桜霞
2022-10-01 16:48:37
9457文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

無題

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/07/23にpixivに投稿したものの再掲です。




 その人は、最初、眠っていた。

 他の棺とは違う意匠の棺は、最後まで開かれることは無かった。ただそこに存在感を持ってふよふよと漂っており、けれども学園長がようやくそれに視線を寄越したのは狸のようなモンスターを式典の間から放り出してからだった。
「有り得ないばかりの入学式ですね、今年は。こんな意匠の棺、用意した覚えは無いんですが……
 一見、他の棺と共通点の多いように見えるそれは、その実そうでも無かった。生徒の人数を確認して、「数としてはこれが余分なんですが」とぶつくさ言いながら、学園長はコン、と杖を鳴らした。
 瞬きひとつで錠が外れる。軋んだ音を立てて開いた扉の下には、この学園の制服に身を包んだヒトが瞼を閉じて横たわっていた。
 死んだ人間が眠っているように見えるのなら、眠っている人間も死んだように見えるものなのだろう。それはぴくりとも動く気配を感じせなかった。
 棺に横たわる中性的な顔立ちはそれなりに整っていた。
 しかし、身動ぎ一つ零す気配すら伺わせない。瞼が震える様子も無い。ざわめきは大きくなるばかりなのに、それには一切が届いていないらしかった。

 まるで人形だと、誰もが思った。

「とんだお寝坊さんだ」
 学園長が再び杖を鳴らした。光がまっすぐその人の額に跳ねて四散し、消えていく。気付けの魔法だ。
 一呼吸置いて、それは微かに眉を寄せた。そうしてゆっくりと、瞼を押し上げる。
……?」
 訝しげに周囲へ視線を走らせたそのひとは、結局、学園長が差し伸べた手を、おそるおそるといった様子で取って、式典の間に降り立った。
 上背はそこまで高くない。体は細身で、軽やかそうに見えた。
「まさか君までどの寮にも振り分けられないなんてことは無いように祈りますよ」
 そんな事言われても、というような表情をしたそのひとは、問答無用で闇の鏡の前に立たされた。
「汝の名を告げよ」
……リン」
「リン」
 闇の鏡が繰り返す。どうやらあれはリンと言うらしかった。
「汝の魂のかたちは、………………わからぬ」
 学園長はとうとう頭を抱えると、「もうなんなんですか!!」と絶叫した。





 ◆





 リンという人物は、その後、何故かどのクラスにも編入しなかった。学園長に連れられ、タヌキのようなモンスターと騒動の渦中にいた魔力の無い新入生は翌々日あたりに一年A組へ配されたというのに、リンの姿はどこにも無かった。
 学園外に追放されただとか、教員の誰かの子飼いになっただとか、噂は多数飛び交ったが、どうやらオンボロ寮に居着いたらしいとはっきりしたのは、ハーツラビュル寮長のリドル・ローズハートがオーバーブロットした直後のことだった。
 なんでもない日のパーティへと招待されたオンボロ寮の監督生と共に、「問題児の一年が世話になった」という理由でパーティに招かれていたのだ。
 この頃になると「そもそもそんなリンとかいう奴なんて居た?」という生徒も少なくなかった。

 ジャケットもベストも着ていないし、ネクタイもしていない。シャツにスラックス、そして革靴。リンを示すアイテムはたったのこれだけなのだから仕方ない。ほとんど一般の生徒と変わらないのだ。

 しかし、よくよく目を凝らせば、そういう人物は廊下でチラホラと見かけることができた。
 何かいろいろ教材を抱えてうろちょろしたり、クルーウェルやトレインに呼び止められて様々言いつけられ、すぐにぱっと身を翻したり。マジカルペンやそれに類するアイテムを持っていないことから、監督生と同じく魔法を使えないのではという噂はあっという間に広まった。

 リンの存在がはっきりと周知されたのは、トレイ・クローバーが階段に落ちた事故がきっかけだろう。抱えていた書類の束をあっさり放り出し、リンは迷わず階段へと飛び込んだ。
 本当に予想外の自体が発生した場合、咄嗟に体の動く人間はなかなか居ない。けれどもリンは躊躇わず腕を伸ばした。その行動は、そしてトレイの怪我を軽傷に収めた結果は、物珍しさも相まってすぐに広まり、「リンという魔法の使えない人物が学園の事務で働いており、オンボロ寮に住んでいる」という新たな共通認識が生まれることになった。





