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わからん
2025-01-26 13:33:17
6858文字
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くさひぐ
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【篤寛】Plan(s)
n年ぶりに再会してめちゃくちゃギスった本編後の篤寛未満(
https://privatter.me/page/678cf22a6e58f
)のおまけ
サービスエリアでラーメンを食べながらだらだら話しているだけ
※前回に続いて捏造祭りです
平日のサービスエリアはそれなりに混み合っている。
スーツを着た人々の姿が目立つので、利用しているのは主に、仕事の用事で移動している人たちだろう。人数も一人だったり、二人や三人だったりとまちまちだ。ゆえにサービスエリア内の食堂も混んではいるが、長時間にわたって滞在する者も少ない。休日ほどの喧騒もなく、平日の昼下がりらしい、静かで穏やかな時間が流れている。
……
「はあ?」
その平穏を打ち壊すように、日下部は素っ頓狂な声を上げて目の前の人物を鋭く睨みつけた。
「お前、何だって」
「だから
——
」日下部の凄んだ声に臆した様子もなく、日車はまだ割っていない割り箸を掴みながら淡々と答える。「君が来なくても、呪術高専には自力で向かうつもりだったんだ」
「はあー?」
「あっ」
ばきっと割り箸ならぬ音がして、日車の手の中にあるそれの片方が、半ばで真っ二つに折れた。二人はしばし沈黙し、無用の木片と化した箸を見下ろしていたが、やがて日車がトレイの上に転がしてため息をつく。テーブルに頬杖をついていた日下部が気怠げに指し示した。
「こんなにひでえ割れ方は初めて見た」
「俺もだ」
日車はテーブルの端に置かれたケースから新しい割り箸を取り出し、ぱきんと小気味よい音を立てて今度は綺麗に割る。それを見届けた日下部も箸を持ち、目の前で湯気を立てるラーメン
——
は素通りして餃子に手をつけた。痩せた見た目に反して豪快に麺を啜っている日車を盗み見て、案外腹が減ってたのかもな、と思う。
「あんま無理して食うなよ。もうしばらくは高速に乗ってるし、気持ち悪くなっても、すぐには車を停められねえから」
頰を膨らませた日車が頷く。やんわり嗜めても食べる勢いは落ち着く気配がなく、日下部も諦めて食事に集中することにした。
……
「さっきの話の続きだけどな」
互いの食事の残りが半分以上減ったところで日下部は口火を切った。「うちに自力で来るつもりだった、ってのは?」
日車が食事の手を止めて顔を上げた。ここに着いた直後よりも、幾分か顔色が良くなった気がする。食事を取った影響だろうか。食欲も戻っているようだし、彼の今までの食生活を考えると、良い傾向ではある。
「目覚めたときから呪術師になろうと決めていた。だから退院後は君たちのところに戻ろうと
……
自分がどこに居るか皆目見当がつかなかったし、金もほとんど無かったが」
「言えよ、それ。最初から」
最初、というのは日車と再会した日のことだ。レクリエーションルームの隅で立ち尽くし、日下部をぼんやりと見つめ返していた瞳。黒い渦のようだと思った。光も、思考も、何もかもを奥に吸い込み、閉じ込めてしまったような、無感情に日下部を映す二つの穴
——
日車の話によれば、あの時点で、彼は呪術師として呪術高専に行くことを決めていたという。
「今だから言えるけど。俺さ、あんたが狂っちまったのかって思ってたんだよ。何を考えてるかさっぱりわからねえし、呪術師は嫌だって笑いながら言われるし」
「夢を見ているのかとは思っていたな。高専の関係者に連絡を取ろうと思っていた矢先に、君が現れたから」
「だから、何で最初に言ってくれなかったんだよ。うちに戻りたいって」
「端的に言えばむかついたからだ」
「ああ?」
