小椋
2025-02-15 00:23:32
3387文字
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【kiis】スウィートデイズ

BM所属未来if。バレンタインにちなんだチョコみたいに甘いふたりのお話。
「プレゼントデイズ」R-18 https://privatter.me/page/6765956f39c60 と「ラヴリーデイズ」https://privatter.me/page/67681ae5f421f の間のお話ですが、単体でも問題なく読めると思います。

「はい、あーん」
 助手席に腰かけて早々に、潔はバッグから取りだしたパッケージから中身のひとつを差しだした。運転席でシートベルトを締めたばかりのカイザーが目を丸くする。問答無用で口に押しつけてやれば、仕方ないといった様子で唇が開かれた。咥内に押しこんでから手を離す。もぐもぐと口を動かすカイザーがわずかに眉間のしわをゆるませたことからして、おそらく口に合わないものではないはずだ。喉仏が上下して、ちゃんと飲みこんだことも確認する。
「おい。なんだこれは」
「チョコ。おいしい?」
「そういうことじゃ……まあ、悪くはない」
「よかった」
 律儀な回答に胸を撫で下ろしてから、自分もひとつぶ摘まんで口に含む。いかにも今日らしいハート型のアソートチョコレート。潔が選んだのはビターだ。甘さと苦さのバランスが絶妙で癖になる。カイザーに渡したのはミルクだから、もっと甘さがくっきりした味わいに仕上がっているはずだ。
「めずらしくデザートを頼まなかった理由がわかった」
「もしかして結構気にしてた?」
 無言は肯定に違いない。ついさきほどレストランで交わしたやりとりを思いだして、潔は思わず笑ってしまう。
 普段からカロリーコントロールに気を配っているカイザーが、潔に食後のデザートを勧めてきたのだ。あらかじめ用意しているものがあるとは言わないで断りを入れた潔に、カイザーは一度だけ食い下がった。ここはデザートも有名なんだとか。心惹かれないと言えば嘘になるが、カイザーに促されるままチョコレートケーキを注文したら、かねてからの目論見の威力が半減してしまう気がしたのだ。
「世一くんが俺にバレンタインの贈りものをする日が来るなんてねぇ」
「プレゼントはいらないってずっと言ってたやつがなんか言ってる」
 嫌味には皮肉で返す。べつに喧嘩をしたいわけではないが、カイザーの言葉をおとなしく聞き流すのも癪に障った。
「ていうか、初めてじゃねぇし」
「は?」
 おい、どういうことだ、と身を乗りだして問いただそうとするカイザーの剣幕に驚きつつも、潔は唇を尖らせたまま口を開いた。
「去年はホットチョコレート。一昨年はパンに塗るチョコクリーム。その前はチョコレートキャンディ。カレーの隠し味に入れたこともある」
……は」
「お前が、プレゼントはいらないって言うから」
 カイザーとこういう関係になってからというもの、潔はバレンタインデーを迎えるたびに試行錯誤を重ねてきた。
 プレゼントを厭うカイザーは、誕生日を始めとして記念日やイベントの類は普段より敷居の高い場所でディナーをともにすることを選ぶ。もちろんその選択に潔が否を唱えることはない。形あるものを贈られなくても、大切にしたいという気持ちは充分に伝わるから。
 基本的にこういう場合の外食はカイザーの奢りだ。最初のうちは割り勘にしようとか、次は自分が払うとか言ってみたこともあったが、断固としてカイザーが譲らなかったため、いまは素直に甘えることにしていた。
 日本とドイツではバレンタインデーの慣習が異なる。ドイツのやり方に則って花を贈ることだってできた。けれどもカイザーは、ファンから贈られるものは花であろうと受け取らない。今日だってそうだ。クラブハウスに山ほど届いていたフラワーアレンジメントやプレゼントの数々をひとつとして持ち帰りはしなかった。生花ならいつかは枯れてなくなってしまう。一時的な保管に悩んでも長期的な収納に困るものではないのに、手元に置くことすら避けているようだった。
 それならやっぱり、チョコレートを食べさせてしまうのがいちばん合理的だ。保管にも収納にも困らない。食べたらそれでおしまい。プレゼントを渡されるのが嫌なら、それらしくない方法で受け取らせればいいだけだ。
