ほしのまなつ
2024-06-04 06:18:57
5093文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞🎩3️⃣/かわいい選手権

事務員みならい1号くんによる、
ある日の千年王国研究所の様子

※コウモリ兄弟、兄のおはなし。
※弟記録 https://privatter.me/page/679e2d8295195





――そうだな。あれは、さんざん注意されていた机上の本がくずれ、落下した一部が左足の小指を強打してきたときだ」
「メシアさま、じごうじとくだ。ほんとに3世さま、かわいいっていった?」
ほんと? って二回聞いたらメシアさまの視線がふいっと下がった。さすがの僕でもウソだ! って分かる。
「嘘じゃない。メフィストの顔が――
「おかお?」
……あれは呆れつつも『かわいいなぁ』って顔をしていた」
「ずるい! それならぼくだって」
「そうだな、そろそろネタが尽きてきた。互いにありかなしか判断していこう」
もはや読書はやめたらしい。さっきまでぼくと話しながらも、ページをめくっていた指が止まっている。

……え、なにこれ罰ゲーム?」

「メフィスト!」
「さんせいさま!」

ヨルを連れておじいさまのところから戻られた3世さまは、ぼくとメシアさまの顔を交互にみながら困惑気味だ。
メフィスト老さまのところに行っていたので、お土産もたくさん。
さんせいさま、今回はなにもらったの? ってすぐに聞きたいところだけれど――

「け、けんかしてない」
「これは喧嘩じゃないぞ、メフィスト」
「おれまだ何も聞いてないんだけど? 喧嘩じゃないならさ、どうしたの?」
「えっと……あくまく、メシアさまが!」
「久々に聞いた、アサのあくまくん呼び。懐かしいなぁ」
「ちがくて、さんせいさま!」

とっさに『あくまくん』と言ってしまいそうになって、慌てて言い換えたけど間に合わない。
物質界の中でも難しいと言われている『にほんご』は、主に3世さまがベースになっているので、最初の頃はメシアさまのことを『あくまくん』と呼んでしまっていた。
でも、あくまでメシアさまはぼくらの雇用主で、3世さまの……ぼくらの主の『悪魔くん』なのだ。
メシアさまも、3世さまも『構わない』っていうけど、ぼくらはメフィスト3世さまに仕える眷属だから、それじゃだめなのだ。
弟のヨルの言い方だと『示しがつかない』ってやつだ。
ヨルは、雇用中は『一郎さん』、他の悪魔の前だと『メシアさま』って使い分けてる。
ぼくは、そういうのがあんまり得意じゃなくて、最近は間違えずに『メシアさま』ってず~っと呼んでたのに、つい焦って出てしまった。しっぱいだ。

「僕から説明する。午前中に来客の予定があって……君の眷属がぼくの支度が遅い、と」
「アサ、おれよりしっかりしてるからなぁ……って、やっぱりケンカじゃないの?」

ゆっくりと首を傾けながら、するっと上着を肩から落とす3世さまをじっと見てしまう。
するする、するする、丁寧に剥かれていく黒い正装を受け取るヨルの様子も手慣れたものだ。ぼくだとこうはいかない。
上着にかくされていた、まっしろなドレスシャツいちまい。
ぼくもちいさいけれど、華奢な肩のつくりや細い手首のせんがきれいで、ぼくは黙り込んでしまう。

ぼくらのあるじは、すごくやさしくて、
つよくて、すごくすごくきれいなのだ!

「これは喧嘩じゃないんだ、メフィスト」
「あくまくん?」

一緒になってその様子をみていたはずのメシアさまは、長い指でシルクハットをつまんで取り払うと、
3世さまのまあるいおでこに、ちゅってして、それから手袋、手袋を取ったゆび、手くびのうちがわ……

「~~~~っながい!!!!」

……ああ、一週間まるまるメフィスト老の所だったからな。さすがに長い」
「ちがう! メシアさま長いっ!!! ぼくもおかえりなさいする!!!」
「そうだね、アサ。ただいま」
「さんせいさま、おかえりなさい」

ふはっと頬をゆるめた3世さまが、今度はぼくのおでこにチュウしてくれる。
……っとおとなしくぼくの後ろで順番待ちをしていたメシアさまは『……あくまくんは後で』と言われて『えっ』ってちょっとびっくりしてた。
メシアさま、そんなおっきい声でたの?





