さいチョコ一個を義理で貰ったぐらいしか経験がない。
 みぬきちゃんが用意したチョコレートは、その場では渡せない人に対するぶんもあった。それだ。それが原因で、オレは、防寒具をまとって震えながら、こうして待つことになっている。
 牙琉響也。元・ガリューウエーブのリーダーかつボーカルかつギター。今は、検事に専念している。それはバレンタインデーという今日でも変わりなく、とある事件での裁判で、検事席に立っている。
 ……というのを、さっき、検事局で聞いた。仕事だとは記憶していたから、検事局に行ったのだけど、裁判だったなんて。
 ひとまず。彼のぶんのチョコレートを代理でプレゼントするという役割のために、オレは、今、この場で立っている。
 吐いている息が白い。もう紛れもなく冬だ。チョコレートが溶ける心配こそないが、どんどん体がかじかんでいくのが不快だ。太陽こそかろうじて出ているが、そんな火力がなかったことになるぐらい、風が冷たい。
 くしゃみをしてしまった。大きく響いてしまって気まずい。
「悪いね、みぬきが」
 くしゃみをしてしまったからか。オレと同じように、暇と寒気を持て余している様子の成歩堂さんが話しかけてきた。
「いえ。まあ。シゴトなら、しょうがないですよ」
 クリスマスとか、お正月とか。そういうのもいい稼ぎドキなんです! といつぞや言っていた記憶がある。実際、成歩堂なんでも事務所の安定した収入はみぬきちゃんのマジック頼りで、それがあるのとないのとで全然違う。文句を言う筋合いは、後輩としても、ない。
 それにこんなに寒いのだ。この寒気を味わせることになると思えば、やはり、代理を引き受けてよかった、と思う。
「成歩堂さんこそ、タイヘン、ですね」
「まあ……頼まれちゃったからね」
 成歩堂さんが御剣検事局長に会いにいく理由も、オレと同じく、チョコレートを渡してくださいと頼まれたから、らしい。茜さんからの頼みだそうだ。彼女もまた、刑事としての仕事が忙しかったらしい。
「久々にあいつに会うのも悪くないかな」
 チョコレートが入っているんだろう、手に提げた紙袋を持ち上げて、検事局の最上階を見上げながら、成歩堂さんは呟いた。彼と、御剣検事局長のあいだにある友情とか、因縁というのは、傍からちらと見るだけでも根強いとわかる。
 法曹界の人間なら、知らない人はいない、伝説のふたりだ。
……オレも、ですね」
 こうやって、ある種〝因縁〟のある相手と、会うことになる、のは……〝悪くない〟。こんな寒い中、待つかいだってある。素直に、そう思った。
 手に持った袋を見る。中には、みぬきちゃんのチョコレートが入っている。小箱に手作りチョコを詰めて、その箱を、包装紙で袋状にラッピングしているのだ。それが……二個、入っている。
 みぬきちゃんからオレ宛てのチョコレートは、もう、お昼に食べた。上にふりかけた〝アラザン〟だか〝チョコスプレー〟だかいう飾り付けもきれいに仕上がっていて、中身も甘くて、それでいて口溶けなめらかで、おいしかった。
 じゃあ、このもうひとつは、なんなのか。
 まあ、あえて。
 説明するならば。
 実は、こっそりと。
 というか、強引に。
 オドロキさんも作りましょー。おテホン見せてくださいよー。材料、買いすぎちゃって。完成したらみぬきにも下さい! ……なんて半ば巻き込まれるようにして。悪くないな……どころかちょうどいいかな、なんて一瞬思ったりなんてして。
 要は、その。
 オレも、作ってきてしまった。
 手作りの、チョコレートを、牙琉検事宛てに……
 喜ぶだろうなあ……って思ってしまったのが発端だった。わざわざ、市販品を買いに行くのももう面倒だし。ちらっと見たコーナーは煌びやかで、女性客だらけで、勇気出なかったし。なんなら値段だって高かったし。じゃあ、いい機会だし、ここで作らせてもらったものを、ひとりで食べ切るふりをして、牙琉検事におすそわけしようか、なんて。思いついてしまって。
 試作、とか。持ち帰り用、自分用、っていう名目で、こっそり作って。材料を余らすのはもったいないしって言い訳して。開けるときに楽しいでしょ? ってただ単にラッピングしたいだけらしいみぬきちゃん(包装紙で包むのが、魔術を仕込むのと感触が似ているらしい)を利用して。無事、おそらく、怪しまれずに(怪しまれてないってオレが勝手に思ってるだけかもしれないけど)、牙琉検事に贈る手作りチョコが、完成した。
 みぬきちゃんがもう作っているのに。中身はほぼ一緒だってのに。オレがわざわざ作る必要なんて、なかったのに。
 それでも、弁護士と検事だけじゃない関係のオレが、黙っていられなかった。
 恋人として。
 案外甘いものが好きで、恋人からのプレゼントならなんだって喜んでしまうような……そんな、彼の、笑顔を見たかったのだ。
 仕事を優先するタイプといったけれど、だからといって、あの人だって、イベントごとにまるっきり興味が無いわけじゃない。むしろ逆だ。正確に言うならば、仕事も私事も両立させたがるタイプ……というべきだろうか。
 どれにだって全力で、やるときはトコトンまでやる人なのだ。それだって、こっちを巻き込んでいくようでいて、肝心なところまでは踏み込んでこない。あくまで、彼の中で完結させてくるのだ。時期が早くたって、遅れたって、「自分がやりたいから」とプレゼントを用意したりして、ひとりで満足する人なのだ。
 だから……今回は。オレからも、仕掛けてやりたい。
 冬の夜は訪れが早い。太陽がいよいよ沈んでいって、言いようのない肌寒さが襲ってくる。じわじわと体温が奪われていく感触に縮こまる。
 男二人が、検事局の前で張り込んでいる姿は、やはり珍しいのだろう。帰宅中だろう、高校生ほどの年齢の、青い学生服の男子や、セーラー服の女子が、チラチラとこちらを訝しげに見ていく。
 気まずい。
 別に手渡しする必要はない。検事局の受け付けに頼んでしまえばいい話だ。でも。
 みぬきちゃんから、「ガリューさんのことも牙琉検事さんのことも応援してます!」って伝えてくれって、伝言を頼まれてるし。
 どうせなら渡したときの反応をみぬきちゃんに伝えたいし。…………顔、見たいし。
 やっぱり、引き下がれない。こうなったからには、なんていう意地まである。
 でも、待ち続けていれば、報いはあるものだ。
 群青色の夜景が広まり始めた頃合いのことだ。赤いスポーツカーが検事局の駐車場に向かっていって。紫色の大型バイクが、同じ方向に、通り過ぎて行った。