再び大声を上げる。日車はチャーシューを頬張り、箸を伸ばして日下部のトレイから餃子を奪い取った。あっと声を挟む暇も無かった。餃子は日車の口の中に消え、日下部は彼の膨らんだ頰と、彼の突然の犯行によって一つ減った餃子の皿を交互に見比べた。
ごくんと音を立てて飲み込み、日車が日下部の顔を上目遣いに見上げてくる。
「君、俺に何と言ったか覚えているか」
「
……
あの。今、盗ったよな。これ」
「君は俺を脅した」日下部の訴えを無視して日車が話を続ける。「総監部の入れ知恵通りにな。細かくは覚えていないが、上がわざわざ裁判を通して死刑にしてやったとか、檻の中で充分に反省しただろうとか、そういう類のことを君は言ってきたんだ」
「それはあんたの言う通りだけど
——
」
「君が求めてくれれば、俺は一も二もなく頷いて呪術高専へ向かうつもりだったさ。何しろ呪術師になろうと意気込んでいたんだ。だが君は、俺が呪術師になるつもりは無いとはじめから決めつけた挙句、総監部の指示通りに脅してきた。せっかくのやる気もさすがに萎む」
日車が箸を持つ手を動かしたので、皿の上に手をかざして咄嗟に餃子を覆う。胡乱げに日下部を睨む目と視線が交わった。眉間には皺が寄り、瞳の奥で揺らめいている怒りの感情が見えた
……
ような気がする。少なくとも、レクリエーションルームで再会した頃に比べたら、彼の感情表現はずっと豊かになった。
その変化は喜ばしいことだ。それだけ自分に心を開いてくれている証である
——
今の状況は決して歓迎できるものではないけれども。
「
……
すると、だ」餃子を手で守りながら、日下部は低い声で問いただした。「お前は、俺の態度に問題があったって言ってんの?」
「そういうことになるな」不機嫌なのを隠しもせずに日車が言い返してきた。「自分の言葉できちんと話してくれていたなら、君も三日間の足止めを食らうことにはならなかったし、ここまで大事にはならなかった」
「俺のせいにすんなよ。こっちもな、あんたが最初から腹を割って話してくれていたら、あんなことを言うつもりは
——
」
がたがたと隣で椅子を引く音が立ち、日下部は反射的に口を閉じた。定食屋のトレイを持った二人客が隣の席に腰掛け、世間話をしながら食事を始めたのである。自分が黙り込んでようやく、口論がヒートアップしかけていたことに日下部は気付き、ため息をついて腕を下ろした。言い争っていた内容もまるで堂々巡りだ。
「
……
あほくさ
……
」
「同感だ」
腕を下ろした瞬間、日車の箸が餃子を摘んで離れていく。一瞬の出来事だったが指摘する気も起きず、日下部も残りの食事を平らげることにした。
……
餃子は日車が奪って食べるに任せておいた。
「名前について
——
」
正面から声が聞こえ、箸を置いて日車の顔を見やる。
——
食事の残りはラーメンのスープだけになっていた。若い頃は一滴も残さず飲み干していたが、年を重ねるにしたがって飲まなくなったのだった。日車も同様らしく、レンゲと箸を置くと話を切り出してきた。
「俺の新しい戸籍についてだが」
「ああ、はいはい。せっかくだし何でも聞いてくれ」
「別に大した話じゃない。名前は病院で耳にしていたが、漢字ではどう書くのかと」
難しそうな字であるように思う、と言う。それから口にした名前は確かに、日下部も聞かされていた日車の新しい名前だった。
ちょっと待ってくれと返し、コートの内側から手帳を出す。日車の新しい名前は、面会のたびに書いていたおかげか慣れたものだった。手渡された手帳を見た日車の顔に変化は訪れない。顔を上げた日車が何を言うか、ある程度予測はできていた。
「名前は誰が
——
」
「楽巌寺さんだよ」
日車が首を傾げたので外見の特徴を伝えてやる。直接的な会話はしていないが、宿儺戦で見かけたことはあるはずだ。ああ、と日車は思い出したように頷いたが、余計に謎が深まったような顔をしている。
「あの人と俺は接点が無いと思うが」
「お前を連れ帰って呪術師にすると言い出したのはあの人だ。つーことは、あんたの裁判を通したのもあの人だってことだが
