花筵シヂマ
2025-01-15 11:53:04
7061文字
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旺惑2

四十路父×十代前半の水(ショタ)の背徳的な話
年齢操作×転生父水
父はずっと前世から水を待っていた
親愛から恋愛に変わる話

随分と顔を見ていなかった父が、久しぶりにマンションに帰ってきた。
 水木は待ちわびていたように、父に修学旅行の案内を渡した。父は顔を歪め、そしてあからさまにため息を吐いた。その音にさえ、罪悪感を覚えた。
「修学旅行ね。分かったよ。好きに行ってきたらいい。気楽なもんだな」
 同意書を書いてから顔も見もせずに父は部屋に籠って出てこなくなった。
 幽霊の元で心が温まるような毎日が嘘のようだ。
 急速に冷えていく心が耐えきれなくて両手で腕を擦り上げた。
 一人だけになった静かなリビングで椅子を引いて腰を下ろした。手にした同意書を握りしめて、夏休みの間、この家にいるのは耐えられないと悟った。
 
 夏休み前の最終日、水木はランドセルと朝顔の鉢植えを抱えて例の一軒家に向かった。有刺鉄線の前に幽霊が佇んでいた。白い日傘をさしており、長く白い髪を肩で束ねている。水木を見るなり、はにかんでくれた。ということは水木を待っていたのだろう。
 家族の誰にもそんなことをされたことはないので、嬉しくなったが表情を見られるのが厭で俯いて歩み寄った。
「なんじゃこれは?」
 朝顔の鉢植えを怪訝そうに眺めるゲゲ郎に渡した。
「朝顔だよ。観察日記をつけないといけないんだ。夏休み中も家にはずっと一人だし、いいだろう、家にいても」
「構わぬが。ふむ、変な宿題じゃのう。朝顔の観察なんかして何かなるのか?」
 幽霊の後ろをついていけば、白い番傘のなかに水木のからだも入ってしまった。幽霊が傘をくるりと回したかと思うと、あのイチョウの木がある屋敷の前に立っていた。
「ここでも朝顔は育つのか?」
 肝心なことを確認し損ねていたと思い出し言えば、幽霊は「当り前じゃよ」と返す。
 相変わらず、この空間がどうして秋なのか聞けないまま、水木は家の門を潜った。
 幽霊は水木が来るようになってから、色んな菓子を作ってくれるようになった。
 当初は和菓子ばかりであったが、最近は洋菓子も焼いてくれる。
 たすき掛けして必死に菓子を作る様子は、水木を面はゆくさせていく。
「今日はのう、これじゃ」
「これ何?」
 みたことがない白く柔らかそうなメレンゲがのったスポンジケーキのようなものが出てくる。本当に幽霊が作ったのかといぶかしめば、幽霊は照れ臭そうに頭を掻いている。
「倅が遊びに来てのう」
「だろうな、おじさんこういうの作れないもんな」
 日記に鉛筆を走らせながら、ねぇ、と何でもないように切り出した。
「この家っておじさんは一人で暮らしているの?」
「そうじゃのう」
「泊まったら、駄目かな」
「ここに?」
 恐る恐る見上げてみると、幽霊は湯飲みの中身を啜りながら、何でもないように「構わぬよ」と返してくれた。断られると思っていたからだ。
「毎日ここに来ていい?夏休み、家にいたくないんだ」
 そう言えば、幽霊はむしろ歓迎しているとばかりに遊びの予定を提案してくる。
 この屋敷の近くには森があって虫をとりに行こう、魚釣りに行こう、蛍も見れると誘う。
 屋敷から離れたことはないので興味は当然ながら沸いた。
 誰かとの遊びの予定は無い。この幽霊がいればそれでいい。
「楽しみだ」
 と言えば、幽霊も儂もと言ってくれる。幽霊は何歳なのかは分からないが、嗤うと目じりが下がって可愛く笑うのだと思った。

 父は毎日と言っていいほどほとんど帰ってはこないが、食費は定期的に与えられ、飢えずに済んでいる。洗濯掃除買い物ならもう、水木程の年齢ならば簡単にできた。
 ほとんどの家事は幽霊の家でしてもらっているので不自由はない。
 幽霊の家に出入りするようになり、数日後に、イチョウの木の屋敷から離れた場所に二人で出かけた。
 屋敷のある道を真っ直ぐに進むと確かに木々が覆い茂っており、森がある。その道を反れると人気のない村があった。まるで山間の村のようにぽつぽつと家が佇み、しかしながら人はいない。
 抜け殻の村を二人して歩くと、古めかしい駄菓子屋が立っていた。店先にある冷凍ショーケースを開けて二人で棒アイスを食べ、引き戸をからからと開けて店員のいない店のなかで駄菓子を腕に抱えて家に帰った。幽霊と二人でお菓子を食べ合って、桃色のかたぬき菓子を幽霊が器用に長い舌で抜くのを観察した。
 夜になると毎日手持ち花火をし、家に帰る日もあれば、泊まる日もあった。
 幽霊は必ず隣で寝て、母や父が去って行く夢をみて飛び起きれば、水木の背中を撫でて大丈夫だと慰めてくれた。
 幽霊なのに掌が温かく、そして、安心した。

