桜霞
2024-10-23 01:33:35
91531文字
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魔法歳時記 4

オリジナル主人公:
淋(リン)
あだ名はベル。家名は無い。16歳。日本人だが、彫りの深い顔立ちに灰がかった青い目の美少女。
小さい頃から山の獣や人外に囲まれて育った。
自分の顔の良さには気付き始めたが、破壊力には気付いていない。





 三月。
 ハーマイオニーが以前言っていた、夏季休暇を一緒に過ごさないかとクラムに誘われた話が週刊魔女に載った。ハーマイオニーは朝から大量に運ばれてきたクレームメールを「来たわね」という顔で毅然と迎え撃ち、開ける前に安全かどうかを確かめた。内容はどれもこれもハーマイオニーを批判するもので、スリザリン生はニヤニヤとハーマイオニーの方を見ていたが、ハーマイオニーが大量の手紙を冷静に処理したので、授業が始まる頃には険悪な雰囲気を漂わせるようになった。
 ハグリッドは魔法生物学の授業でその話を聞き、ハーマイオニーに「ンなもん、開けんでええ」燃やせ、と言い放った。ハグリッドの出生の話が新聞に載ったとき、ハグリッドのところにも似たような郵便がわんさか届いていたのである。
 一方のベルは、シリウスに食事を定期的に配給しながら、ハーマイオニーから「湖の近くでスキーターは見ていない」という証言をムーディから引き出したと聞いて、ダンブルドアに「リータ・スキーターはおそらく虫のアニメーガス」と報告した。ハーマイオニーは見知らぬ他人からの迷惑メールには一切動じなかったが、ウィーズリーおばさんがハーマイオニーのイースターエッグを他のと比べて殊更小さくしたことにはショックを受けたようだった。
 ベルは流石に筆を取る事にした。

「モリーママ

 お元気ですか? 美味しいイースターエッグをありがとうございました。
 ところで、『週刊魔女』や『日刊預言者新聞』のハリーとハーマイオニーの記事を、まさか本気にしているわけじゃありませんよね? ハリーとハーマイオニーは付き合ってないし、あれは面白いくらいにビクトール・クラムの片思いです。
 ハグリッドは半巨人だし尻尾爆発スクリュートは居ますが第三課題のための合法的な魔法生物です。インタビューに応えているスリザリン生は、自分の手を汚さず、ひと様にイチャモンつけることを趣味としている最低野郎達に餌をやるのを楽しんで、ハリーやハーマイオニー達が迷惑するのを面白がってるんです。我が寮生ながら最悪です。
 私では言うことを聞かせることができないので、どうかママだけはハーマイオニーの味方でいてくれますよう。

 ベル」

 数日後、一通の手紙を受け取ったハーマイオニーは、怖々封を開け、真剣に手紙を読み、パッと表情を明るくさせた。そしてハリーとロンに何やら話しかけ、二人とも何がしか喜んだようである。朝食の席でそれを遠くから眺めたベルは、そっと小さく笑みを深めた。
 セドリックは、課題が発表される前から準備をしようと決めたのか、ベルに「僕を鍛えてほしいんだ」と真剣に頼み込んだ。ベルは勿論驚いた。
「えっ、私がセドに教えられることなんてあるかな」
「あるよ。いざという時の身のこなしとか」
「教えられるかな……
 ベルはごくりと生唾を飲んだ。彼女の説明下手は自他ともに認めるところだった。
「戦闘に特化した呪文の練習をしたいんだ。失神呪文とか、粉々呪文とか。僕に足りないのは、反射神経とか、経験だと思う。決闘とかじゃなくて……第三の課題が決闘の可能性もあるけど……君、第三の課題は手伝ってる?」
「いや、まだ話は来てないけど……
「じゃあ、先生が君のことを頼りにするまででもいいから。手伝ってくれないか」
 真剣な表情のセドリック。ベルはひとつ大きく息をして、「わかった」と首肯した。
「ただし、手加減はできない。私にそこまでの技量は無い。課題の前に骨折、なんてことにならないようにだけ気を付けるけど、本当に無理になったらベルって呼んで。止めるから」
「分かった」
 真剣に言ったベルに、セドリックもしっかりと応えた。生半ではない様子に、ベルはなんだか大変なことになったなと思いながら、内心少し青ざめた顔で、覚悟を決めていた。
 ベルはセドリックを天文台の塔へ案内した。いつもの尖塔のてっぺんで対戦の実技練習をするのは狭すぎるからだ。天文台の塔には聖堂があり、そこには地下に通じる隠し通路があった。
 地下聖堂は煤けており、使われているのかは分からないが木箱が幾つか置いてあった。セドリックは「こんな場所があったのか」と感心した様子だった。
「どうやって見つけたの?」
 ベルは微笑むだけで応えなかった。下級生時代、いじめられていた時に、ここに呼び出されて生徒達のサンドバッグにされかけたところを必死に逃げた話をするのは、流石にちょっと躊躇われたのだ。
「さて。それじゃ、始めよう。まずは、お手並み拝見といこうか。どっからでもかかって来な」
「分かってたけど、余裕だな。……杖は?」
 ベルは空いている両手が見えるようにして肩を竦めた。
「本当にいいの? いくよ?」
 心配そうなセドリックに、ベルは剣呑に目を眇めた。
「私をナメてんのか認めてんのか、どっちなんだ。たかだか生徒の魔法が当たるわけねえだろ、坊ちゃん」
 これはセドリックの癇に障ったようだった。自分を落ち着かせるためか、セドリックは一度深呼吸して、もう一度「いくよ」と声をかけ、
「ステューピファイ!」
 ───魔法を放った瞬間に、地面に転がされていた。
 何が起こったのか、まるで分からなかった。じんじんと遅れてやってくる痛みに、なんとか手を着いて起き上がり、セドリックはパタ、と床を叩いた。杖がいつの間にかなくなっている。
「ほらよ」
 探し物はこれだろ、と放られた杖が鼻に当たった。
…………
 セドリックは無言で立ち上がった。むっつりとしたその表情に、ベルは口端だけで笑った。
「一回死んだな」
 その後、セドリックは善戦したが、結果的にはベルに挑んだ十五戦全てで死んだ。最後には床に大の字になってゼェハァ息をするセドリックに、「まあまあいいんじゃない?」ベルは飄々としたものだった。
「決闘だったら、もっといい勝負になったかも。呪文を唱えるのに、次の魔法を打つまでのインターバルが短いのがいいね。発音が素晴らしいんだと思う……でも、もっとフィールドを使った方がいいと思うな。動かないと、ただの的と変わらないから」
「あぁ……そっか、そうか……それで……確かに……
「でも、本当に、課題が決闘なら、そっちはあんまり練習しなくてもいいんじゃないかな? そのぶん、魔法生物とか……人間以外を想定した方がいいな。うん、ホントに、セドが言ってた通り、反射神経とか、動きながら戦うとかだけだよ! 欲を言えば無言呪文! がんばろ!」
