※いちろうくんと、箱入り悪魔3世くんのはなし
※『10月のプール』のふたり→
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◆こねこのきもち
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「
――猫
……?」
ガタン
……ッ
にぶい扉を開けたさきで、びくっとちいさな背中がうごきを止める。
この部屋にくるのに魔法鍵を使ってしまったが、そんなに驚くことじゃないだろう。
転移魔法が仕込まれた鍵は、最近知り合った魔具師から買い取ったものだ。
使い切りなのでコスパは悪いが、慣れない会議などに顔を出した今日のような日は、問答無用で使ってしまっている。
「
……今日くるって、きいてない」
「言ってないからな」
すでに寝る予定だったらしい。入浴をすませたばかりなのか、ふんわりと石鹸の匂いをまとわせる悪魔の子は、どこもかしこもやわらかそうだ。
西洋のナイトウェアを思わせる、膝下まであるゆったりとしたリネンのシャツ姿はもう何度も見た。あとは寝るだけ、といった格好でちいさな毛玉と戯れることに夢中だったらしい子は、いまさら視界をさえぎるようにそれを隠しているがバレバレだ。
そもそも部屋を占領している規格外のベッドの上では、逃げ場もない。
「
……言ったらじゅんびするのに」
「必要ない」
魔法鍵の頻度が高くなっている自覚はあった。
勝手にこの部屋に入ってきては『悪魔くんは、ひじょうしきだ!』などと常識の範囲外の世界で生きる子に叱られている。
――もし約束などして、一郎が来なかったらどうするつもりなんだろう。ひとりで待ちぼうけしてる悪魔を想像して、やめた。
うかつに約束など口に出来ようがない。
「あ!」
みぃ、とげんきな返事とともに、ふわふわの塊が一郎のもとに飛びついてくる。
一見ただの仔猫のようだが
――、
「猫
……じゃないな、これは」
足元にまとわりつく毛玉をしげしげと観察してやる。
よく見れば短いしっぽは、付け根のところから割れていた。
たぶん、ケットシーというやつだ。実物を見るのは初めてだが、悪魔の根城でくつろいでいるあたりなかなかの大物だ。
小動物に好かれたためしがない一郎だが、「悪魔くん」の性質がそうさせるのか、毛玉
――もといケットシーは、ごろごろと本物の仔猫のように足元にひっついてくる。
「幼体もいるのか?」
「
……よわってる、だけ」
口から出ていた疑問は独り言のつもりだったが、なぜか借りてきた猫のようになってしまっている悪魔の子からぽつんと返事が返ってくる。
まるっこい瞳が、みぃみぃとじゃれつく毛玉と一郎を交互に見て、つい
……っと逸らされた。
(
……なんだ?)
塔のなかは眷属のなりそこないのようなモノだってふよふよと浮いている。それを今さら咎めたりはしない。
この半悪魔はいまだ監視対象ではあるが、そこまでの制限は課せられていない。
いつもと様子が違う子に首をかしげつつも、ちいさな毛玉の観察をつづける。よく見れば、ほぼ塞がりかけていたが背中に裂傷と思わしき跡があった。
「
――森のおくまで、逃げてきた。けが、してて」
「ああ、君に助けを求めてきたのか」
ただの捨て猫ですら餌でも与えそうな悪魔は、手負いのケットシーをこの部屋にかくまったらしい。
この子の瘴気にみちた空間は、悪魔の眷属ならばさぞ居心地がよいだろう。
「幼体でないなら、この姿は一時的なものか」
「
……」
今日はここで、養父から借りたままの文献に目を通すつもりだった。ケットシーにまとわりつかれてはいるが、それを変更するつもりはない。
ベッド上に並ぶクッションの中から、背もたれ代わりに読書に適した大きいものを引っ掴む。メフィストが使っているのは見たことがない。
一郎がベッドまで上がりこむのが嫌なら、こんなもの片付けているはずだ。分かっているんだろうか。
こんな無防備な信頼など、悪魔がしていいものじゃない。
みぃ、みぃ
読書の体勢に入った一郎の肩口あたりにじたじたと毛玉が登ってくる。
重さを感じさせないおかげで、ジャマではないが
――、
「メフィスト、寝ないのか?」
「
……っ!」
気づかないふりをしようとしたが、だめだった。
ベッドの主であるはずのちいさな悪魔は、はじっこの方にちょこんと座ったまま
