君の手を取ったことに後悔はないそうですよ

君の手を取ったのはエースです。

※ついすて本編最新六章のネタバレを含みます
※ふぇご本編アトランティスならびに六章のネタバレを含みます






 夢は現。現は夢。

「マスター。帰還の用意が整った」

 ジークにそう告げられた朝は、何が変わるでもなく、いつもと同じ朝だった。





 ◆





 カルデア、というところは、百年先の未来を観測し、保障するところで。
 その未来を守るために、過去に生じた改変───特異点を修正するのが、リツカに課せられた冠位指定 グランドオーダーで。
 そこでは、話の途中だけどワイバーンに襲われたり、神様とだって戦わなきゃいけなくて。
 でも。かけがえのない、出会いと、別れがあって。
 それが、今の藤丸立香を象っているのだと。
 監督生は、心底から笑ってそう言った。


 ある日。何でもない日だった。
 エースはかねてから気になっていたことをとうとう聞いた。だってもう、自分の胸の裡に抱えているのが焦れったくて、それが性にあわなくて、面倒くさくて堪らなかったから。赤白黒、ハッキリさせたかったのだ。薔薇やトランプ兵のように。
「戻れる方法が分かったら戻んのかよ」
「戻るよ」
 俺達とも、そうやって別れるのかよ。いい出会いだった、ハイおしまいで、お前はそれでいいのかよ。
…………
 エースは、小さく開いた口を、ぐ、と引き結んだ。
 監督生は、あんまりにもあっさりきっぱり、赤白黒をはっきりつけた。
「自分しか、いないんだ。マスターは、自分だけだから。戻らないと、世界が滅びるし。それに、」
 真っ直ぐに、立香は言った。
「世界よりも大事な後輩が、待ってくれてる」
 立香は言葉を続けた。
「やり残していることもある。伸ばされた手を、今度こそ掴みたいから」
 デュースは何も言わなかった。それでも奥歯を噛み締めているのは端から見れば一目瞭然だった。
……でもさ、戦うのも苦しいのも辛いのも、もう良くね? なんでお前がそんなことやんなきゃいけないわけ?」
 苦しい胸を抑えて、エースは敢えていつも通りに言った。
「お前がやんなきゃいけない理由なんかさ、ほんとはどこにもないじゃん。世界なんか救うのやめたってさ、お前はここで暮らしてけるでしょ」
 いつも通りのその言葉は、やっぱりちょっとだけ、震えていた。
 エースの言葉を聞いた立香は、ほろり、柔らかく微笑んで。エースは優しいねと、穏やかに言った後。
「でも、そんなりゆうで、終わりたくないから」
「───」

 エースはもう、立香の顔を見ることができなかった。





 ◆





 それから、監督生は自分の血を集めて、サーヴァント召喚に挑戦した。見事その挑戦は果たされて、間もなくサーヴァントは二騎になり。
 夢を通じてカルデアと繋がれたからとかなんとかほざいて、三騎目を召喚せしめて見せたのだ。
 着々と、監督生 リツカマスター リツカへ戻りつつある。エース達には、それをどうすることもできなかった。
 だってマスター リツカは想像もできないほど途方もない役目を背負っていて、監督生 リツカとして微温湯に浸かってへらへらしてりゃいいのに、自らマスター リツカである道を選ぼうとしているのだ。
監督生 リツカにも、マスター リツカにも魔力はなくて、体はちっとばかし鍛えてるのかもしれないけどひょろっちい方で、喧嘩も嫌いで、殴り合いなんかてんでだめで、お人好しで、一発逆転の魔法なんて勿論使えるはずもないから自分で自分を守ることすら難しいのに。





 ナイトレイブンカレッジは学び舎だ。学び舎故に、試験がある。そしてナイトレイブンカレッジは魔法を学ぶ学び舎であるので、試験内容も魔法に類するものになってくる。
 勿論、錬金術など、魔法薬を生成する試験もあるが、大抵の、特に実技試験は、生徒同士の魔法を使った模擬戦闘にて行われる。
 当初はグリムにひっつく形で試験に参加していた藤丸は、ここ最近、グリムの足を引っ張らないようにと、個人で試験に参加するようになった。頼もしい仲間が増えたからである。
「ジーク、緊急回避したら【魔術】使って!」
「了解」
「エドモン、【窮地の知恵】で魔法を妨害!」
「ふむ、こんなところか」
 声を張り上げる。
 指示を飛ばす。
 戦えと、仲間を戦場に送りだす、だけでなく。
 自分も戦う、と。リツカにしかできないやり方で、戦士と同じように戦場に立つ。