 セドリックは弱々しく笑った。
 この後、セドリックは十五戦ぶんと同じだけの時間をかけて五回ほどベルに挑戦した。セドリックが動き回りながらベルを攻撃したので、セドリックが死ぬまでの時間が三倍に伸びていた。
「すげえよセド!! 私なんか三十回死んだ後に五十回殺されたよ!!」
 物騒なことを笑顔で宣ってはしゃぐベル。セドリックは「そっか……」と返すので精一杯だった。
 しかし、セドリックはただでは転ばなかった。回を重ねる毎に、セドリックが擬似的に死ぬ回数は劇的に減っていった。二週間もすればベルは自分の杖を使ってセドリックの魔法を防がなければならなかった。
「淋、どうして攻撃して来ないんだい?」
 一息ついている間に、セドリックはほんの少し不満そうにしながら聞いた。ベルは瞬き、目を丸くして、「ああ、違うよ」と慌てて手を振った。
「セドを傷付けたいとか認めてないとかそういうのじゃなくてね。杖を使った戦いでどちらかが負けると、杖の忠誠心が勝者に移ることになるって、前にオリバンダーから聞いたんだ。忠誠心が移ると、呪文の成功率とか強さがちょっと落ちる……課題前にそれは避けたいだろ」
「でも、プロテゴとかの練習も、もう少し増やすべきだと思うんだ」
「なるほど、そうだな。じゃあ、武装解除以外で練習するか……
 ベルは四方八方から攻撃を仕掛けるのは勿論、気配を消してどこから攻撃が来るか分からない状況でもセドリックがきちんと対応できるかを試した。セドリックは最初の数回は失敗しても、すぐに学んで、次の数回で攻略方法を見つけ、最後には完璧に対応できるようになっていた。その頃になると、もうすっかり春の季節は終わって、初夏の気配がホグワーツに燦々と滲みだすようになった。

 五月。
 第三の課題が明るみになった。クィディッチ競技場に高さ六メートルにもなる生垣の迷路を生やし、迷路に設置された障害物を乗り越えて、優勝カップに一番最初に辿り着いたものが優勝する。シンプルで分かりやすいルールだった。
 障害物として、ハグリッドが魔法生物を幾つか配置することになったため、当然のようにベルにも手伝うよう指示が下った。選手に課題が公表され、バーティ・クラウチがホグワーツの禁じられた森で発見されたかと思えばすぐさま行方不明になった翌日のことだった。
 ベルは当日、生垣の周囲をぐるりと回って、赤い花火が打ち上げられたら生徒を助けに行くことになった。
 迷路の構造や配置される魔法生物は、当日、代表選手が全員スタートしてから、ベルに知らされることになった。
「じゃ、ギリギリまで君に手伝ってもらえるってわけだ」
 話を聞いたセドリックは嬉しそうに破顔した。ベルは優しく苦笑した。もしかしたらセドリックは、ベルのOWL試験のことを忘れているのかもしれなかった。
「よーし、あと1ヶ月で無言呪文をできるようになろうぜ! 迷路を抜けるだけなら、壁沿いに進むだけでいいしな」
「そうなの? いい事聞いちゃったな」
 ベルはちょっとドキリとしたが、セドリックの中では課題の対策のうちの一つとして整理され、フェアプレー精神には引っかからなかったようだった。ベルはちょっとホッとした。
 試験対策をしながら、ベルはハーマイオニーとも作戦会議をした。リータ・スキーターを捕まえるためだ。
「何にせよ、あいつは絶対来る。というか、今もたぶん嗅ぎ回ってる。試験も近いし、流石にもう見つけられる気がしないから、あともう一つくらい記事が出ちまうのは仕方がないと割り切るとしてだ」
「狙い目は、第三の課題が終わった後よね……何でもかんでもドラマにするに違いないわ」
「ちょっと大袈裟に声を上げようか。さりげなく、虫が止まりやすそうな、あるいは虫の色が同化しそうな服にするとか」
「私がその役をするわ。合図をくれたら、私が捕まえてみせる」
「やる気満々だなぁオイ。さりげなくだぞ、さりげなく。スキーターを警戒してるけど、何にも分かってないフリするんだ」
「やってみせるわ」
 ハーマイオニーはしっかりと頷いた。頼もしいことこの上ない。
 加えて、ベルはハリーの事にも思案を巡らせていた。
 ハリーの名前を炎のゴブレットに入れた犯人の真意や動機といったものか、益々分からなくなっていた。
 だって、殺すだけならいつでもできた。ドラゴンキーパー達に分からないように鎖を錆びさせておいて、ドラゴンが暴れるように魔法をかけ、事故と見せかけたり。
 或いは、大イカを操ってハリー達を妨害し、カモフラージュのために他の選手も一緒に殺したり。
 なんと言っても、先日のバーティ・クラウチの失踪、そしてビクトール・クラムの失神である。禁じられた森で、クラムを失神させ、クラウチを攫ったのに、ハリーは無傷だ。
 クラウチを見つけたハリーが校長室に行って帰って来るまでの間に、たまたま現場へ到着したのか、或いは───バーティ・クラウチの方を攫いたかったのか。
 理由はさっぱり分からないし、ハリーを陥れようとしている犯人と同一犯かも分からない。クラムを殺さなかったのは、姿を見られていないから、或いはそこだけ忘却呪文をかけたから、または課題の前に人死にが出ると騒ぎになるから───?
 ハリーの杖を持っていたウィンキーのせいで自分のキャリアが再び頓挫するかもしれないことをバーティ・クラウチが恨んで、ハリーを事故に見せかけて殺そうとし、それを誰かが防ごうとした? しかし、それなら最初の課題で行動を起こさなかったのは何故? 己のキャリアと政治のためにハッキリ闇の陣営を拒絶するような男が、ハリー・ポッターという象徴を手にかけるなんて愚を犯すのか?
 ここまで考えて、ベルは、もしかすると犯人の狙いは、殺すことではないのかも、というところに行き当たった。
 大観衆という数多の視線の中、そしてダンブルドアの目の前で、三大魔法学校対抗試合をカモフラージュに利用して、できる犯罪───殺し以外で───となると───誘拐?

 ───迷路の生垣は六メートルにもなる……

 教えてくれたのはセドリックだった。
 六メートル。生徒たちの身長の、軽く3倍はある。しかも、場所はクィディッチ競技場。課題が行われる時間は、夕食の後。いくら日が長くなりつつあるとはいえ、生垣の中は真っ暗になるだろう。夜の闇の中、人間がうっかりどこかに行ってしまうのを、ベルは───淋は、よく知っている。
 淋は、考えた。
 犯人は分からない。けれども、仕掛けてくるのは分かっている。リータ・スキーターと同じだ。誘拐目的なら、ハリーはまず死なないだろう───だが、他の生徒は? もし、犯人の姿を見てしまったら?
