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小椋
2024-12-22 22:57:57
3777文字
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【kiis】ラヴリーデイズ
2024/12/21-23開催のkiis WEBオンリー『Kiis Capsule Collection』のkiisワンドロライ企画に参加したもの。
BM所属未来if。ふたりの大切なマグカップのお話。
お題「マグカップ」をお借りしました。執筆時間は約2hです。
しまった、と思ったときには遅かった。
ミヒャエル・カイザーの手から滑り落ちたマグカップが、シンクに置かれていた別のマグカップにぶつかってしまう。耳障りな音が響いたときには、すでに取り返しのつかない状態になっていた。
「ミヒ?」
音に反応して、ソファでくつろいでいた潔世一がキッチンまで様子を窺いにくる。
呆然としていたカイザーは我に返るなり、砕けたマグカップの破片を拾いはじめた。
「割れちゃったの?」
「
……
ああ」
「手ぇ切れてない? 大丈夫?」
「ああ」
ふたりが暮らす家には食洗機が導入されている。普段ならばそれを用いて、一日分の食器をまとめて洗うようにしていた。オフの今日は遅めの朝食を軽めに済ませたため使ったものが少ないからと、珍しく手で食器を洗っていたのだ。昼前にはふたりで出かける予定でいたから、効率を考えて手洗いで済ませようとしたのがかえって仇となった。専用の機械に任せておけば、これらのマグカップも割れることはなかっただろう。
「もしかして、落ちこんでる?」
カイザーは破片から視線を持ち上げた。いささか無神経にも取れる問いかけを投げた張本人は、意外にもいたわるように眉尻を下げている。そんなに落胆して見えるのかと、カイザーは己を鼻で笑ってやりたくなった。
カイザーが割ってしまったマグカップは、初めてふたりでクリスマスマーケットに行った際に飲んだ
ホットワイン
グリューワイン
が注がれていたものだ。赤を基調に金と黒でクリスマスにちなんだ意匠が描かれている。偶然にもふたりが所属するバスタード・ミュンヘンのユニフォームと同じ色遣いだ。オーソドックスな形状のため持ちやすく洗いやすくて、それなりに重宝していた代物だった。
クリスマスマーケットには、あれから幾度もふたりで足を運んでいる。初めてのクリスマスマーケットに浮足立った潔が、興味を惹かれるままにさまざまなアルコールに手を出した初回ほどではないものの、家にはクリスマス仕様のマグカップがいくつも鎮座していた。
二年目以降はさすがに一年にひとつに絞るようになったのだが、毎年デザインが変わるマグカップを想い出の証として大事に保管しているのだ。
「マグカップならいっぱいあるし気にすんなって! 他の」
「だが」
せっかくのフォローを遮って、カイザーは最後の破片を拾いあげた。
「ペアで使えるのは、これしかないだろう」
確かにマグカップの在庫はやたらとある。けれども同じデザインのものはひとつとして存在しない。最初の一杯だけは同じものを選んだが、それ以降は各自の好みと気分に合わせて思い思いの店で飲みものを購入している。そのせいで、おそろいなのはカイザーが破損してしまったものだけだった。
同棲を始めてしばらく経つものの、ふたりはそろいの日用品をほとんど持っていない。ひとり暮らしの間に買い集めたものをそのまま使っているからだ。特に食器は統一性に欠けていた。ナイフやフォークのように似通った同じデザインのものは、どちらがどちらのものであると決めずに共有している。
唯一例外だったのがマグカップだ。ひとり暮らしのときに使っていたものはサイドボードにしまいこんでいる。同じデザインのふたつの底面にイニシャルを記すことで、固有の所有者を定めていた。
「お前っておそろいとか気にするタイプだったっけ?」
マグカップの残骸から手を離したカイザーは、失礼なことをのたまう潔の頬を摘まんでやった。抗議の声を無視して距離を詰める。
「世一だろうが」
「へ?」
「
――
お前が、気に入ってたから」
しぶしぶ絞りだした答えに潔が目を丸くする。その反応に眉根を寄せながらも、カイザーは仕方なく潔を解放してやった。ひとまずは半端になっていた食器洗いを再開しようとシンクに向き直る。
「日本に、金継ぎってのがあるんだけどさ」
唐突に異文化の紹介を始めた潔の声に耳を傾けながら、泡を洗い流していく。
「割れちゃった食器の破片をくっつけて、繋ぎ目に金粉をまぶしたりするんだよ」
結構綺麗なんだぜ、と目の前にスマートフォンの画面を差しだされる。サーチエンジンの検索結果が表示されたそこには、割れ目に沿って金色の線が描かれた食器の写真がいくつも並んでいた。
「これは、専門の業者に依頼するのか」
「うん。あー、でも確か、キットみたいなのも売ってた気が」
「なるほど」
濡れた手を拭いてポケットからスマートフォンを取りだせば、途端に喚きだした潔に腕を掴まれる。
「そこまでしなくていいからな!?」
「なんの話だ」
「お前、自分でやろうとしてるだろ
……
」
潔の推測は的を射ているが、痛くも痒くもない。壊れたものを取り戻す機会があるのなら、日本古来の技術とやらに懸けてみるのも悪くはないと思っただけだ。
「いいのか」
「なにが」
「気に入ってたんだろ」
ついさっきまでマグカップだったものに視線を落とせば、あー、と間抜けな相槌が届く。
「確かに、気に入ってたけどさ。同じものにこだわらなくたっていいんだよ」
意味を図りかねたカイザーは眉間にしわを刻む。
最初に使いだしてからというものわざわざ同じマグカップを準備しつづける潔に、かつてカイザーは理由を訊ねたことがある。それに対して、潔はてらいなく言ってのけたのだ。
おそろいって感じでいいじゃん?
