桜霞
2022-10-01 17:00:12
31642文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

それはまるでオタクによる解釈

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/07/13にpixivに投稿したものの再掲です。







 年功序列の倣いに従って大食堂の片付けを終えた一年生たちは、深夜テンションに身を任せてオンボロ寮への道を辿っていた。学園長に後片付けを命じられたときとは一転、その表情は明るい。
 その理由はこの先のオンボロ寮にあった。リンが簡単な夜食を用意してくれているのだ。
「にしても、事務員さん達、大変だな。大食堂以外の教室とか講堂とか全部片づけて、墓石も返しに行かなきゃいけねえんだろ?」
「ついでに備品のチェックもするから、今夜は寝られないとも言っていたしな」
 エースの言葉に、デュースが頷く。彼らは大食堂が一年生たちによりある程度片付けられていることを知ると、諸手を挙げて喜んだ。

 ───ヤッフーイ!!!
 ───ありがとう!!! そしてありがとう!!!
 ───お前ら愛してるぞ!!!
 ───椅子が全部綺麗に並んでる!!! ヤッタ~~~~~~!!!!!!

 翼を授けるアレや魔物の名前を冠するエナジードリンクと深夜テンションが相乗効果を起こし、事務員たちは総じて精神がキマっていた。
 ユウは勿論リンのことが心配になったが、上司から連絡を受けてメッセージを飛ばしてくれたところを見ると、特にやべえテンションになっているというわけではなさそうだった。
『後片付け手伝ってくれてありがとう。オンボロ寮に夜食用意したから、皆で食べてって』
 ……という文言と一緒にたくさんのおにぎりが並んでいるところを見せられては、学生たちからオンボロ寮に行かない選択肢は無くなった。
「もうこの際だから泊まろうぜ。寮長たちも許可してくれるだろ」
「だが、それには外泊届がいるだろう」
「あー……後でよくね? いったん戻るのだりぃ~」
 真面目なセベクに、エースが音を上げる。
「今日のところはスマホで連絡入れとけばいーんじゃね? 後は落ち着いたらリンさんがなんとかしてくれるっしょ」
「リンさんの仕事増やさないで」
 ユウがぴしゃりと言った。
「セベク、外泊届は寮長が一定期間保管して、後で何かあったときのために記録しておくものだから、後出しでも大丈夫だよ。先生たちのチェックが入るのは月に一回だけど、次のチェックはもう少し先だから」
「そうなのか。では一応、寮長と副寮長にメッセージを入れておこう」
 一年生たちの中で唯一寮長に近いポジションのユウに言われれば説得力も増す。僕もそうしよう、とエペルもスマホを操作した。
「でも、リンさんも忙しいなら、エースの雄姿を見る時間は無いかもしれないな……
「見なくていーっつの!!」
「え~~~なんでよ!! リンさん絶対褒めてくれるよ!!」
「別に褒めてくれなくてもいーーし!!」
「素直になれ、エース」
 歩みが遅くなりかけたエースの肩をジャックががっしりと掴んで前に押し出した。にやりと笑ったデュースもエースの背中を押す。面白がったエペルが前に走り出て、エースの腕を取って引っ張った。
「なに!? なんなのお前らマジやめろよ!!」
「にゃはは!! おもしれーことになってるんだゾ!!」
「皆体力あるなあ」
 ぴょーんとグリムが身軽に飛び跳ねて追いかける。ユウはやれやれと小走りに移行した。
「ユウさん、大丈夫? 僕の背中に乗る?」
「大丈夫だよ! ありがとう、オルトくん」
「どういたしまして!」
 ふわりとオルトが宙に浮く。オンボロ寮はもうすぐ目の前に迫っていた。
 あっという間に玄関に辿り着いた先行組がブザーを二度鳴らす。開いてるよおとリンの声が響いたので、一年生たちはどやどやと深夜のオンボロ寮にお邪魔した。階段の上から、ひょこりとリンが顔を出す。
「おー、いらっしゃあああー!! エースすげえかっこいいじゃんどうした!?」
「えっ、いや、まぁ、それほどでも? あるっていうか? いっで小突くな!!」
 満更でも無さそうなエースを、ジャックとデュースがにやにやと悪戯っ子のような笑顔で見やる。
 目を見開いたリンは、けれどもすぐに破顔した。
「エペルも似合ってんよ~!! 大人っぽくなったねえ!!」
「ほ、ほんと!? ですか!?」
「ほんとほんと! おにぎり持ってくから、談話室入ってな!」
 そうしてすぐに姿を引っ込めて、リンはぱたぱたと階段を駆け上がった。ユウはリンを手伝うために二階へ移動したが、他の生徒はお言葉に甘えて素直に談話室へとなだれ込んだ。
「オルト、こっち側の壁に、スクリーンみたいに映せるか?」
「それなら、ソファの向きを変えるか」
「その前にローテーブルを避けるべきだな」
「いやガチじゃん」
 ジャックとセベクが率先して動き、談話室を一時的に模様替えする。大皿に大量のおにぎりと作り置きのおかずを持って降りて来たリンは、「あらあら何事?」と目を丸くした。
「これから鑑賞会するんですよ」
 味噌汁と食器を持ってリンの後を降りて来たユウが配膳の準備をしながら言った。
「今回のプロポーズ大作戦、オルトくんが全部録画してくれてたんです」
「よーっし私の席ここな」
「いやノリ良すぎか?」
「だってそんなん絶対面白いじゃん! さっき二年と三年に会ったけど全員フラれたんでしょ?」
「あ、そういや寮長からメッセ返って来てないか確認しなきゃ」
 後で怒られて面倒な罰を受けたくない一年生たちは揃ってスマホを確認した。オルトは即座に返信をもらったので、「お仕事は大丈夫?」とリンに訊ねている。リンは「休憩時間の前借りってことにするから大丈夫」と親指を立てた。
……なぁ、エース。僕、ローズハート寮長はもしかしたらもう寝てるかもと思って、クローバー先輩の方にも連絡入れたんだが」
「あぁ、俺も。なんか変なグループに招待されてねえ?」
「エースもか」
 ハーツラビュルが何やらぽそぽそと相談を始めた。ジャックはレオナとラギーに一応の連絡を入れ、双方から「勝手にしろ」だの「了解っス~」だのと返事を貰えていた。ありがとうございますと返しておく。
「ユウ、なんか手伝うことあるか」
「あ、じゃあこれ、てきとうに並べてくれる?」
「分かった」
 味噌汁を注いだお椀を、ローテーブルに配していく。おにぎりの大皿は中央に来るように。「お前らも手伝え」と声をかけながら顔を上げたジャックは、不思議そうに首を傾げた。
「お前ら、さっきから揃いも揃ってスマホ見て、どうしたんだ?」
「あ、もしかしてお泊りだめだった?」
「え、いや! 泊りは全然!」
「あぁ、大丈夫だ!」
 弾かれた様に顔を上げたエースとデュースがぶんぶんと手を振った。
「うん、僕も! セベククンは?」
「問題ない。問題ないが……まぁ、後で構わんか。先に鑑賞会だな」
「オニギリうまそーっ!! いっただっきまーす!!」
 エースが喜色満面で手を伸ばす。どうぞー、とリンが笑みを深めた。





