ほしのまなつ
2024-05-20 23:48:58
4063文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞🎩3️⃣/拝啓、運命さま

※事務員みならい2号くんによる、
千年王国研究所きろく。
※「悪魔くん、あのね」に出てくる
コウモリ兄弟(3世眷属)の弟視点

『千年王国研究所、事務員みならい記録』





はじめに。
これは、千年王国研究所でお手伝いさせていただくことになった、ぼくたち兄弟の記録である。

のちにこの研究所に新たな職員がやってきたとき、……万が一、だけれど。
少しでも参考になればと思い、残しておく記録だ。

物質界において、話し言葉には随分と慣れたが、書き物はいまだにふたりとも不得手なところがある。
現『悪魔くん』であり、僕らの雇い主でもある埋れ木一郎さんからのアドバイスもあり、これは日記のように付けていこうと思う。

まず、ぼくらの簡単な紹介をしていきたい。
一郎さんや、3世さまのおじいさまからは、まとめて『コウモリ兄弟』と呼ばれている。双子の兄弟だ。

ぼくが弟のヨル。からだの小さい方が兄のアサ。
体格もだけど、ぼくが黒髪で兄が銀髪なのですぐに区別できると思う。
ふたりの名づけは、メフィストフェレス3世さまだ。

3世さまが、魔界のお仕事をされているとき、物質界にいる一郎さんへの伝達係りとして、ぼくは深夜の物質界を飛びまくっていた。
ぼくの兄弟……兄である『アサ』は身体がちいさく、夜は原因不明の昏睡状態になってしまう。
かんたんに言ってしまうと、日が暮れると何をしても目を覚まさないのだ。
だからぼくは、兄のぶんまで必死に、一郎さんのもとへと3世さまのことばを伝えにいったのだ。
3世さまが不在のあいだ、一郎さんは淡々と依頼を処理していたようだが、はっきりいって表情が怖かった。
怖い、というのは恐怖というよりも『危うさ』だ。
魔族よりも感情が読めず、3世さまや2世さまから『わかりにくいけど、いい人間だよ』と言われていなければ、かなりしんどかったと思う。
ぼくらだったら3世さまからのお手紙だなんて、一日中飛びまわってしまいそうなくらいなのに!
目許をまっくろにした一郎さんは、見る度に深くなっていく眉間のシワを固定したまま、無言で手紙を受け取るだけ。
正直、おふたりの言葉と3世さまの眷属だという自負。これがなければ心が折れていたかもしれない。

そう、ぼくらはメフィストフェレス3世さまの
はじめての眷属なのだ!

出会った頃の3世さまは、いまよりも少しだけ幼く、これはナイショなのだけれど、すこしだけ自信がなさげで……でも僕らのようなちいさなコウモリにやさしかった。
『メフィストフェレスさま』といったら魔界で知らぬ者はいない、上級悪魔だ。
3世さまははんぶん人間だけれど、稲妻や氷系の攻撃魔法はもちろん、それらを組み合わせた複合魔法に特化している。
魔具の扱いもすごくすごく上手で、アサは身体がちいさいから余計に補助として興味があるみたいで、
『3せいさま、どうやったの?』
『どうしたらそうなるの?』
と新しい魔具をみるたび、質問責めだ。
もちろん練習は必要だけれど、3世さまが道具の扱いが上手なのは、それを読み取る知識の深さと、つみかさねた経験からだ。
かんたんに聞いちゃいけないのに。
だけど3世さまは、アサのうしろにいる僕にも手まねきをして、丁寧に、丁寧にコツを教えてくれる。
じぶんだけのものにはしない。
かしこさや強さもだけれど、ぼくらは3世さまのそういうところが大好きなのだ。

――ついつい、3世さまのはなしになると長くなってしまう。
ぼくらと3世さまの出会いの話をまずしていこうと思う。

あれは、物質界で『ハロウィン』と呼ばれる祭りの夜だった。
ぼくらはまだ人型をとるのがヘタクソで、おなじ仲間のコウモリたちからも心配されていた。
にんげんの仮装にまぎれてしまえば、大丈夫だと思ったのだ。
あぶないと最後まで反対していた兄のいう事をぼくは聞かず、兄まで巻き込んでめずらしい物質界のおかしをあつめることに夢中になっていた。
穏やかな集落の、あくまだっていっしょに楽しんでいい夜だという謳い文句は、魅力的だった。
ばかだ。教会なんて、普段は近寄りもしないのに。
油断していた。こんな小さなぼくらに興味のあるにんげんなどいるものかと。かってに思いこんでいた。

わるいやつに、にんげんもあくまもない。
しっているはずだった。しっていたつもりだった。
ぼくはすこしも分かっていなかった。

白い祭服をまとったその男は『祓魔師』くずれだと言っていた。
手持ちの眷属の扱いが酷く、資格を剥奪されたのだと――

『おまえらみたいな、ちっせぇコウモリだったなぁ』

もう祓魔師でもなんでもない。
これはただのヒマつぶしだ。
祝詞を唱えてやれば、このクソ田舎じゃ重宝される。
このときをずうっと待っていたんだ――、と。

さいしょに人型を解いたのは、兄の方だった。
コウモリの姿で、男の持っていた聖水の瓶に体当たりをして……不意打ちの反撃に激怒した男に、なんども、なんども踏みつけられた。
ぼくも殴られたけれど、兄のほうが酷い。
男はぼくを摘まみあげると、うごかなくなった兄に見せつけるように、上機嫌でうたいながら羽をひきちぎりはじめた。
この頃にはぼくにはもう痛いとか苦しいとか感覚はなくて、兄のほうが酷い鳴き声をあげていたとおもう。

