きなこ
2025-02-14 18:41:59
6032文字
Public 帝ボク
 

バレンタインの話〜帝ボク編〜

バレンタインをお題に何か描いてみたかった、その4。
帝ボク名乗っても良い?
最終皇帝君一人称。私の中のベースがしょたおに終帝なので、かっこいい帝ではなく甘えん坊帝です。
ついでに、ゲーム中で最終皇帝時代の帝国軽装歩兵がジョンだったのでそれを採用しています。
バレンタインが存在する謎時空のアバロンが舞台で、最終皇帝君とボクオーンさんが恋人設定です。もしかしたらセフレなのかもしれないけど、だいたいそんな感じです。

「何ですか、それは?」
 開口一番、ボクオーンはそう言った。
 激震が走る。その時の衝撃と言ったら、それは凄まじい物であった。例えるならば、召雷の直撃を喰らった時のような。――体も思考も全て硬直して、何も考えられなくなる感じだ。
 あまりにも酷い顔をしていたのだろうか。ボクオーンは少しだけ困ったように眉根を下げた。
「バレンタインチョコとは何でしょうか?」
 言い換えをしてくれたところで何も変わらないが、彼の心遣いを無碍にすることは憚られたので、説明をする。
 バレンタインデーとは恋人たちが愛を語り、贈り物をする日である。最近では女性から男性にチョコレートを贈ることが主流であり、贈る相手も恋人に限らず家族や友達など自由である。また、想いを寄せる相手に告白をする機会にも使われることが多いのが特徴である。といった具合で。
 腕を組んで、神妙な面持ちでそれを聞いていたボクオーンはふむと唸って首を傾げた。
「なるほど。私の時代にはなかった行事ですね」
 そうか、ジェネレーションギャップというやつか。それならば仕方がない。と自分を納得させようとする。
 だというのに、ボクオーンは私に向かって指を二本立てて見せる。
「それはそれとして、疑問は二つ。ひとつ目、女性から男性へ贈ると言っていましたが、私は女性ではないのですが?」
「このアバロンでは女性から贈る方が主流だけど、地域によっては男性から贈られている。私はただ、ボクオーンから贈り物が欲しかっただけだ」
「なるほど。ではふたつ目。最初に『バレンタインデーとは恋人たちが愛を語り、贈り物をする日である』と言っていましたね。しかし、そもそも私たちは恋人ではないのでは? まあ、先ほどの話によれば、最近の――
「ちょっと待ったぁ!」
 聞き捨てならない言葉を聞いて声を荒げた。いやいやいやいや。それはおかしいだろう。私とボクオーンの関係を表すのに恋人でないなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるか!
 ボクオーンは私の剣幕に驚いて金色の瞳を瞬かせていた。何をそんなにムキになっているのだろう、という様相だ。
「え、ちょっと、待ってくれ。私達は恋人という関係ではないのか?」
 その問いかけに、ボクオーンはこてんと首を傾げて見せて。顎に手を当てたままうーんと唸って考え込むことしばし。
「そういう契約は結んでいなかったと記憶していますが」
 愛しい彼は、無慈悲にそう告げた。
 その時の衝撃と言ったら、過去の歴々の皇帝たちの絶体絶命シーンが走馬灯のように蘇ってくるほどだった。例えば、船から落ちてコムルーン海峡の大渦に飲み込まれて沈んでいく瞬間とか――って、歴代皇帝の話は横に置いておくとして、今はボクオーンの話だ。
 本当にボクオーンの言う通りだっただろうかとボクオーンと私の歴史を回想してみる。ボクオーンとの出会い。彼との交流。そして、初めて体を重ねた時――そう、そこだ。きっと重要なのはそこである。お互いの気持ちを確認して恋人になろうと約束をして、口付けをして――なんていうことは全くなかった。そうだ。なかったのだ。
『ねぇ、ボクオーン。ボクオーンのことが好きだから、抱きたい』
『うーん……
『お願いだっ。ボクオーンのことが大好きなんだ』
……。はぁ。仕方がありませんね』
 確か、そんな軽いノリだった。私はボクオーンに好きだと言ったけれど、ボクオーンは何も言っていない。ましてや、恋人になろうだなんて約束もしていない。
「あああああああー!」
 私は床に両手と膝をついてうな垂れた。
 自分達の関係には愛があると思っていた。だけど実は、ボクオーンのお情けで抱かせてもらっていただけなのであろうか。
 絶望に打ちひしがれる私の傍にボクオーンはしゃがみ込み、慰めるように頭を撫でてくれる。
「ボクオーンっ」
 抱きつこうとしたが目前に手を翳されて制された。何故だと問おうとしたその時に、意地悪い笑みを浮かべたボクオーンがその手の人差し指を立てて、扉の方を差す。
 誘導されるようにそちらへと首を回すと、据わった目の帝国軽装歩兵のジョンが仁王立ちをしている姿があった。
「陛下、お時間です」
「今大切な話をしている」
「約束の時間です」
 くそっ。よりによって融通が利かないやつが今日のお目付役か。なんとか追い返そうと考えたが、全てが目の前のボクオーンにはお見通しだ。
「自分の役目をちゃんと果たしなさい。でなければ、ここへ来ることは禁止です」
 そんなふうに言われたら従うしかない。
 しょんぼりとしたまま、私はボクオーンの部屋を後にするのだった。

