桜霞
2022-10-01 16:51:49
9422文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

おしょーがつを うつそ

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/07/03にpixivに投稿したものの再掲です。






『あっ!!』
「お、」
 ぱぁ、とこどもの表情が明るくなる。それに引きずられるようにして画面そのものが明るくなったように、リンは錯覚した。
『あけましておめでとー…………いま…………!!』
「ふな゛、」
「ははは、音割れてる」
 大音量に驚いたグリムが飛び跳ねた。リンは雑音が戻ってきた頃を見計らって、「はい、おめでとうさん」とスマホににっこり微笑みかけた。
「チェカくん、あけましておめでとう!」
『あ! おじたんのおともだち! ユウさん!』
 リンの傍からスマホを覗き込んだユウに、ぴこん、とチェカの耳が立った。
『おめでとーございます!!』
 チェカは律儀に頭を下げているようだった。その度に画面がゆらゆらと揺れる。たまにチェカの姿が半分以上隠れるのは、おそらく彼の指のせいだろう。『おい、チェカ、』と聞き慣れた声が苛立ち半分、呆れ半分で近付いてきたらしく、少しの間、がたがたと画面が揺れた。
「おーおー新年のっけから画面酔いするわ。あけおめー」
「レオナ先輩あけおめです! 今年もよろしくお願いします!」
「よろしくしてやるんだゾ!!」
『新年初日からうるせぇんだよ』
 頑なに画面にすら映ろうとしないレオナの居る方へ、チェカが仰け反った。
『おじたん、ごあいさつちゃんとしなきゃ、めっ!! だよ!!』
『っ……、』
 リンは、レオナのこめかみにびきりと青筋が立った音を聞いた。
「ワハハ!! 言われてんなァおいたん!!」
『うるせえ……!!』
『あー!! だめだめ、だめー!!』
「お?」
 がさがさと音がしたかと思えば、画面があっという間に暗転する。ぷつっという子気味良い音と共に、リンのスマホはいつも通りに明るくなった。
「ありゃ~、切られちゃった」
「あー」
「相変わらずキョーリョーなんだゾ」
「お前に言われちゃ立つ瀬が無いな」
「ヘヘン!!」
 ユウの着こんだコートの内側で、グリムがふんぞり返って得意げにする。リンはカラカラと、ユウは呆れたように笑った。
「グリム、そこ、威張るとこじゃないからね」
「ふな゛!? そーなのか!?」
「ははは、やっぱり意味分かってなかったな~」
 さてと、とリンは時間を確認して、改めて顔を上げた。
 ナイトレイブンカレッジの東側、見張り塔の最上階。展望台のように開放的なそこは、学園で一番初めに朝日を拝むことのできる場所だった。
「薪もくべたし、初日の出も見治めたし! 戻っておせちにすっか!」
「はい!」
「おう!」
 白い息がふわふわと漂う。ユウとリンの鼻頭が赤くなるほど、空気はキンとして冷えており、静謐だった。それでもどこか空気が穏やかなのは、城の空調を預かる火の妖精のおかげなのだろう。
 静かな学園には、二人の音はよく響いた。
「にしても、こんな朝早くに電話が来るたぁねえ~」
 チェカからの通話のことである。
 ホリデー中もリンやレオナの友人たちと一緒に過ごしたい、連れてきてと強請ったチェカに、レオナは決して是とは言わなかったが、なんだかんだ応えようとした。生徒達にはそれぞれ帰る家があるので、根無し草で天涯孤独の、学園が休みの間は同じく休みで暇だろうリンに目が付けられた。実際はそんなことは微塵も無かったし、オバブロ案件やネット案件で普段よりもはちゃめちゃに忙しかったのだが。
 チェカが学園に突貫してきた際の経験などで、レオナは、リンを使えば自分にかかるチェカの世話の負担が減ると察していた。それもあって、帰省時に連れて 攫って行こうと目論んだのだが、ユウ(とグリム)によって阻まれたのだ。
 チェカのことを慮ったリンは、自分の連絡先をレオナに託したのだった。翌日にはレオナの名前と電話番号、チャットアプリのアドレスだけが記されたメールが届き、リンの連絡先に一国の第二王子の名前が登録されることになった。
「時差とかどうなってるんでしょうね。向こうはもうお昼なんでしょうか」
 メインストリートに積もった雪をざくざく踏みながら、ユウがグレート・セブンのひとり、かつてサバンナの王だったライオンを見上げる。
「五歳のこどもに夜更かしはつらいし、明るかったし、レオナが不機嫌だったし、まあ昼だろうな」
「最後のがよく分からないのにすごく納得できる……、あれ、リンさん、ポケットがブーブー言ってますよ」
「あり、ほんとだ」
 リンはスマホを取り出した。規則的な振動がレオナからの着信を告げている。メールやメッセージも数件届いていた。
「はい、もしもし」
『リンさん!!』
 チェカの声が爆発する。リンは思わず腕を伸ばしてスマホを遠ざけた。声で察したユウが苦笑する。
『さっきはごめんね!! おじたんがいじわるしたの!!』
『おい』
『やー!!』
 チェカがだだだと走る音がこれでもかと響く。リンは何を言うか迷って、「前見て走れよー」とだけ言った。
『だいじょうぶだよ、おじたんのおへや、なんもないから』
「何も無い?」
『おじたんのへや、チェスと本しかない』
「へえ、チェス」
 ほら、とチェカが部屋の様子を映した。広々とした部屋は確かに殺風景と言えば殺風景で、脱ぎ捨てられた服が少しと、大量の本、書類、そしてチェス盤と駒が転がっているだけだった。
「あんたチェスなんてやるんだねえ」
 あ、と先を行くユウが何に気付いたのか立ち止まった。
「それでたまに植物園にチェスの駒が転がってるんですね」
「植物園で落ちてたって届けられるチェスの駒、お前のだったんか!!」
 ゲーン!! とここ最近の不思議の一つを解決できたリンは、近くにいるらしいレオナに向かって声を張り上げた。リンの務める事務局は学園の落とし物や忘れ物を一時的に預かる場所でもあるのだ。
「あんたホリデー明けたら回収に来なさいよ、結構な数になってんだから」
『おじたんきこえたー? ……あのねえ、しっぽがぱたってなったから、わかったー! って』
「尻尾で返事するなら見せろや」
「一年の計は元旦にありですよ!! 今日横着すると年がら年中横着することになりますよ!!」
 チェカがうーんと伸び上がる。視線の先にレオナがいるらしく、チェカは困った顔をしてこちらに向き直った。
『おじたんのあたま、まくらでかくれちゃったぁ』
「隠れちゃったかぁ」
「たぶんもう寝てるんだゾ」
「お休み三秒が特技ですもんね」
『チェカもすぐねれるよ!』
「お、そいつはいいことだな」
 リンに褒められたチェカは、嬉しそうにえへへとほっぺたをとろかせた。
『リンさん、お外にいるの?』
「そーだよ、初日の出を見てたの」
『はつひので?』
 首を傾げるチェカに、グリムが「一年で一番最初に見る太陽のことなんだゾ!」と自慢げについ先日仕入れた知識を披露した。
「そうそう、今年もいい年になりますようにー、ってお祈りするの」
『太陽においのりするの?』
「そ。元旦だけ、特別」
『がんたん?』
「お正月……新年始まって一日目のことね。今日のこと」
『ふーん……?』
 チェカが不思議そうに、こてん、こてんと左右に首を傾げる。一緒に背後の尻尾も揺れる。リンは「チェカくんのところは何も無いの?」と何とはなしに聞いてみた。
『ぼくのところ?』
「そう、なんか……パーティみたいな」
『うーん、みんなでごはんたべるだけ!』
 にこっ! と言い切ったチェカに、リンは「そっか~」と無気力に返した。