 ───オペレーション・プロポーズの一部始終は、リンには大層ウケが良かった。
 レオナが平手打ちを食らった瞬間に「ぶわははは!!」と一番の大声で笑い、「アタシの顔にどれだけの価値があると思ってんの!?」という絶叫に「ワタナベナオミのフォロワー数越えてからそういうこと言え」と野次を飛ばした。ジャックのプロポーズを見てエースが狼の獣人族の結婚観について話だし、そうこうしているうちにトレイが「やっぱりだめかー」と苦笑していた。
「うっわこいつフラれ慣れてやがる」
「えっマジ?」
「マジだな。実家の近所に連れがいると見た、今度聞いとけ」
「イエス・マム!」
 エースとデュースがびしっと敬礼した。
 フロイドとジェイドが平手打ちされる瞬間は花嫁ゴーストとまったく同じタイミングで「論外!!」「物騒!!」と声を張り上げて、その直後に腹を抱えてゲラゲラ笑っていた。ちなみに、セベクが若様の話を始めた瞬間にリンが「誰だよ」と野次を飛ばしたので、セベクは「話は最後まで聞け!!」と談話室の肖像画が震えるくらいに怒声を張り上げた。結局、花嫁にも最後まで話を聞いてもらえていなかったので、リンはそれにも笑い転げた。
 ケイトのチャラさにドン引いたり、デュースを可愛い可愛いと撫で繰り回したりしている間にリリアが平手打ちされ、最後にアズールが「何故フラれた!!」と目をかっぴらいた瞬間にリンは再び大爆笑し、いっそげほごほと噎せていた。
 動画が一旦止まる。「はー笑った笑った」とリンは目尻を指で拭った。
「あんた達いつの間になんばグランド花月まで行ってきたの?」
「どこだよナンバグランドカゲツ」
「リンさん、これ吉本じゃないんですよ」
「え、じゃあ今土曜の一時じゃない? ウワ結構時間経ってんな。最後にエースのプロポーズ見せてよ」
「リクエストを承認しました」
 オルトが再生を開始する。きゅるきゅると画面が早送りされ、『ちょーーっと待ったぁーーー!!』とエースが大食堂に飛び込んできた。
「おぉーっ」
「待ってました!」
「ィヨッ、真打登場!!」
「なんかハズイからやめてくんない!?」
 歌舞伎の声掛けを真似ていたリンはケラケラと笑ってソファに座り直した。
「ここらへんのゴーストとの戦闘は飛ばそう」
「そうだな」
「え、でもなんか喋ってるくない?」
「五〇〇年前の話ですね」
 ユウが説明役を買って出た。
「家臣のゴーストたちによると、イライザ姫……花嫁のゴーストなんですけど、彼女の国が五〇〇年前に隣国に裏切られて一夜にして滅んだらしいんです。いつか王子様が、と夢見てこの五〇〇年ずっと理想の王子様を探してたらしいんですけど……
『なにもかも理想通りな相手なんていねーよ。ちょっと考えりゃ分かるだろ』
 画面の向こうのエースがユウの言葉を引き継ぐ。あまりにも見事な操作に、デュースとジャックは思わず感動に目を見開いてオルトを見やった。
『可哀想だからって姫を腫れ物みてーに扱って。そんなん、思いやりでもなんでもねーわ!』
「よく言ったァ!!」
『結局は周りの奴らが本人に向き合うのを避けて楽してるだけじゃねーか!』
「いいぞもっとやれ!!」
「リンさん、エースがかっこいいのこの先です!! この先!!」
「えっこの先!? まだあんの!?」
 理想の王子様なんていない、と叩きつけられたイライザ姫が狼狽える。その仕草は見ている者の哀れを誘う、典型的な悲劇のヒロイン然としたものだった。
『だーかーらー、理想の結婚相手っつーのはさあ、』
 エースがイライザ姫に向き直る。彼の瞳はどこまでも真っ直ぐに花嫁のゴーストと向き合っていた。
『一緒に泣いたり笑ったりできる奴。んで、どんなに辛いときでも一緒に頑張れる奴。恥ずかしいこと言わせんなよ、五〇〇年もあったのに誰も何も本人のためになることしてやってねーじゃん!!』
 リンは惜しみ無く、全力で拍手した。ユウも満面の笑みでそれに倣う。
「素晴らしい」リンは噛みしめるようにして言った。
「素晴らしいがエース、これだけの結論をその年で得るってお前今までどんな恋愛してきたんだ」
「上げて落とすのやめてくんない!?」
「ミドルスクールのとき彼女いたらしいっすよコイツ!!」
「あ、ちょっデュースお前!!」
「へえー!! マジかお前、へえ~~~~!!!」
 途端にリンの表情に喜色が混じる。エースはうへえと首を竦ませた。
「なんだ、思ったより彼女が自分と合わなくて自然消滅狙ったら面倒事でも色々フィッシュしたのか!!」
「なんで分かんの!!?!?」
 エースの悲鳴をかき消すように、オルトに装備されている音響からおどろおどろしい怒声が轟いた。
『彼女は……俺が守る……!』
 イライザ姫の側近らしき、チャビーと呼ばれていた男性ゴーストである。
「ついでにお前と姫さんがくっつくのも丸っとお見通しだバカめ!!」
「えっすごい、その通りですよリンさん」
「えっマジなん?」
 凄まじい剣幕で映像に怒鳴りつけていたリンは毒気の抜けた顔で全身から脱力した。
「なんだぁマジで茶番じゃん。つーかめちゃくちゃデカくなんね。どっかにねがいぼしでも落ちてた?」
「超巨大特攻スキルバフめちゃくちゃほしかったです……
「バスター三枚エクストラアタックで終了だな」
「それだと大食堂ぶっ飛びますね」
「ひとたまりもねえや」
 五〇〇年分の未練を持って膨れ上がっていくゴーストを、つまらない映画を見るように眺めて、リンはユウに入れてもらった茶を啜った。会話の意味が分からないエース達は互いに目配せしあったが、まともに取り合っても何も分からないだろうと肩を竦めるだけにとどまった。
 エースたちが黙々とおにぎりと味噌汁を消費している間に、散々ブーケをぶつけられ、魔法で攻撃され、やがてチャビーのダイマックスタイムは終了した。
 歓喜に包まれる生徒達とは対照的に、青白い顔をさらに青白くさせたイライザ姫が、だんだん文字通り色を失い始めたチャビーに「なんてこと!」と涙ながらに飛びついた。
『私を悪党から守って、ボロボロになってしまうなんて……
「おっ、ようやくクライマックスか」
「まあ、五〇〇年が千年にならないために必要だった流れですよ」
「ユウさん、あんた達観してんねえ」
