桜霞
2024-09-22 15:43:19
34126文字
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魔法歳時記

オリジナル主人公:
淋(リン)
あだ名はベル。家名は無い。13歳。日本人だが、堀の深い顔立ちに灰がかった青い目の少女。
小さい頃から山の獣や人外に囲まれて育った。

賢者の石



 イギリスはロンドン。チャリング・クロス通り、ダイアゴン横丁、北側。
 イギリス魔法界の誇る小鬼による銀行の扉を、一人の少女が眠そうな顔で潜り抜けた。
 大理石の床を中央に挟むようにして、ずらりとカウンターが並んでいる。ある小鬼は宝石を天秤で計り、ある小鬼は紙幣を片手に帳簿をつけていた。ある小鬼は傍目にも貴重品と分かるそれを丁重に扱い、ある小鬼は鍵を慎重に確かめている。
 彼女は欠伸をしながら、そのうちの一つに並んだ。
「おはようございます、リン様」
「おはよう」
「まだこちらにいらっしゃるので?」
「まあね。来週には帰るけど……その前に課題をやっつけたいのよ」
 言いながら、彼女は鞄から封筒を取り出した。中には先日換金したばかりのユーロ幣がまとめて幾らか入っていた。
「去年に比べてまた円安になったの。嫌ンなるわ」
「申し上げにくいことですが、金の値も上がっております」
「幾らか預けておいて正解ね」
「出されますか」
「預ける。ンー……これだけ、あとよろしく」
「承知しました」
 恭しく頭を垂れる小鬼に「またね、良い1日を」と言って、彼女は踵を返した。
 小鬼の背丈には仰々しい扉を再度潜り抜けようとして、「ベルじゃねえか!」野太い声に引き止められる。
 振り返った彼女は、寝ぼけ顔を緩めて「ああ、ハグリッド」自分の二倍以上もある男にハグをした───どうしても抱きつくような形になったが。
「一ヶ月ぶりか? まだこっちにいたのか」
「まあね。今から絶賛夏休み課題の毎日よ」
「学生らしいな。ところでだ、流石のお前さんもハリーポッターは知っとるな?」
「知らない」
 即答した瞬間、毛むくじゃらのハグリッドの顔があからさまに呆れと侮蔑の入り混じった表情になった。彼女は二つ瞬き、脳内をなんとかさらって、パチンと指を鳴らした。
「毎年この時期に日刊預言者新聞でハッピーバースデーされてる人だ」
「違う!! いや、違わんが。そうじゃない」
 ハァ、とあからさまに溜息をつくハグリッド。彼女は半眼で嘆息した。
「あのねえ、こっちはまだ魔法界三年目よ。ピンズ先生の歴史の授業が現代に到達するまでに卒業できるか怪しいのよ、知ってるでしょ」
「分かった分かった……とにかく、この子がハリーポッターだ。ハリー、こいつはリンだ。皆ベルって呼んじょる」
「ハイ、ハリー。Ring Ring、Bellよ。覚えやすいでしょ? よろしくね」
「よろしく」
 差し出した手を、ハリーは小さくはにかみながら握り返してくれた。サイズの合わない衣服に、ボロボロのメガネ。前髪にチラチラ隠れている、稲妻型の傷。背丈は彼女よりも低く、握った手は痩せ細っていた。
……何歳?」
「えっと、11歳です」
「今日が誕生日なんだ」
「そりゃおめでとう」
「今年からホグワーツ生だ……ハリー、こいつもホグワーツ生だ。ベル、悪いがちっとハリーの傍におってやってくれんか。トロッコには参った」
「トムの気付け薬の出番か。オーケー、任された。行こうぜハリー、私も色々買わなきゃならん」
 銀行の前でハグリッドと別れ、「まずは制服だな」と二人はマダム・マルキンの洋装店へ向かった。道すがら、ハリーは見るもの全てが珍しいようで、丸い瞳をキラキラさせながらあっちこっちをキョロキョロしていた。
「あ、あの、すみません」
「ン?」
「えっと、リン……が、名前? ハグリッドにはベルって呼ばれてたけど……
「リンが本名だよ。漢字って言って、私の国の文字で水に林って書くんだ」