 ちなみに、チェカの言う「皆でご飯食べるだけ」はつまるところ王族が分家新宅に至るまで一同に会して食事をすることなので、所謂お貴族様のパーティのことを指す。チェカは勿論、レオナも参加しなければならないので、今頃のんびり通話する暇はないどころか準備に追われていなければならないのだが、レオナは言わずもがなそんなパーティなぞまっぴらごめんであるし、チェカはそんなことよりおじたんと一緒に居たいし大人の言う通りに準備をするのが面倒だったので、二人揃って絶賛逃亡中であった。ファレナの心労や胃痛など、察して余りある。

 そして、リンは大人であるので、チェカの言葉に「そんなわけはねーだろうな」と上記のようなことを察してはいたが、大わらわだろうスタッフの方々や御身内よりも二人の方が優先順位が高かった。故に敢えて指摘せず、「学園は雪降ってて寒いよ~」などと言い、わーいとわざと大仰に飛び跳ねるユウを撮るなどした。
 チェカは映像を見て、目を輝かせて飛び跳ねた。
『わ~!! いいな、いいなあ!! おじたん、ぼくも雪であそびたい!! 雪だして!!』
「んな無茶な」
「チェカくん、レオナ先輩、寝てるからそっとしといた方が……
『しっぽうごいてるからおきてるよ』
「あぁ無情」
 すぐさま淡々と否定したチェカに、リンは思わずチベスナ顔になった。
「ライオンも狸寝入りするんですね」
「寝てるときでも尻尾くらい動くんだゾ」
「それはそうね」
 本当にそう、とユウがすとんと遠くを見晴るかした。どうやらグリムと一緒に寝ている際、いろいろな目に遭っているらしい。
 そうこうしているうちにオンボロ寮に辿り着いた。リン達は代わるがわるスマホを持ってコートなどを脱ぎ、おせちの準備に取り掛かった。
『あ、これ、オンボロ寮!』
 この間行けなかったぁ、とチェカは残念そうに眉を寄せた。ぐでんと寝転がったのか、カメラが斜めに傾く。
「また来たらいいさ」
『いーの!?』
「今度はちゃんと事前に連絡入れるんだよ」
『はーい!!』
 返事だけは立派である。リンは自作した料理の数々を手分けして運んだ。スマホはゴーストが持ってくれることになった。チェカは気付いていないのか、それともグリムが浮遊魔法を使っていると思っているのか、『おいしそー!!』とおせち料理を食い入るように見つめている。画面に近づきすぎて自分の顔がドアップになっていることにも気付けていない。
『いーな、いーなあ。ぼくもリンさんとごはんたべたーい』
「リンさんだけ?」
「なんだゾ?」
『リンさんもユウさんもグリムもー!』
「にゃはは!」
「私もだよ、チェカくん」
『みんながこっちにくればいーのに』
 チェカはぷう、と頬を膨らませた。おじたんもそう思うよねえ、なんて返事がもらえないにも関わらず声をかけている。
『そしたら、おじたんのとなりにリンさんにすわってもらって、そのとなりがユウさんとグリムで、ぼくはリンさんのおひざのうえでごはんたべる! ごはんはねえ、カレーがいいなぁ!』
 ぼくたちでつくるの! とチェカは楽しそうに語ってくれた。リンたちも微笑んでそれを聞いた。
「いつかできるといいねえ」
「レオナならどーにかできるんじゃねーのか?」
 ユウとグリムがチェカと盛り上がる横で、リンは黙って皿と箸を並べた。グリム用に、小さなフォークを添える。
『そのほうがみんな楽しいよ! おじたん、いっつもたのしくなさそうだもん。となりにすわる女のひといつもちがうけどいつもきもちわるいし、ぼくもおじたんのところに行くのだめっていわれるから、ごはんいや! ちゃんとしなさいっていつもおこられる』
「うーん……チェカくんもレオナ先輩も大変だねえ」
「なんかめんどくさそーなんだゾ」
……