 嫌な動悸が、淋の呼吸を妨げた。淋は努めて長く、息を吐き、吸った。
 迷路の中で殺したり、選手を追い込んだりするなら、魔法生物を操る筈だ。そうでなければ事故に見せかけられない。フラーは水魔にさえ劣る。ハグリッドが用意する怪物を乗り越えられるかは怪しい。優勝はまず無いと淋は見ていた。クラムの実力は分からないが、第二の課題で泡頭呪文ではなく変身呪文を選ぶような突飛な思考の持ち主だ。魔法生物と書いて化け物と読む相手には手こずるかもしれない。
 そうなると、ベルが介入できる。ベルはホグワーツの魔法生物をハグリッドと育てているし、なんならハグリッドより厳しく躾ているので、まず遅れをとることは無い。生徒達を助けることができるだろう。教員達も、そう見込んでいるからベルに手伝わせるのだ。
 残るはセドリックである。淋はむつかしい顔になった。
 淋が鍛えたせいかおかげか、セドリックは着実に実力をつけていたし、ハグリッドの授業も受けているから、マンティコアや尻尾爆発スクリュートに怯えたり遅れを取ったりすることはないだろう。そうなると、犯人がどう出るか、淋にはあまり予想がつかなかった。
 そもそも、ハリーをどう誘拐するかも分からない。今度こそ本当に殺す気なのかもしれない。そんな何をしでかすか分からない相手と遭遇してしまったら、最悪の場合、待ち受けるのはおそらくは、……死であることには違いない。
 淋は迷ったが、結局はやらない後悔よりやる後悔を選ぶことにした。羊皮紙を「大」という字によく似た人型に切り抜いて、セドリックの名前と誕生日を書き、淋との実戦練習で疲れ果て、目を瞑って地面を転がっているセドリックの前に人形をかざした。ゼェハァと、それでもセドリックの呼気が三度、ヒトガタにかかる。
 淋は手早くヒトガタをポケットにしまって、何事も無かったフリをした。ヒトガタにはあらかじめ、本当に最悪な事態にならない限りはその効力を発揮しないよう、制限をかけてある。
 何事もなければ、それで良い。皆を助けながら、犯人の足跡を探して、ハリーが攫われる前に片付ける。
 ……果たして、そんなに上手く行くだろうか。淋はやれやれと溜息をついた。試験が間近に迫っていたから、淋の溜息を聞き咎めるような者は、どこにもいなかった。


 第三の課題は試験最終日に行われる。ベルは試験当日、マクゴナガルの英文法の課題が一番効力を発揮していると感じた。思い返してみれば、今学期はレポートで文法ミスを指摘されることが減っていた気がする。案外気付かないもんだなあ、と思いながら、ベルは今までで一番楽な気持ちで試験を終えた。
 晩餐会には、意外な人達の姿もあった───代表選手達の家族だ。ベルはエイモスと目が合うと軽くぺこりと会釈した。エイモスは仕方がないといった風情だったが、隣に座っていたディゴリー夫人は優しく微笑みかけてくれた。ベルは再度会釈した。さしものベルにも、晩餐会という全校生徒が集う衆目の中で、ハッフルパフのテーブルに歩いて行って、エイモスと握手する勇気はなかったのだ。
 皆が食事を終えると、ダンブルドアに促されて、生徒と複数の職員が先に大広間を後にした。ベルは選手たちを先導するマクゴナガルに「ついていらっしゃい」と身振りで示され、素直に腰を上げた。
「ベル、もしかしてこの課題も手伝ってた?」
 瞠目しながら聞くハリーに、ベルは肩を竦めた。
「いーや、迷路と魔法生物が置かれるってこと以外、なーんもしらん。今からだよ、手伝うのは」
「何するの?」
「あんた達が死にかけた時の救出要員。やばくなったら赤い火花を上げろよ、私か先生達が助けに行くから」
「あなたには全ての火花に行ってもらいますよ。勿論、そんな出番はないに越したことはないありませんが」
 マクゴナガルが厳しく言った。
「私達では、ハグリッドが丹精込めて育てた魔法生物を、どう扱っていいかわからない場合がありますからね。選手以外が手を出す際は、できるだけ傷をつけないように捕獲しなければ。人手、特に知識と経験のあるメンバーは多いに越したことはありません」
 ひどい重労働だろ、という顔をして、ぐるりと目を回すベル。ハリーとセドリックは少し吹き出しそうになり、ちらりと互いに目配せした。
 代表選手が迷路の前に立って間もなく、観客席に生徒たちが入りだした。選手たちが持ち場に着くと、ルード・バグマンがトントンと自分の喉を杖で叩いた。
「紳士淑女の皆さん!」魔法で声が拡散される。リー・ジョーダンはこの魔法を覚えるべきだなとベルは思った。「第三の課題、そして、三大魔法学校対抗試合最後の課題が間もなく始まります!」
「現在の得点状況をもう一度お知らせしましょう───同点一位、85点、両名ともホグワーツ! セドリック・ディゴリーくん、ハリー・ポッターくん!」
 ワッ、と歓声が沸き立った。ベルもぱちぱちと手を叩いた。
「三位、80点、ビクトール・クラムくん、ダームストラング専門学校!! そして四位───フラー・デラクール嬢、ボーバトン・アカデミー!!」
 歓声の中、ハリーは「あ!」とウィーズリー家を見つけ、手を振った。
「それでは、一位からのスタートです。ハリー、セドリック、位置について……ようい……
 笛が鋭く、夕焼け空を切り裂いた。応援が爆発し、セドリックとハリーは迷路へ駆け込んだ。
 少しの間を置いて、クラム、そして最後にフラーが迷路に入った。フラーの姿が生垣に消えたのを確認して、マクゴナガルがベルに迷路のどこに何を配置しているのかを記した地図を手渡した。
 地図を確認して、ベルは片眉を上げた。尻尾爆発スクリュートに、人喰い蜘蛛のアクロマンチュラ、人を襲う植物、そして極めつけに───スフィンクス。
 ベルはちょっとだけ、我慢してスフィンクスにどんな謎を出すのか聞かなかったことを後悔していた。神王とも謳われたファラオの墓を守るものなだけあって、スフィンクスはおいそれと他愛ない話ができるような雰囲気は持ち合わせていなかった。
 少しして、フラーのものと思われる悲鳴が上がった。ベルは空を見上げたが、火花は上がっていない。
「私が行きましょう」
 マクゴナガルが進み出て、そのまま迷路に向かって行った。もしフラーが魔法生物と戦っているところにベルが横槍を入れてしまえば、ルール違反になってしまう。 ベルは静かに待った。さらに時間が経つと、赤い火花が一つ上がった。ざわりと会場が揺れる。
 ベルは箒に跨り、まっすぐ飛び上がって、赤い火花の打ち上がった場所へ降りて行った。何があったのか、クラムが倒れている。ベルはざっと辺りを調べた。魔法生物の痕跡は無い。ということは、時系列的に、順当に考えれば、クラムはハリーかセドリックにやられたことになる。
 倒れる前にトラブルがあって、それを告発しようと火花を打ち上げたのか、或いはクラムを倒した二人のどちらかが打ち上げたのか。それとも、一連の事件に絡んでいる誰かが、敢えてクラムを見つけさせたのか?
