2025-02-09 16:30:13
1327文字
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春を望む / 中在家長次


「春望 その1」の別バージョン。小平太インテリバージョンと呼んでいます。

 わーいピクニックだあー! 一年生が駆けていくこの野原は、先日まで戦場であった。三月続いた睨み合いの途中、長次はどちらの陣にも身を潜めたから、よく覚えている。砲台の跡地に花が咲いている。本陣のあった場所で先生たちが下級生を呼んでいる。長次には見過ごす他なかった瀕死者たちが、這って求めていた小川は、今は色も音も無く流れ続け、誰かの作った笹舟を運ぶ。この景色も言葉になる。頭の中で頁を捲ると、
「そーだな!」小平太が言った。「春を望む、だ。だろっ」
 長次は一拍おいて頷いた。意外であった。小平太がからりと笑う。
「ふふん。こないだ部屋の本をテキトーに読んでいて覚えてしまった。良い題だな。春は良い。暖かいし、食い物も美味い。山も走りやすいしな!」
……
「いや、ちゃんと丁寧に返したぞ。現に私が今言うまで気づいてなかっただろ。まあ細かいことは気にするな。それより、春を望む、だ」
 小平太はこれ見よがしに話題を逸らして、ぐうッと背伸びをした。風が吹く。青臭い、あたらしい緑の匂いが、鼻先を通り過ぎていく。伊作はこの匂いが好きだが、嗅ぐと鼻がむずむずすると言っていた。思い出したそばからくしゃみが聞こえる。
「あは。春は良い。どこもかしこも呑気だ」小平太がやはり、からりと笑った。その調子を変えぬまま、「惨かったか?」と言った。
 長次がこの戦場に潜入していたことは、無論、小平太も知っている。そのことを言っているのだ。長次が答えると、小平太は「そうかっ」とあっさり返事をした。
「誰が何をしていても、勝手にこうして春は来るんだから、大したものだな。偉いもんだ。戦ばかりを冬に置き去りにしてみせるのだからな!」
…………小平太」
「んん?」
……確かに、もう春だな」
「だからそういう話をしてんじゃん。今更気づいたのか?」
 小平太は大層怪訝な顔で首を傾げると、「まあいいや、向こうでバレーしようぜ!」と走り出した。途中で留三郎が巻き込まれている。文次郎が自分から巻き込まれに行っている。ついでに巻き添えを喰った五年生の悲鳴。仙蔵はさっさとブルーシートを敷いている。そこへ一年生がわらわら集まっている。土井先生の呆れた声。
 ここで何人死んでも春は来る。さて冬なんて在ったでしょうか、と言わんばかりに、過去のことは綺麗に過去に置き去りにして、春は来る。今、長次の周りにある空気は、硝煙の代わりに青草の匂いを、剃刀の冷たさの代わりにまろい湿度を含んで、間違いなく春のいろをしている。ここに在るのは、春だ。命を薄めて息をするような冬は、既に影も無い。だから、命を薄めて息をしなくても、よい。自分は今、他でもない春の中に在るのだから。
 長次は遅れて皆のもとへ歩み出した。小平太が無駄にでかい声で、「長次は白組な!」とぶんぶん手を振っている。赤組にされたらしい四年生がぶうたれている。かの詩人の目撃した春が、どれほど残酷で、どれほど壮絶だったのか、それは言葉にされていない。ただ、斯様に温かな春を知っている自分は、詩人よりも少し幸運かもしれない、と長次は思った。白組で長次を迎え入れた一年生が、「中在家せんぱい、怒ってる……?」と不思議そうにした。