「いやそうでも思わねーとやってらんねーよ。迷惑かけられたのはこっちだっつーのに、なんでオレらが悪者扱いされなきゃいけないわけ?」
 エースが憮然と口を尖らせた。その通り、と他の生徒たちも頷く。リンは嘆息した。
「どの世界でも、悪意の無い独り善がりの善行は性質が悪いのは変わらんな」
 真実の愛のキスにより、ふたりは結ばれ、やがて光の中へ消えて行った。
 二度と来るな、という生徒達の怒号が一息に揃う。リンはケタケタと笑い、映像が止まるとオルトを顧みた。
「ありがとね。いやーイイハナシダッタナー。あんた達もお疲れさん。エース、エペル、せっかくの一張羅、皺にならないようにハンガーで吊っときなさいよ」
「はーい」
「はい、ありがとうございます。夜食、ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「お口に合ったようで何より」
 言って、リンは立ち上がった。
「じゃ、そろそろ行くわ。食器、水につけとくだけでいいからね」
「あ、そうだ。ねえねえリンさん、一個だけ聞かせてよ」
「ん?」
 エースが手を挙げて身を乗り出す。リンは瞬いて小首を傾げた。
「リンさんはさ、将来結婚する相手とかに求める条件とかあんの?」
「粋なこと」
 あっさり答えたリンに、エースは「イキ?」と訝し気な顔をした。続けてデュースが手を挙げる。
「例えばどんな感じのですか? やっぱり花嫁のゴーストが言ってたみたいな……?」
「そんな奴が出てきたらフライパンで顔面ぶん殴る」
「物騒だな!?」
「なんで!?」
 いや、自分でも分かんないんだけど、とリンは拳でシュッシュッと空を横に切りながら言った。
「どいつもこいつも、なんとなくそうしなきゃいけないような感じがして……
「私もかな……血が騒ぐというか……
「ユウまでなに言ってんの!?」
「もう深夜だからな。あんまり夜更かしせずにとっとと寝なさいよ」
 はーい、と生徒達の声が揃う。今度こそ談話室を後にするリンを見送るために、ユウもソファから立ち上がった。
「おやすみ。良い夢を」
「おやすみなさい」
「おやすみー」
 ひらりと揺れたリンの腕がドアの向こうに去って行く。やがて足音も遠のいて、エース達は誰からともなくそっと息を吐いた。
「はー、メシ食ったら眠くなってきた」
「僕もだ」
「今日はここで雑魚寝しねえ? 毛布持って来ようぜ、ついでに着替えてえ。シャワーどうする?」
「ここのシャワールーム、なんだかんだ広いだろ。三人ずつくらい、余裕じゃねえか?」
「ローテーブルとソファを動かす前に、食器を片付けるぞ」
「僕も手伝うよ!」
 セベクが器用に皿を重ねて持った。男共で毛布を出したり片付けたりスペースを作ったりしているうちに、リンを見送ったユウが戻ってくる。
「あれ、皆急にどうしたの」
「今日はここで雑魚寝しようってことになってな」
「やったあ」
 ユウは無邪気に喜んだ。皆で大部屋に寝泊まりするのは修学旅行感があって楽しいのだ。
「あ、ユウ、グリムがもう限界超えてるわ。ちょっと持ってて」
「はーい」
 主にリンがあれだけ騒がしかったのに、満腹になったグリムはすよすよと寝息を立てていた。いつの間に寝落ちたのか、全く分からない。
「キッチンは上だな?」
「うん、案内するね」
「ユウ、そのまま先に風呂に入って来い。俺らは後でいいから」
「はーい」
 それじゃあグリムはここに、とユウはソファにグリムを寝かせて毛布をかけてやった。
「あ、でも、私、部屋にシャワーあるから、広い方は皆で使っていいよ」
 ユウはかつての寮長部屋を使っているので、部屋にはシャワースペースとトイレが備え付けられていた。ちなみに、リンはかつての副寮長部屋を使用している。
 各寮の寮長や副寮長は、彼らしか使用できない部屋を幾つか所持しているのだ。
 ただ、ユウやリンは湯船に浸かってゆっくりしたいので、週の半分は広い方の浴場を使っていた。オンボロ寮に多くの生徒が滞在していた頃の名残か、複数人が一度に利用できる作りになっている。
「シャンプーとかはボトルが一個ずつしか無いけど、そこはまあ……
「じゃ、そうしようぜ。あ、セベクは寝間着どうする?」
「魔法でどうとでもなる。無用な心配だ」
 エースはひゅうと口笛を鳴らした。流石ディアソムニアだな、とデュースも感心する。
 マジカルペンの一振りで纏う衣装を変えるのは、実は中々に難しいのだ。
 普段からよく泊まりに来ているエース達には彼らの部屋の鍵を渡し、ユウは「じゃあいったん解散ね」と一言置いた。そしてセベクを連れて、二階に上がる。
 食器を水に浸し、簡単にシャワールームの説明をした後、ユウは自分の部屋に引っ込んだ。
 手早くシャワーを浴びて髪を乾かし、化粧水などで肌を整える。
 ユウはいつものなんちゃって浴衣ではなく、薄くはないTシャツとスウェットを着て階下に降りた。いつも使っている毛布に枕と化粧品類を包んで持って行くのも忘れない。
 談話室に顔を出すと、一面に敷き詰められたマットレスに色とりどりのシーツカバーがかけられていた。こちらもシャワーを浴びて、すっかり気楽な格好をしたエース達が、「あ、化粧水くれー」と起き上がる。
 いつものことなので、ユウも「ハイヨー」と毛布の中身を広げた。
 ユウにあてがわれたスペースには、既にグリムがちょこんと丸くなっている。
「ひとついいか」
 皆でぐだぐだしていると、不意にセベクが声を上げた。
「どした?」
「いや、リリア様に外泊の連絡をしたときに、『リン殿とも恋バナを楽しんでくると良い。土産話を待っとるぞ』と言われたんだが、あのリンという人間は仕事で出て行ってしまっただろう。そういうわけで、お前達が知っていることを教えてほしいんだが」
 セベクの言葉に、一同は揃ってユウを見た。ユウは「そんなことを言われても」という顔をしていた。
 ジャックがセベクに向き直る。
「それは……リンさんが仕事に行ったから話を聞けなかったじゃだめなのか」
「リリア様が楽しみにされているんだぞ。土産話の一つも持ち帰らんなど有り得ん」
……
 すっぱり言い切ったセベクに、ユウはますます困ったような顔をした。ジャックも呆れを隠さない。
