花筵シヂマ
2025-01-15 11:53:46
7598文字
Public
 

旺惑3

四十路父×十代前半の水(ショタ)の背徳的な話
年齢操作×転生父水
父はずっと前世から水を待っていた
親愛から恋愛に変わる話



 少しは楽しみにしていた修学旅行も今は全く行きたくなくなってしまった。
 学校から帰り、いつもは立ち寄る空き家を通り過ぎて自宅に帰った。父は相変わらずおらず、リビングのテーブルの上に、結婚式場のパンフレットが雑に置かれていた。最早、隠す気も無いらしい。
 乱暴にランドセルを床に投げつけると衝撃で鞄が開き、中身があふれ出た。修学旅行のしおりをひっつかんでゴミ箱に投げ捨てる。何もかもがいやになってしまった。誰もいない部屋の中で近所を走る救急車の音が響く。
 最初から一人だったのだ、今更、一人に戻るだけなのだから怖くはない。
 床に落ちていたリモコンを適当に操作しているうち、古いドラマが再放送している。水木が見たことがある俳優が今よりもっと若くて、初々しい演技をしている。抱き合い、口づけ合う恋人たちのシーンをどこか遠い目で見つめた。
 皆、きっとどこかに半身がいるはずなのに水木にはもうどこにもいない気さえした。
 夕方になって空腹を思い出し、ふらりとマンションを出てコンビニを目指した。入口でたむろしている高校生が莫迦みたいにふざけ合って棒アイスを食べている。適当におにぎりを買ってレジを済ませ、出て行くと見知った顔を見た。
 クラスメイトのいたずらっ子だ。どうやら、高校生の中に兄がいるようで、高校生にお菓子を貰って無邪気に喜んでいる。バイクに乗せてよと甘える様子も、教室では見たことがない。
 ぼんやりと見ていると水木の視線に気づいたようで、いたずらっ子が水木を指さして何やら高校生たちに告げ口している。大柄なおとこたちが水木を取り囲み、「ウチの弟を虐めたらしいな」と言いがかりをつけてきた。またか、と思うと同時に反論さえでない。
「女みたいなツラしてるなこいつ」
「見たことがないくらい綺麗な目だな」
 顎を掴んで目を覗き込まれる。ささやかな反撃のつもりで唾を吹きかければ、激高したおとこが拳を握りこむ。
「糞餓鬼!」
 拳を振り上げたかと思うとそれは振り下ろされることはなく、停止した。
 時間が止まったのではなく、高校生の拳を握りこむおとこが背後にいたのだ。
 ここに居て欲しくない存在だ。水木は顔を反らして見ないようにした。
「小童ども、そんなに水木の眼が欲しいのか」
 骨が軋むような嫌な音がする。高校生の顔が苦悶に歪み、悲鳴があがる。
「なら儂の指でも持っていくか?」
 楽しそうにそう言うおとこの薄笑いに、高校生たちはひいひいと叫びながら逃げていく。残された水木に向き直るゲゲ郎に、水木はもう一度アスファルトへ視線を落とす。
「来なくて良かったんだ」
「どうして拗ねておるんじゃ……
「拗ねてなんかいない!お前が!」
 おとこの手を引っ張ると、大げさなほどおとこがよろめいた。そんなに力は込めていないはずなのに、おとこは膝をついてしまった。
「おい、幽霊……?」
 幽霊は胸元を抑えて浅く呼吸を繰り返している。見れば脂汗を浮かべているではないか。
「どうしたんだ?ねぇ」
「すまぬ、……無理をしすぎたらしい……
「幽霊、なぁ、……しっかりしろよ」
 揺さぶってもゲゲ郎は動かない。救急車を呼ぶなりしなくてはならないのか。
 しかし幽霊に、病院は必要なのだろうか。
 白い顔が余計に青白くなり、不安に胸がかき乱されていく。
「死なないで、一緒にいてよッ!約束しただろ!」
 縋りついて泣けば、ゲゲ郎は困ったように笑うだけで、分かったと言ってくれない。
 混乱して泣きじゃくるだけしかできない水木の頭を、また撫でられた。そんなことをして欲しいわけではない。
カラン、と下駄の音が響く。ゲゲ郎のものではない。顔を上げるといつの間にか、幽霊の傍らに、アルバムでみたあの少年がそのまま成長したようなおとこが佇んでいる。
「無茶をなさったんですねお父さん。肩を貸しますよ」
 青年がゲゲ郎に手を貸し、立ち上がらせると、水木をじっと凝視してきた。
「あの、俺も……ついていく」
 そう言えば何も言わず踵を返されてしまった。よろめきながら歩く二人を追いかけ、水木は例の空き家に向かった。
 