「カンジ」
「日本って知ってる?」
「知らない。ごめんなさい……
「ま、そりゃそうだろう、地球の裏側にあるようなもんだもの。私だって11歳で初めてイギリスを知ったからな、おあいこだ」
 ニヤリと笑うリンに、ハリーもどこか頬を緩めた。
「3年目ってさっき言ってたけど、3年生なの?」
「今年からな」
「ホグワーツって、何年目まであるんですか?」
「7年目だ。全員が寮で生活する」
 からんからん、来客を告げるベルが鳴る。いらっしゃい、とマダム・マルキンはにこやかに二人を出迎えた。
「坊ちゃん、ホグワーツなの? 全部ここで揃いますよ」
 マダムはハリーを踏台に立たせ、長いローブを被せた。慣れた手つきで次々とピンを留めていく。隣の台で同じように採寸をしていた色白でブロンド頭の尖った少年が「やあ」と二人に声をかけた。
「二人ともホグワーツかい?」
「うん」
 ハリーが頷く。
「あなたは採寸する?」
 マダムに聞かれて、ベルは「大丈夫」首を横に振った。
「今年はそんなに背が伸びなかったんだ」
「そう? それならいいけど」
「新入生じゃないの?」
「今年から三年生」
「どこの寮なんですか? 聞いても?」
「スリザリンだよ」
「スリザリン!」
 パッと少年の顔が輝く。
「素晴らしい寮と聞いています。そうですよね? 昔からの名門家族が揃っている。違いますか?」
「貴族は多いな、確かに」
 ベルが淡々と答える。ハリーはなんだかちょっと嫌な予感がした。
「素晴らしい。聞いてた通りだ。手紙をもらうまではホグワーツのことだって聞いたこともなかった、なんてやつはいないんだろうな」
 ベルが片頬だけで笑う。ハリーは胸の奥の方がズン、と重くなったように感じた。
「あなたのお名前は? 僕は───」
「さあ、終わりましたよ、坊ちゃん」
 マダムの言葉が終わるやいなや、ハリーは踏台から飛び降りた。ささっとベルの隣に移動すると、ベルがドアの方へ誘導するように身を引いて、背に手を当ててくれた。
「じゃ、ホグワーツでな、後輩」
 ええ、また───少年の声が、からんからんという音に掻き消される。
 はーやれやれ、とベルはハリーと肩を組んだ。
「のっけからとんでもねえ奴に当たったな。口直しだ、アイスは好きか?」
「うん!」
「よし行こう」
 ナッツ入りのチョコレートアイスを食べている間、ハリーは何事か思案しているそぶりだった。俯きがちの視界を誘導して、羊皮紙と羽ペンを買う。書いているうちに色が変わるインクは、ハリーの気分を上げるのに一役買ったらしかった。
「ねえ、ベル」
「ン?」
 今日はあと何回あれは何、これは何と聞かれるだろう───ベルは遠い目になったが、ハリーには悟らせまいと微笑んだ。自分が11歳だった二年前は、右も左も、言語すら分からずに苦労したものだったから。何も知らぬ故の気苦労が分かるからこそ、優しくしてやりたかった。
「スリザリンって、寮の名前?」
「そうだよ。他にも三つ寮がある。グリフィンドールと、レイブンクロー、ハッフルパフだ」
「何が違うの?」
「まぁ……色々だ」
「いろいろ」
 濁したベルを、ハリーは大きな丸い瞳でじっと見つめた。
……ハリー。どこの寮にもいいやつはいるし、悪いやつもいる。ろくでなしもいれば、底抜けのお人よしだっている。あんまり寮のカラーに惑わされない方がいい」
「フーン……
「私だって一部の先生らからしたら悪いやつだ」
「そうなの?」
 大真面目に言うベルに、ハリーは驚いて破顔した。
「悪いことしてるの?」
「出し抜いているとも言う。ハグリッドには言うなよ、あれはどっちかと言ったら先生側だからな」
 くすくす笑いながら「わかった」と言ったハリーは、少しして、どこか言葉を選びながら「ベルの両親はマグルなの?」と聞いた。
「いいや。分からん。私は両親の顔は知らない」
「えっ」
