【なに清】八月

※大量クロスオーバー現パロ
※なんでも許せる人向け

【登場人物】
片岡桜:オシャレ苦手。シンプルイズベスト。
藤井冴美:一番総司を遊びに誘いやすい立場が欲しかった。
沖田総司:気付いちゃったからどうにもできなかった。
遠山和葉(名探偵コナン):この後蘭ちゃん達と遊ぶ。
服部平次:自覚済み。
斎藤一:総司が冴美と仲良くしてるらしいことを珍しいなと思っている。
山南敬助:若者の青春には巻き込まれたくないタイプ。
お師匠:いろいろと秘密がある。

原田左之助:いろいろと迷っている。





 ふと、こめかみを伝うものに気付いて、和葉は俯かせていた顔を上げた。スマホの画面との睨めっこは一時休戦である。意識して肩の力を抜いて、右肩に食い込む鞄の手提げの位置を微調整する。凝り固まった肩や背中、棒になりそうな足をほぐすためにその場で少しだけ動いて、大きく息を吐いた。
 左手首にはめた時計に視線を落とそうとして、首の裏がひどく痛む事に気付く。どうやら随分と前屈みになってしまっていたらしい。和葉は意識して背筋を正し、腕を持ち上げて時計を確認した。小さい文字盤に、細いベルト。少しだけ腕を細く見せてくれるそれは、和葉のお気に入りだ。
 時計の短針は「2」を過ぎて、長針はちょうど「7」を指していた。午後二時三五分。空気中の気温が一日の中で一番高くなる時間であり、和葉にとっては約束の時間を一時間半以上過ぎている事への証左であった。もう一つの約束までの残り時間も少なくなっている。
 溜息など、堪えられるはずもない。
 ただ立っているだけと侮るなかれ、太陽の熱と湿気はじわじわと確実に体力を削っていくし、真っ直ぐに自分の体重と鞄の重さを支えている腰と足は輪郭がないからこそ無視できない類の痛みを主張する。今座ったら立ち上がれない。普段はひとより元気な方だと自覚はあるが、約束を───たとえいつもの事だとしても───反故にされているという状況は精神衛生上大変よろしくないし、何より蝉の大合唱が苛立ちを逆撫でするようだった。
 和葉は蝉に当り散らしたい衝動を堪えるため、深呼吸を繰り返した。鞄からペットボトルを取り出し、蓋を開け、随分軽くなったそれを口につける。ぬるくてまずいスポーツドリンクが流し込まれるかと和葉は眉間に皺を寄せるのを堪えきれなかったが、いつまでたっても不味いそれは口の中に広がらない。
 あれ、とペットボトルを注視すると、中には水滴がいくつかあるだけだった。いつの間に飲みきってしまったのだろう。
 熱中症にならないようにだけは気をつけなければならないと木陰で休んでいたが、どうやらそれも限界のようだ。
 和葉は憂鬱な気分になりながら木陰を出て、目を守るために日射しを手で遮りながら真っ直ぐに進んだ。
 和葉の肩の高さに届かないくらいの門構えの向こうに、がっしりとした造りの建物がそびえ立っている。人の気配は無いが、そこは和葉にとっては未知の世界だ。和葉は門にかけられた看板に視線を移した。
 清涼学園大学付属高等学校。
 和葉の通う高校ではない。彼女は大阪の改方学園に通っている。
 ここは東京北部。緑に囲まれた広大な土地を有する清涼学園は幼稚部から大学部まで、全ての機構がそこに開校されていた。
 和葉は看板とは左右反対側にある守衛室に顔を向けた。分厚いカーテンをぴたりと隙間なく閉ざしているため、外から中を覗くことはできない。中に誰か人がいるのか、和葉には伺い知ることができなかった。
 わんわんと蝉の鳴き声が質量を持って膨らみ、脳を圧迫するようだった。やかましくて仕方がないが、苛立ちは溜息で吐き出す。
 約束を交わした相手は、この敷地内のどこかにいる。そしてもしこれが清涼学園ではなく和葉のテリトリーでもある改方学園なら、彼女は迷わず踏み込んで、相手を探し出し、迷惑にならない範囲で大声を上げ、遠慮なく文句をぶつけていただろう。
 しかしここはあくまでもよそ様の敷地である。猫を被るつもりはないが、和葉にしみついた両親の教育、つまりしつけの賜物が、きちんと礼を通して敷地に入るべきだと叫んでいた。ただ、いるかどうかわからない守衛に声をかけたり来校者手続きをしたりするというのはなんだか大事のように感じて、それが和葉の足を学園の外に縫い止めている。