 
 床に伏した幽霊が浅い寝息をたて始めると、鬼太郎と名乗った青年は手短に説明してくれた。
「この空間は父さんによってつくられたものなのです。父は数十年以上ここにずっといて妖力を使い続けているので、体は随分と弱っています。あまり外に出歩いたり妖力を使うと、あのように具合が悪くなる」
「それって治せないのか?」
「どうでしょう……父はもう、視力も随分と落ちていますし、体力もほとんどありません。この空間を捨てて現世に帰れば可能かもしれませんが無理でしょうね」
「それは、ここが、昔、住んだ家だからか?」
 鬼太郎は言い難そうに言葉を選んでいたが、しかし、紡いだ。
「水木さんが死んだのがこの家で。死んだ季節が秋だったから……父は思い出の中で生きているのです」
 また、まただ。
 自分ではない水木のせいで、ゲゲ郎が苦しんでいる。
「すいません。今のあなたには、関係ないので気にせず」
 気を使って言われた言葉なのだが、水木にとっては酷く堪えた。
 ゲゲ郎を寝かせておいて欲しいと言って鬼太郎は帰っていってしまった。

 今の水木にも何かできることがあるはずだ。
 過去の水木以上の存在になれば、きっと———
 水木は携帯電話で幽霊にまつわる話を調べた。くだらない逸話でもいい、何か手掛かりになればと思った。
 幾つもある怪談話のなかで、生贄、という単語を見つけた。
 悪い妖怪は人間を喰って生きているという話だ。
 ゲゲ郎は幽霊だ。幽霊も、人間を生贄にするのだろうか。
 水木はまだ若く、生き生きしている。生贄として最適ではないだろうか。
 台所で包丁を取り出し、水木はそろそろと歩いて眠るゲゲ郎の上に馬乗りになった。
「み……ずき……?」
 うつらうつらとしたゲゲ郎の赤い目が水木を見つめる。
 水木は包丁を己の頸に押し当てた。
「何をしておる!」
 思わず跳ね起きたゲゲ郎に包丁をとられないように必死に柄を握った。
「ゆ、幽霊は、生贄を食べるんだろ、だから、俺を食べてよ」
「何を莫迦な……!」
 とても良い提案なのに、幽霊は真っ赤になって激高している。
 なぜそんなに怒るのだろう。
「俺なんかもう、誰にも必要とされていないんだ……お前も!俺に……名前を教えてくれなかったじゃないか……!」
「みずき、ちがう、包丁を離すのじゃ……
 幽霊の白い髪が水木の手首を絡めとる。呆気なく包丁が落ちてしまった。
 細い腰を絡められて幽霊の元へ引きずり戻された。
 青白い貌の幽霊の顔が一層青い気がした。
「俺じゃだめなのか、……食べて生きていけないのか?」
「お主は本当に………何とも自己犠牲なおとこよ」
 はらはらと涙を流す水木に触れてくる唇がある。柔らかい。そして生きている温度だ。
「そんなことはせずとも良い。名を教えなかったのは悪かった。そうじゃな、お主の名を儂が知っておって、お主が知らぬのはおかしい話じゃ」
「う、ぅう、……ひぐっ、いなくならないでくれ、一緒にいて、生きてよ」
「そうじゃな……水木、儂はゲゲ郎と言う。お主の声で、呼んでおくれ」
 頬を包み込まれて涙を指の腹で拭われる。
 水木は震える唇で名前を紡いだ。
「ゲゲ郎、………
 重なった唇が、角度を変えて触れてくる。次第に少しずつ深さを増しだすので、息がし辛い。
「お主の肉などいらぬ。ほんの少し、生気を分けて貰えればそれでいい」
 弧を描いた唇がいつもより赤々としてみえた。指の腹でなぞられた唇の温度が、いつもより少しばかり———高い気がした。