「母は死んだ。父は生死さえ知らん。祖母と……自然に育てられた。ハリーは?」
……僕も……いないんだ、」
 自動車事故で死んだって聞いてたけど、とハリーは呆然としながら言葉を続けた。頭の中は真っ白なのに、口が勝手に動いていた。
「ハロウィンの日に……ヴォル……『あの人』に殺されたって……
「そうか」
 おいで、とベルが腕を広げる。肩に腕を置かれてベルの顔は見えなかったが、ハリーは、自分以外にも両親を喪った子供がいたことを初めて知った。ベルの祖母は優しかったろうか。ベルは、ハリーのように、誰か他の、両親のような人が迎えに来てくれることを願ったり、他の子供とあからさまな差をつけられたり、いじめられたりしたのだろうか───
 気付けば、ハリーはフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に入店していた。天井まで多種多様な本がぎっしり積み重ねられている。敷石ぐらいの大きな革製本、シルクの表紙、切手くらいの大きさの本、奇妙な記号ばかりの本、何にも書いていない本───ハリーは思わず『呪いのかけ方、解き方(友人をうっとりさせ、最新の復讐方法で敵を困らせよう───ハゲ・クラゲ脚・舌もつれ・その他あの手この手───)』を手に取った。夢中で読み耽るハリーに、さっきまでのシリアスな空気はどうしたとベルは呆れ返った。ハリーの顔と来たら、にっくき仇にどう仕返してやろうかという悪ガキそのものの表情だったからである。どうやら気遣いや慰め、励ましは無用の長物らしかった。
「オラ、先輩を使いっぱしるとはいい度胸だな、後輩。自分の本ぐらい自分で持ちな」
「あ、ご、ごめんなさい。……ベルって呪いをかけたことある?」
「ンなもん日常茶飯事よ。お前にゃまだ早い。いいか、魔法は鋏と一緒だぞ。鋏は分かるな?」
 頷くハリー。ベルは「鉄で出来ていて、紙やら布やらある程度のものは切れる便利なものだ」と続けた。
「小学校には行ってたか? そこで鋏は人に向けるなと教わったな?」
「ウン」
「魔法は鋏だ、ハリー。お前は今、鋏がどんな形をしていて、どこを持って、どう動かせばちゃんと鋏を鋏として使えるか分かってない状態なんだ。そんなもん人様に向けてみろ、怪我どころじゃ済まんし、最悪お前が倍以上のしっぺ返しを喰らう」
……そりゃ、分かるけど」
 不満そうなハリーの肩を、ベルは力強く揺さぶってやった。
「安心しろ、いつかちゃんと使えるようになって、どっちも危なくないくらいで、細やかな心ばかりのお返しができるようになるさ。そのためには勉強だ」
 書店を後にし、魔法薬の授業で使う鍋や秤、折り畳み式望遠鏡を買って、二人は薬問屋に入った。悪くなった卵と腐ったキャベツの混じった酷い匂いに、ベルは「毎回これだけはよく分からん」と鼻の上に皺を寄せながらカウンターでハリーの分もまとめて注文した。その間、ハリーは店内のものをしげしげと試す眇めつしていた。
 ヌメヌメしたものが入った樽詰め、薬草や乾燥させた根、鮮やかな色の粉末などが入った瓶、羽の束、牙や捻じ曲がった爪、銀色の一角獣の角、小さな黒いキラキラした黄金虫の目玉。店を出たベルは「なんだって西洋はこんななんだか……」とぶつくさ言っていたが、ふと立ち止まって「ハグリッド!」声を張り上げた。
「おう、ベル、すまんかったな」
「いいってことさ。あとは杖だけだよ」
「そうか。じゃ、その前に。誕生日プレゼントだ、ハリー」
「エッ!! タンジョウビプレゼント!!」
 まるで初めて聞いた単語かというくらいの勢いだった。ベルが驚いている間に、もっと驚いて、キラキラした顔で頬を真っ赤にさせたハリーが、真っ白なフクロウを籠ごと受け取っていた。
「よかったな、ハリー」
「ウン! ありがとう、ハグリッド。本当にありがとう……!!」
 何度もお礼を言うハリーに、ハグリッドはぶっきらぼうに「礼は要らん」と言った。照れてやんの、と彼女はニヤリと笑ったが、何も言わないでやることにした。