 しかし、意外なところから援護射撃が飛んできた。
「ぶっちゃけ、オレらも言われてんだよね。リンさんのコイバナ探って来いって」
「ええ?」
「あ、僕も言われた……
「エペルまで?」
 一体どういうことだろう。ディアソムニアだけならまだしも、ハーツラビュルやポムフィオーレまで。
「俺は何も言われてねえぞ」
「僕も、兄さんからは何も連絡来てないよ」
 ジャックとオルトは自分から何も知らないと申告した。エースが訝しげにスマホをいじる。
「なに? なんで皆リンさんのコイバナ気になんの? いやまあ気になるけどさあ」
「ユウは何か、そういう話はしてないのか?」
 デュースに訊かれて、ユウは記憶を巡らせた。
 そう言えば、リンとは所謂そういう俗っぽい話をしたことはあまり無いな、と思い至る。リンはいつもユウとグリムの話を聞いてくれるし、教職員の生徒以外に見せる顔について面白おかしく話してくれることなどはあったが、それこそ恋愛に通じるような話題はこれっぽっちも浮かばなかった。
……驚くくらいしてない……
「マジか」
 呆然とするユウに、エース達は意外そうに瞬いた。女子ってそういうの好きそうなのに、と言外に言われているような気がして、ユウはむっと頬をふくらませた。
「悪うございましたね」
「いや別に悪くはねえけど」
「だってリンさん、自分のことはすぐはぐらかすんだもん」
「あー、そういうとこあるよな」
 元の世界でリンどんな仕事をしていたのか知る者はいない。仕事どころか家族や友人関係、好きなものや嫌いなもの、どこで生まれどんな風に育ち、どんな場所に住んでいたのか、等々、詮索好きの生徒たちにそれとなく探られても、にっこり笑って曖昧に答えるかはぐらかしていた。
「リンさん、喋らないわけではないしさ、いろいろ教えてくれるんだけど。全部、私がちゃんと学生生活楽しめるように、人生の先輩としての役割を果たしてくれてるだけっていうか……いや、めちゃくちゃ有難いことなんだけど」
 ユウが複雑そうな顔で言った。
「なんか……共感も批判もしてくれるけど、否定とか拒絶はされたことない……、全部受け入れてくれる……
 どんなに不可解なことでも、リンは理解をしようと努力してくれる。その上で、ユウに欠けている必要な言葉や思考を、必要なときに、必要な分だけ補ってくれるのだ。
 それは確かにリンの言葉ではあったけれど、彼女自身を体現したり、表したりするものではなかった。
「さすが、大人だな」
「あぁ、上手くは言えないが」
「一緒にはしゃいだり怒ったり大爆笑したりしてるけど、どうしてこう、……こう……大人と子供の境界みたいな……そういうのを感じるんだろ……
 一本、見えない線が引かれているような。
 薄いベールが、狭間にたゆたっているような。
 手を伸ばせば届く距離にいるのに、その存在はどこか遠い。ユウはとうとう、長く息をついた。
 リンがどう感じ、何を想い、思案を巡らせているのか。リンはあまりにも、自分のことを語らなかった。
「ルークサンみたいに、プライベートに踏み込まれるのが嫌……なのかな……
 考え考え、エペルが言葉を紡ぐ。それに異を唱えたのはジャックだった。
「それにしては、さっきのエースの質問には、やけにあっさり答えたじゃねえか」
「ああ、将来結婚うんぬんかんぬん」
「あー、先輩たちに探れって言われたからあんなこと急に聞きだしたんだ」
「そーいうこと」
 エースが眠そうに欠伸をしながらかくん、と首肯した。
「にしても、イキって何? イキッてる奴のことではねーだろ?」
「うーん……僕のアーカイブにも参照できるデータが無いなあ……
 オルトが困ったように眉を下げる。少なくとも、とデュースが声を上げた。
「そういう奴が突っかかってきたら躊躇なく無造作に鼻っ柱折るタイプだろ」
「掌の上でころころするよ」
 デュースの言葉に、ユウは年が明けてすぐのアズールとの騒動を思い出した。
「ユウは、イキって何のことか分かるか?」
「なんとなくだけど」
 頷いて、ユウは、えーと、と丁寧に言葉を並べ始めた。
「イメージ的には、垢抜けてさっぱりしたひとのことかな。物分かりとか人当たりがフランクだけど失礼じゃなくて、あとは気遣いがすごくさりげなくて。相手に気負わせないっていうか……
「ほー」
「『あ、このひとのオシャレ、頑張れば真似できそうだな~』と思って手を出してみたら全然そんなことなくて絶望するきっかけになるひとみたいな」
「急にすげえ分かりやすい例え来たな」
「確かにいるな、そんな奴。目立つわけじゃないけど、さりげなくキマってて、かといって地味なわけではない……みたいな」
 ジャックの言葉に、そうそうそんな感じ、とユウは破顔して頷いた。
「『粋』……かっこいいかも……!」
 エペルが瞳を輝かせる。対してセベクは真剣な表情で考える素振りを見せた。
「奥が深いな……つまり、そういう要素が揃って初めて『粋』になるんだろう」
……どゆこと?」
 エースとデュースが眉間に皺を寄せる。
「『粋な奴』を目指しても、逆に取っ散らかったり、押しつけがましくなるってことだろ」
「さりげなさ、っていうのは、意識すればするほど裏目に出るものだしね」
 ジャックとエペルが言葉を添える。ユウもうんうんと頷いた。
「ほんとに粋なひとは、自分のこと粋だなんて言わないから。自分がどうすれば最高にかっこよくなるか、全部分かってるんだよ」
「なるほどね」
「要するにスゲー大人ってことだな」
「お前らほんとに分かってんのか?」
 ジャックが訝し気に目を眇めた。
「正直に言うと、すごく眠くて三分の一くらいしか理解できてない」
「私、デュースのそういうとこ好きだよ」
「ありがとう」
「これ以上話しても埒が明かなさそうだし、寝るか。先輩にはテキトーに言っとくふわあ、」
 エースが大欠伸をしてぼすんと枕に顔をうずめた。
「その前に、なんでリンさんのコイバナ聞きたがったのか、ちゃんと聞いといてね」
「ウィーす」
「おやすみ」
「おやすみなさい!」
「おやすみー」
「良い夢を」
 セベクがくるりと指で宙に円を描く。すると、ふつりと音もなく電気が消えた。
「ありがと、セベク」
「あぁ」
 それを最後に、談話室には夜の静けさが訪れた。