いまでは恒例となっている、魔界への訪問。
あの魔界での一件のあと、3世さまはおじいさまとある約束をした。
あのときボロボロだったお二人は、メフィスト老さまの手を借りることになったのだ。メシアさまとも、いろいろ話をしたらしい。
最終的に『――誠意を見せろ』と呟いたメフィスト老さまに、千年王国研究所から一定の額を送金していくことが決まった。
数か月にいちど、まとまった金額を魔界のメフィスト老さまのところに、3世さまみずから届けにいくのだ。残念ながら夜はうごけないぼくに代わって、ヨルがお供だ。
――ぼくは、メシアさまとおるすばん。
3世さまといっしょのヨルは、ちょっとうらやましいけど、この状況が嫌なわけじゃない。
メシアさまとは言い合いをしてしまうことはあるけれど、これは必要な『ぎろん』なのだ。
メシアさまのこと、ぼくだってちゃんとすごいって思ってるし、3世さまのはんりょだから大事にしたい、って思ってる。
もちろん、それはメシアさまだからってだけじゃない。

『君が兄だろ? ちがうのか?』
『身体がちいさいのは、弟をかばった時の影響か……
『食事のとき、最後らへんで「おなかいっぱい!」だとか言って弟に残りを譲るのはクセなのか? 君よりでかくなるワケだ』

――ぜんぶ、メシアさまの言葉だ。

びっくりした。
はじめてぼくらをみたら、悪魔でも人間でもみんな、ヨルをお兄ちゃんだと勘違いする。
ぼくがお兄ちゃんだって言っても、落ちついていて身体がおっきいヨルとぼくを交互にみて、すこし笑うのだ。
そのたび、ぼくはおなかの奥がちくんっとするけど、ヨルがほめられるのはヤじゃない。べつにいいやって思ってる。かなしいのは、ちょっとだけ。
だけどメシアさまは、ぼくらをじいっと見て『見れば分かる』って。なんでもない風に、あたりまえみたいに言うのだ。
ぼくは、ぼくたちはそんなメシアさまがすきだし、その時の3世さまの得意げなお顔がだいすきだ。

――でも、それとこれとは話がちがう!

「メシアさま、あと三十分で家賃さんがくるのに、ぴょん! ってねぐせついてて」
……あー……
「三十分あれば直せる。それよりも資料を読みこむ方が先だと判断した」
「だらしない格好で、家賃さんにあうのだめでしょ? 3せいさま」
「ええと……どこから直そうか……

いっしょうけんめい、今朝の状況を3世さまに報告する。
ちょっと落ちつこうか? と、カモミールティーをみんなに振る舞いながら、3世さまはソファのうえで、ぼくとメシアさまにぎゅうっと挟みこまれていた。
ふんわり香るハーブティーのいい匂いと、ひさしぶりの3世さまの匂いに、じんわり眠気もやってくる。
時間をみたらもう夕方の四時で、ぼくのタイムリミットもそろそろだ。

……アサ、家賃さんのことを家賃さんと呼んじゃだめだ。3世さまが困ってる」
「~~っおきゃくさま、はやく来ちゃったら、ねぐせ、ぴょん! ってしたカッコわるいメシアさまを見られちゃうでしょ?」
「うん、それは悪魔くんが悪いな」
「でしょ? なのにメシアさま、寝癖もかわいいって言われたことがある、って」
「うん??」

――そう。
眉間にぎゅうっとシワをよせたまま、直す気配もなくボソっと言ったのだ、メシアさまは。
いま3世さまの眉間にも、ちょっとシワがよっている。

「3せいさまに、そういわれた! って」
……あくまくん?」
――事実だ。シーツの中から顔をのぞかせて、ぼうっと君を見てたぼくの起き抜けの頭をみて『あくまくん、かわいい』って君が――
「だから! それならぼくだって! このまえ、やめた方がいいって、いっぱい言われたのに『こーら、のみたい』ってゆって、ちょっと……ちょっとだけパチパチにびっくりして泣いちゃったけど『かわいいけど、もうだめだよ』って言われた!」
3世さまのいう『かわいい』には、だいじとか、たいせつ、すきってきもちがギュってつまってる。

――ぼくもいわれた!
――じゃあ、これはどうだ? 