 はぁ。と大きくため息をつく。
 正直政務なんてやっている場合ではない。どう考えたって、私とボクオーンの関係の構築の方が重要だろう。とは思うのだが、次から次へと書類の束が執務机に運ばれてくる。
 はぁ。
 もう、無の境地を極めるしかなかった。
 どうせ中身は文官たちが確認してくれているのだ。私の役目なんて承認印を押すだけだ。ほーら、ぺったんぺったん。適当に押してやるぞ。もう誰が押したって同じじゃないか。だから私を解放して欲しい。
 はぁ。
 今日はボクオーンからバレンタインチョコレートをもらって、イチャイチャする予定だったのに。なんでこうなった!? 私たちが恋人でないなんてそんな馬鹿な。私はもちろんボクオーンのことが大好きだし、ボクオーンだって私のことを愛していると思うのだけど。
 はぁ。
「そろそろ鬱陶しいので、これ見よがしにため息をつくのをやめていただきたいのですが」
 背後に控えるジョンが表情も変えずに注意をしてくる。
 私が逃げ出さないように監視につけられたのだ。私が本気で逃げる気ならば、文官たちでは止めることができないから。
「ため息をつきたくなる私の気持ちなんて分からないくせに」
「早く終わらせればいいだけです」
 正論だ。
 バレンタインチョコレート、欲しかったなぁ、と考え。ふと気付いた。そういえば、チョコレートを贈るのはどちらからでも問題がないと自分でボクオーンに説明をしたような気がする。元々は恋人が贈り物をする日である。ならば私から贈ってもいいのではないだろうか。そうだ。さすが私。冴えている。
 政務が終わったら街へ買いに行けばいいだろうか。
 ああ、そうだ。愛の告白をしよう。そして、今度こそ付き合ってほしいと言おう。
 しかし、私の愛の大きさを売り物のチョコレート程度で表せるわけがない。やはりここは手作りがいいのではないだろうか。
 背後のジョンに聞いてみる。
「この机くらいに大きなハート型のチョコレートをもらったら、私の愛の大きさに感動するだろうか?」
「邪魔だと思いますね」
 駄目か。
 もう少し普通サイズのチョコレートを作ることにするか。
 しかし、ひとつ問題があった。
「ところでジョンよ。チョコレートとはどうやって作るのだ?」
「さぁ。知りません」
 まあ、それはそうだろう。
 しかしそれは厨房に行けばなんとかなるかと算段をつける。
「今日の予定は?」
「午前中は政務、昼食の後は街の視察が入っています」
 文官が答える。
 ならば使える時間は昼食の時間と政務後の時間。私は俄然やる気になって、今までと比較して五倍程度の速さで書類の処理をしていった。
「やればできるじゃないですか。最初からそうしてください」
 おい、ジョン。人がやる気になっているのに水を差すんじゃない。