ミッドナイトブルーの瞳をどこか悪戯っぽく煌めかせていたことを、カイザーはいまでもはっきりと覚えている。
だから、世一なのだ。最初に同じものにこだわったのは、世一のくせに。
「もう、おそろいじゃなくてもいいって?」
皮肉めいた格好で眉を引き上げてみせれば、目を瞠った潔が口元に手を押し当ててうつむいた。まじか、と唸るようにつぶやいたきり黙りこんでしまう。
「なんだその反応は」
投げかけた問いに対する答えが得られないことに苦言を呈せば、だって、と不可解に震えた声が返る。
「かわいすぎるんですけど」
「あ?」
それはお前のほうだろうが。
ついにフットボールに関すること以外の思考もイカれたかと語気を強めても、潔は意に介す様子を見せない。
「結構、いや、かなり嬉しいとか思っちゃうの
……
俺もう、やばいのかも」
小声で意味不明な言葉の羅列を唱えた潔によって、さきほどから掴まれたままでいた腕をぐいぐいと引かれる。
「おい。なんなんだいったい」
「早く準備して出かけようぜ」
「はぁ?」
脈絡のない提案に苛立ちが募る。顔をうつむけながら背を向け、有無を言わさず足を進めていくせいで、カイザーからは潔の顔を窺い見ることが叶わない。ただ、歩みに伴って繊細に揺れるランプブラックの髪から覗く耳は、ほのかに赤みを増している気がした。
「直すのも悪くないけど、すぐにできないから
……
」
いったん足を止めた潔が、ようやくカイザーを仰ぎ見る。
「今日はとりあえず、新しいのをふたりで選びにいこ? な?」
拗ねた子どもに言い聞かせるような口調が気に食わない。けれども、現状ではもっとも最適な判断であろうことに、カイザーも異論はなかった。
もとより買いものに行くつもりだったのだ。久方ぶりにふたりきりで出かける予定に目的をひとつ追加するのも、そう悪くはない提案だといえた。
*
サイドボードの最前面に、マグカップがよっつ並んでいる。
もっとも取りだしやすい位置に並んでいるのは、おそろいで購入したマグカップだ。
ちょっとした事故を経て、潔とカイザーはペアのマグカップを手に入れた。持ちやすさと洗いやすさを第一に選んだシンプルなデザインと、艶のある色合いが特徴的だ。カイザーが青で、潔が水色。各々の好きな色を基準に購入したそれらは、ふたりそろって愛用しているだけあって使いこまれたもの特有の味わいを有している。
それらの隣に並ぶのは、同じものは他にひとつとして存在しないマグカップだ。もとは量産されたマグカップのふたつに過ぎなかった。
バスタード・ミュンヘンのチームカラーを彷彿とさせる深みのある赤を基調として、クリスマスのモチーフを散りばめたかわいらしい絵柄が描かれている。そこには稲光に似た形で、金色の線がいくつか刻まれていた。金継ぎという日本の技術を施されたものだ。割れ方が異なっているから、稲妻の形には差異が見られる。
元のマグカップを割ってしまったカイザーは、密かに破片を取っておいていたらしい。両親に会いに連れ立って日本に帰国した際、潔が友人たちと出かけている間、自ら探しだした工房で金継ぎのワークショップを受けにいったカイザーは、自身の腕前で器用にマグカップを修繕してみせた。
元に戻すことはできない代わりに新しい形を得たマグカップを、潔はとても気に入っている。強情にも出来に不満があるらしいカイザーを押しのけ、想い出の重なった品として大切に保管していた。
「世一?」
「いま行く!」
慌てて水のボトルを手にした潔は、最後にもう一度だけマグカップを眺めてからキッチンを出る。そうして日用品のひとつひとつを大事なものだと想わせてくれる、最愛の恋人が待つベッドルームへと駆けこんだ。
小椋@OgrYtk
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