人類悪が顕現しそうですよ

やるしかねぇと思ったんだ






 うっかりてっきり、「これはサーヴァントの誰かの心象風景に関わる夢なんだろうな」と勘違いして鏡の中に飛び込んでしまった人類最後のカルデアのマスター、藤丸立香は、どうにか元の世界との繋がりを得ようと自力でカルデアの英霊を召喚した。
 やり方は特に難しくはない。自分の血を必要量集め、後輩であり、リツカのサーヴァントであるマシュの持っていた円卓の盾に刻まれていた術式と、本来の英霊召喚に必要な術式を描く。そして辺りに魔法石を散らばせて、令呪を媒介に縁の繋がりを辿り、術式を詠唱して、儀式を発動させるのだ。
 カルデアの英霊が立香の召喚に応えてくれる前提の儀式だが、立香は「誰かが応えてくれる」とその辺のことは微塵も心配していなかった。
 貧血で多少ふらつくし、召喚の際の衝撃や反動、魔力がごっそり持っていかれる感じなど、身体的負担はままあるが、人理修復の旅を乗り越えてきた立香にとって、そのくらいは屁でもない。平気平気と笑い飛ばせるようになってしまったのだ。
 そんな立香がどうにかこうにか呼び寄せたのは、無類の無頼漢、アサシンの燕青と、その身に英雄・ジークフリートの心臓を持ち、邪竜ファヴニールの姿になって大聖杯を抱えて飛ぶホムンクルス、キャスタークラスのジーク。
 アヴェンジャーのクラスを冠する唯一の共犯者、巌窟王───エドモン・ダンテスは、立香の夢を通じて自ずと現界した。勿論、夢火までもを使うような絆あっての現界だが、多少の無理はしたんだろうなと立香は思っていた。
 常に見守ってくれているとはいえ、巌窟王は魔術知識のあるキャスターでも、異なる世界を渡ることの出来るフォーリナーでもない。燃え尽きるまで駆け抜けていく復讐者だ。事ある イベント毎に夢に顕れてくれていたような気はするが、夢を視た先でのマスターに依らない現界はサーヴァントに負担をかける。下総のときの小太郎が良い例だ。