 だから潔はバレンタインデーを迎えるたび、さりげなくカイザーにチョコレートを含んだものを食べさせてきた。あれこれと頭を悩ませるのもそれはそれで楽しいものだ。
 とはいえ、毎年違う方法を選んでいればさすがにネタも尽きてくる。去年カイザーの誕生日とクリスマスを初めて一緒に過ごせたこともあって、今年は思いきってストレートな手段を取ることにした。
「それは、俺のためのチョコレートか」
「そうだよ」
「自分でも食ってんのに?」
「バレンタインだって思うと、無性にチョコ食べたくなるんだよな」
 全部ほしかった? と訊けば、不本意そうな沈黙が返ってくる。きっと半分外れで半分当たり。自分も食べればプレゼント感が薄れて、カイザーのプレゼントに対する抵抗感を減らしてやれると思ったのだが、名案だった、とは言えないようだ。
 ステアリングに腕を置いたカイザーの横顔は固い。どうしたものかと思っていると、カイザーがおもむろにシートベルトを外した。ドアを開けて車を降りようとするのを、潔は腕を掴むことで慌てて引き止める。
「どこ行くんだよ」
「花買ってくる」
「はぁ? いいって! もう売ってないだろたぶん」
 軽い気持ちで種明かしをしたのだが、かえって気を遣わせてしまったらしい。いまから花を調達する必要なんてない。店だってとうにしまっているだろう。今日だけ特別に開いている店があったとしても、もう品揃えに期待はできないはずだ。
「ずっとごちそうしてくれてんじゃん。充分だよ。ていうかお前のほうが断然金かかってるし」
「金額の問題じゃねぇ」
 カイザーは納得がいかないようだ。こんなんじゃ足りない、俺の気が済まない、と力強いまなざしで訴えられる。こんなふうに見つめられても愛おしさが増すばかりなのだが、潔がそう告げたところでカイザーはきっと引き下がりはしないのだろう。
 反論に窮しているうちに、カイザーがさらに距離を縮めてくる。詰め寄ってくる美貌に目線を彷徨わせた潔は、ふと視界に収まったものに手を伸ばした。
「わざわざ買いにいかなくたって、花ならここにあるだろ」
 首筋に咲いた青薔薇をつついてやる。いい匂いもするし、と鼻を寄せてやれば、耳元に重苦しい溜息が届いた。そこまで呆れられるようなことを言っただろうか。
「世一」
 小言を浴びせられる覚悟を決めたところで、後頭部に添えられた手に引き寄せられた。
 触れるだけのキスで、潔はカイザーに手渡したチョコレートの香りを知る。せっかくなら味も堪能したくなって、離れていこうとするカイザーを青薔薇に添えた手で引き留めた。まもなく訪れた甘美なくちづけに酔いしれる。
「それに」
……ん?」
「帰ったら家に、いっぱい花届いてるし」
 基本的にファンからの贈りものは受け取る方針を掲げている潔に対して、クラブチームのフロントは自宅までの配送手配を請け負ってくれている。バレンタインデーにちなんだプレゼントのうち、いくつかは夕方ごろ自宅に運びこまれていた。花束はありったけの花瓶に生けて、フラワーアレンジメントはテーブルやカウンターに置いてある。至るところが薔薇を始めとする鮮やかな花々で飾られていた。帰宅した瞬間、きっと嗅ぎ慣れない花の香りが鼻腔を満たすことだろう。
 鋭い舌打ちに想像を打ちきられる。ようやく機嫌を治したかと思えば、すぐに気分を害させてしまったようだ。
「帰ったら覚えてろよ」
 他の薔薇なんかいらないって、思い知らせてやる。
 耳朶に触れた唇から紡がれた艶めいた低音が、熱い吐息とともに肌を炙る。ん、と喘ぎとも答えともつかない声を落とせば、それすらも寄越せとばかりに噛みつかれた。
 潔のことで頭がいっぱいになったカイザーに、充溢と陶酔に染まった吐息を零す。それもまもなく奪われて、蕩けるようなくちづけを交わしていく。
 チョコレートを食べきるまでに、いったい何回キスをすることになるんだろう。
 立てた予想が外れても当たっても、潔にとっては嬉しい結果となるに違いない。カイザーから贈られるものはなんだって、潔を甘く満たしてくれるだろうから。
 温めたチョコレートのように溶けきった思考を巡らせながら、潔はカイザーとのくちづけを切り上げるタイミングを見計らう。早く帰ろ、とねだるために。思い知らせて、と煽ってやるために。



小椋
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