 リンは、正月に実家の本家に顔を出すのが憂鬱だったと喋っていた祖母を思い出した。話を聞く限り「そんなテンプレある???」というぐらいの、今では時代錯誤なブルジョワ(和風)で、常に気を遣わなければならなかったという。一方リンの母は、リンにとっての曽祖父と、祖母の兄弟姉妹、そして彼らのこどもたちという「超大人数が一所に集まっていた」情景しか覚えていないらしかった。
 だがまぁ規模も格も違えど大変なことには変わりない。リンはちょっとだけレオナやチェカのことを大丈夫かなと心配した。
「年始ぐらい誰にも何にも縛られずゆっくりぐだぐだしたいだろう。わかるよ」
『みんな、ゆっくりぐだぐだするの?』
「うん、今からおせち食べてぐだぐだするよ」
「酒がねえのが辛い……
「いっただっきまーす!!」
 グリムがいの一番にお煮しめへフォークを突き立てた。いいなぁー、とチェカが再度ぺしゃりと潰れる。
 リンが何か励ましてやろうと言葉を探し始めた矢先、チェカは音もなく起き上がった。素早い動きに、リンは思わず瞬いた。
 ひとところをじっと見つめたチェカの耳は、ぴんと立っている。チェカはひそやかな声で『おじたん、』とレオナの方へ移動した。
『んあ、』
 どうやら近くで横になっていたらしい。声が案外大きく響く。
『ザージたち、来た』
『ああ』
 レオナは寝起きとは思えぬ身のこなしでチェカの首根っこを引っ掴むとあっという間に部屋を後にした。驚くべきことに、音が一切響かない。小さな衣擦れの音をマイクが拾うのみで、ふたりは静かに移動していた。自然、リン達も息を呑んで音を立てないようにしてしまう。
 リンが「マイクミュートにすりゃいいんじゃん」と気付いたのは、それからしばらく経って、カメラに映る部屋がどうにも王宮の奥深くになったらしい時だった。
『おじたん、ここなら見つからない?』
『たぶんな』
 どうやら喋っていいらしいことを察したリンが、再びマイクをオンにする。
「オイ、レオナ。カメラまだ着いてるぞ。映像消せ」
『あ? まだ喋ってたのかよ。チェカ、とっとと切れ』
『、えーっ』
 一瞬大声を上げそうになったものの、結局チェカは潜めた声でぶうたれた。
『もっとお話したかったのに……
「私達も。でも、チェカくんからのお手紙も同じくらい嬉しいから、またお手紙ちょうだいね」
……うん、分かった』
 リンの柔らかな言葉に、チェカは優しくほにゃりと笑った。
『みんな、かぜひーちゃだめだよ』
「チェカくんもね」
「ハッピーニューイヤーなんだゾ!」
「今年もよろしくね、チェカくん」
『うん。ばいばい!』
 ばいばーい、とヒソヒソ声で言いあって、スマホ画面からチェカが消える。最後に映ったのはレオナの機嫌が悪そうな色を残した真顔だった。
「食べることは食べるんだよ」
……
 レオナが少しだけ目を細めたかのように見えた瞬間、ぷつっと通話が終了する。誰からともなく嘆息して、どこか張り詰めていた談話室の空気が緩んだ。
「王族って大変ですねえ」
「そうね。あれ絶対ごはんから逃げてたわね」
「メシから逃げるなんて、レオナもチェカも物好きなやつなんだゾ」
「グリムはオクタヴィネルの三人とご飯食べることになったらどうする?」
「なんとかして別のテーブルで食べられるよう仕組むんだゾ」
「それと同じだよ」
 言いながら、ユウはグリムに黒豆をいくつか山にしてやった。グリムは「甘くて程よい渋みのある美味い豆~!!」と飛びついた。
「ホリデーは休むためにあるものって言いたくなる気持ちもちょっとだけ分かりました」
 レオナは暴論とも取れる屁理屈をこねて、「課題なぞ休み明けにやればいい」と言い放ち、手ぶらで帰省したのだ。
「あいつマジ課題出さねーと成績やべーの分かってんのかな……
「あぁ……
 分かってるんだろうなあ、と生徒たちの成績を見ることのできるリンは思案を巡らせた。
「レオナ先輩、本当に必要単位ぎりぎりで卒業しそうですね」
「進級したら授業減るのに……卒論によるけど」
 レオナが真面目に研究に取り組んで論文を書き上げるところがなかなか想像できなくて、リンはひとり、くつりと喉の奥で笑った。