 ◆





 二日後。
「集合!! 集合!! 集合!!」とエースが叫び、デュースが「プァーーーーー!!!!」と警報を鳴らした。チャットアプリの中で。
 いつもならなんだかんだ面倒そうにするジャックも「すぐ行く」と即レスし、エペルも「オンボロ寮だよね?」と前のめりな姿勢を見せた。珍しくセベクも「了解した」と返している。
 監督生であるユウがそれに気付いたのは少し遅れてからだったが、エースがひたすらやべぇとしか言わないし、デュースが意味不明にスタ爆を繰り返してくるので、余程のことがあったんだろうなとグリムと顔を見合わせた。
 オルトは探しても見つからなかったらしく、どうやっても連絡が取れなかったので、今回の参加は見送り、また次回に誘う事にした。
「やべえよ!!」
 バァン、と賑やかに談話室のドアが開かれる。どやどや入って行く同級生たちに「落ち着いてよ」と言いながら、ユウは皆に茶を淹れてやった。
「いや今日マジでユウのバイトなくて良かったわ、オンボロ寮使えるし」
「あぁ、この話をするのにここ以上適した場所はないだろう」
「この二日で何があったの?」
「待て。まずはお前ら、誰から聞いた? オレらは主にトレイ先輩から」
「オレはアズール先輩だ。先輩は、双子から聞いたって言ってた」
「僕は、ヴィルサンと、ルークサン」
「僕は勿論、リリア様からだ」
「オイ、オレ様達を置いてくな! いったい何の話をしてるんだゾ!?」
 グリムが輪になって座っている皆の中心に躍り出る。「リンさんの話だよ」とエースが声を潜めて行った。
「リンさん?」
「そう」
 どこか興奮した様子で、エースは言葉を続けた。
「リンさんに恋人がいるかもってハナシ!!」
「、えっ」
 ユウは瞠目し、思わず息を詰めた。
……ええっ!?」
 エースの言葉を呑み込んだユウの絶叫が、談話室に綺麗に響く。びっくりだよな、とデュースも身を乗り出した。
「あいつ、 つがいがいるのか!? なんでお前らの方がそれを知ってるんだゾ!?」
 グリムの言う事も尤もだ。それが、とエペルが経緯を説明した。
「僕達が鑑賞会をしにここへ来る前に、二、三年生と会っていたらしくて。オペレーション・プロポーズがどうなったか話してたみたいなんだけど、流れでリンサンの恋人関係に話が発展したみたいで……そしたらリンさんが、 おもむろに指輪を取り出して」
「指輪!?」
「それも結構いいやつっぽいらしいんだよ」
 エースが口を挟む。ユウは驚きに目を見開いたままエペルに話の続きを促した。
「それで、リンさん───」

 ───いったい、私のどういう話が聞きたいの?

