発火雨
雨の日は気分が落ち着く。浜村蒼は湿った空気を思い切り吸い込んだ。
雨慈に足を運んだのは、先日の水文学の講義で出た課題のためだ。その地域特有の水──海や川、雨との関わりを、実際に土地を歩きレポートにまとめる。学部生をフィールドワークに慣れさせるのが目的のようで、聞き取り調査などもしなくて良いのが有り難かった。
海の近い坂野や海祈へ行く者も居たし、酒好きの先輩は盃へ行ったと聞いた。緑四も沼地を埋め立てて作られた都市だ。大学の近くで調べる者も多いだろう。
その中で蒼は、雨が多いことで知られる町を選んだ。
雨慈の町はどこか生まれ育った土地に似ている。蒼はじっとりと湿り、深い色になった参道の石畳の上を歩く。
濁山にも神社があり、天気に纏わる言い伝えがあった。あの場所の水神が降らせるのはこんな柔らかい雨ではなく、もっと激しい嵐だったが。
故郷と似ているのは空模様だけではない。
「
……居る、よな。ここ」
蒼には産まれた時から人間ではない存在が見えた。神社の息子であり、幼い頃から神という存在が身近に在ったので、彼らが幻覚ではなく現実に居ると知っている。
当然、神だけではなく霊やあやかしの類いも世に存在する。蒼が現在暮らしている緑四にも居ないことはないのだが、なぜだかあの都市のそういうもの達は人間に関わろうとしない。
雨慈は随分とそういった存在の気配が濃かった。門前町に寺社へ祀られた神や仏が居るのはおかしくないが、それにしては空気が淀んでいる。特に森のある方向は視界が悪く、潜むには最適に思えた。
薄暗い場所は時期や時刻に関わらず異形のものが現れやすい。その中には人間に危害を加える存在もいた。幼い頃から幾度も痛い目に遭ってきたので危険は身に沁みている。
蒼の命が無事なのは縁深い故郷の神のお陰だろう。もう子供と言い難い歳の一介の氏子に、会う度御守りを授けてくれる。過保護のきらいがあるのは、人を守るために祀られた存在だからだろうか。
雨天の頻度が高いためあやかしが巣食っている、などとレポートに書く訳にもいかない。蒼は恐る恐る町の奥へ足を進めた。
参道のあちこちに視線を巡らせ、異変にすぐに気が付けるよう構える。しかし遠くばかり意識したのが徒となった。
ゆらり。不意に眼前に青白い火が燃える。その奥に見えたのは青い髪にツノを持つ、異形。
「
……っ!」
声にならない叫びをあげて、蒼は強かに尻餅をついた。
遭遇した不思議