 ベルはクラムに蘇生魔法をかけた。クラムは眩しそうに目を開き、「大丈夫?」と聞くベルに掠れた声で相槌を打った。
「何があったか分かる?」
……わからない……迷路を進んで……すごくいい気分になった……なんでだろう……ぼーっとして……魔法を……使ったと思う、誰かに…………その後は……わからない、なにも……
「そっか。お疲れさん。ひとまず、脱出しようか」
「僕は落ちたのか?」
「そうだよ」
 クラムが動きを止める。ベルは立ち上がった。
「気分が良くなった時に、他に誰かと一緒だった?」
「? いや、一人だったけど……
「ふむ」
 ベルはクラムに手を差し出した。クラムを引っ張り立たせて、はい、と箒を渡す。
「これで外に出るといい。上に行ったら、あっちに進んで。先生達がいるから」
「でも、それじゃ君が……
「私は大丈夫。地図があるし、ハグリッドの魔法生物とは日頃から触れ合ってる」
 クラムは本当に大丈夫なのか、訝しみながら箒に跨った。クラムを見送って、辺りを見回す。一番外壁に近い生垣を、ベルは器用に登った。スト、と着地した姿勢のまま、じっくりと芝生を確認する。
 芝生には、微かに足跡があった。幅は太く、成人男性のものと思われた。そしてその足跡の横に、小さな丸い跡がある。
 三本脚───杖をついた人間。つまり、ここにいたのは、ムーディだ。
……
 もし、クラムが先に手を出そうとしたところで、横槍を入れるような人物ではない。加えて、クラムの意識は当時、ハッキリしていなかった。まるで服従の呪文にかけられていたかのような症状だった。
 ムーディがクラムを魔法で操った? 何故? ベルはポケットに手を突っ込み、観客席の方に戻りながら考えた。まさか、一連の事件の犯人がムーディ? だが、それならハリーを殺害、もしくは誘拐しようとした目的は? 彼はヴォルデモート側の人間ではなかった筈だが、宗旨替えでもしたのだろうか。
「ッア、ち!」
 ベルは思わずポケットから手を出した。ひらり、ヒトガタの羊皮紙が舞って、再びベルの手の中に収まる。
「え、」
 ヒトガタは、ある一点が焼け焦げていた。羊皮紙の色がじわりじわりと変色し、ドス黒い色になって、へにゃりと張りを失う。
「───」
 ザッと血の気が引いた音を聞いて、ベルは堪らず走り出した。ちゃんと走れている気がしない。地面を蹴る足の感触が遠い。ざわめきが次第に大きくなり、しかし会場の空気は終始和やかだった。皆ぺちゃくちゃ、和気藹々と、お喋りに興じている。
 怖気が収まらない。ベルはダンブルドアを探した。ダンブルドアは審査員席でファッジと話していたが、ベルに気付くと、じっとベルの様子を見つめた。ベルはマクゴナガルが止めるのも聞かず、審査員席まで駆け上がった。
「どうかしたかの」
 震えている。自分が。ベルはなんとか呼吸を落ち着かせようと必死だった。何を持っておるのじゃと聞かれて、ベルはそれを一層強く握りしめた。
「ハリーと、……セドリックは、無事ですか」
 ベルは、喘ぐようにして聞いた。ダンブルドアはブルーの瞳を一度瞬かせた。
「さて。確かに、もうそろそろ誰かが優勝杯に触れてもいい頃じゃが」
「苦戦しておるんじゃないか? ハグリッドの魔法生物に……スフィンクスもおっただろう? 君は世話をしたかね?」
 ファッジの呑気な声に、ベルは思わず怒鳴りそうになったが、すんでのところで堪えて、「ええ」と短く硬い相槌を返した。
「ええ、大臣。……先生、クラムのことですが」
 瞬間、客席がどよめいた。どさ、と人の倒れる音がして、一同は反射的にそちらを見遣った───ハリーだ。優勝杯と、セドリックをそれぞれの手で掴んでいる。ダンブルドアが立ち上がって、審査員席から素早く飛び出した。ベルも後に続いた。
「ハリー、どうした、何があったのじゃ」
 ダンブルドアがハリーの方に行ったので、ベルはセドリックの方に行った。セドリックの目は開いていない。
 ハリーの顔は白を通り越してほとんど土気色だった。目は濁り、焦点をまともに結べていない。ゼェゼェと、ハリーは必死に息をしていた。
「───せ、……あ、あのひとが……戻ってきました、ヴォルデモートが……
 ベルは指先にほとんど力が入らなかった。震えを押し殺しながら首筋に指を当てる。自分の手が冷たすぎて、感覚が分からない。
「セドリックはどうじゃ、ベル」
「わ……わからない、わたし……ゆびが」
「暖かいかね? 肌は柔らかいか?」
 ベルはなんとか頷いた。セドリックの肌は、確かに暖かった。指を押し付けて動かせば、皺やたるみを作った。ダンブルドアの片手がそっとベルの手をどかし、セドリックの首筋に節くれだった指を当てた。
……脈はある。生きておる」
「───」
 は、とベルは息を吐いた。全身からどっと力が抜け落ちるようで、ベルはその場に座り込んだ。
「アルバス、どうしたのだ、……まさか死んでるのか?」
「いいや、気絶しておるだけじゃ。ハリー、手を離しなさい。大丈夫じゃからの」
「ほ───ほんとう」
「本当じゃ、ハリー。大丈夫じゃ。ベル、ハリーの傍においで」
「ダンブルドア、ディゴリーの両親を。スタンドから呼ぼう、……いや、もうエイモス・ディゴリーが走ってきているな。話した方がいいのでは?」
……二人とも、ここにいなさい」
 ベルはなんとか、這うようにしてハリーの傍に移動した。入れ替わるようにして、ディゴリー夫妻が息子の傍に寄り添った。ハリーは起き上がれないようだった。
……ベル、……泣いてるの?」
「泣いてねえ」
 嘘だった。鼻の奥がツンとして、視界は滲み、目尻は濡れていた。それでも、頬を伝うものは何も無かった。
「死んだと思った……アバダケダブラって……両親を殺した、緑色の……でも、そうか……だから……
「ハリー、ハリー、大丈夫か」
 ベルは自分の体が反射的に動いたのを察した。ベルはサッと立ち上がり、ムーディの前に立ちはだかって杖を向けた。背後のハリーから、訝しげな視線を感じても、ベルはやめなかった。
……何の真似だ」
「テメェは誰だ」
「───」
 ほとんど無意識に飛び出た詰問に、ベルの方が驚いていた。しかし、ムーディがギョッと目を見開いたので、ベルはすぐに気を引き締めた。
「誰だ。クラムに何をした」
 ムーディが杖を抜く。しかしベルの方が早かった。
 凄まじい音を立てて、ムーディが吹き飛んだ。ハリーも思わず顔を起こすほどだった。ベルの方を見遣ったハリーは、思わずぎくりと体を強ばらせた。ベルの長い黒髪が怒りでゆらりとのたうち、杖はまっすぐムーディの心臓を狙っていた。
「ベル」
 ダンブルドアの厳しい声でも、ベルの姿勢を解くまでには至らなかった。
「ベル。杖を下ろしなさい」ダンブルドアはベルの腕に手を添えて、有無を言わさぬ力で下ろさせた。「ハグリッドの小屋にいる黒い犬を迎えに行って、わしの部屋で待っておれ───合言葉は───分かったか? ハリー、立てるかの」