「って、指輪をこう、ネックレスにしてるのをこう、ぶらさげながら」
「───」
 ユウは言葉を失った。頭が真っ白になって、何も考えられない。
「暗くてよく見えなかったけど、ただの気兼ねないプレゼントやオシャレなアクセサリーとして買ったり贈ったりするような値段のものじゃないことは確かだってヴィルサンが言ってた」
「あぁ、婚約指輪っていうほどすごそうなやつではなかったらしい、ってアズール先輩も言ってたな」
「ジャックって意外にいろんな先輩と仲いいよな」
「そうか?」
「話を脱線させるな!」
 セベクが顰め面しい顔で割り入った。
「ただのアクセサリーなら、常時から胸元にしまいこんだりはしまい、とリリア様は仰っていた。十中八九、恋人か、パートナーからのものだろう」
「分かんねえよ、貢物かも」
「他に言い方はねえのかよ」
 ジャックがエースを窘める。「だってリンさんそれくらいされてそうじゃね?」とエースが口端を吊り上げて言った。うぐ、とジャックが唸る。
「否定は……できねえけど……
「そんで、リンさんの『粋な人』発言の話をしたらさ、ウチではもう恋人いるのが確定っぽくなっちゃって」
「ダイヤモンド先輩なんか、『それって今、連絡も取れずに離れ離れってことじゃん!? チョー寂しい、マジ病み~!』って言いだして」
 リドルなどは、リンさんなら納得の人選基準だ、とまで言い切ったのだという。
「人選基準って……
「なんだよジャック、さっきから。アズール先輩はなんだって?」
……あのひとは、相変わらずぶれねえというか、なんというか……

 ───恋愛とは、悩み多きものですからね。慈悲の精神に基づくオクタヴィネル寮長としては、聞き逃すわけには参りませんから。

……って」
 そう言っているアズールの背後で、ウツボの双子はにこにこと微笑んでいたのだという。デュースはごくりと生唾を呑み込んだ。
「間違いなくビジネスチャンス的なものとして捉えたな……
「リンさんが人魚姫にされちまう。気をつけとけよ、ユウ」
「え、あ、うん」
 ユウは弾かれた様に顔を上げて、慌てて何度か首肯した。
「人魚姫か。そういや、この話をラギー先輩たちにしたら、同じようなことを言ってたな」
「あ、ラギー先輩たちにも言ったんだ?」
「あぁ、アズール先輩たちに捕まってたところを見てたらしくてな」
 ちょーっと会話の内容が気になるだけっスよ~、と今度はラギーとレオナに捕まったのだ。ジャックにとってはあまり嬉しくない千客万来だった。

 ───それで、何について話してたんスか?
 ───えーと……どこから話せばいいのか……、あ、でも、レオナ先輩は知ってんじゃないんすか?
 ───あ?
 ───リンさんに恋人がいるかもしれねえっつー話っス。
 ───マジィ!?

 ラギーがあんなに素っ頓狂な声で「アズールくんが一枚噛んだらリンさん泡になって死んじまうっスよ!!」とかなんとか訳の分からないことを宣うのを、ジャックはほとんど初めて耳にした。対するレオナは「なんだその話かよ」と至極嫌そうに舌を打った。

 ───レオナさんあんたなんでそんな面白、じゃなかった重要なこと教えてくんなかったんスか!?
 ───……一応聞いてやる、なんで重要なんだ
 ───だってオレ、いつかあんたがリンさんをサバナクローに囲い込んでくれるかもって期待してたんスよ!!
 ───その心は
 ───飯を作る手間が省けてついでにオレの食費代が浮く!!

 瞬間、ジャックは内心で盛大にずっこけた。対するレオナは「お前はそういう奴だよな」と半分せせら笑っていた。

 ───ちょっとちょっとなに強がってんスか余裕ぶってる暇あるんスか!?
 ───はあ?
 ───どうせ恋人っつっても「元の世界の」っスよね? 邪魔する奴なんかいないんだし、さっさと横から掻っ攫わないと、リンさん、あっさりいなくなっちまいますよ! 無駄にいいそのハイスペックをいつ活かすんスか!! 今でしょ!!
 ───古い
 ───どーーーーせスラムは常に周回遅れっスよ!!

 いや、周回遅れにもほどがあるだろ、とジャックは口に出さないまでも突っ込んだ。
 しかし、ラギーがきゃんきゃん吠えたてれば吠えたてる程、レオナの冷静さが浮き彫りになる。あくまでもいつも通りな風体のレオナに、これぐらいでびくとも狼狽えないとはさすがだな、とジャックは素直に感心した。
 そしてジャックはまっすぐなやつなので、思ったことはそっくりそのまま口にした。ラギーは「出たよ」とげんなりしたし、レオナも深々と溜息をついたが、何を思ったのか「大体な、」とうんざりしながら言った。

 ───あれだけいい女なんだから、男がいてもおかしかねえだろうが。ちょっと考えりゃ分かるだろ。寧ろいねえ方が不自然だ。
 ───え、そうっスか? あーいうひとってなんか付け入る隙無さすぎてそこまで踏み込めなくねえっスか?

