めめた
2023-03-28 12:03:21
5910文字
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邪竜の御子と異教徒

邪竜の子であるリュールと、神竜様の話に助けられなかったパンドロの話です。ちょっとパロっぽいかも。
こんな話が読みた〜いの勢いで書いてます。気が向いたら追記で続きます。



 教会内の一室が御子のために与えられ、その部屋はパンドロの実家の教会よりも広かった。大きな寝台には天蓋もついていて、清潔な白いシーツがかかっている。家具は必要最低限、といったようで、他には小さなチェストがひとつ、ポツンと置かれていた。
「御子様のお部屋です。オレは外に控えていますので、御用の際はお呼びください」
……なかにいてください。それと、わたしのなはリュールです」
「では、僭越ながらリュール様と呼ばせて頂きます。オレのことはパンドロとお呼び下さると幸いです」
 一礼をして、扉の前から場所を移す。中に居ろと言われたので、それに反論するつもりも無い。しかし何処に居座れば良いかも分からず、広い部屋の隅で背筋を伸ばして立っていることにした。
 御子――リュールはというと、そんなパンドロの姿を寝台に腰掛けて見ていた。鈍感で居ようとしても、あの瞳から放たれる視線を感じるなと言う方が難しい。パンドロは居心地が良いとは思えず、リュールの意図を思案しながら、寝台の角を眺めた。
 リュールの指名で世話係を決める、と宣言された通り、指名を受けたパンドロが世話係になるのは随分とあっさりしていた。リュールが眠っていた間に世話をしていた者も居ただろうに、不自然なほど、異論が無かったのだ。
 そういえば、むしろ安心したように息をつく人が多かったように思う。その時は動揺もあって滞りなく決まった事に対する安堵と思っていたのだが、よくよく考えれば腑に落ちない。
 あの場に居たのは、邪竜の信者だ。邪竜が目覚めなくて落胆し、子が目覚められたと歓喜する者達が、どこの誰とも知らない、大した功績もない他国の聖職者に世話係を任せる事を良しとするのか。勿論、御子様本人の意であるならその場で反論などしないだろうが、解散の時分になっても、なにも言われはしなかった。
 司教にただ一言、おめでとうございますと言われて、その後は今まで世話をしていたのだろう司祭に、最低限の注意点と教会内の地図を渡された。それだけだ。
「パンドロ」
「はい!」
「なにをしているのですか?」
「へ……?」
 目を合わせることはやはり畏れ多く、失礼な事に思えた。だからパンドロはリュールの足元に目線を落とし、粛々と、命令を聞く体勢になっていたのだが。
 言われたのはよく分からない疑問だった。
「なにをしているのかきいています。こたえられないのですか?」
「いえ! え、と……リュール様のご命令を聞くために待機しております!」
 改めて、自身の置かれている状況を説明しろと言われているようなものだった。説明は出来るが、それがリュールの望む答えであったのかは不明で、対応が誤りでは無かったか緊張しながら言葉を待つ。
「わたしは……なにをすればよいのでしょう」
 はて。パンドロはリュールの言葉に疑問を抱いた。リュールのことはわからない事だらけだ。
「ソンブル……ちちがいないいま、わたしはなにをするべきなのか。わかりません」
 パンドロは僅かに頭を上げて、感情の読めない声色でたどたどしく話すリュールの様子を窺った。
 しかし表情は無い。本当に何も思うことが無いのか。パンドロでは、神の思うことは想像すら出来なかった。
「眠る前にしていた事の続きを、してみるとか……如何でしょうか」
 視線を感じながら提案をすれば、リュールは黙ってしまった。失言だったのだろうか。そもそも、ただの人間の意見など耳を汚すだけだ。
「オレの話などお聞き流しください……出過ぎた真似を致しました」
……やりたくないといえば、あなたもおこりますか?」
「え、と……?」
 リュールはパンドロの前で初めて、感情らしきものを見せた。焦燥にも見えたし、怯えにも見えるそれをパンドロは無視出来なかった。叱責を恐れる小さな幼児に見えたのだ。
「オレがリュール様を害する事などあり得ません。不快な事を提案してしまい申し訳ありませんでした」
 両膝をついて深々と頭を下げた。やり過ぎかとも思ったが、害のない存在なのだと知ってもらう必要があるのだ。自身が何処までも下位の者であることを伝えることに必死だった。