 その頃、なんだか少しだけ鼻がむずがゆくなったレオナは、乱雑に鼻をこすってスン、と啜った。
「ねえねえ、おじたん」
……なんだ」
 レオナは視線だけをチェカに移した。チェカはその場に膝を抱えて蹲り、尻尾をゆらゆら揺らしていた。
「ぼく、父さんも母さんも好きだけど、おじたんもリンさんたちも好き」
「あァ」
 レオナはチェカから視線を外した。チェカは尚も言葉を続けた。
「父さんも母さんも、みんな、大切なこと、おしえてくれるけど」
 チェカの脳裏で、様々な景色が明滅する。これまでに囁かれ、言い聞かされた様々な言葉が大きく窄まり、小さく轟いた。
「ぼく……おそわるなら、おじたんとかリンさんがいい」
 ぽつり、ぽつりと小さな言葉がそこに置かれた。
 レオナは答えなかった。
 答えなかったが、チェカの頭をぐしゃりとかき混ぜた。
「見つかりたくないなら黙ってろ」
……ん」
 ぐしゃぐしゃと、大きな掌がチェカの小さな頭を掻き回す。耳が潰れて変な感じになったが、チェカは首を竦めて、黙ってされるがままになった。
 父のものとも、母のものとも違う、大きな手。
 チェカの好きな手だ。