「ダーズリーの家ではほとんどプレゼントをもらうことはなかったんだろうな……
「ダーズリー? 育ての親か。親戚か?」
「うん、僕の母さんの妹の家」
「ひでえ連中だ。ハリーに何にも教えてなかった。さあ、あんな奴らのことは放っておいて、杖だ、杖。オリバンダーの店に行かにゃ」
 ここまで来たら乗りかかった船どころではない、とベルは二人についておおよそ二年ぶりにオリバンダーの店を訪れた。訳も分からず入店し、訳も分からず木の棒を取っ替え引っ替えさせられたかと思えばいつの間にかこれだと言わんばかりのオリバンダー翁に、結局ベルが何か一言でも発する隙はなかったのが懐かしい。
「いらっしゃいませ」
 柔らかな声に出迎えられる。ハリーとハグリッドは飛び上がった。ベルは「どうも」と軽く会釈した。
「こんにちは……
「おお、そうじゃ。そうじゃとも。まもなくお目にかかれると思ってましたよ、ハリー・ポッターさん」
 目を細めるオリバンダーを見て、ベルは「お前本当に有名人だな」とハリーに耳打ちした。ハリーは「僕は全く知らないんだけどね」とベルに耳打ちした。
「お母さんと同じ目をしていなさる……あの子が最初の杖を買って行ったのが昨日のことのようじゃ。26センチ、柳の木、振りやすい、妖精の呪文にはピッタリ……お父さんはマホガニーの杖じゃったな。28センチ、よくしなる、変身術には最適。いや、お父上が気に入ったと言うたが……実はもちろん、杖の方が持ち主の魔法使いを選ぶのじゃよ」
 銀色に光る、月のような目がハリーを覗き込む。のけぞるハリーの背を支えてやりながら、ベルは「諦めろ、こういう御仁だ」そっと小さな声で言った。
「お前さんの杖はオークの木、不死鳥の羽、32センチ。全く硬いが、柔軟性はある」
「最近はよくしなりますよ」
「オーク?」
「ヨーロッパナラとも言う。どんぐり拾ったことあるだろ。あれだ」
 あぁ、とハリーがどんぐりの木を思い浮かべたところで、「さて、それではポッターさん」オリバンダーが巻き尺を取り出した。
「拝見しましょうか。どちらが杖腕ですかな?」
「つえうで」
「利き手でいい」
「あ、僕、右利きです」
「腕を伸ばして、そうそう」
 老人はハリーの肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から脇の下、頭の周りまで測って、さっと棚の間に消えた。
「いろんな杖があるんだね」
「芯材はだいたい三つだな。一角獣のたてがみ、不死鳥の尾の羽、ドラゴンの心臓の琴線」
「オリバンダーの杖には一つとして同じものはありません」
 これというものがあったらしい。オリバンダーが箱を持って姿を現した。
「もちろん、他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せん。お前さんのは、特にな」
 ハリーはベルの杖に興味が湧いたが、老人は容赦なくハリーに杖を握らせた。ちょっと振ってごらんなさいと言われて、ハリーが気恥ずかしいながらもちょっと腕を振り上げたかと思えば、さっと取り上げられてしまう。
「こちらどうぞ。ダメか。次はこちら、さあ試してください。いかん、次だ」
 老人が棚の間を飛び回る。見つめられて、ベルは再度、同じ言葉を繰り返した。
「諦めろ、こういう御仁だ」
 ハリーは老人に言われるがままに何度も杖を振った。そうこうするうちにハリーは本当に自分に合う杖が見つかるのか不安になってきたが、老人はますます嬉しそうにテンションを上げていた。
「難しい客じゃの。え? 心配なさるな、必ずピッタリ合うのをお探ししますでな」
「ベル……
「諦めろ、こういう御仁だ」
 三度同じセリフが繰り返される。流石に眉を寄せるハリーに、ベルは「大丈夫だ」と付け足した。