……どうして、そんなにちいさくなるのですか? あなたは、わたしになにをもとめているんでしょうか」
 漠然と、パンドロはリュールを迷子の子どものようだと感じた。目覚めたばかりで、周りには知らない人物ばかり。誰もなにも言ってくれなくて、何をどうすれば良いのか分からない。自分しか自分のことが分からないのに、一人では何をして良いのか分からない。
 ようやく見えた感情が、叱責への恐れであることを不思議に思い、パンドロは顔を上げた。
「リュール様のしたい事をやりましょう。オレは何でもお手伝いします。したい事が無ければ何もしなくて良いのです。オレはずっとお側におります」
 リュールを慰めるには、パンドロはリュールのことを、邪竜のことを知らなかった。ただ、世界を壊して、自分を救って欲しいと、そう願っていただけだから。
 だから自身の願いを伏せて、まずはリュールに身の振り方を定めてもらおうと考えた。ただの世話係と言えども、信頼関係だって必要だ。
「ほんとうに?」
「勿論です。オレはあなたの為にここに居ます」
……あの」
 ようやく何かを命じられるのだろうと、パンドロは気を引き締めて耳をすました。
「こちらに」
 自身の座した寝台の隣を見やり、片手がそこを撫でた。
 もしかしなくても、ここに来い、という意思表示なのではないか。パンドロは思考して、無言のそれから汲み取って動くべきか、言葉を待つべきか逡巡する。
「きてください」
「はい……
 迷っていれば、指示が飛ぶ。言われた以上従うしか選択肢は無く、パンドロは待たせないよう腰を上げて、障害物の無い道を真っ直ぐに向かった。
「すわってください」
 ただ、神のための寝台に自身が触れる訳にもいかず目の前で立ち止まれば、再び指示が飛んだ。
……失礼します」
 恐ろしかった。神の隣に座ることも、それが神の使用する寝台だということも。けれど、パンドロは既に宣言している。リュールのやりたい事を手伝うと、異を唱えないという意思を持って。
 体重の乗せられた寝台だが、軋む音もなく、重量に従って沈むだけだった。
……
 言葉通り座るのが正しいわけではなかったのだろうか。パンドロは真横から突き刺さる視線に、身動きが取れなくなった。
 膝に乗せた両手を無意識に握って、全身を強張らせ、無言のままこちらを凝視しているリュールが口を開くのを待つ。
 ほんの数秒間だったかもしれないが、パンドロにとっては数分の時間を、固まって過ごした。
「パンドロは」
「はいっ」
……なぜこちらをみないのですか?」
 体が少しだけ跳ねたのを誤魔化すよりも先に、またよく分からない事を告げられた。
 何故、と言われても、先程ばっちり目が合って不快感を与えたことを反省しているのだ。
「あまり見ては不敬かと……。気分の良いものでもないでしょう」
「さきほどはみていました。こちらをみてください。きちんとめをひらいて、みせてください」
 そう言われたならば、見るしか無い。パンドロはリュールに逆らう術を持たないのだから。
「はい」
 返事と同時に隣を見る。ほとんど同じ高さにリュールが居て、予想以上の距離の近さに後退りを耐えた。
 燃やされそうな赤い瞳が、真っ直ぐにパンドロの目を射抜く。反らしたくても反らせない不思議な力に、いっそ本当に火がついたのかと思うほど、頬が、耳が、全身が熱くなった。
「きらきら……
 それが自分の目に対する評価だと気付くのに、少しの時間を要した。
 手を掴まれ、肩を掴まれ、逃げ道も無くなった状況で、パンドロはひたすら、全身が焦げて朽ちるのを待った。けれどそんな時は来るはずもない。
「あなたのめをみると、なんだかざわざわします」
 パンドロは返答しようとしたが、上手く声が出せなかった。喉が焼け焦げたようだった。
「でも、すこしちがう……いやではない、のでしょうか」
 リュールは気にせず、自身に確認するようにぽつり、と言葉を続けた。
 何にせよ、不快では無いようで、むしろ気に入ってくれたのもしれない。
 パンドロは望まれる限り、じっ、とリュールを見つめ続けた。此方から目を反らすことが出来なかったのもあるが、こうして、誰かと目を合わせて触れ合えることに、心が浮き立っていたのだ。
 自分とは別の体温がこんなにも温かいことを、自身の体がこんなにも熱を持つことを、今この時はっきりと思い出せた。