 ダンブルドアはムーディを魔法で縛って担架に乗せ、スネイプとマクゴナガルを呼んだ。マクゴナガルにはディゴリー達を医務室に案内するように言い、スネイプには真実薬と、厨房からウィンキーを連れてくるように指示を出した。ハリーを支え立たせ、行動を開始したダンブルドアに、ファッジが慌ててついて行く。生徒達はダンブルドアから指示を受けた他の先生に寮に戻るよう促されると、一層ひどくザワザワした。ベルはそのざわめきに紛れるようにしてクィディッチ競技場を後にした。杖を握り締めた手が痛かった。
 黒い犬は、カボチャ畑にいた。ベルは一言「来い」とだけ行って、すぐに踵を返した。ベルは生徒達の流れを避けながら校長室に向かった。
 ガーゴイルを越えて校長室に入り、しっかり扉を閉めたことを確認すると、黒い犬は変身を解いてシリウス・ブラックの姿になった。
「何があった」
「わからん」
 ベルは顔を覆って、その場にしゃがみこみたい衝動に駆られた。それでもなんとか重い足を引き摺って、ソファに腰掛けた。重たい沈黙が、胸を塞いでいた。こんなに息がしにくくなったのは初めてだった。
 羽ばたきの音がしたので顔を上げると、フォークスがベルの膝の上に乗り、暖かい体を寄せてくれているところだった。ベルはようやく、震える息を吐き出した。
……話せるか?」
「ダンブルドアを待ってくれ。今私が話しても、混乱するだけだ」
「一つだけ教えてくれ、……ハリーは無事か?」
「無事だ。ダンブルドアが傍にいる」
「そうか……ありがとう」
 シリウスが安堵の息を吐く。ベルは横になりたかったが、フォークスの暖かさがベルに力をくれているようで、なんとか姿勢を保つことができた。
 ほどなくして、ダンブルドアがハリーを連れて現れた。
「ハリー、」
「おじさん……
 ハリーはホッとした様子を見せた。シリウスはベルの横にハリーを座らせ、ベルはフォークスをそっとハリーの膝の上に移した。フォークスは大人しくハリーの膝に収まった。
「一体何があったんです」
 シリウスがダンブルドアに聞いた。ダンブルドアは淡々と話し始めた。
 アラスター・ムーディは、ポリジュース薬を服用したバーティ・クラウチ・ジュニアだったこと。クラウチの息子は母親の最期の願いで、アズカバンから脱獄していたこと。これにもポリジュース薬が使用され、息子と母親が入れ替わっていたこと。獄中で死んだのは母親で、同時期にクラウチは妻の葬儀をしたが、棺の中は空っぽであること。息子は常に服従の呪文により管理され、透明マントで隠されていたが、バーサ・ジョーキンズが仕事の用事でクラウチの屋敷を訪れたときにその秘密を知ってしまったこと、バーサ・ジョーキンズはその後出張先でヴォルデモートに捕まり、クラウチの秘密や三大魔法学校対抗試合の情報まで話してしまったこと。情報を入手したヴォルデモートはクラウチに服従の呪文をかけ、息子はワームテールと共にムーディを襲撃し、ムーディに成り代わってホグワーツに侵入して、ハリーをヴォルデモートに引き合せるために三大魔法学校対抗試合を利用したこと、───そして先程、ムーディが本物では無いと気付いたらしいベルが、彼を倒したこと……
「ベルが? クラウチを?」
 信じられない面持ちでベルを見つめるシリウス。
「シリウス、確かにそこも驚くべきことじゃが、わしにはどうやってムーディが偽物であると気付いたかが不思議でのう。是非、本人の口から聞きたいものじゃが」
 ダンブルドアとシリウスに見つめられ、ベルは辟易とした気持ちになった。ベルとて、どうやってこの力を身につけたのか分かっていない。生き残るために必死だっただけだ。
「見たら分かるよ」
 ベルはいつかの説明を繰り返した。
 しかし、ダンブルドアが小首を傾げて無言でベルを促したので、ベルは嘆息しながらか言葉を選んだ。
「いくら外見を変えても、中身は変えられない。気配とか、魂とか。そこから滲み出るものは変えられない。どうしたって食い違う。食い違ってるやつと、自然な状態では、あからさまに違う。……でも、私は、九月に初めてムーディを見た。何事にも例外はあるし、食い違ってるように見えるやつだっているから、そういう類のものかと思ったんだ」
「なるほど。実に興味深いのう」
 ダンブルドアは、やっと自分の椅子に腰掛けた。
「さて、ハリー。迷路のポートキーに触れてから、何が起こったのか、わしは知る必要がある」
「明日の朝まで待てませんか?」
 シリウスが食い気味に言った。
「眠らせてやりましょう。休ませてやりましょう」
 ハリーがそうしたがっているのを、ベルは気配で感じた。ダンブルドアが身を乗り出した。
「それでハリーを救えるのなら、わしはそうする」
 迷いのない声だった。ダンブルドアは話を続けた。
「しかし、そうではない。一時的に痛みを麻痺させれば、後になって感じる痛みはもっと酷い。ハリー、君は、わしの期待を遥かに越える勇気を示した。もう一度その勇気を示して欲しい───何が起きたか、わしらに聞かせてくれ」
 不死鳥が、応えるように一声鳴いた。不思議な調べを聞いたハリーの顔色は、僅かに健康的なそれに近付いた。ハリーはひとつ息を吸い、やがてゆっくりと話し始めた。
 優勝杯のある場所には、セドリックが先に着いていたこと。そこへ人喰い蜘蛛が現れたので乱闘になったこと。セドリックはハリーへの借りがあると言ってハリーに優勝を譲ろうとしたが、ハリーにもセドリックの借りがあったから、一緒に優勝杯を取ろうと提案したこと。
 ポートキーになっていた優勝杯は、ハリー達をリドル家墓地に連れて行った。そこへワームテールとヴォルデモートが現れ、セドリックは反応できたものの、死の呪いには対抗できなかった。
「僕、セドリックが死んだと思った」
 ハリーが言葉を途切れさせ、ベルの方を見た。ベルはポケットから、どす黒く変色したヒトガタを取り出した。
「うちの国に伝わる古いまじないだよ。名前と生年月日を書いて、三回息を吹きかけると、身代わりになってくれる。試合の邪魔にならないようにするために、死ぬような目にあった時だけに身代わりになるように調整した」
「───セドリックが狙われるって分かってたの?」
「違うよ」
 ベルは試合前に自分が推測していたことを話した。
 ハリーの名前をゴブレットに入れた奴の目的は、ハリーの殺害ではなく誘拐ではないかと考えたこと。もし迷路の中で誘拐するなら、魔法生物を利用するだろうと考えたこと。フラーとクラムはハグリッドの選ぶ魔法生物に対抗することは難しいだろうから、それならベルが助けに入ることができるが、セドリックとハリーはおそらく乗り越えるから、ハリーは誘拐を目的とされているため命は無事でも、セドリックは口封じのために殺されるかもしれないと考えたこと。
「すばらしい」
 ベルの話を聞いたダンブルドアが万感の思いを込めて言った。
「君は、たったひとつふたつのヒントから、最悪の場合を想定して、ヴォルデモートの思考を上回って見せたということじゃ。わしでさえ不可能じゃった。きみが居なければ、間違いなくセドリックは死んでいた」