 え、ていうか、とラギーは意地悪くにたぁ、と笑った。

 ───レオナさん、なんだかんだいってリンさんのこと「いい女だ」って思ってたんスね~!
 ───事実だろうが。
 ───うわあ、ガチじゃん

 揚げ足を取るつもりが存外真面目な声音で返されて、ラギーは思わず身を引いた。レオナは嘆息しながら言葉を続けた。

 ───ああいう奴は頑固なんだよ。この世界の住人じゃねえなら、いずれいなくなる。元の世界に男がいるなら猶更だ。期待するだけ損だぜ

 レオナはそう言って、二人の前から姿を消した。

 ───……あんだけ彼氏面するくせに、肝心なとこでこうなんだもんなぁ。仕様のねえ御方っスねぇ

 ラギーがレオナを追いかける。一人ぽつねんと残されたジャックは、自分が一体何を見せられたのか、考えることを放棄した。
 そして今に至る。話を聞いたエースは「いやそれ完璧な彼氏面」と評したし、エペルも「レオナサン、本気なんだ……!」と拳を握りしめた。
「うーん……レオナさんがフラれる未来しか見えないし見たくないしそれ以外の未来は剪定事象として私がアラヤになっ」
「ユウがどっか行った!! 戻って来い!! ここはオンボロ寮なんだゾ!!」
 グリムにがっくんがっくんと体を揺さぶられ、ユウはハッと息を呑んだ。あまりの話に思考回路がどこぞへとレイシフトしてしまっていた。
「ごめんごめん……ありがと、グリム」
「まったく、しっかりするんだゾ!」
 グリムが半眼になって腰に手を当てる。ユウはグリムの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「で、あとはポムフィオーレか」
「シェーンハイト先輩、指輪のこと以外に何か言ってたか? 『粋な人』の話はしたのか?」
「うん。したっけ、『まぁまぁいい趣味してるわね』って言われた」
「あのひとらしいな……
 ジャックが苦笑する。確かに、と皆が頷いた。
「でも、『特定の男を作るような奴には見えない』とも言ってて」
 ヴィルのリンを評した言葉に、エースはマジかと思わず口走った。
「え、……いやさっきオレも似たようなこと思ったけど」
「だが、レオナ先輩はそんな風には思ってないみたいだったぞ」
「リリア様は『きっと寂しい思いをしておるに違いない』と憐れんでおられた。さすがリリア様、寛大な御心だ」
「クローバー先輩やダイヤモンド先輩も似たようなことを言っていたな。ローズハート寮長も、リンさんは強いひとだけど、それとこれとは別だ、みたいなこと言ってたし」
 話を聞いていたユウは、「うーん」と腕を組んで唸った。
 どうも彼らのリンへ対する解釈にはどこか齟齬がある。リンが取る態度が生徒達によって変わっているというわけでは決してない。それはリンの傍にいることが一番多いユウがしっかりと分かっていた。
「ちなみに、皆はどう思う?」
「リンさんについて?」
「そう」
……
…………
 皆がそれぞれ思案する素振りを見せる。何度か口を開いて閉じるを各々が繰り返し、結局、一番最初に難しい顔をして口を開いたのはセベクだった。
「僕は、話すようになったのが最近だからよく分からん。ただ……つかみどころがあるようで無い、というのは分かる」
「あー、なんとなく分かる」
 エースが同意した。
「リンさんめちゃくちゃしっかりしてて大人オブ大人だけど、オレらとバカ騒ぎするときもあんじゃん?」
「確かに……どこか抜けているところがあるというか……すまない、上手く言えないんだが」
 デュースは考え考え、言葉を選んだ。
「ただ、それだけに引きずられて舐めてかかると痛い目を見るというか……、あのひとにだけは逆らっちゃいけない、というのはたまに感じるな」
「なにそれ、元ヤンの勘?」
「元ヤン言うな!! だがまぁ……似たようなものだな。正直、何人かすぐに使える手下や金蔓がいても不思議ではないと思う」
「それは偏見だろ。俺はあのひとは誠実なひとだと思うぞ」
 すかさずジャックが口を挟んだ。僕もそう思う、とエペルが頷く。
「でも、誠実であることと、たくさんの……ファンみたいなひとから贈り物をされるのは、両立するんじゃないかな……リンサンは、プレゼントを突き返すようなひとには見えないし……
「うーん……ひとによってリンの印象がことごとく違うから、全然まとまらねーんだゾ」
 グリムでさえも腕を組んでむつかしい顔になってしまった。

 ───本当に、近くて遠い。

 ユウはがしがしと頭を掻いた。恋愛話ひとつとっても、リンのことが分からない。

 ───あんなにいっぱいお話して、あんなにいっぱい、一緒にご飯も食べたのに

 見えているのは、見せられているのは上辺だけ。
 そう気付いて、なんだかユウは、寂しくなってきてしまった。リンとはもっと仲良くなりたいし、好きなひとのことをもっと知りたいと思うのは当然の流れだった。
 ふと、滞った空気を断ち切るように玄関のブザーが鳴らされる。直後にがちゃがちゃと鍵が音を立て始めたので、「リンさんだ」と誰もが気が付いた。
 どうする、と互いの視線が交差する。ユウが咄嗟に言葉を探しかねているうちに、「ただいまあ」と呑気な声が廊下から響いてきた。
「ユウー? 帰ってるー?」
「はーい!!」
「お、談話室か」
 数回軽くノックして、リンがひょこりと顔だけを覗かせた。
「あらあなんだ、皆さんお揃いで。おやつ買ってくれば良かったね」
「あ、お構いなくー、……あれ、」
「ん?」
 顔だけを談話室に入れているので、リンの状態は斜めに傾いていた。ドアノブを持って器用にバランスを取っているが、その襟元から、ころんと重力に従ってまっすぐ零れ落ちるものがある。
 チェーンネックレスに通された鈍い光を放つシルバーリングが、西日に照らされてきらりと光った。

 ───あれか!!