 本日何度目かの溜息をついて、和葉はとうとう項垂れた。建物───校舎の中に人影を見つけたような気がしたが、おそらく気のせいだろう。せめて水が欲しかったが、和葉は爪先を木陰の方へ向けた。スマホでSNSを起動し、メッセージアプリを起動する。暑さにやられて怒る気力すら湧いてこない。のろのろと進みながら、何故だかもういっそ泣きそうになってしまった、その時。
「あのー……すいません、大丈夫ですか……?」
 控えめにかけられた声に、和葉の足が止まった。力が上手く入らない手はスマホを取り落としそうだった。
 振り向けば、心配そうな顔をした生徒が汗をかいているスポーツドリンクを持ってこちらをそっと窺っていた。白いポロシャツをきっちりと第一ボタンまで留めて、ずり落ちそうだったのか、メガネを指で押し上げた。スラックスを履いているから男子かと思ったが、羨ましくなるほどのつやつやで白いきめ細かな肌に、「すごく顔色悪いですよ」とかけられた声は高めの、可愛らしい、というより多少鋭いという表現が似合うソプラノだった。おそらく女子生徒だ。
 暑さで頭が文字通り茹だっている和葉は、言うべき言葉すらあやふやなまま思考回路がぐるぐると回っていた。口ははくはくと動いて、混乱と焦燥に拍車がかかる。
「これ、良かったら。あっその、遠慮せず、どうぞ。あ、開けた方がいいですか」
 ぷしゅ、と未開封のペットボトル独特の音がする。和葉は渡されるまま冷たいそれを受け取って、結局一息にそれを煽った。驚いたのか、彼女は瞠目していた。和葉は喉を鳴らして、甘じょっぱいそれを胃に流し込んでいく。五臓六腑に染み渡るとはこういうことを言うのだろう。
 和葉は一口でペットボトルの中身の大半を空にして、ぷはあ、とようやく一息ついた。
「生き返る……!!」
 思わずこぼれ出た一言に、生徒は頰を緩めて、和葉は「あ、」と羞恥から視線を彷徨わせた。
「良かったら中で涼んで行ってください。カフェテリアにウォーターサーバーあるし」
「あっせや、えろうすんまへん、貰てしもて。お金渡します」
「えっあっいやいや、あのそれ、実は貰い物なんで! ほんとに!」
 鞄の中を漁る手をそのままに、「でも、」と和葉は眉を寄せた。
「いいんですいいんです、ほら中行きましょ、ここ暑いし、熱中症になったら事だし」
「いいんですか? ほんまに?」
「はい、大丈夫です。ウチ、隣が大学だから、出入りは緩いんですよ」
 いや、そういう事ではない、と言いかけて、いや待て、そういう事でもあるのかと和葉はうっかり口を噤んでしまった。こっちです、と先導する彼女は、和葉の疲労が溜まった両足を気遣って少しだけのんびりと校舎へ向かった。和葉はその後をついて行く。誰かが一緒にいてくれるというだけで、随分気持ちが軽くなった。
「それに、えーと、改方学園、の生徒さん、ですよね」
「えっ、そうです」
 もしかして、と和葉は丸い瞳を輝かせた。
「剣道部の人なんですか?」
「あ、いや。違うんですけど、えーと、その」
 彼女は視線をうろ、と彷徨わせて、少しだけ目元を赤く染めた。
「えっと、改方学園がウチでウチの剣道部と合同稽古するのは聞いてたんで……関係者の人ですよね!」
 彼女はごまかす様に大きな声を出した。和葉は「まぁそんなもんです」とてきとうに濁す。
 関係者ではあるが、剣道部の特定の人物と関係者なだけであって、剣道部そのものの関係者ではない。まぁかまへんよね、と和葉は内心で舌を出した。
 事務室で、清涼学園生である彼女の名義でスリッパを借り、まずは水分補給だとカフェテリアに向かう。夏休みの午後ということもあって、カフェテリアは閑散としていた。ぽつんと一人、参考書やノートを机いっぱいに広げてペンを走らせている生徒がいる程度だ。おそらく三年生なのだろう。和葉はできるだけそっと足を運んだ。
「良かったら、うち、剣道場に先に行って声かけてきますよ。名前聞いてもいいですか?」
「いやそんな、悪いし、」
 てきとうな席に座り、和葉は全身がまるで鉛のように重くなったのを感じた。ハウルの動く城で荒れ地の魔女が城の階段を上った後に椅子に体を沈み込ませていたシーンが脳裏に蘇る。
「でも、ほんとにしばらく休んでた方がいいですよ」