……
俺に鬼電してた例のジジイも、楽巌寺さんからの命令を受けて対応していたに過ぎないし。独断で突っ走りまくってたけどな」
日車の眉間に刻まれた皺がより一層深くなる。
「あの人が、俺をか。想像できないな」
「理由ならいくらでも考えられる。うちは常に人手不足で、お前は確実に戦力になる。元弁護士だから法律関係にも強いだろ。喉から手が出たいほど欲しい人材かって言われたら、あの爺さん的にはそうなのかもな」
そういえばまだ言っていなかったかと、今更ながら補足する。「楽巌寺さんは今の総監部のまとめ役だ」
総監部の、と日車が呟き、顎に手を当てて考え込んでいる。
「五条の奴がそうしろって、死ぬ前に頼んでたらしい。とは言え、あの人だってもう随分とご高齢だ。現役で動ける人材を一人でも多く呪術界に取り込んでおきたいって、少し焦ってきてんのかな。
——
そういや、あんたの名前を決めるときな、わざわざ中世の占星術に則って決めたらしいぞ。一度死んで生まれ変わるわけだから、縁起の悪い名前にするのだけは絶対にいかん、ってな」
——
あんたは歓迎されてる。ちゃんと求められてるよ。
あんたを死刑にして実質的に殺したことに負い目を感じているのか、単に名付け親として照れているのか
——
いずれにせよ、あの爺さんが口にしないだけで。
日車の視線が再び手帳へ移る。そこに書かれた名前を指先でなぞっているのか、左腕が動き、下ろされた。
「良い名前だ」
「
……
そうだな。俺もそう思う」
「呪術高専に着いたら挨拶に行きたいが、京都にいるのか」
「いいや。総監部は都内だが
……
忙しい人だしな。けど、あんたのためなら時間を取ってくれるんじゃないか。後で連絡してみる」
「ああ。頼む」
そろそろ行くか、という日下部の問いに頷いた日車が、少しだけ待ってほしいと言った。
「悪いが手洗いに行ってくる」
「おう。どーぞ」
日車を待っている間、返された手帳を手持ち無沙汰にぱらぱらと捲って眺めた。特に、これといって大事なことは書いていない。今はデジタルで予定を管理しているし、手帳を持ち歩いているのは半ば習慣からくるものだった。
ページの頭に辿り着き、今度は逆に最後のページまで捲る。それから最後に文字が書かれたページ
——
今し方、日下部が日車の新しい名前を書いた箇所だった。日車がそうしていたように指先でなぞり、声には出さず唇の動きだけで読み上げる。
「
————
」
……
寺の息子の名前のようだと、初めて見たときには思ったのだった。
ある意味ではそうかもしれない。この名前を考えたのは、坊主ではないにせよ総監部という立派な肩書きと、この国の政治を裏から操る権力を持つ人だ。保守的なあの人らしい、堅苦しい響きではあるが、そこには確かに
祈
、
り
、
がある。
総監部の仕事に追われているあの人が、古来の儀式を引っ張り出してきてまで考えたものだ。
呪術界の権力を掌握したにも関わらず、権力の上にあぐらをかかずに、より良い将来へ向けて動き続けるあの人が
——
新参者の呪術師に、自ら考えた名前を、授けたのは。
親が、子を、名付けるように。
その行為とまったく同じ祈りと期待が、日車にもかけられている、ということだ。
だが。
「
……
俺は日車でいいわ」
やっぱり呼び慣れない、と日下部は溜息混じりに呟いて手帳を閉じた。
いかなる祈りが込められていようと、呪術的に重要な意味を持とうと、名前は名前でしかなく、特定の他人を示す記号でしかないのもまた事実だ。本人がどう捉え、どう使うかが最大の問題である。つまり、これは日車の問題であって、本人が言及しない限り、第三者である自分がどうこう言うものではないだろう。
日下部にとっての彼は日車だった。だから日車の名前を呼ぶ。それだけだ。
手帳をしまうと同時に足音が近付き、日車の声が日下部を呼ぶ。おうと答えて日下部は立ち上がり、彼と並んで食堂を後にした。
「少し考えていたんだが、君に鬼電していた総監部の人も、楽巌寺氏によって総監部に引き入れられたのか」
「ん?