 ベルはぎゅむりと顔を歪め、黙りこくってしまった。ハリーはそっとベルの手を握った。握り返すベルの力は弱々しく、眉も頼りなく下がってしまった。
 ダンブルドアは、ややあってハリーを促した。ハリーは墓地での話を再開した。
 ヴォルデモートは古い魔法を使って自分自身の復活を目論んでいた。下僕の肉、父親の骨、そしてハリーの血が必要だった。ハリーに遺された母の護りを手に入れ、ハリーを攻撃できるようにするためだ。
 ヴォルデモートは大鍋から蘇り、死喰い人達を集めて演説した。そしてハリーと決闘しようとした。ハリーとヴォルデモートの魔法がぶつかり合い、金色の光がふたつの杖を繋いだ。そうして、小さな紙切れのようなもの───今ではそれがベルのヒトガタだと分かる───年老いた男、バーサ・ジョーキンズ、ハリーの母、父が現れた。
 息を詰まらせるシリウスに対し、ダンブルドアは思案しながら呟いた
「直前呪文じゃな。呪文逆戻し効果じゃろう……ハリーの杖とヴォルデモートの杖にはこのフォークスの尾羽根が一枚ずつ入っておる」
「兄弟杖ということですか」
 シリウスが呆然としながら言った。
「すると───何が起こるんです?」
「互いに対して正常に作動しない。しかし……無理に戦わせると、非常に稀な現象が起こる。どちらかがもう一方に対してそれまでにかけた呪文を逆の順番で吐き出させる……杖の最後の犠牲者の姿を持って顕れたこだまは、ハリー、君になにをしたのかね?」
「ええと……杖は……
 ハリーは咄嗟に言葉が詰まった。まなうらに明滅する光景に、頭が真っ白になる。ハリーは、生唾を飲み込んだ。
「杖から出た光が、僕たちをドームみたいに囲って……死喰い人は中に入れませんでした、そして……えっと、こだまは……ドームの中をうろうろして……僕のことを、励ましてくれました、……父が……どうすればいいか、教えてくれて、それで……
 ハリーが言葉を詰まらせる。たまらない様子で、シリウスがハリーを抱きしめた。フォークスはハリーの膝から降りて、ハリーの足の傷をその涙で癒した。
 ダンブルドアが立ち上がり、フォークスが自身の止まり木に戻った。
「もう一度言おう、ハリー……きみは、わしの期待を遥かに越える勇気を示した。ヴォルデモートの力が最も強大だった時代に戦って死んだ者たちに劣らぬ勇気じゃ。さらに、われわれが知る必要のあるすべてを話してくれた───すぐにでも、魔法睡眠薬、安静が必要じゃ」
 医務室に、とダンブルドアに促されて、ハリーは立ち上がった。シリウスは犬になり、ベルも医務室について行くことにした。セドリックの様子をこっそり伺って、寮に戻ろうと決めた。
 医務室には、ウィーズリー一家が勢ぞろいして、モリーがマダム・ポンフリーを問い詰めていた。ハリーがダンブルドアに連れられて医務室に入ると、モリーは「ハリー!」とすぐさま駆け寄ったが、ダンブルドアに制された。
 ダンブルドアは、ハリーが望むなら皆ここに居ても良いと言い、ただしハリーには一切質問しないこと、と指示を出した。
「ハリー、わしはファッジに会ったらすぐにここに戻ってくる。皆には、明日、わしが話す。それまで、ここにおるのじゃぞ」
 ダンブルドアが医務室を出て、ハリーはマダム・ポンフリーに連れられてベッドに入った。皆はハリーがカーテンの中で着替えを始めると、揃ってベルの方を見た。
……私に話せってか?」
「だって、先生はハリーには聞くなって言ったけど」
「ロン!」
 ハーマイオニーに制されて、ロンが口を噤んだ。ごめん、とボソボソ言うロンにひとつ嘆息で返し、ベルは辺りをきょろりと見回した。
「セドリックは、あっちのベッド」
 ビルがそっと傍に身を寄せて、ひとつのベッドを指さした。カーテンに囲われた中に、ふたつの人影が寄り添っている。きっとディゴリー夫妻だ、とベルは思った。
「さっき、一度目を覚ましたみたいだ。話が聞こえた。でも、すぐに薬を飲まされて、眠ったよ。顔だけでも見ていくかい?」
…………
 ベルは首を横に振った。セドリックが一度目を覚ましたという事実に、ベルは唇を震わせ、奥歯を噛み締めた。灰青の瞳に水の膜が張ったのを見て、ビルはベルを抱き寄せた。
「ベルにも質問はしない方が良さそうだな。寮まで送っていくよ」
 今からあの地下室に戻らなければならないのだと思うと、ベルは憂鬱な気分になるのを堪えきれなかった。眉間に寄った皺をどう捉えたのか、顔を見合わせたハーマイオニーとロンが、口々に言い募った。
「ベルはここにいた方がいいよ、きっとハリーもそうしてほしいと思う」
「スリザリンの寮生は、絶対にベルに色々聞きたがるわ、ビル」
「うん、僕、もう聞かないから、大人しくしてるよ、だから……
……ありがとう。でも、戻るよ。ひとりで帰れる」
 ビルの腕をそっと解いて、けれどもベルはそこから動けなかった。
「ここにいて」
 パジャマに着替えたハリーが、身を乗り出してカーテンを開けながらそう言ったからだった。
 ハリーとベルはしばらく見つめあった。ベルには、疲れ切っているはずのハリーが、ベルを気遣ったのだと分かっていた。ベルは眉を寄せて、不格好に微笑んだ。
 ハーマイオニーとロンが、ベルのぶんの椅子を用意した。モリーは目に涙をいっぱいにためて、シーツの皺を伸ばしていた。何かしていないと気が済まないのだ。
 ほどなくして、マダム・ポンフリーが薬の入ったゴブレットをハリーに差し出した。ハリーはそれを飲み干すと、ほどなくして眠りについた。
 規則的な呼吸を聞きながら、ベルは皆をぐるりと見回した。皆はハリーを見つめていたり、セドリックのベッドや、隣に寝かされているムーディの方を見ていたり、ベルの方を窺っていたりした。ベルは皆が話を聞きたいだろうと思ったが、ハリーが起きない程度に、かつ手短にすべてを話すには、ベルの脳みそが疲れ切っていることに、ようやく気がついた。
 疲労に気付くと、もうだめだった。ベルは重い瞼をこじ開けておくのが難しくなった。うつらうつら微睡むベルを引き戻したのは、いつかに感じた怒りの気配だった。ダンブルドアが戻ってきたのだ───ファッジとの話は、どうも上手くいかなかったようだった。ベルの瞼が、ゆっくりと開いた。ダンブルドアは、傍目にも分かるほど苛立っていた。
「落ち着けよ」ベルの声は、空に溶けるようだった。「起きるだろ」
……そうじゃな。まったくその通りじゃ、ベル」
 ダンブルドアはひとつ溜息をついた。皺のひとつひとつに疲労が滲み出ているようだったが、瞬きひとつでそれらは消え失せた。
「モリー、ひとつ、頼みたいことがある。ビル、きみも来てくれんかの」
「え……ええ、もちろん」
 ダンブルドアは去り際、マダム・ポンフリーに、ムーディの部屋にいるだろうウィンキーを厨房に連れて行って、ドビーに面倒を見させるように指示をした。
 しばらくして、ダンブルドアはモリーと、そしてスネイプと共に戻ってきた。マダム・ポンフリーはまだ戻ってきていなかった。今度はスネイプと、そしてシリウスを連れて、ダンブルドアは医務室の隅の方に行った。やがて、ダンブルドアは人の姿に戻ったシリウスをハリーのベッドまで連れてきた。