 急ぎの用なら、と彼女は心配そうに眉を寄せた。和葉はええんです、と彼女が入れてくれた水を飲んで喉を潤した。
「どうせ向こうは忘れてんねやろし、いつものことやさかい。……
 ひとつ嘆息して、実は、と和葉は言葉を続けた。
「ウチの剣道部の主将で、服部平次っていうアホがおるんやけど、今日はそいつと約束してて。校門前で待ち合わせやったんですけど……、やから、剣道部に急ぎの用事があるわけちゃうんです。気い遣てもろて、ほんまおおきに、せやけどすんまへん」
「そうだったんですか」
 はっとりへいじ、はてどこかで聞いたことがあるような。彼女は少しだけ記憶を遡ろうとしたが、いやそれよりも、と和葉に向き直った。
「でも、それなら尚のこと、呼んできますよ。こんな炎天下なのに外で待たせるなんてどう考えてもおかしいし」
……ありがとう。ほんま、その通りやわ」
「名前と学年教えてください。呼んでこれなくても、ちょっと様子見てきます」
「それなら、一緒に行かせてもろてええですか?」
「それは、大丈夫ですけど」
 彼女は何度か目を瞬かせた。「体調、大丈夫ですか?」心配そうな声色に、和葉は苦笑した。
「大丈夫やって。お水、ほんまおおきに」
 紙コップをゴミ箱に放り込み、二人は連れ立ってカフェテリアを後にした。時刻は三時を回ろうとしていた。
 熱を孕んだ湿気がむわりと二人に襲い掛かる。「うへぇ」「いややわあ」と愚痴を零しながら、二人は廊下を歩いた。
「こんなあっつい中よぉ立っとったな」
「ほんとですよ! なんでそんなことしてたんですか、あ、えーっと……
「あ、和葉です。そういえば、自己紹介がまだでしたね」
 改めて、と和葉は姿勢を正した。
「改方学園二年、遠山和葉です」
「え、あ! 清涼学園二年、藤井冴美です」
「冴美ちゃん、でええんかな? なんや、おないやったんや!」
「お、おない?」
「同い年ってことや!」
 なんやぁ、と和葉は心底肩から力を抜いて朗らかに笑った。冴美もつられて笑顔を浮かべる。
「うちのことは和葉って呼んでな!」
「うん、分かった。和葉、だな。それで、和葉はその服部って奴、なんで律義に待ってたの?」
 何度も待ち合わせ、忘れられてるんだろ? ひどい奴だな、と冴美は言葉の端々に批判を混じらせていた。和葉は「もうほんま、その通りやねん!」思わず頭を抱えた。
「でもなぁ、せやかてなぁ、……約束は約束やしなぁ……
 それに。どうしても待ってしまうのには、別の理由があるというか。和葉は言葉に詰まったが、冴美の「そういう奴には一発こう衝撃を与えて分からせた方がいいって」という力強い言葉に、「も、ほんま、どないしたらええと思う!?」と悲鳴を上げたのだった。





    ◆     ◆     ◆





「は~、冷房が気持ちええ~」
「ベッドとソファに寝転ぶと怒られるよ」
「なんでや、ケチ!」
「汗臭いのが移るからだよ」
 ほら、と総司はデオドラントシートを褐色肌の男に投げて寄こした。上手く受け取った服部平次は、「なんやこれ」と半眼になりつつもシートを一枚取り出した。
「さっすが、モテる男は持っとるモンが違いますなぁ」
「それ、保健室に常備されてるやつだよ」
「道理で薬品臭いわけや」
 服部は道着を脱ぐと、汗をかいた場所を中心にシートで肌を拭き取った。清涼感がクーラーの風に後押しされて、体温を一気に奪い去っていく。「おぉさぶ」服部は慌てて着替えを取り出した。
「服部、こちらを向け」
 既に着替えを終えた斎藤が消毒液を染み込ませた綿をピンセットで摘み、服部の頭を掴んで固定した。優しいとは言えない扱いで、服部を上向かせる。
「おー、すまんな」
「喋るな」
 口を噤んだ服部は、横目で総司を見やった。総司は手慣れた仕草で湿布を切り取り、青く変色し始めた肌の上に貼る。ついでに外傷の具合を診ようと軽く触診をして、結局咳込んだ。
 正方形の絆創膏で服部の切り傷を塞ぎ、斎藤は少しだけ屈めていた背を正した。
「一君、腕、大丈夫?」
「問題ない。アイシングだけで十分だ」
「そう。念のため、後で山南さんに診てもら、っけほ、」
 少しだけ咳き込んで、総司は顔をしかめて唸った。
「うー……、姉さん、ほんと容赦ないな……
「腹に一発、ええの貰っとったもんなぁ。横にならんで平気か?」