 皆の心が一つになった瞬間だった。
 一方のリンは、皆が突然目を剥いてこちらを凝視し、沈黙したので、一体どうしたんだろう、後ろにゴーストでもいるのかしらとそおっと後方を顧みた。
「あ、のー。リンさんさあ」
「ん? はい、はい、なに?」
 口火を切ったのはエースだった。生徒達が揃ってごくりと生唾を飲む。
「えーっと、その。ネックレスとか、してたっけ? オレ初めて見た気がすんだけど、飾りが指輪とか、珍しくない?」
「え? あぁ、これ? そう? 珍しい?」
 リンは指輪を手に取って、掌の中で転がした。
「どうなんだろう、でも貰い物だからなあ」
「え」
 ユウは咄嗟に口を手で覆った。すう、と息を吸ったセベクに気付いた瞬間、デュースとエペルが凄まじい反射神経でバッと音を立ててその口を塞ぐ。
 ジャックは、エースがごくりと喉を鳴らしたのを聞いた。
「あの……、ちなみに、誰から……
「え? クルーウェル先生」
「───!!」
 とうとうエースも口元を手で覆った。
 クルーウェル。まさかの。あのデイヴィス・クルーウェル。確かに小洒落ているどころかファッションには一過言あるひとだし、女性だけではなく人の使い方はスマートだし、見目も整っているし、仕事のできる賢い男ではあるけれど、よりにもよってあのクルーウェルとは。グリムでさえ愕然としている。
 だって。そりゃあ確かにクルーウェルはいい男だけど。
 あいつは生徒を仔犬と呼び、教育を躾けと称し、躊躇なく伏せを命じたり、「三回周ってワンと鳴け」と言ったり、罰則として首輪を嵌めたりするような男なのである。端的に言って異常だ。まだナイトレイブンカレッジに来て一年も経っていない生徒たちからすればクルーウェルは学園内でこそ成り立つ男で、リンの好むような相手には見えなかった───そもそもリンの好みをよく知らないが。
「あ、あの。そ、それ、どういうふうにプレゼントされたのか、き、聞いてもいいですか」

 ───エペル!!!

 どもりながらもブッ込んでいったエペルに、エースは心臓が引きつったし、ジャックは全力で静かに賞賛した。デュースも目を剥いている。
「どういうふうに、って」
 きょとん、と目を丸くしたリンは、何度か瞬いてエペルをまじまじと見やった。
「そうか、エペルは知らないか。でもエースとデュースは知ってるよね? ユウとグリムも」
「えっ」
「ん!?」
「うそ」
「そうなんですか!?」
 心底驚いたデュースが絶叫する。あれ、とリンは首を傾げた。
「ほら、具体的にいつだったかは忘れたけど、随分前に、初めて街に降りた時に、私、服をいっぱい買ったでしょう」
「───あ」
 察したエースが途端に半眼になる。
「これ、服とセットだったのかクルーウェル先生が選んだのか知らないけど、あのとき買ったものの内のひとつだよ」
「───」
 誰もがぽかんと絶句した。
「だから先生からのプレゼントっていうより学園の経費で買ったから支給品……みたいな……でもこれ、服の襟が広いから中にすーぐ服の下に入っちゃうんだよねえ」

 ───だから隠れている風に見えたわけだ……

 意図的に隠していた、というわけではないらしい。セベクは「リリア様を騙したのか!」と大声を上げたかったが、デュースとエペルに全力で阻まれた。
「じゃあ、あの、別に恋人から貰ったというわけでは」
「恋人ォ!? アッハッハ、ナイナイ!!」
「マジかよ今までのは一体なんだったわけ!?」
 エースが大声を上げてソファに突っ伏す。その場にいる生徒たちは誰もが皆同じことを思っていた。
「え? なに? どしたの、エース」
……リンさん……、それで寮長たちを揶揄ったでしょう」
「ん?」
 噛みしめるように言うユウに、リンはぽく、ぽく、ぽく、と記憶を遡った。
「あぁ!」チーン、と音が鳴る。
「やぁだ、私『どういう話が聞きたいの?』って言っただけで、『私と恋人の話』なんて一言も言ってないのに!」
「そんなん誰だって勘違いするって!! リンさんなら分かってたっしょ!?」
 エースがぐわりと牙を剥いてがなった。そうだそうだ!! とグリムがぴょんぴょこその場で跳ねる。
 リンは、にやりと意地悪く笑った。
「勝手に勘違いしたのはそっちでしょ? まだまだですねえ」
「サイテーーー!!!」
「こちとら健全な男子高校生だぞ!!!」
「他人の気持ちを弄ぶな!!!」
「皆リンさんに恋人がいるって勘違いしちゃってるんですよ!!」
「あっはっはっはっは!!」
 非難轟々、絶叫の嵐をものともせずに、リンは爽快に笑ってひらりと身を翻した。階段を上がる軽快な足音が少しの間、響いて消える。
「もぉーーマジでリンさんこーいうとこぉ!!」
「狡い……大人って狡い……!!」
「分かってたはずなのに……こういうとこあるって知ってたはずなのに……
 エースは再び大の字になり、デュースは悔しそうに歯軋りした。ユウはしおしおと項垂れて、のろのろとグリムを抱き寄せた。
「まぁ……元気出せ、ユウ。俺ら皆騙されてたし、なんなら先輩方だって騙されてたし」
「こうなったら、ヴィルサン達にも同じ思いをしてもらうほかねぇ……!!」
「この僕にリリア様を謀れと言うのか!!!!!」
 死なば諸共とはよく言ったもので、これでも闇の鏡に選ばれたナイトレイブンカレッジの生徒である一年生たちは、すぐさま自分が騙されたことより騙されることになったきっかけの上級生たちへとターゲットを定めた。(一部を除いて)
 作戦会議は夕飯の時分に差し掛かっても終わらなかった。なんなら夕飯を用意したリンまで作戦会議に混じったが、結局上級生たちがどんな風に勘違いを加速させていたか面白おかしく話しているうちに時が過ぎ、大した話も出来ないまま、ユウとグリム以外は帰寮の途についた。

 ───あ、

 鏡を潜って寮のある空間に降り立った瞬間、それまで胸を満たしていた仄かな満足感が霧散する。

 ───結局、俺らが喋るばっかで

 ───しかも喋った割には話がなんも進んでねえし

 ───というかわざわざ作戦立てて先輩方に真実を伝える意味あるか?

 ───リンさんの聞きたいことは全部話しちゃったような気もするし、

 ───小癪!!!!!!!!!!

 まだまだですねぇ、というリンの柔らかな声音が脳裏で響く。
 唇の端から零れる忍び笑いだけを聞けば、それは確かに、ヴィランのものだった。