「私もなんも分からんと今の杖を摑まされたが、これ以上のものはないと確信し始めてるよ」
 ハリーが瞬く。少しして、オリバンダーが一つの箱を差し出した。
「珍しい組み合わせじゃが……柊と不死鳥の羽根、28センチ、良質でしなやか」
 杖をとったハリーは、急に指先が暖かくなるのを感じた。埃っぽい店内の空気を切るように杖をひゅっと振り下ろすと、杖の先から赤と金色の火花が花火のように流れ出し、光の玉が踊りながら壁に反射した。ハグリッドが「オーッ」と歓声を上げて、オリバンダーは「ブラボー!」と叫んだ。
……しかし……不思議じゃな……あぁ不思議じゃ……
 オリバンダーが杖を箱に戻し、茶色い紙で覆う。不思議じゃとぶつぶつ繰り返す老人に、ハリーは思い切って「何がそんなに不思議なんですか」と聞いた。
……
 淡い月光の双眸が、ハリーをじっと見つめる。
……ポッターさん。わしは自分の売った杖は全て覚えとる。全てじゃ」
 老人は、どこか言い聞かせるように話した。
「あなたの杖に入っている不死鳥の羽根はな、同じ不死鳥が尾羽根をもう一枚だけ提供した。たった一枚だけじゃが……あなたがこの杖を持つ運命にあったとは、不思議なことじゃ。兄弟羽根が……兄弟杖が、その傷を負わせたというのに……
 ハリーが息を呑む。
「さよう」老人は続けた。「34センチのイチイの木じゃった。こういうことが起こるとは……ポッターさん。あなたはきっと偉大なことをなさるに違いない。『名前を言ってはいけないあの人』も、ある意味では偉大なことをした。恐ろしいことじゃったが」
 老人の、独特な声音に、ハリーは身震いした。ベルにそっと促されて、ぎこちなく杖の代金に7ガリオンを支払い、老人のお辞儀に見送られて、三人は店を後にした。
 ベルは漏れ鍋でハグリッド達と別れることになった。
「魔法で日本に戻らないの?」
「何事にも限界はあるってことさ、ハリー。日本とイギリスの飛行機代ってバカにならないんだぜ。私はここにしばらく泊まる。どこに住んでるの?」
「リトル・ウィンジング。プリペット通り、4番地。えっと、サレー州だよ」
「分かった。暇ができたら遊びに行くよ。キングス・クロスには一人で来られるか?」
「ええっと……キングス・クロス?」
「ホグワーツ行きの列車がキングス・クロス駅から出るんだ」
 ハリーは、バーノンがキングス・クロス駅、せめてパディントンまで車を出してくれるか考えようとしたが、うまく想像できなかった。ハグリッドの「ろくに誕生日プレゼントももらえなかった」という言葉や、細い体躯、仕返しのために熱心に呪いを調べていた姿を思い出し、むつかしい顔をしているハリーを見て、彼女は腰を屈めてハリーと目線を合わせた。
「当日は迎えに行くよ。服は後から届くし、最悪、私が持っていく。一緒にホグワーツに行こう」
「───」
 うん、とハリーが嬉しそうに頷く。ベルも微笑んで、姿勢を戻した。
「何を忘れてもまあなんとかしてやれるが、杖と梟の名前だけはどうにもならん。忘れるなよ」
「分かった。またね、ベル」
「学校でな」
「気をつけて」
 二人を見送って、ベルはやれやれとバーカウンターの背の高い椅子に体をもたせかけた。店を仕切るトムがそっと差し出してくれた紅茶を、ありがたく頂く。
 いい先輩を、やれているだろうか。リンは二年前をまざまざと思い出していた。聞き取れない言語、何が書いてあるか分からない看板、でこぼこのはっきりした顔がたくさん、自分より大きい人間達。人間界の英和・和英・英英辞書なんて、半分は使い物にならなかった。イギリス魔法界に、そういった辞書がなかったことも、彼女を絶望に叩き落とした。
……ま、発音でバカにされていじめられるなんてことはないか……
 ほとんどの生徒が英雄扱いで受け入れるだろう。彼女の周囲を中心とした、ちょっとだけ捻くれているのを大人っぽいと勘違いしている子供たちは、どう転ぶか分からないけれど。