 これは、マスター リツカの戦い方だ。
 魔法を使えない、魔術もごく稀に猫騙しのような一発だけだった監督生 リツカが、堂々と格上に対し勝利を収めている。

 どんどん、エース達の知る監督生 リツカから離れていく。



「オレ様は別に。子分がどこへ行こうがへっちゃらなんだゾ」

 グリムは分かりやすく虚勢を張った。

「俺は、マブなのに、大変な思いをしてるマブを支えられないのが、悔しくてしょうがない」

 いつになく静かに、デュースが言った。
 握り締められたマジカルペンは、どこか不穏に軋んでいた。握力が強すぎる。エースはちょっとだけ引いた。





 ◆





 あぁ、こいつ、マジで。

 エースがそう思ったのは、全国魔法士養成学校総合文化祭が終わって、「話がある」とヴィルに呼び出された時だった。
 学園を覆う魔法の結界が凄まじい衝撃と共に破られて、ずっと探していたグリムが檻に入れられてどこかに連れ去られそうになっていて。
 正体不明の、メタル系のボディースーツを着た奴らがオンボロ寮の談話室の窓をぶち破って侵入してきて。
「緊急事態と認定! ポムフィオーレ寮寮長の権限において、侵入者への攻撃魔法の使用を許可する!」
「スカラビア、ポムフィオーレに同じ! 構えろ!」
「一年は後方待機! ハーツラビュルは寮長に連絡!」
 ヴィルが、鋭く指示を飛ばした直後。
「カルデア出張部オンボロ寮! 敵性反応を確認! 戦闘準備!!」
 勝るとも劣らぬ檄が、談話室に響き渡った。
 赤い紋章が閃光を放つ。それは令呪と言うのだと、いつしかリツカは教えてくれた。
 応えるようにして、サーヴァントが顕れる。
 気安い同級生を装っていた彼は制服を脱ぎ捨てて手甲を嵌めていた。
 身なりのいい紳士は雷撃を纏う外套 コート帽子 ハットを目深に着込んだ。
 一番大人しい、ともすればリツカと同じくらい頼りなかった青年は、しっかと立って、抜刀した。
 纏う気配が、常とは違う。

 否。

 彼らにとっては、これが常。寧ろ、自分達との日々そのものが異常だったのだと。

「そらよっと!」

 魔法を通さない装甲が、紙切れのようにぺきりと中の人ごと折れる。

理導 シュトラセ開通 エーデン!!」

 魔術の光が、魔法のいかずちを相殺する。

「クハハハハ!!」

 瞬きひとつに満たない高速移動の分身が、多勢に無勢であった状況を引っくり返す。

「右から来るよ! スキルはまだ! 燕青、上へ!」


 ───あぁ、こいつ、マジで。


 ピピ、とこの場に不釣り合いな電子音が鳴り響く。
『藤丸くん! 聞こえるかい!?』
 はっ、とリツカが息を呑んだ。

『っ───先輩!!』
「マシュ!!」

 それは、間違いなく。


 ───もう、選んでんだ。


 今までで一番の、安堵と、笑顔だった。





 ◆





 星送りの時、まだ帰らないと言ったマスター リツカに、泣きそうになった。
 願い事はグリムに譲ると言った監督生 リツカに、戦いたくないって願うことすら許されないのかよと誰にともなく憤って、───哀しくなって。

 帰らなくていいじゃん。
 ずっとここにいろよ。

 ずっと、エースはそう叫んでる。
 心底から監督生 リツカを引き止めて、マスター リツカにそんなとこ行くんじゃねえと怒鳴ってる。

 でも。

 ───終わりたくないから

 大事な大事な、藤丸立香 友達が。
 他でもない、俺の友達 あいつが。
 自分で決めて、そう言ったから。もう選んでいたから。

 だからエースは、引き留めない。
 濁った魔法石を見て見ぬふりして。
 やめろよ、連れて行くなよ、俺の友達 リツカを傷付けるなよと、暴れ回る自分を、殺して、殺して、殺して、

 ………………でも、要領のいいと自負するエースでも。
 やっぱりそれが、精一杯だったから。