「───!!」
 シリウス・ブラック、とモリーが叫びそうになるのを、ベルは咄嗟に押さえた。ロンが「シーッ!!」とベルを手伝った。
「ママ、大丈夫、大丈夫だから……
「何が大丈夫なの……!?」
「後で説明しますから」
「彼はすぐに発たねばならん。かつての仲間に警戒態勢を取るように伝えてもらう」
 ダンブルドアがベルを見ながら言った。
「ハリーが目を覚ました時の説明を頼む」
「はいよ」
「ハリーによろしく頼む」
 すまなさそうに言うシリウスに、分かった、とハーマイオニー、ロンが頷いた。シリウスはすぐに犬に変化し、器用に医務室のドアを開けて出て行った。
 直後、バン! とハーマイオニーが窓を叩いた。みんなびっくりしてハーマイオニーの方を見たが、ハーマイオニーは「ごめんなさい」とだけ言って、すぐに何事もなかったかのように振舞った。



 翌朝、ハリーが目を覚ました後に少しだけ話して、ハーマイオニー達はベルをハリーの傍に残して朝食へ向かった。
 目が覚めたらシリウスがいなくなっていたことに、ハリーは少しだけ拗ねた。
「さよならくらい言ってくれても……起こしてくれたら良かったのに」
「悪かったよ。起こしたくなかったんだ。眠りたかったろ」
「それは……うん」
 ベルに諭されて、ハリーは一応納得したようだった。
 ディゴリー夫妻も、朝方、帰る前にハリーの見舞いに訪れた。二人は、ハリーが優勝杯を一緒に取ろうと誘ったことを責めなかった。
「君は優勝杯がポートキーになっているのを知らなかった。それに、君の誘いに乗ったのはセドだ」
「それどころか、気絶した息子を、ちゃんと連れ帰ってきてくれて、本当にありがとう……
 夫人はずっとはらはらと泣いていた。
「本当に……『例のあの人』の目の前にいたのに……こんなこと、本当に奇跡だわ……
「僕じゃないです」
 堪らくなって、ハリーは吐き出した。
「僕が助けたんじゃない、確かに連れて帰っては来ましたけど……セドリックを助けたのはベルです」
「え?」
「あ……そうなの?」
 夫妻がキョトンとした顔でベルを見る。ベルはじとりとハリーを見やった。ハリーも同じような顔でベルを見つめ返した。ベルは嘆息した。
……まず、私からセドリックに話しますよ。私が勝手にやったことだから、セドリックも知らないんです。……後で息子さんから聞いてください」
 感謝しきりで出て行った夫妻を見送って、ベルはハリーに一言断ると、セドリックのベッドの方へ移った。セドリックは目を覚まして、ベッドに起き上がって座っていた。
 ベルは何を言うか迷って、結局「おかえり」と短く言った。
「ただいま」
 セドリックも同じように返した。
「話が少し聞こえたよ」
 ベルが手近な椅子に座るのを見ながら、セドリックの方から話を切り出した。
「僕、君に助けられたの? 君は……『例のあの人』のこと、知ってたのかい?」
「ンな訳ねーだろ。私が悪い想像をしてたのは、……あー……そうだな、どこから話せば……
 ベルは顔を両手で覆って何回か擦り、昨夜ダンブルドアに話したことを同じように話した。ハリーの名前をゴブレットに入れた犯人の目的が殺害や障害ではなく誘拐ではないかと考えたこと、巻き込まれた生徒は事故を装って殺される可能性が高いと推測したこと、けれどセドリックは魔法生物をいなしてしまうだろうから、直接手を下されることも考えて、身代わりの術を用意したこと。誘拐が目的なら、ハリーはまず殺されないから、試合を邪魔しないために、この方法を選んだこと───
「こんなこと、起こらなきゃいいと思ってたんだ。犯人がいつどうやって行動を起こすかなんて、何にも思いついてなかったんだから。取り越し苦労になるだろうって思ってた……だから言わなかった」
 ジニーのときだって、とベルは弱々しい声で続けた。
「危うく死なせるところだった、私、日記帳のこと、気付いてたのに……今回だって、ムーディが本物かどうか、一目見た瞬間に違和感があったのに……気付いてたのに………………
 膝に肘をつき、顔を覆ったまま沈黙したベルに、セドリックは言葉を失った。
 借りができたと、言いそうになっていた。あんなに鍛えてもらったのに、結局助けられてしまった、と。
 迷路の中で、確かにアクロマンチュラや尻尾爆発スクリュートをいなして、クラムに襲われてもちゃんと自己防衛できて、セドリックは達成感さえ味わっていて、───たとえ優勝できなくても、その事だけは伝えようと、思っていたのに。
 最後の最後で、ケチがついたと、そう無意識に思ってしまったのだ。
 命を、救ってもらったのに。
 淋とてそんなこと、望んでいなかったのに。
……りん、……
 のろのろと、淋が顔を上げる。目元が腫れていて、痛々しい。
「僕、…………生きて帰ってこれて、良かったと思うよ」
「───」
 灰青の瞳が、じわり、丸くなる。
 ぎゅう、と細い眉が寄り、……ころり、小さな雫が、転がり落ちた。



 セドリックとハリーは翌日の夜、それぞれの寮に戻った。
 ベルは、ダンブルドアが、ベルにも質問してはならんと言ったらしいことに、静かに衝撃を受けていた。ダンブルドアが自分を気遣ったことが、純粋に意外だった。
 生徒達はダンブルドアの言いつけ通り、何があったのかを聞こうとはしなかった。しかし、気になる感情は抑えきれないようで、ちらちらと注がれる視線は留まるところを知らない。
 ハリーは、人の居なくなった大広間か、ベルに教えて貰った魔法生物の飼育場近くで食事を取るようになった。セドリックも時々ここに混じるようになった。
 多くを語らない初夏を過ごし、学期末がやってきた。例年では寮対抗の優勝が祝われる日だったが、ファッジが執り行わなかった三大魔法学校対抗試合の優勝授与式が開催された。ファッジは、真実薬を飲まされたバーティ・クラウチの供述を聞いても、ダンブルドアがハリーの代わりに墓地で起こったことを話して聞かせても、とうとうヴォルデモートの復活を信じなかったのだ。
 優勝杯を一緒に受け取ったハリーとセドリックは、自分たちが一呼吸後も大広間にいることに、少しだけホッとしていた。ハリーとセドリックは、優勝賞金の一千ガリオンを二人で受け取った後、二人揃ってマクゴナガルのところへ行き、「預かっておいてください」とこれまた二人揃って言った。マクゴナガルは「よろしい」と神妙に頷いた。
「今年も終わりがやってきた」
 二人が席に着くまでの間、ずっと続いていた拍手がとうとう止む頃、ダンブルドアが厳かに言った。
「今夜は皆にいろいろと話したいことがある。第三の課題の日、何が起こったのか───ハリーとセドリックは、一体、何に巻き込まれたのか」
 大広間は、水を打ったように静かになった。
「───ヴォルデモート卿が復活した」
 ざわ、と空気が揺れた。皆が一頻り騒ぐ中、ハリー、セドリック、ベルだけが奥歯を噛み締めて、ダンブルドアをじっと見つめていた。再び皆が静かになる頃、ダンブルドアは平静そのものの調子で話を再開させた。