 ◆





 期末テストも終わり、アズールの引き起こしたイソギンチャク騒動も幕を閉じて、どこか緩んだ空気の中、リンはオンボロ寮の監督生と共にサバナクローに現れた。
 寮生曰く、「飯が美味い」「話してみたら案外良い奴だった」「飯が最高」「さっぱりしていた」「飯が美味い」だそうで、以来、獣人やがたいのいい生徒達に声を掛けられるリンの姿が度々見かけられるようになった。
 こうなると、生徒達は「あいつらが大丈夫なら自分も」という謎基準で、次々リンに話しかけるようになったし、面倒な絡み方をしようという奴が現れる気配も漂い始めた。
 いじめのターゲットが決まる前の独特の空気だ。
 くたびれかけているシャツとスラックス、汚れたままの革靴、時計もしていない細い手首、最低限しか整えられていない肌や髪、ちょっと力を入れたらぺきんと折れそうな薄い体。
 人を見た目で判断してはいけないが、こういう、整っていない奴は、特にターゲットにされやすい。いじめても大して反動が来なさそうだからだ。
 サバナクローの生徒達に気に入られていようが、それはそれ、これはこれ。ナイトレイブンカレッジでは弱肉強食がルールであり、一方的にいじめられ続ける方が悪いのだ。
 そもそも、一矢酬いることすらできないような者は、この学園には選ばれない。
 だから生徒達の間には、良くも悪くも因縁が蟠る。ナイトレイブンカレッジの生徒に協調性が無いと言われる由縁はここにあった。良く言えば自立、悪く言えば孤立である。
 信じられるのは己だけ。故に自分で自分を守るのは当たり前。
 だからこそ、ほとんどの生徒は用心深い。報復を正しくリスクとして恐れ、受ける被害を最小限にしようと努力する。

「なぁ、お前らんとこの寮長が事務員のリンとデキてるってマジ?」

 同じクラスなだけでそんなにつるんだ事もないような奴に突然吹っかけられて、サバナクロー寮生は思わず顔を見合わせた。
 部活も無いので、ホームルームを終えた教室でぐだぐだと遊びながら荷物をまとめて時間を潰していたのだ。同じような生徒は幾人もいた。廊下の方からはざわめきが微かに響いている。
 互いの怪訝そうな顔から、この間リンがシチューを作りに来てくれた時のことを思い出していることを察し、ふたりは突然声をかけてきた生徒に視線を戻した。
「や、違うらしいけど」
「あ、そうなん? マジ?」
「おお、マジ」
 寮生たちの脳裏には、揃って同時に「違ぇよ」と嫌そうな顔で否定するレオナとリンが浮かんでいた。
「まぁ俺らもデキてると思ってたけどな、違うらしいぜ」
 へえー、とその生徒はてきとうに相槌を打った。
「え、なに、狙ってんの?」
「いやいや、そういうんじゃねーけど、ただ単純に気になって、お前らならなんか知ってるかなーって」
 そんだけ! じゃ! と生徒は待たせていたらしい仲間達のところへ駆けて行った。
 それをてきとうに「おー」と見送って、二人は互いに目配せした。
 教室はあっという間に元の静かなざわめきを取り戻した。
……どうする?」
 声をかけてきた生徒はがらの悪さで有名だった。一緒につるむ奴等も、すぐに難癖つけたり絡んできたりする者ばかりで、常にちょっかいをかける相手を探しているような奴等だった。
 噂の真偽を確かめるフリをして、リンがレオナの庇護下に無いことを探ろうとしたのだろう。
 こりゃ近いうちに手ぇ出されるな、と寮生は確信した。
 確信したが、しかし。
……つっても寮長やラギーさんの懐に居るかっつったら、なんとなく違くね?」
……じゃあ、まぁいっか」
 美味い飯を食わせてもらったことがあったとしても、だからなんだという話だ。彼らは正しく搾取する側であり、施しを与えるかどうかはその時の気分次第、つまり胸三寸。
 守らなかったことを怒られる可能性が限りなく低いなら、守ったところで得られる利益も雀の涙だろう。要するに骨折り損だ。ただでさえ私闘は学園の規則で禁じられているのだから、成績のことを考えると、下手に動くよりは気付かなかったことにするのが一番である。
「ま、オレらよりも仲良い奴等が気付くっしょ」
「それな。ハーツの一年とかな」
 寮生たちはとっとと荷物をまとめると、課題だりぃなぁとぼやきながら教室を後にした。
…………うーん!」
 さて、うっかり話を聞いてしまったケイト・ダイヤモンドは、にっこり笑ってどうしたもんかといつもの癖でスマホに視線を落とした。
 確かにハーツラビュルの問題児たち、一年生エーデュース組は、オンボロ寮の事務員、リンに懐いている。リンが傷つくような事があれば、「御礼参りだ!!」と喧嘩を吹っかけにいくだろう。特にデュースが。
 いや、喧嘩はいい。御礼参りも別に構わない。万一リドル寮長にバレたとしても、証拠さえきちんと隠滅していれば、なんだかんだ言いつつ目を瞑ってくれるかもしれない。そう思えるくらいにはリンとの関係は深まったし、リドルも丸くなったのだ。
 しかし、いの一番に情報を仕入れてしまった自分は。行動出来る立場にいる自分は。
 ケイトは笑顔のまま、長く息をついた。
 リンを守るために行動出来る立場にいると同時に、知らなかったことにできる立場にもいるし、リンとはおちゃらけた会話をするだけの仲だ。トレイのように借りがあるわけでもない。
 それに、リンは強い。腕力差や魔法があると言ってもリンには適わないような雰囲気が漂っている。放っておいてもまぁ大丈夫だろうと思わせる気配がリンの傍に漂っているように、ケイトは感じていた。
 ただ、問題児一年が世話になって。ただ、友人のトレイが、借りを作っていて。ケイト自身は、関係ない。黙っていればいい話だ。