 午前中の分の政務を前倒しで終えた私と監視役のジョンは厨房を訪れた。
 気が利くジョンが先ぶれを出していたおかげで、厨房には多くの板チョコと、鍋をはじめとする調理器具や型などが用意されていた。
 手を洗い、マントの代わりに白いエプロンと三角巾を身につけて、準備はできた。
 ジョンも誘ったが、興味がないと断られたので、ひとりで料理長に教わることにする。
 チョコレートを作る手順を聞いて、実践してみる。
 まずは大量のチョコレートを細かく刻む。みじん切りも千切りも得意中の得意だ。うっかりまな板まで刻んでジョンに怒られた。
 次に刻んだチョコレートを大きなボウルに入れる。さらに一回り大きなお湯入りのボウルにチョコレート入りのボウルを重ねて入れて、湯煎する。ヘラでぐりぐりと混ぜて、溶かす。
 次にお湯を冷水に変えてチョコレートを少し冷やす。温度管理は料理長の仕事だ。難しそうなので、ここは変な意地を張らずに専門家に任せることにする。私は料理長の指示に従ってかき混ぜるのみ。
 そして巨大なハートの型に流し込んだ。最後に表面をならして完成である。
 瞬間冷却するのであればダイヤモンドダストができるぞと聞いてみたが、大丈夫と言われて、手作りチョコレートは冷蔵庫へしまわれた。
「さすが陛下。器用ですね」
 ジョンが褒めてくれるので、ちょっと得意げになってふんぞり返ってみた。
 さて、これでチョコレートは完成である。ボクオーンは喜んでくれるかな。