「魔法省は、わしが皆にこの事を話すのを望んでおらぬ。また、皆のご両親の中には、わしが話したということで驚愕なさる方もおられるじゃろう。ヴォルデモート卿の復活が信じられぬ、皆のように年端もゆかぬ者に話すべきではないなど、いろいろな理由が考えられるからじゃ。しかし───」
 ダンブルドアは、力を込めて言った。
「───わしは、たいていの場合、真実は嘘に勝ると思うておる。さらに、不破と敵対感情を蔓延させることに長けておるヴォルデモート卿に抗するには、同じくらい強い友情と信頼の絆を示すしかない。目的を同じとし、心を開くならば、習慣や言葉の違いはまったく問題にはならぬ。故に───」
 ボーバトンの生徒達、そしてダームストラングの生徒達を見渡し、ダンブルドアは穏やかに続けた。
「この大広間にいる、全ての客人は、好きな時にまた、いつでもおいでくだされ。皆にももう一度言おう───ヴォルデモート卿の復活に鑑みて、われわれは結束すれば強く、バラバラでは弱い。たまさかヴォルデモート卿の通り道に迷い出たばかりに二人の少年が死に瀕したという事実を、忘れることなきよう」


 学期最後の日の朝、ベルは早くから天馬を馬車に繋ぎ、城の玄関まで移動させた。天馬達は揃って鼻面をベルに寄せようとしたため、ベルは何度も地面に倒れそうになった。
「彼らの面倒を見てくれて、ありがとうございました」
 Merci、と握手を請われて、ベルはDe rien、と答えた。マダム・マクシームの掌は、ベルの顔ほどもあった。
「でも、世話をしたのは、私だけじゃないので」
「ハグリッドにも、勿論。感謝しています」
 ダームストラングの生徒は、元死喰い人のカルカロフ校長がヴォルデモートの報復を恐れてどこぞに逃亡してしまったにも関わらず、「ひとまず帰るか」という様相だった。どうやらカルカロフは、操舵に関して特に指示を出すことはなく、全て生徒にさせていたようである。
 ボーバトンとダームストラングを見送って、ホグワーツの生徒達も姿の見えない馬が引く馬車に乗り込んだ。駅に着いたら、ホグワーツ特急が待ち構えていた。
 ハリー、ハーマイオニー、ロンは三人でコンパートメントを占領したので、ベルはジニー、フレッド、ジョージのコンパートメントにお邪魔した。ウィーズリー達はやはり課題の日に起こった出来事について知りたがり、ベルは自分の聞いた話を三人に伝えたし、どうせモリーかロンが話すだろうと、シリウスのことも伝えた。
 ベルの話が一段落する頃、ちょうどセドリックが顔を出した。手招きされて、ベルは廊下に出た。ジニーも友達のところに行くと言い、フレッドとジョージはハリー達のところに行くとコンパートメントを出て行った。
 セドリックとベルは「なんだか悪いことしたな」「気を遣わせちゃったかしら」という顔をして、コンパートメントに戻った。
「相談があるんだ。賞金のことで」
「貰わねえぞ」
…………言うと思ったけど」
 セドリックは苦虫を噛み潰したような顔になって、一度嘆息した。
「僕は君に命を救われてるんだ。なにかお礼をさせてほしい。両親からもそう言われてる。もし、賞金を貰ってくれないなら、……夏に、ウチに来ない?」
 ベルは数瞬、答えに迷った。漏れ鍋の店の隅で勉強するのを、ベルは実は気に入っていたので。
……じゃあ、……ちょっとだけ」
「よし」
「ん?」
「なんでもないよ。日にちはまた相談しよう。で、賞金のことだけど……僕、やっぱり、ハリーが全額受け取るべきだと思う。ハリーが連れ帰ってくれなきゃ、僕は確実に死んでた」
 いやあ、アズカバンの獄中にいる衆人と引き換えとか、いろいろやりようはあったと思うけどなぁ、とベルは思ったが言わなかった。
「セドの金だ。セドの好きにするがいいさ」
「うん。ありがとう」
 じゃあ早速ハリーのところに行こう、と二人は廊下に出た。ハリー達のコンパートメントがある辺りに辿り着いたところで、ベル達は「なぁんだこれ」と唖然とした。
 顔からクラゲ足を髭のように生やしたマルフォイ、クラッブ、ゴイルが廊下の真ん中を塞ぐようにして立っていた。ベルは杖を取りだして、クラゲ足をどうにかしてやり、おできを少しだけマシにして、気絶した三人を蘇生させた。
「こんなところで寝るんじゃないよ、通行の邪魔だろうが」
「う、うるさい!!」
 脱兎のごとく逃げ出すマルフォイ達。
「お礼ぐらい言わんかい!!」
 ベルは呆れたが、お礼のやまびこは返ってこなかった。
……で、なんであんなことになったの?」
 この場で唯一の監督生であるセドリックの問いに答えるものは誰もいなかった。
「そうだ! ベル! 私、とうとう───えっと───虫を捕まえたわ!」
 ハーマイオニーの言葉に、ベルは「やったじゃねえか!!」パッと表情を明るくさせた。
「じゃ、そっちは任せるよ、ハーマイオニー……ハリーを借りるぜ」
 え、僕? という顔をするハリーを手招いて、三人はコンパートメントの死角になるところまで移動した。
「賞金の相談がしたいんだ。一応、今は僕が預かってる。成人してるからって話だった」
「ウン、大金だもの。そのままセドリックが持っていくといいよ」
「だめだ、二人で引き分けだろう? でも、君にも助けてもらった。ベルは貰ってくれないらしいから、君が」
「やだよ!!」
 潜めた怒号に、ベルは顎を引いて、セドリックはあからさまに「困った」という顔をした。
「どうしてもらってくれないの? ベル、飛行機代が必要でしょ」
「だって試合には運営側で参加したんだぜ。スタッフが賞金もらうのは違うだろ」
……
……
 二人は反論のために開けていた口を閉じた。ハリーとセドリックはじとりと見つめあって無言の応酬を続けたが、これでは埒が明かないと判断したベルが、「分かった分かった」と嘆息した。
「今、一千ガリオン、喉から手が出るほど欲しがってる奴を二人ほど知ってる」
「誰?」
 ベルは無言でコンパートメントを見遣った。ベルの意図するところをすぐさま察したふたりは、目を見開いて顔を綻ばせた。
「決まりだ」
「最高だよ、二人の店は絶対僕たちに必要になる───!」
「二人が金目当てになんかしら暴走せんとも限らんしな……
 セドリックがハリーに金貨の入った袋を渡し、ハリーはそれをなんとか服の下に隠した。ベルは「ま、収まるところに収まるのがエエわいな、」と肩の力を抜いた。
 キングス・クロス駅が近くなっているとあって、セドリックは監督生用の車両に戻った。ベルはそのままハリー達のコンパートメントに居座った。
 駅に着いてから、ベルはどこかいつもと様子が違う双子達と魔法の柵を潜った。周りに他のウィーズリー達がいないことを確認して、双子はベルを呼び止めた。
「ベル、その───俺───俺たち───」
「ありがとう、」
 ガクガクガク、と片割れが頷く。
 これで下級生の時にいじめから助けてもらった借りは返したぜ、という言葉は、内心に留め置いて。
「───こちらこそ」
 ベルは片頬だけで、ニヒルに笑って見せた。