 ───……黙っていれば、いい話、なのだけど。

……分かってるのに黙ってるのは、良くないと思うって、言っちゃってるもんな〜……
 オレくんてばやっさしいなぁ〜とぼやきながら、ケイトはトレイがいるだろう、厨房へと移動した。


 話を聞いたトレイは「なるほどな」一言頷くと、顰めつらしい顔をして「教えてくれてありがとう、ケイト」と真面目に礼を言った。
 てっきり「なんで俺に言ったんだ?」といつもの困り顔で返されるとばかり思っていたケイトは、少々面食らった。
「べ、べつに……大したことじゃないけど、ホント……え、トレイくん……ガチめに対策しようとしてる……?」
「あぁ。なんでだ? ケイトも協力してくれるだろ?」
「え、いや、まぁ、さすがにトレイくんに全部放り投げるつもりではなかったけどぉ〜!」
 乗りかかった船であるし、トレイが乗り気ならやぶさかではない、というのはケイトの本音だった。
 誰かになんかしらの貸しをつけられるのは、後々効いてくる。そして単純に、大人であるリンが、一学生であるケイトたちの助けを得ないと安全ではないという状況も、満更でもない気分にさせてくれる。
 トレイは小さく安堵の息をついたようだった。
「流石に俺一人じゃ多勢に無勢だからな。助かるよ」
「いや、まぁ、うん……はは……
 ケイトは曖昧に笑って誤魔化した。ここであくまでも実力的に不安だと言い出さないところがトレイらしい。
「あいつらのことだから、すぐに手は出さないだろう。少なくとも今日明日の話じゃないな」
 キッシュを焼く時間くらいはあるか、とトレイは調理台に向き直った。味見係としてご相伴に預かろうと、ケイトも椅子に座り直す。
 ふと疑問に思って、ケイトは「それにしてもさ」と口火を切った。
「なんかちょっと意外かも。いくら借りがあるって言っても、トレイくんなら真っ先に先生とかそこらへんに放り投げそうなのに」
……そうか? まぁ確かに先生に出張ってもらった方がいい気はするが……
「今回の会話、録音してる訳じゃないしね」
 証拠が無ければ動いてくれないのは警察も教師も一緒である。特にナイトレイブンカレッジにおいては。
 ケイトは尚も言葉を続けた。
「それに、リンさんだったら自分でなんとかしそうじゃない? あのひとがすごいのはトレイくんがよく分かってるでしょ?」
……あー……まぁな。だがまぁ、世話になったのは事実だし……
「よく手伝いとかしてるよね」
「たまにだぞ?」
 トレイは少しだけケイトの方を顧みて苦笑した。そうしてすぐに手元に視線を戻す。
「それも、大抵ドアマンの真似事で終わる。両手が荷物で塞がってるリンさんの代わりにドアを開けてるだけだ」
「それもそっか」
 ケイトは素直に相槌を打った。
「それだけじゃあ世話焼きのトレイくんは満足できない、と」
「まぁ、そういう認識で構わないよ」
「そっかそっか!」
 ケイトはにっこりと笑った。
「───トレイくん、なんか隠してるでしょ」
……隠してる? 何をだ?」
 こちらを顧みたトレイが、困ったように笑っている。ケイトは大仰に大手を振って立ち上がった。
「水臭いなぁ、オレ達の仲じゃん!」
 そうして、がっしりとトレイと肩を組む。危ない、と小言が飛んだが、ケイトは軽く横に流した。
「教えてよ。リンさんのことだよ、なーに隠してんの?」
……何も隠してるつもりは無いが……
「黙ってることならあるでしょ?」
 トレイは、うっかり沈黙した。それで確信を得たケイトは、目尻を緩めてにんまりと笑みを深めた。
 トレイが視線をあくまでも自然に彷徨わせる。そんなことあったかな、という具合に。
 けれども、それではケイトを騙せないことは、トレイには百も承知のはずだった。
…………はぁ、」
 結局、根負けしたのはトレイだった。