 その後、街の視察を終えて宮殿へ帰る道すがら、花屋の前を通りかかった。
 目についたのは薔薇の花。
 確か薔薇の花には愛しているという意味があった記憶があるので、あるだけの二十本程度の薔薇の花を購入した。
 私は宮殿に戻り、厨房に寄ってチョコレートを受け取ってからボクオーンの部屋を訪れた。
 薔薇の花束は後ろ手に隠して、ボクオーンの部屋の扉を開ける。ボクオーンは椅子に座って本を読んでいたようだったが、私が部屋の中に入ると立ち上がった。
「お帰りなさい。ちゃんと仕事は終わらせてきましたか?」
 もちろんだと笑顔で答えると、よくやりましたと言わんばかりの顔をしてボクオーンは頷いてくれた。
「今日はバレンタインデーだから、君にチョコレートをと思って作ってきたんだっ」
……っふ。ずいぶん大きなチョコレートですね」
「私の愛は大きいからな」
 近づいてきて、チョコレートに手を伸ばすボクオーンの前に薔薇の花束を差し出すと、突然のことに驚いた彼は目をまん丸にして動きを止めた。
「薔薇の花も一緒に贈らせてくれ」
 ボクオーンはきょとんと目を瞬かせて薔薇を見つめる。買ってきた赤色の薔薇はボクオーンの髪色よりも鮮やかで、とても綺麗だった。だけどそれを見つめるボクオーンの顔立ちだって、薔薇の花に負けず劣らず美しい。
「あなたは、薔薇の花言葉をご存知ですか?」
「愛している」
「正解です」
 よくできました、と告げながらもボクオーンは薔薇の本数を数えている。
「もっと多い方が良かったかな? 今日は売れ残りを急いで包んでもらっただけなんだが、明日もっとたくさんの花を用意しようか」
「ああ、なるほど。本数を数えさせずに、金を多めに渡して持ち帰ってきましたね」
 なぜそれを知っている、とばかりに驚いた。
 ボクオーンは意地悪げな笑みを浮かべると、花束の中から五本の薔薇を引き抜いた。
「薔薇の花束は、本数にも意味合いがあるんですよ。ちなみに、あなたが持ってきたのは十七本。意味は『絶望的な愛』ですね」
「ええーーっ。ちょっと、待って。やり直し要求っ!」
 絶望的な愛だなんてシャレにならない。そういう悲恋的なものは懲り懲りだ。
 あまりの慌てようにボクオーンは吹き出して、くくと意地悪そうに笑っている。ボクオーンの笑っている顔は好きだけど、ちょっと今は勘弁してほしい。
 手元に残った薔薇は十二本。
「これはどんな意味?」
「なんでも聞かずに、自分で調べてください。悪い意味ではないので、大丈夫ですよ」
 その言葉を信じるしかない私は、改めて薔薇の花束とチョコレートをボクオーンに差し出した。
「好きだっ。私と――
 恋人になって欲しい、と続けようとした唇に、ボクオーンの人差し指が当てられる。
 告白の言葉を止められて不満げに口を膨らませると、「子供みたいですよ」と呆れたようにボクオーンは苦笑する。
「続きは十二本の薔薇の意味を調べてから、改めて聞きますよ。――でも、そうですね。この花束はありがたくいただきます。ちゃあんと、受け入れますよ」
 ボクオーンは私の手から贈り物を受け取って胸に抱いた。目を細めて、口元を緩めて、幸せそうに微笑む。
 抱きしめたい、と思ったが、今抱きしめると花束が悲惨なことになって怒られることは確実なので、なんとか堪えた。
 彼はテーブルの方へと歩き、その上に私からの贈り物を置いた。そして代わりに机上にあった何かを手に取り、戻ってくる。
「私からの贈り物です。先ほど奪った薔薇もあなたへの贈り物とさせてください」
 ボクオーンに渡されたものは紫色の包装の小さな箱で。これは多分チョコレートなのだろう。私が欲しいと駄々をこねたから、わざわざ用意してくれたのだ。
 胸の中はボクオーンへの愛おしさで一杯になって溢れそうなほどだった。
「ありがとう。ちなみに、五本の薔薇の意味は?」
「あなたに出逢えてよかった」
 それは偶然なのか、ボクオーンの思惑通りなのか。
 どちらか分からないけど、もうどっちでもいい。私もボクオーンに出会えて、本当に良かったと思っているから。
 満面の笑みを浮かべた私はボクオーンの顔を上に向かせた。金色の瞳が私のことを映した。恥じらうように視線をそらされたが、ゆっくりと瞼が閉じられる。
 私はふふと声に出して笑いながら、ゆっくりと唇を重ねた。
 
 翌日。
 図書室で薔薇の花言葉について調べた私は机に突っ伏していた。
 十二本の薔薇の意味。それは「私とお付き合いしてください」だった。結婚を申し込むときにも使われる本数らしい。
 まったくもって面倒臭い人だ。ぐりぐりと机に額をなすりつける。
 私が言おうとしていたセリフと同じなんだから言わせてくれても良かったじゃないかと思うのだが、多分、ボクオーンは照れていたのだろう。薔薇の花束を十二本にしたのは彼だったし。
 本数の意味なんて私は知らなかったのだから、言わなければいいだけの話だったろうに。頭がいい人の考えていることはよく分からないが、ボクオーンに関してはちょっと抜けているところがあるから目の前の問題を回避したかっただけかもしれない。そんなところがとても可愛くて愛おしい。
 それなら何度だって言ってやろう。
 うんと頷くまで告白し続けてやる。
 そう、今すぐに。
 部屋の入り口へと視線をやる。そこには全身鎧を見に纏った大柄な男が、こちらに背を向けて立っていた。彼はとても優秀なので、監視を緩めているわけではない。私に少しだけ猶予を与えてくれているのだ。
 ありがとう、と心の中で礼を言いながら、窓を開いた私はその窓枠に足をかけた。