 ───エドモン自身は、平気そうな顔してるけどなぁ

 ───下総のときのあれは、違うって本人が言い張ってるし

 立香はレイシフトしたときのような、気にするほどでもない慢性的な疲労感と、特に命の危険が無いという状況に、くわりと欠伸した。
 カルデアにいるマーリンを初めとするサーヴァント、スタッフさん方の働きによって、無事にジークというちょっとだけ特殊なサーヴァントを召喚できたので、帰還の方法にもある程度の目処がついたという安心感もある。
「で、お前、いつ帰るんだよ」
 授業も終わった放課後に、大講堂へ向かう道すがら。
 エースが、なんてことはない風を装って聞く。その横で、デュースと、その肩に乗ったグリムが体を強ばらせたのに、立香はなんとなく気付いた。
 ジークを召喚してからもなんだかんだナイトレイブンカレッジはオンボロ寮に住み込んで学園に通い、グリムの面倒を見ていた立香は、「あぁそれね」と大したことでもないような風体で返した。
「ジークに連れて帰ってもらうのは決まってるんだけど、準備がまだ整ってないから、もうちょい先かな。星送りだっけ? それには参加出来るよ。なんかあるんでしょ?」
「あー、そういやもうそろそろそんな季節かぁ〜」
 エースの声があからさまにホッとしたようなものになる。立香は笑みを深めたが、それだけで何も言わないでやることにした。
 これぞスキル:コミュ力EXのカルデアのマスターの真骨頂である。
「でも、具体的には何も知らないんだよね。先輩方がそんな感じの話してたのちょっと小耳に挟んだだけで」
「そうか、リツカの世界には無いのか、星送り」
「あるかもしれないけど、聞いたことはないなあ」
「じゃあ、ウィッシュ・アポン・ア・スターの話も知らないか」
 立香は何度か瞬いて首を傾げた。
…………『星に願いを』?」
「なんだ、知ってんじゃん」
「いや、知らないけど」
「どっちなんだよ」
 エースが半眼になる。俺も知らないんだゾ、とグリムが口を挟んだので、デュースが説明役をすることになった。
「昔、子供のいない人形職人のおじいさんが、『こどもができますように』って星に願ったんだ。そしたら翌日、自分の木の人形がこどもになって、おじいさんは大切にその子を育てたらしい」
「んで、ウチの世界だとこの時期がその願いの叶う星が出る日だとかなんとかで、『願い星』を集めて、デッケー木とかに飾って、舞ったり太鼓叩いたりするんだよな」
「七夕かぁ」
 願い星と聞くとポケットなモンスターを短時間だけでっかくしてしまう不思議鉱石(赤)のことを思い出してしまうが、立香にとっては巨大特攻のいいカモである。違う。この世界にポケットなモンスターはいない。それらしい謎生物(グリム)はいるけれど。そして巨大特攻バフを盛った約束されし勝利の剣で倒すものでもない。
 いかんいかん、と立香は頭を振った。
 七夕と言えば、おーほしさーまーきーらきらー、そう、これである。織姫と彦星のアレ。なんかカルデアでもいつだったかにサーヴァントの皆がイメージで再現してくれていたような気がしないでもない。
「その『願い星』って配布?」
「配布。後で『スターゲイザー』に願いをこめた状態で回収されるけどな」
「『スターゲイザー』? なにそれボカロ?」
「ボカロ?」
「誰をボコるんだ? 物騒だな」
「デュースにだけは言われたくない」
「なんだと?」
「はいはい、オレを挟んで喧嘩しねーの。スターゲイザーっつーのは、特別な舞を舞ったり、太鼓叩いたり、願い星を回収して飾り付けたりする奴らのこと。ウチは生徒全員、数百人分。っかーめんどくせー、絶対ぇやりたくねー……
 エースが投げやりに説明してくれる。
 ほとんど同時に、大講堂に辿り着いて、立香はこちらに手を振ってくれている燕青とジークを見つけた。皆で揃って、そちらに移動し、席に着く。
「マスター、聞いたか? 魔法石の話」
「うん、聞いた。ちょろまかさないからね」
 燕青は、「さっすがマスター、先手だな!」とにっこり笑った。
「どうせ回収されるらしいし、他の魔法石と混ざらないようにしないと」
「俺、追加で貰ってこようか?」
「だめだよ、そんな無駄なことしないで」
「へえーい」
 燕青は素直に諸手を挙げた。
「でも、マスター。学園長は優しいだろう? 制服もくれたし……
 意外にも、ジークが食い下がる。珍しくて、立香はぱちくりと瞬いた。
「もしかしたら、制服を支給してくれた俺達の分は、魔法石を分けてくれるかもしれない。そうしたら三つになる ・・・・・……あわよくば……その一片だけでも……
「いや、確かにねだればいけるかもしれないけど……どうしたの? めちゃくちゃ真剣だけど……
「だってマスター、石だぜ。石」
……?」
 燕青の言っていることが分からなくて、立香はさらに首を傾げた。
 そうこうしているうちに学園長であるディア・クロウリーが壇上に立って「静粛に」と声を張り上げて、全校集会が始まった。
 題目は当然、今年の『星送り』についての話だ。学園長が占星術で選んだという誕生日の生徒が『スターゲイザー』として発表される。
 その名を呼ばれたのはなんと、イデア・シュラウド、トレイ・クローバー、そしてデュース・スペードだった。
「こうなったら、全力でやるしかないな……優等生として……!」
「頑張れ、デュース」
「あぁ、ありがとう、ジーク」
「では、魔法石を配布しますから、各自取りに来てください」
 がたん、とクロウリーが魔法石のたくさん詰まった木箱を置いた。