……どうみても寝る様子ではない。
最初こそ緊張があったが、一郎に懐いてしまってからは平気で寝顔をさらしているクセに。
一郎のひざのうえに収まり、ごろごろと喉を鳴らしてひっついてくる黒い毛玉と一郎を交互に見ては、メフィストは困惑しているようだ。
そろ
…っと顔を上げたまるっこい双眸が、ゆらゆらと揺れている。
「
……あくまくん、」
あの、あのな、って。
何か伝えようとするまろい頬をうつむかせて、はくっと口をひらいては、ぎゅっと引き結んでしまう。
なんなんだ。季節外れの夜のプールをねだってくるような子が、めずらしい。
「メフィスト?」
目のまえのうすい肩が、ぴくんと跳ねる。
意を決したように持ち上がったまぶたが、ほのかに赤い。目許がうっすらと色づいている。
そこから目が離せなくなってしまったことに、気づきたくなかった。
一秒でもながく、この悪魔の子を手放さずにすむ方法ばかり考えてしまう。
そうして。
きゅうっと引き結ばれた唇からようやくこぼれたセリフに、一郎はしばし言葉を失うことになる。
「
…おれも」
――おれも、だっこ。
「は?」
聞き間違え
……の、はずはない。
ふるえる睫毛をまじまじと見つめてしまう。ぐ
……っと握りこんだ拳が痛い。
膝の上で黒いつやつやした毛玉のかたまりが、みぃ、と甘えた声をあげた。
「
――だっこ
…?」
喉から絞り出すように確認すれば、素直にこくん、と頷く。
ダメ押しとばかりに「やっぱり、だめ?」などと細いくびを傾けたりするものだから、「別に構わない」などと早口で返してしまった。
いったいどうしたんだ。なにがあった?
このあどけない誘惑は想定外だ。本をめくる指は、とっくに中断されている。
「メフィスト、」
ふたりの様子をじっと見ていたケットシーを、そっと膝から降ろしてやる。嫌がるそぶりはない。賢い眷属だ。
一瞬きょとりと目を瞬かせた子にすぐさま腕をのばし、そのまま向かい合うように膝のうえにのっけてしまう。
じぶんからねだったくせに、びくっと跳ねた肩はわずかに緊張していた。
腕の力を強めてしまいそうになるのをなんとか堪え、しろい首筋に顔を埋める。
(
――あー
……)
(
……くそ
…っ)
やわらかい皮ふの感触になんとも言えない気持になる。人懐っこいにもほどがあるんじゃないだろうか。
すんっと息を吸い込むと、石鹸の香りと、どこか甘ったるいような悪魔の子の匂いが鼻をかすめた。
すっぽりと腕に収まってしまう身体はやわらかく、あたたかい。
緊張しているのか、背中がふるっと大きくふるえる。
それをあやすように、腕の中の身体を揺らせば「あくまくん」などと、呼んだりする。
たまらなかった。
「あくまくん
……!」
大人しくすっぽりと抱き込まれていた子が、身体をよじって今度はすこし大きな声をだしてくる。
なんだ? などと平静を装って腕の中の悪魔を覗きこめば、ぎゅっと眉間によったシワと、はくはくと開く唇が目に入った。
「ち、ちがう」
ちがう、ちがう!
なんでだ! って。
熟れた頬はそのまま、ふるふるとひっしに首をふるのだ。
――違う?何が?
「ちっちゃいの、」
「ちっちゃいの? ああケットシーのことか」
「おれも、だっこ
……!」
ちっちゃいの、
おれもだっこしたかったのに。
「は
……?」
ああ、そっちか。
わるかった。
ほんとうだ。本当に悪いとおもってる。
――そう。
口早に答えることができただけでも上等だった。
「あくまくん、なんで間違えんの!」と、ぽこぽこ怒る子の言うとおりだ。
塔の中にとじこめられている小さな悪魔の、あどけないお願いをきいてやるつもりだった。
それが
――ただただ、己の願望がだだ漏れてしまっていた。
どうやら一郎はじぶんが思っている以上に手遅れらしい。
「
……メフィスト、すまない。覚悟してくれ」
「???」
ぎゅむっとその身体を抱えながら、めずらしく現悪魔くんがひたすら謝っているのを、
空気のよめる悪魔の眷属、ケットシーは下からじいっと見つめていたのだった。
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(箱入り悪魔の子と、こんな日もあったはなし)
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