グリッド086はカーラの工房、ウォルターと621の二人は機体の整備のため訪れていた。手持ち無沙汰に工房内を見学していた621であったが、突如として腹の虫がぐぅと鳴る。
カーラの作業を眺めていたウォルターはそんな621の様子に気づくと、鞄の中からあるものを取り出して621を呼ぶ。それは、621が小腹を空かせた時のためウォルターが予め持参していた携帯用食糧――『ミールワームのすり身ソーセージ』であった。
621がウォルターの猟犬となり独立傭兵として働くようになってから幾ばくか経つが、身体を動かすためのリハビリをこなし歩けるようにまでなった。食事については流動食から始まり、徐々に固形食を口にして喉も通るようになってきた頃合である。最近では空腹を訴えることも時折あって、ウォルターは内心、621の踏み出す一歩に安堵と期待を抱いていた。
「621、俺が手本を見せる」
そう言ってウォルターは、その手に持ったソーセージの開封についてレクチャーを始める。ソーセージは品質維持のため空気が入る隙間もなくピッタリ包装されており、慣れていなければ開封に手間取るだろう。しかし今の621ならばと、ウォルターは一種のテストとして敢えて選んだものであった。
ウォルターはソーセージの包装を掴むように歯で噛みつきながら勢いよく引き千切り、ぶちりと音が響くと包装は破け途端に穴が空く。新しいソーセージを鞄から取って渡しながらウォルターは「やれそうか?」と問いかけ、了承して頷く621。
早速チャレンジするべくあんぐりと口を開けたところで、二人のやりとりを耳にしていたカーラが待ったをかけ引き留める。
「ビジター! やめときな、怪我するよ! ……チャティ、そこちょっと頼んだよ」
「了解した、ボス」
「はぁ……ウォルター。あんた、いい歳してまだそんな開け方かい? 全く変わらないねえ」
カーラは作業用のグローブを外しながら呆れた様子でウォルターに追加のソーセージを要求すると、今度は彼に代わってカーラが講師を務める。
「いいか、ビジター。どんなものも、それ相応に使い勝手よく作られているものなんだ」
そう言って彼女はソーセージをくるりと回し、貼り付いている赤色の小さな四角片を指で示す。更に四隅が浮いている事を伝え、621にも手持ちのソーセージで確認させて、まずは要所の位置を知らせる。次にカーラは隅の一つを指の腹あたりで摘んで引っ張り上げると、包装に切れ目が出来上がった。そうして最後、切れ目部分が山になるよう折り曲げると包装は裂け始め、ついに開封は成される。
カーラが621へ目配せして実践を促す。621は手に握った未開封のソーセージをしばし見つめた後、目を閉じて一連のレクチャーを反芻し、ぼそりと小さく呟く。
――使い勝手よく……ACを動かす、思い通りにトリガーが引けるのと同じ。
掠れるような音で発された621の言葉は、果たして、ウォルターとカーラの二人へ届いていた。思案するように少し目を伏せるウォルターの姿に、カーラは短く溜め息をつく。
二人の間で一瞬の重い沈黙が頭をもたげる中、軽快な開封音が響く。若干中身がボロボロと零れはしたが、621は心なしか嬉しそうな様子で開封したものを二人に見せる。カーラは微笑み返して満足気な顔をすると、621の頭をわしゃりと撫でた。
「上手くいったじゃないか、ビジター! そこの行儀の悪い飼い主にも、いいお手本になるだろうさ。それとも改めてまた、あんたにもレクチャーしてあげようかね?」
「いや、俺は必要ない。……それよりも、621には良い刺激になった。感謝しよう」
621が頬張るのを見て、二人もまた、それぞれの手に持った開封済みのソーセージにありつく。三人そろって、もぐもぐと静かな食事の時間が過ぎていく。
「カーラ、ゴミなら俺が捨てておく」
「ありがとう、ごちそうさま。それじゃあ、再開しようか」
「ボス、このまま俺に任せて休んでいても構わないが」
カーラが作業を再開する最中、先に食べ始めたはずの621は、まだゆっくりと集中して食べ進めている。喉を詰まらせないか、むせてしまわないか……ウォルターはその姿を見守る中、先程の621の呟きについて思い返す。
『使い勝手よく作られている』とは、強化人間にもよく言えたものだ。より良い方向へ、思いのままに、手足の如く……足りなければ検証を重ね、目指す理想へ僅かでも近づくために“作り替えていく”。
それは至極あたり前で単純明解な欲求であり、普遍にありふれた“人類の研鑽”だ。この携帯用食糧の包装も、ACを乗りこなす強化人間も、いずれの技術へ込められた想いに“差”などあろうものか?
そんな問いかけが、過去の記憶が爪を立て、心を掻いては傷をつけていく。「強化人間にも尊厳はある」などと、自分ひとり主張したところで、変わりようのない事実は依然として揺るぎなく鎮座している。
――だが、それでも俺は……。
「621、味はどうだ」
ウォルターからの質問に621は口を空っぽにしてから「まあまあだ」と伝え、他にも違う味はあるのかと疑問に要望を含めて付け加える。ウォルターはそれを受けて、色々なフレーバーを取り寄せる約束を交わした。
再び食べ進める621に心配はいらないだろうと判断し、ウォルターはひとりゴミ箱までやって来る。そうして蓋を開け、手に持つソーセージの包装をくしゃり軽く握ると手放した。
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