……そう。気づけばメシアさまとぼくは、どっちがいっぱい3世さまから『かわいい』をもらったか勝負をくりひろげていたのだ。

……悪魔くんさ、きのうちゃんと寝た?」
――ねた」
「なんじ?」
……四時だ」
「もお! やっぱ寝てないじゃん! ふたりしてかわいい喧嘩してないで、もう寝ろ!」
「け、喧嘩じゃない、議論だ」
「けんかちがう! さんせいさま、ぎろん」

ぎゅっと目に力をこめた3世さまに、メシアさまとぼくは慌てるけどもう遅い。
動揺するふたりのうしろで、ヨルが腕まくりしながら『3世さま、お風呂の準備ができました』って報告している。

「ありがとう、ヨル。おまえも帰ってきたばかりなのに」
「いえ、あの……
「ヨル?」
「あの……ぼく、まだ、ただいまの挨拶を」

――バタバタしていて、ぼくがまだです。

そういうと、唇をぎゅっと引き結んだヨルが、おおきな身体をちっちゃく丸めて、3世さまにあたまを差し出している。
ただいまのルールは、いっしょに外に出ていたヨルにだって有効だ。
どうやらヨルはさっきからずうっと、ただいまをしてほしくて様子をうかがっていたらしい。

「ゆ、」
……ゆ?」
「優勝っ!!」

きょうは、
ヨルがゆうしょう!

3世さまは、わしゃわしゃとヨルのあたまを撫で回しながら「ただいま」と「ゆうしょう」のちゅうをヨルのかしこそうな額に与えてる。
ぼくもこんなにこんなに可愛い弟ははじめてで、なるほどゆうしょうだ……! って納得だ。
メシアさまはものすごい顔をいっしゅんしてたけど、気まずそうなヨルがおずおずと頭を差し出してくるから、今度こそみんなで『おかえり』をした。







……おはよ、メフィストフェル」

朝いちばん。
台所のシンクのうえで、ちっちゃな紫の花がゆれる。台所は3世さまの城だ。
そとの子には、さっき水をやってきた。
メフィストフェルの水やりは、数少ないアサの仕事のなかでも重要なものだ。
名前をよんでしっかり挨拶するように、ってメシアさまから言われている。この花は、メシアさまが初めて育てたものなのだ。
花はいきものだから、話しかけた方がいいんだって。
むずかしい理屈はアサにはわからないけど、メシアさまのお顔が真剣だったから、間違いない。

「おそとの子たちもね、いっぱい咲いてたよ」

花びらはまるっこくって、ちいさい。そっと覗き込んだら、やっぱり答えるみたいにふよっとゆれる。
深いむらさきがすごくきれいで、名前のまま3世さまみたいだ、っていっつも思う。
最近気づいたのだけれど、3世さまの機嫌がいいと、メフィストフェルも元気な気がする。
おふたりには言ってないけど。

……すごい、げんき、そうだね……

お水にぬれたまるい花びらが、見るからにつやつやしてる。
昨日、あれから3世さまは、じぶんの悪魔くんといっぱい『なかよし』したみたいだ。
ヨルはあんまりそういうコトに触れたくないみたいだけど、お兄ちゃんのぼくはちゃんと知ってるのだ。
悪魔の中でも小柄な3世さまが、にんげんの男の性器なんていれられちゃってだいじょうぶかな? って心配はあるけど、
たっぷりなかよしした日、メシアさまの気配をこれでもかとまとう3世さまは、すごくしあわせそうだ。

(よし……!)

3世さまは、まだ起きてこない。
3世さまが準備していたつくり置きは、ちょうど一週間分。もうない。
ホットケーキなら、ここの事務員見習いとして練習してるからできるはずだ。
だから、3世さまのかわりにつくろうと思ったのに。

「っメシアさま、おはよ」
「おはよう。今朝の優勝者は、メフィストだ」
「えっ」
台所のまえで会った起き抜けのメシアさまは『食事はこれで』って。
閉じちゃいそうなまぶたを持ちあげながら、転移魔法が込められている紙をぼくに渡すと、すぐ戻ってしまう。

――これで?)
(お食事をお部屋に? てこと?)

――つまり3世さまのお顔を、
だれにも見せるつもりがないのだ。
ぜったいに!

「~~っやっぱり、メシアさまはイジワルだ!」





(早朝からカワイイが渋滞してる千年王国研究所)