 その手がすべてを砂にすると、恐れる大人もいるけれど。

 レオナのような力を持っていなくても、皆、似たような形の手を持っているのに。

 ───いい、絶対ラギーの指が無いかどうか確かめてから、こうやって切るんだよ

 妙に真剣だったリンの声音。
 ざく、という、ものの切れる音。
 両手に伝わる、ものを切った感触。
 ラギーの手。
 チェカを支えるジャックの手。
 繋いだリンの手の、細くてしなやかな指。

 大好きなひとたちの、大きな手。

 みんなばかだなあ、とチェカは思った。
 それは子供ながらの考えであった。己が師事するひとは、己が尊敬できて、好きなひとがいいと望む我儘な心がそこにはあった。
 こどもの時分にある、全能感。世界を知らず、生意気を言えるからこその傲慢だった。
 しかしそれは、あまりにも純粋無垢だった。だからこそ、それは圧倒的なまでの暴力だった。
 けど、みんなばかだなと思っていることを、リンならきっと、笑って「そうだなあ」と受け止めてくれると、チェカは何とはなしに信じていた。リンのことをよく知っているだろうレオナも、「リンならそう言うだろうな」と言ってくれるに違いなかった。

 だから、リンがいいと、チェカは思ったのだ。





 結局、チェカたちはファレナの妻に見つかった。チェカの母で、レオナには義姉に当たる。レオナが強く出られない人物だった。ふたりは為す術なく連行されて、専用の衣装を着せられ、メイクを施された。
 母は強いのだ。この夕焼けの草原では特に。
 けれどもそれ以上に、こどもというのはすばしっこいし、大人の予想を軽々と飛び越える。つまるところ、チェカは再び脱走して、レオナの元にまでやってきた。
 王族に連なるほぼ全員が集まった食事会が始まってからしばらく経った頃だった。
……何しに来た」
「おじたん、やっぱりリンさんの方が良かったよ」
 こどもはあっけらかんと言った。
 レオナの左右にはひとがいる。彼らはレオナたちの方を向いておらず、違う会話を楽しんでいるが、その耳は二人の会話へしっかりと注意を払っていた。
「そっちの方が楽しかったよ」
 こどもは尚も繰り返した。
……邪魔されたんだよ。それに、あいつらをこんな場所に連れてくるのか?」
「ぼくたちがいればだいじょうぶだもん。ぼくがリンさんたちを楽しませるから」
 いーっぱいおもてなしする! とチェカはレオナの膝の上で胸を張った。
……そりゃ、甲斐性のあることで」
 たかだかガキの分際で、よくもまあいっぱしの口を叩きやがる。レオナは嘆息した。
 自分から視線が外れたので、チェカは片頬を膨らませた。
「じゃあいいもん、ぼくがリンさんたちひとりじめする」
……あ?」
 レオナは反射的に低くなりそうだった声音を、咄嗟に怪訝そうなものへと摺り替えた。気付いていないチェカは、尚もレオナを煽った。
「おじたん、いらないんでしょ。じゃあぼくがもらう」
……
「でも、ぼく、おじたんとリンさんどっちもほしいから、安心してね」
 チェカにとって、リンの膝に座り、隣にレオナが居るというのは史上最高のフォーメーションで、ポジションだった。チェカはもう一度、ああいう風に座って、皆でカレーが食べたかった。

 さて、憎きこどもに安心してねとまで言われたレオナは、いっそ怒りを飛び越えて静かだった。そこには波風というものが全く存在せず、無であると言っても過言では無かった。

 湧き上がる感情は無い。

 ガキが何を言ってるんだとも思う。
 これ以上お前に奪われてたまるかとも思う。
 生まれながらにしてレオナから多くを奪ったこどもに求められていることを、疎ましいとも思う。

 ただ、それらを超す何かがあった。

「───あいつは……

 そしてそれは、レオナにはどうしようもないことだった。

「あいつは、誰のものにもならねえよ」

 少なくとも、レオナはこのとき、そう口にして疑わなかった。