「まったく、ケイトには敵わないな……
「でしょ〜でしょ〜!」
 星が散る勢いで、ぱっと空気が柔らかくなる。ケイトは先程よりも柔らかな笑顔でトレイに向き直った。
「ほらほら、情報提供者のケーくんにケロッと吐いちゃいな!」
「うーん、キッシュで手を打ってくれないか?」
「そのキッシュ、元々俺のじゃん」
「いや、今度のパーティで出すやつなんだが……
「オレのじゃ〜ん!!」
 暴論だなあ、とトレイは苦笑した。ケイトはわざと拗ねた顔をして、「ひどいわトレイくんったら、」としなを作ってみせた。
「ケー子のこと信じられないっていうの!? あれだけいろんなこと一緒に乗り越えてきたのに!!」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
 からからと笑って、トレイはキッシュ作りを再開させた。
「ただ、釘を刺されててな。お前にさえ言うのを躊躇って、まだどうにかならないかなって思うくらいには、怖い目に遭ったんだ」
「え、話の流れからしてその怖い目に遭わせたのリンさんだけど、トレイくんが怖がるってなに? いつの間にそんなことされたの? それなのにあんなにこやかにドアマンやってたの?」
「脅されてるわけじゃないから、そこは安心してくれ」
「なんの安心にもならないけど……?」
 そろそろ邪魔かな、とケイトはトレイから半歩距離を置いた。自然と組んでいた肩がだらりと垂れ下がる。
……ただ……
……ただ……?」
 トレイが考え考え、言葉を紡ぐ。ゆっくりとトレイの腕の動きが減速し、やがて止まった。
……男として信用されてない、っていうのは、ちょっとどころじゃなく、堪えたな」
……
 間を置いて、トレイの動きが再開する。ケイトは何度か目を瞬かせた。
 男として信用されていない。ということは。
 察しのいいケイトはピンと来た。姉が二人いて、女の苦労をこれでもかと聞かされているからこそ察せたのもあるだろう。
……もしかして、リンさんって、」
……
「やっぱり、」
 おんなのひと、とケイトの口が動く。トレイは黙然と瞬きだけで肯定した。
……うわあ〜〜〜やっぱりか〜〜〜……
「と、いうことは、薄々気付いてたんだな」
 しゃがみ込んだケイトの頭上から、トレイの声が降り注ぐ。まーねえ、とケイトはどこか脱力しながら言った。
「なーんかおかしいな〜とは思ってはいたんだよ。トレイくんが妙〜に優しいしさぁ」
「そうか? 普通だろ? ……普通だろ?」
 不安になったのか重ねて問うてくるトレイも珍しい。ケイトはけらけら笑いながら「助けられたにしては普通なんじゃない」と言ってやった。
「でも、納得いったかも。何言われたのかは知らないけど、信用されてないっていうのはそりゃあ傷つくっていうか、どうやっても信用してもらおーじゃんって気になるね!」
「まったくだ」
 嘆息しながら言ったトレイに、ケイトは「よーし!」と明るい声で気合いを入れながら立ち上がった。
「そーいうことなら尚更見過ごせない的な? ケーくんも一肌脱ぎますか!」
「それは心強いな。ありがとう、ケイト」
「お礼はキッシュのベーコン増し増しでいーよ!」
「それ、リンさんに頼んだ方がいいんじゃないか?」
「あは、それなー!!」
 軽快に笑うふたりは知らない。
 彼らのような、一見ひねくれているけれど単純な男どもは、煽られれば煽られるほど躍起になる故に、「信用されてない」なら「信用されるため」下手な真似はできなくなる、と───リンが見越していることを、知らない。

 そして。

 悪ガキ共の、ちょっと頭を使っただけの悪意ごとき、タチの悪い妄執や狂信に比べれば。強かな女にとって、なんの脅威にもならないことを、青い春真っ只中にいる青少年たちは知らないのだ。