さもゆ
2025-01-28 16:46:19
5721文字
Public 吸死
 

【ドラロナ】スコープ越しの勝利/好きなひとのにおいは、

犬を愛さぬ者、紳士に非ずのおまけふたつ。

おまけのサギョウくん。

スコープ越しの勝利




 また下等吸血鬼の群れが発生したというのでヒヨシ隊は漏れなく現場へと急行することとなった。
 基本的には退治は退治人に任せ、一般人との境界を張る仕事に専念する。サギョウも宛がわれた区域に逃げ遅れがいないかを念入りに確認し、頭上を飛んで行く獲物をついでに遠くまで飛ばせてから、抱えていたライフルで撃ちやった。下等吸血鬼が塵と化す間際、一瞬、スコープ越しに白いものが見える。雪だろうか? 違う。薄ぼんやりと霧のようなものが夜空に溶けて消えていく。つい最近、見たものに似ていた。
 吸血鬼退治人ロナルドと組んだ現場で、同じようなものを見ている。川に立ち込める霧。霧に突っ込んで行く大きな黒い犬。犬を追う赤と白の男。血に濡れた左手。銀の弾丸のように冷えた面立ちが、ライフルの弾道に気づいた途端、上がる口角。
 思い出さなくてもいいことまで思い出したサギョウは、おもむろに渋面をつくった。わざとだった。わざと眉根を寄せなければ、悔しいことに、もしかすると、きっと嬉しがってしまう。嬉しがってもいいが、それはプライドが許さなかった。別にライバルだと思っているわけではない。そんなおこがましいこと、有り得ない。でも少し、ほんの少しだけ、自分が最も得意とする狙撃を褒められて素直に喜べないほどには、たぶん、意識していた。天才的な射撃の腕を持つ、吸血鬼退治人ロナルドのことを。
 自分はどんなに遠くにいる的でも、狙えば中る。
 こんなのは誰でもできるに決まっている。自分でできてほかができないとは思えない。
 それでも、サギョウは、狙撃なら誰にも負けない、と思っている。負けたくない。誰よりも。遠くの的を、撃ち落としたい。
 狙えば中る。中れば次の的を探す。初めてロナルドと現場を共にしたとき、最初は、スコープ越しに目の当たりにした彼の上がった口角が自分の狙撃によるものだと気づけなかった。気づいたとき、馬鹿にされているのかと思った。でも違った。何度目かのときに、愛想のない顔をしているサギョウに向けてロナルドは言ったのだ。
『きみが来ると勝ち確みたいでつい笑っちゃうんだよな。ごめん、やな思いさせた?』
 そのときサギョウがなんと返したのかは正直覚えていない。
 ただ、ふうん、と思って、いいじゃん、と自分が少し誇らしくなった。勝ちの確定演出。もっと修行して近接戦をものにしなければ出られない現場において、自分の撃つ弾が、確かに現場で戦っているロナルドたちの助けになっている。狙撃手は割に孤独だ。それが好きだが、中ったときに、自分じゃない誰かが喜んでくれているのが分かり、胸がむずりとした。先輩である半田にちょっかいをかけられたりポンチな吸血鬼を相手にしているときは同情を禁じ得ないが、それでも、あの射撃も拳も、きっと本当はもっと何だってできるだろうあのロナルドに、信頼されているという言動は、サギョウの向上心にかなり響いた。
 だから急行した現場でロナルドから位置情報と「13」の文字だけが送られてきたとき、ああ、彼は勝ち確を待っているんだなとすぐに思った。
 調べたそこは、ここからそう遠くないアパートメントのようだった。数字は階を表しているだろう。部屋番号は? 少し待ったが、追加の情報は送られてこなかった。サギョウはインカムでヒヨシへと連絡を取った。
「サギョウです。避難誘導終わりました」
『ご苦労。半田とヒナイチは各々加勢に向かったから、おみゃあも、』
「今日、ロナルドさんっていますかね?」
『ロナルド? いや、ギルドからの連絡に名前は挙がっとらんかったが──どうした』
「ロナルドさんから位置情報が送られてきたんです。向かっても?」
 向かうべきですか、とは訊かなかった。だってこんなにも向かいたいし、何ならちょっと、いつの間にか走り出している。インカム越しにいつだって指示を間違わない隊長が、やはり間違いなく言った。『こっちは任せろ。お前はロナルドのところへ行け』サギョウははい! と返事をして本格的に駆けだした。

 双眼鏡で確認したアパートメントの13階に、一部屋だけ、カーテンの開け放たれた窓があった。家主が閉め忘れたのか、あるいは。まるで明かりか、弾丸でも招くような迂闊さだ。ロナルドはあそこにいるに違いない。サギョウは瞬時にあの窓に届く弾道と距離、今夜の風速までもを思い描いて狙撃場所を決めた。
 吸対の警察手帳を見せ、潜り込んだ対角線上の雑居ビルの屋上、スコープを覗く。やはりあの窓の内側、星のない夜でも目立つ色素の薄い白銀の髪が見えた。そして、彼を取り巻く煙状のものも。
 左肩を怪我している。
 床に黒々と流れていく血と、煙と、それからロナルドの視線を追い、壁際に立つ黒い男を見た。様相からして吸血鬼だろう。上背のある、影がそのまま出てきたような男だった。男は壁に向かって何かを話しているようだったが、相手が誰かは隠れて見えない。ロナルドがいるなら、と思った。もしかしたら。いいやたぶん間違いなく。彼の相棒であるすぐ死ぬ吸血鬼もいるだろう。
 配慮だった。
 撃ちます、というメッセージだけを送った。
 そして男の左肩を狙った。
 中った。
 中った瞬間、床に伏していたロナルドが確かに笑ったのを、サギョウは見た。
 知れず自分の口許もニヤと歪む。スコープ越しのロナルドは震える膝で立ち上がり、硬く握った拳で男をぶん殴る。倒れた男の、肩口に刺さっていた対吸血鬼用の麻酔弾を自身に刺したのを目にし、サギョウはすぐに弾を変え次に身構えた。ロナルドの口から煙が飛び出していく。煙を狙うのは初めてだったが、負ける気がしなかった。あんな大きな的。
 引き金をひく。
 割れた窓から充満した噴煙が流れ、晴れたときには、もう的はいなくなっていた。
 よろよろとロナルドが向かった先には砂の塊があり、彼は血塗れの手をそこに突っ込んだ。そうして、その砂が蠢いて敵意のない夜を形作った途端、サギョウは、はー……と長く息を吐いた。スコープを覗くのをやめる。吐き出す息は絶え間なく白く濁り、寒いな、と思う。いい仕事をした気分にもなり、早く家に帰ってぷちぷちを潰しながらお酒でも飲みたい、とも思った。
 そのためにはもう一仕事終えなければならない。インカムを繋げる。
「お疲れ様です、サギョウです。今から言うところにVRC呼んでください。それから、救護班も。ロナルドさん、怪我してるんです。いえ大丈夫だとは思いますよ、何かドラルクさんと、はい、たぶん何か分かんないけど楽しそうにしてるんで──」