しんでしまう、終わってしまう悲しさよりも、
きょうだいの鳴き声に、まだかろうじて動いている心臓がぎゅっとなった。

その扉がひらいたのは、奇跡に近かったと思う。
男がイタズラにらくがきしていた魔法陣のせいなのか、ぼくをちぎりながら歌っていた祝詞のせいなのか。
どれに反応して発動したのかわからない。
教会の鮮やかな天窓……そのステンドグラスの陰から、赤黒い異様な切れ目が、出現していた。
――はじめてみる、物質界をこじ開けるように魔界につなぐ『ゲヘナゲート』
ぼくらちいさなコウモリにとったら、もはやおとぎ話の世界だ。
泣き叫んでいたはずの兄が青い体液まみれのからだを男にぶつけ、僕をうばったのとその切れ目に逃げ込んだのはほぼ同時だった。

――助かったとは思わなかった。
魔界は、弱いものが淘汰される場所だ。
ただただ、にんげんの男の手でさいごを踏みにじられなくて、よかったと。
これ以上きょうだいの悲鳴を聞かなくていいのだと、その安堵しかなかった。

兄は枯れ枝のようになったからだで、ぼくにぎゅうっとしがみついたまま、
さむくないか、
いたくないか、
おなかすいたな、
おうちにかえったらさ、きょうはいっしょにねよ?

かすれていく声で、なんども、なんども。
もう叶わない願いを、ぼくに一生懸命はなしかけていた。

へんじをしたいのに、こえがでない。
ぴったりとくっつく、兄のちいさくなっていく鼓動がくるしかった。

もうさいご。もうじゅうぶんだと思った。
兄はボロボロないていて、わらうとすごくかわいいのに。
わらった顔がみたかった。

それだけが、残念だった。


『こうもり……?』

ちいさな、にんげんの子どもの声だとおもった。
飛ばされた場所は魔界のつめたい森の入り口で、そんなはずはないのに。
ふわっとあたたかな気配がして、つめたい手足が熱をおびていく。
目を開けることは叶わなかったが、ちいさな手のひらに兄弟ごとつつまれているのだけは分かった。
兄もびっくりしたのか、身じろぎのひとつもせず、こどもを……3世さまをじっと見上げていたのだと思う。

魔力量以前の問題だ。
いのちを失いかけていたぼくらはいまにも消えそうな、ちいさなチリみたいな存在で、きっと見つける方が難しかった。
でも3世さまは、見つけてしまうのだ。

3世さまは、偶然だといっていた。
きっとパパでも、おじいさまでもそうしたよ、と。

くったくなく、すこしはにかんで言う3世さまは、それがどんなにすごいことなのか知らないのだ。

ぼくらは垂れ流しの体液となみだでぐちゃぐちゃで、なのに、ふれてくる手にとまどいもためらいもなかった。
みつけてくれた。たすけてくれた。
ぼくらのいのちを、たいせつにあつかってくれた。

一郎さんには3世さまとの出会いの経緯をなんどもなんども聞かれるので、この話はしている。
そのたび、『それが、ぼくのメフィストだ』と、くちの端をすこしあげて念を押されるので、ぼくはあまりしたくないのだけれど。

さっき、『ついつい、3世さまのはなしになると長くなってしまう』とぼくも書いたが、一郎さんもなかなかだ。
ぼくたちの知らない3世さまのおはなしを聞けるのはうれしいが、ちょっとだけくやしいな、と思ってしまう。
ぼくらのほうが、先に会ってる! って言っても、
真吾さまの水晶から、ちいさな3世さまを盗み見していたらしい一郎さんに『えんそく』や『はっぴょうかい』の話しをされ、アサがキレたのは記憶に新しい。
3世さまにちょっとだけ聞いてみたら、昔はこんなんじゃなかったと言っていたので、いつからなんだろう?
一郎さんは、たまに……いや、だいたいいつも、3世さまのことになると僕らに対しても大人げなくなる。
もちろん、雇い主としての一郎さんは的確でやさしい。3世さまのいう通りの人物だった。

アサはぼくと違って素直なので、すぐに『メシアさまは、いじわるだ!』と頬をまっかにして、
でもそのおはなし聞きたい……と、さいごには言いくるめられてしまうのだ。

そうだ。
アサは素直でかわいい僕の兄なのだけれど、とくに寝不足が続いたときの一郎さまとの相性がすこぶる悪く、たまに言いくるめられない時がある。
そのせいで、先日はちょっと面倒なことになった――。ほんとうに。

記録に残すかどうか迷ったが、これはちゃんと書いておこうと思う。
きょうはもうアサも寝てしまったので、ここまで!

あしたはこの事件のことから、ちゃんと書こうとおもう。


メフィストフェレス3世さま眷属
千年王国研究所みならい二号、ヨル





(※ヨルくんが寝落ちしなければゆっくりつづくシリーズ)