……
ああ、いいや、違う、ってか
……
何て言えばいいかな、部分的にはイエスだ。楽巌寺さんを含めて、総監部全体の一定数以上の賛成が無ければ、人員は入れ替わらない。あの鬼電爺さんはここ一年以内に入った新入りだ。確か、五条家の分家出身だったかな」
「五条? 六眼の彼が当主だったところか」
「そう。あの爺さんは本家じゃなくて分家だけどな。御三家も渋谷事変以来ガッタガタに崩壊しちまって、本家やら分家やら混乱に乗じてしゃしゃり出てきた地方のよくわからん自称名家やらが、互いの勢力を巡って今も争いまくってるわけよ。
一方で呪術高専もここ数年で何とか立て直せてきたが、教師の数は圧倒的に足りてないし、万全な体制じゃない。つまり、どの勢力も未だに不安定だ。総監部はそのあたりのバランスを見定めてやってるらしいが、もともとが資金を出してくれていた御三家とズブズブな関係だったから、その名残で色々とお膳立てしなきゃいけないらしくてな。楽巌寺さんも昔から保守派の筆頭だし
……
」
突然黙り込んだ日下部に、相槌を打っていた日車が訝しげな視線を寄越してくる。二人は駐車場に出て、日下部の車の前まで移動したところだった。それぞれが運転席と助手席の扉の前まで歩き、そこで不意に日下部が黙り込んだのだった。
「日下部。どうした」
「
……
いや。悪い」
車のロックを解除してドアを開ける。日下部が乗り込み、遅れて日車がシートに腰掛けたが、エンジンをかける気配は無く、沈黙が車内を満たした。
「話しすぎたな」
「何をだ」
「ボロボロすぎる内部事情をだよ。せっかくお前が戻ってくるってのに」
「日下部」
頰に硬く、温かいものが触れてきて、驚きの声を寸でのところで押し殺す。それは一旦日下部の頬から離れ、再び押し付けられた。
「やる」
日車が渡してきたのは缶コーヒーだった。トイレから戻って以来、後ろ手に何か持っているのは気付いていたが、まさか自分に渡してくるものとは思わなかった。頬に触れていたままだったそれを受け取ると、一度引っ込んだ手が、今度は日下部の眼前に拳となって突き出された。
「手を出せ」
言われたままに空いていた手を差し出すと、その上に菓子が落ちてきた。棒付きキャンディだ。
「昼を奢ってくれた礼と、君に迷惑をかけた詫びだ」自身の手を見つめている日下部を横目に、日車はシートベルトを装着している。「安物なのは許してくれ。持ち合わせが無くてな」
「
……
悪い。こんなのわざわざ用意しなくても」
「俺のエゴだからいい。なあ、日下部」
日車が身を乗り出して名前を呼んだ。「俺もそんな内部の一員になるのだろう。今更遠慮してどうする。俺は君の話をもっと聞きたい」
——
お前、本当に、俺の目を見て話すようになったよな。
場違いなことを考えたまま、日下部は目の前にある黒い瞳を覗き込む。日車は一度、目を瞬かせると、体を離してシートに深く体を沈めた。日下部の視線を感じたらしく、再び顔をこちらへ向ける。いいから話せ、と無言で促された気がした。
「
……
こういうのを話せる相手が、今までいなかったもんでね」
「そうか」それは大変だったな、と日車は日下部と目を合わせたまま淡々と言った。「誰にもか」
「仮にも学校のトップをやってるやつが、こんなにドロドロでやばい内部事情を、若い呪術師や部下に愚痴れると思うか」
「言えないな。誰にも」
日車が即答したことに鼻で笑いながら、キャンディの包み紙を剥がす。口に放り込んだらコーラの味がした。今の気分ではないが、嫌いな味ではない。口の中で転がしながらシートベルトを締める。
「正直、あんた相手にべらべら喋ったって事実に、俺自身が驚いてるよ」
「それはよかった。これからは愚痴を吐く相手に俺を使うといい」
「使うって
……
」
呆れて呟くと同時に、べりべりと隣から音がした。見れば日車も棒付きキャンディを手に持っており、包み紙を剥がしている。苦戦しながら剥がし終わり、口に含めて眉根を寄せていた。
「何味? それ」
「プリンだ」くぐもった声で答えながら、日車が包み紙を摘んでひらりと振る。「甘くて変な味がする。俺もコーラにすればよかった」
「はは、良い勉強代になったじゃねえか」
笑って返しながら車のエンジンを入れる。カーラジオから交通情報が流れ始めた。日下部たちが走っている高速道路では、渋滞も事故も起きていない。
「あとどれくらいかかりそうだ」
「一時間半
……
二時間弱かな。寝てていいぞ」
「寝ない。君の愚痴を聞きたい」
運転の支障にならない程度で、とすかさず付け足して、日車は窓の外へ顔を向けた。どっちでもいいという態度だ。話すなら聞くし、話さないなら外の景色を眺めている。その距離感が心地良くてべらべら話しちまったのかなあと思いつつ、まあ有難い話ではあるかと思い直した。
——
俺なりの歓迎、ということにしてもらおう。
「それじゃ、あんたを使わせてもらうか」
何だそれは、と日車が笑いながら日下部のほうを向く。言葉の刺々しさとは裏腹に、日車は眩しいものを見たあとのように目を細め、存分に使えと満足げに日下部へ告げたのだった。
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