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Hizuki
2025-02-14 22:22:08
5317文字
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あんスタ[薫あん]
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お好みの味を、あなただけに
【あんスタ】薫あん。というより薫→←あん。みんなに渡すためのチョコレートの試食を薫に頼んだあんずの話。前半はあんず視点、後半は薫視点。本当に知りたいことは。
1
2
新しい年が始まったかと思えば、もう既に1か月と2週間が経っている。そして、世間的に甘い空気でいっぱいになる日が来ていた。
「おはようございます、羽風先輩」
朝の冷えた空気の中、ESに向かう途中の道でかけられた声に立ち止まる。振り返れば予想通りの相手、あんずちゃんが俺の後ろに立っていた。
「あ、おはよう、あんずちゃん。
…
って、すごい荷物だねぇ」
「あはは
…
」
見たままの様子を口にすると、あんずちゃんも苦笑いを浮かべる。今日の彼女は大荷物だった。いつもの鞄に加えて、紙袋が4つ。その中身が何なのかは分かっている。少し遅れてきたサンタクロース、と言ってもいいくらいかもしれない。そんなことを考えていると、あんずちゃんは紙袋の中から取り出したものを俺の方に差し出した。
「えっと、バレンタインのチョコです。この間は相談に乗ってくださってありがとうございました。休憩の時にでもどうぞ」
透明なビニール袋に入れられた小さな黒い箱だった。袋の口を閉じているのは金色のタイで、紫色のペーパータグが付いている。それをしっかりと両手で受け取った。
「ありがとう。大事にいただくね」
ぺこりと頭を下げると、あんずちゃんはそのままビルの方へ走り去っていった。早めの時間に打ち合わせが入っていて今ここにいるわけだけれど、もう少し余裕はある。持っていくのを手伝おうかと声をかけるより早くあんずちゃんの方がいなくなってしまって、完全にタイミングを逃してしまった。きっと今日の彼女は自身の仕事の合間に各事務所に顔を出したり、現場を回ったりと大忙しなのだろう。慌ただしい彼女にトラブルが起きないことを祈りながら、もらったチョコレートを慎重に鞄にしまってミーティングルームに向かうことにした。
滞りなく打ち合わせは済み、中途半端に空いてしまった時間を潰すために事務所に顔を出してみれば、談話スペースに零くんの姿があった。
「零くん、おはよう」
「おお、おはよう、薫くん。嬢ちゃんからチョコはもらったかえ?」
声をかければ視線を書類からこちらに向けてくれた。楽しそうに問う零くんの目の前のテーブルには見覚えのある包みが置かれている。
「朝一で渡しに来てくれたよ」
顔を合わせて最初に聞くことがそれかぁ、と思いながらも、もらったことは事実。鞄から取り出して見せれば、零くんはうんうんと頷いた。どうやらタグの色はユニットカラーに合わせてくれているらしい。側に置かれている箱の中にも同じものがいくつか入っていて、そっちには水色と赤のタグが付いていた。
「くくく、そうじゃったか。せっかくじゃし、いただくとしようかのう」
「うん、そうだね」
お昼前ではあるけれど、箱の大きさからすれば今食べたとしても問題はなさそうだ。給湯室でコーヒーを2人分用意して、零くんの元に戻って向かい側に座った。せっかくもらったのだから、開ける前にスマートフォンで写真を撮っておく。タイを解いて、箱を取り出して開けてみれば、この間あんずちゃんの頼み事を引き受けた時と同じものが4つ入っていた。あの時よりも一回りほど大きなサイズになっている。いただきます、と2人で手を合わせた。味は知っているから、零くんの反応が見たくて手に取るタイミングを少しずらした。
「
…
うむうむ、流石は嬢ちゃんじゃのう。ほんのりとした甘さがいい具合じゃ」
零くんの口にも合ったらしい。満足そうに首を縦に振っている。さて俺も、とそれを口の中に入れた。すると、広がった味はあの時とは全く違うもので、思わず口元を手で覆った。
「
…
どうしたんじゃ?あまりの美味しさに声も出せんかえ?」
「えっ?あ、うん、そんなとこ
…
」
からかい調子の混じった零くんの問いかけへの答えはたどたどしいものになった。そんな様子の俺を見て、零くんは笑みを深める。零くんは確かに『ほんのりとした甘さ』と言った。けれど、俺が食べたものは『明らかに甘い』ものだった。
ここで全部食べてしまうわけにはいかなくなって、そのまま2つ目に手を伸ばしている零くんを横目に箱のふたを元通りに戻した。何も零くんは言わないけれど。あんずちゃんからもらったものだから大事に食べたい、と思われているのだろう。半分はその通りで、残りの半分は試食させてもらった時と味が変わっていることへの疑問で。これは他の人、特に甘いものが好きな人にも聞いてみないと判断がつかない。何人かをピックアップして、ホールハンズにメッセージを送っておいた。できるだけ早く返事をくれますようにと祈りながら、コーヒーのカップに口を付けた。
午後からはユニット揃っての仕事で、そっちも何の問題もなくすんなりと済んだ。スタッフさんともう少し話があるという零くんを残して、先に俺達3人は楽屋に戻っていた。事務所の箱の中に紫のタグのものはなかったから、きっと晃牙くんとアドニスくんも既に受け取っているのだろう。そこで、帰る準備をしつつ、昼間の疑問を2人にも聞いてみることにした。
「ねぇ、晃牙くん、アドニスくん、あんずちゃんからもらったチョコって食べた?」
「ああ、昼の時に持ってきてくれたから食べたぜ。それがどうかしたのかよ」
問いかければ揃って頷いてみせる。持ってきてくれた、ということは、登録されているスケジュールから渡して回るルートもある程度組んでいた、ということなのかもしれない。どうしても直接渡せない分は事務所に預けている、といったところか。
「味、どんなのだった?」
「甘さ控えめの、ビターな味でおいしかったな」
晃牙くんが食べられるくらいの甘さで、甘いものも平気なアドニスくんが『甘さ控えめ』と言うのなら、零くんが食べていたものと同じ味と見ていい。
「
…
そっか。ありがとう。悪いんだけどさ、ちょっと用事ができたから先に戻るって、零くんに伝えておいてくれる?」
「羽風先輩?」
「あ、おい!一体何だったんだ
…
?」
荷物を持って楽屋を出ると、返事が返ってきたホールハンズのメッセージを順番に開けていく。多少表現は違えども、内容はほぼみんな同じ。要約すれば『ほんのりとした甘さのビターチョコだった』という。
「
…
これ、やっぱり俺のだけ
…
?」
思い当たることが一つだけある。
あの試食の日に、あんずちゃんに聞かれたこと。
―
…
先輩は、どんなのがいいですか?
―
先輩の、好みを聞いています
…
そう聞かれて、『もっと甘いのでもいい』と答えた。どうしてそんなことを聞くんだろうと思いはしたけれど、その場で理由は聞けなかった。
まさか本当に俺の好みに合わせて
…
?
とはいえ、今日ここからあんずちゃんを探し出して会うことは不可能に近い。いつか、その理由を聞ける日が、聞かせてもらえる日が来るのだろうか。
レスティングルームの人目に付きにくい端の席に座ると、鞄の中からあんずちゃんからもらったチョコレートの箱を開ける。その一つを口の中で溶かすと、苦さからは遠くかけ離れた甘い味が広がっていった。
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