「うん。吐き気は無いし」
 総司の腹部には青い痣が一つ、じわりじわりと広がっていた。先程の合同稽古で行われた相懸り稽古で負った傷だ。傷を負わせた本人は、総司達の着替え以外の荷物番をしている。傷の様子を確認して「自分たちでできますね」と笑顔で言ってのけた山南が荷物を取りに行ってくれたので、後で一緒に来てくれるはずだ。山南一人で運ぶには荷物が多すぎる。
「さっさと着替えろ。冷えるぞ」
「うん」
「ほれ」
 服部が総司の衣服を放った。「どうも」受け取って、袖を通す。汗が冷房で冷えたからか、総司は一度だけ肌をぶるりと震わせた。
 総司と服部が完全に着替えを済ませる頃になって、山南がいくつかの荷物を背負って戻ってきた。横開きの重たいドアを開けた人物に、保健室の中にいた三人は瞠目した。
「冴美ちゃん」
「来ていたのか、藤井」
「うん。怪我したのか?」
「まぁ……ちょっとね。大丈夫だよ」
 心配そうな冴美に、総司はどこか困った風情で大丈夫だと繰り返した。山南の後から荷物を幾つか抱えた女子生徒が入室する。その後にさらに生徒が一人続いて、これには服部が素っ頓狂な声を上げた。
「和葉!?」
「平次、怪我したん!?」
 和葉が表情を曇らせる。平次はお構いなしに「なんでおんねん」などとのたまった。心配で泣きそうな表情から一転、和葉は一瞬の間を置いて眦を吊り上げた。
「なんでって、あんたと待ち合わせとったからやこのアホ!!」
「待ち合わせ!?」
「保健室ではお静かに」
 山南の一声で、二人は言葉を失った。和葉は恨みがましく平次を見やり、平次は困惑した表情で山南から受診票を受け取った。
「姉さん、荷物ありがとう」
 山南の後に続いて抱えていた荷物を下ろした女子生徒───片岡桜は、「ん」とどこか尊大な態度で一つ息をついた。そして、自分の荷物を背負った総司のシャツを躊躇なくめくりあげる。
「!?」
 冴美はぎょっと目を剥いた。
「うわぁびっくりするなぁ」
「表情と言葉が一致してませんよ、沖田君」
 桜は湿布を少しだけめくって、すぐに元通りにし、シャツから手を離した。
「なに、心配してくれたの? 自分でつけた傷なのに?」
「肺に近かった」
……もう大丈夫だよ、姉さん」
 総司が優しく苦笑する。桜は少しだけ目を伏せると、それでも「気を付ける」と小さく告げて、保健室を後にした。
 そっと嘆息した総司は、自分の荷物を抱えなおすと、斎藤と服部に向き直った。
「それじゃ、僕は帰って休むよ」
「あぁ、大事にしろ」
「お疲れさん」
 総司の分の受診票を書いていた山南がふと顔を上げた。
「藤井さん、すみませんが、彼のことをしばらく見ておいてくれませんか」
「え?」
 瞬きする冴美に、山南は微笑んだ。
「一応、腹部なので。内臓が傷ついていれば、時間差で何かあるかもしれません」
 念のため、お願いできますか。山南に静かにそう言われ、冴美は「分かりました」と頷いた。
「じゃ、下駄箱で待ってるよ」
「うん、荷物取ってくる。あ、和葉、スリッパは下駄箱に戻しといてくれたらいいから!」
「分かった。おおきに、ほんまありがとうな」
「どういたしまして!」
 総司が開けたドアから冴美が駆け足で出ていく。総司もすぐにその後を追った。
「じゃ、俺もそろそろ寮に」
「はぁ?」
「ぐ、」
 音を立てて、服部の動きが固まる。和葉は心底呆れたといった風情の表情を作っていたが、その双眸はどこか揺れて、傷ついて、ひび割れていた。
 居た堪れない服部は思わず斎藤に縋るように視線を向けたが、彼はさっさと自分の荷物をまとめ、「失礼します」と保健室の外に出て行っていた。山南は「お大事に」と笑顔でそれを見送る。
……さて」
 その笑顔のまま、山南は二人に顔を向けた。
……
 知らず、服部は生唾を飲み込んだ。
 この保健教諭、底が知れない。
「お大事に」
「お世話になりました」
 和葉がきっちりと礼を言って、丁寧に頭を下げる。服部が荷物を掴んだのを認めた瞬間、和葉は彼のシャツの襟を引っ掴んで、容赦なく引っ張った。
 音を立てて、ドアが閉まる。最後にちらりと見えた青年の褐色肌は、どこか青白かった。
……青春ですねえ」
 山南の呟きは、しばらくの間、夏の西日の中を漂っていた。