「───」

 その石を見留めた瞬間、立香は思わず腰を浮かした。
 あれは。あの形は、間違いなく。

「石だ!!!!!!!!!!!!」

 立香が叫ぶ。燕青がブッハと遠慮無く吹き出し、ジークは「落ち着けマスター」と立香の制服の裾を引っ張った。
「いや石じゃん!!!!!!!!!!!」
「だーから言ったじゃん、石だって。要らねえの?」
「要る!!!!!!!!!!!」
「よし来た」
「待て待て」
 脊髄反射で答えた立香に、燕青が意地悪く笑う。ジークはつい、二人の間に座っているのも相まって、制止の声を上げてしまった。
「マスター、あれはこの学園の生徒のものだ。ひとり一個と、数は決まっていると学園長も言っていた」
「は?????? あんなに目の前に無料石らしき石がゴロゴロしてるのに指を銜えて大人しく見ていろと???????」
 立香の顔つきが変わった、というか豹変した。というか絵柄から何から全部変わっていきそうである。なんか二頭身に縮んでね? とエースとデュース、そしてグリムは目を丸くしてどん引いた。
「形が似ているだけで、聖晶石と同じ効果があるとは限らない。魔法石なのには違いないから、何かしらのリソースにはなると思うが……
「上等ォ!!!!!!!!!!!! こちとら万年リソース素材不足じゃい!!!!!!!!!!!!」
「だめだマスター、貰えたとして俺たちだけでも最大三個だけだ。ちょろまかさないんじゃなかったのか……
 ジークが困ったように、今にも飛び出さんとしている立香を押しとどめている。その腕力に、デュースは素直に「おお……」と感嘆した。けれども立香はめげなかった。
「えぇいこうなったら暫時的召喚で欲しい物はブン捕っていく海賊共を喚ぶしか……!!」
「そんなことで令呪を無駄遣いするな、阿呆」
「あだっ」
 どこからともなく、瞬き一つで顕れた巌窟王(現代的フォーマルなすがた)がぱこんと立香の頭を叩く。巌窟王はそのまま、燕青の方もじろりと睨めつけた。
「貴様も貴様だ。変にこれを焚きつけるんじゃない」
「マスターが勝手に盛り上がったんだろ。なぁ?」
…………
 巌窟王はひとつ嘆息すると、再び瞬き一つでその姿を気配ごとかき消した。しかし立香は自分の影の方から鋭い視線が投げかけられているのを感じて、すごすごと大人しくなった。
……なぁ、ジーク」
「なんだ、エース」
「なんか……そっちだと『願い星』がなんかの貴重なアイテムなわけ?」
 こっそり耳打ちするように聞いたエースに、ジークは「あぁ、」と頷いた。
「聖晶石と言って、聖なる力の宿った石だと聞いている。数多の未来を確定させる概念が結晶化したもので、擬似霊子結晶とも呼ばれるそうだ。俺たちの世界だと、虹色に光る。『願い星』とは、形がそっくりなんだ」
「へぇ……
「で、なんでリツカはそれを欲しがったんだ?」
「あれがあると、令呪を使わずに英霊召喚に挑戦できる。概念礼装と言って、俺たちの武器になるようなものが召喚されてしまうこともあるが……
「そもそも中々手に入らないんですよね……
 立香がぐったりとしながら言った。心做しか、絵柄が元に戻りつつある。
「星型八面体なんてなかなか手に入らないからさ、一週間頑張ってちまちまクエスト進めて聖晶片集めてちまちまちまちま貯めてさ……
「お、おう……大変だったな……
「僕の分は余るはずだから、良かったら貰ってくれ、リツカ」
「デュース大好き」
「えっ!? あっ!! おう!! そうか!!」
 唐突な告白に狼狽えたデュースは、その後トレイやイデアを手伝うことになったオルトと合流した。
 星送りなんかに参加するかよという生徒にリヨ化した立香が人類悪【石寄越せ】になって詰め寄ったり迫ったり脅したりするのをひっぺがしながら、スターゲイザー達は衣装を貰い、舞と太鼓の練習をすることになり、生徒たちから願い星を集めて回ることになった。





☆人類悪顕現───……