 穏やかな夏休みに異変が訪れたのは父からの連絡であった。
  父から、この日は家にいないでくれと連絡があったのは八月に差し掛かる日だった。
「気になるんだ。父さんがそんなことをいうなんて変だ」
 父からの連絡は家に金を置いたことぐらいなのにあえていないで欲しいというなんて変だと思った。
 幽霊はそうめんを啜り、首を傾げて見せた。
「見に行くのか?」
「うん、帰ってくる時間までに隠れておく」
「ううむ」
 どこか晴れない顔をする幽霊に、もしかして何か知っているのかと顔を覗き込んだ。
 すると幽霊は気まずそうに眼を逸らす。やはり何か、知っているのだ。
 この幽霊は水木が知らない水木の周辺の出来事を良く知っている。
 例のいじめっ子のこともそうだ。
 水木とずっといるくせに、水木に隠し事をするなんて酷いではないか。
 「お前も来いよ」
 乱暴に腕を引っ張れば、幽霊は、しかしのう、と申し訳なさそうにもそもそと言う。
「そういうのを覗き見するのは良くないぞ」
「そういうの?」
「その、だなぁ」
「いいから、お前も来い」
 巨躯のわりには小心者で穏やかな幽霊を引きずるようにして、父が帰ると言っていた時間帯より一時間も前にマンションに帰った。父が開けないであろう寝室のクローゼットの中に幽霊を押し込み、その足の間に座り込んだ。
 クローゼットのなかは蒸し暑いはずだが、幽霊の体温は冷たい。水木はからだを冷やすように胸にくっついて座った。幽霊のくせに心臓の鼓動が聞こえる。
 死んでいるはずなのに生きている。
 変な生き物だなと思った。
 何となく空気が重くなり、沈黙が寂しいので会話を切り出した。
「俺、お祭りにいってみたいんだ」
「うむ」
 上目遣いに幽霊を見上げた。見つめ返す幽霊の双眸は赤い夕陽に似ている。
「一度も行ったことがない。明後日あるんだって。お前が一緒なら、行ってもいい」
 膝を抱いて座る水木の頭を大きな掌が撫でてくれる。
 幽霊は水木の要望に嫌とは言わない。いつも、常に、いいよと言ってくれる。
「行こう。何でもしよう、金魚すくいも、綿あめも食べて、射的もするぞ」
 溢れ出しそうな涙をこらえて、水木は己の顔を足の間に埋めた。泣かないようにしないといけないことで必死すぎて、家に父が帰宅したことに気づくのが遅くなった。
 玄関のドアが開いたので息を飲んだ。足音は、二人分ある。
 —— 一瞬、ありえない妄想をした。
父が母を連れてきて、水木にサプライズをしてくれるのではないかという妄想だ。
 しかしそれは寝室に入ってきた声で違うのだと知る。
 クローゼットの隙間から何とか外の様子を見ようと顔を張り付かせると、父がみたことない笑顔でおんなと話している。おんなは髪を束ねているゴムをとり、父と接吻している。
「キスが好きね、あなたって」
「まぁね」
「それにしたって罪悪感があるわ。生徒の保護者の家でこんな真似」
「それがいいんじゃないか」
 見たことがない父の表情、そして女のピンク色の口紅、もつれあいながら水木の視界の向こう側に二人は消えた。
 相手のおんなの顔には見覚えがあった。

 硬直した水木を幽霊が背後から抱き寄せてきた。何を思ったのか幽霊は両手で水木の耳を塞いだ。水木は流れた涙を拭くことも無く、ただ声を殺して泣いた。

 しばらくして幽霊の手が離れていき、おんなと父は寝室を出て、シャワーを浴びる音が聞こえた。ばたばたと足音が行きかい、そして家の鍵を掛けて出て行った。
 水木の代わりにクローゼットを開けた幽霊は水木のからだを抱き上げて何も言わずにマンションを出た。顔をあげたくなくて幽霊の胸元で泣いていると、夏特有の蒸し暑さが、やがて秋の冷えた風に変わっていった。
 「顔を上げておくれ」
 「嫌だ」
 顔を腕で隠せば、無理には外されない。
 屋敷の中に入らず、幽霊はイチョウの木の下で胡坐をかいた。
「し、知っていたのかよ……先生と、お父さんが」
「知っておった」
 担任教諭と父がそんな関係だと露ほども知らなかった。
 なのに幽霊は知っているという。
 やっぱり幽霊だから、なんでも知っているのだろうか。
「何も憂うことはない、顔を見せておくれ」
 腕を外せば、優しい笑みの幽霊がいた。
「儂はお主の味方じゃ。お主を守る、必ず」
「俺に隠し事はしないでくれ」
 幽霊は目を丸めて驚いている。
「俺のことで何か知ったら全部教えてくれ。嘘ついたら、針千本飲ませるからな」
「ふふ、恐ろしいのう」
 幽霊は水木を裏切らない。何故だか分からないが妙に確信があった。
 だがそれ以上に確たるものが欲しい。それを得る方法が分からない。
 思い悩む水木を他所に幽霊がいつものように頭を撫でるのをくすぐったく思ったが、いつもの何倍も胸に染みた。


 夏休み中はあまり学校に行かなくていいのだが、何度かは登校日がある。
 同級生のなかには自由解放のプールを利用しているものもいるのだが、水木は面倒で行っていない。
「なるほど、今日は学校に行くのじゃな。昼はなにがいいかのう」
「なんでもいいよ、終わったらすぐ帰る」
 鞄を背負ってから振り返って手を振れば、不意に、幽霊は悲しげに眉を下げた。
 何をそんなに寂しそうにしているのか水木には分からない。
 家の玄関の戸を引けば、空間が変わり、有刺鉄線の向こう側に水木は立っていた。
 この変化にも慣れたもので、鞄を背負いなおして水木は歩き出した。
「水木くん!」
 急に背後から肩を叩かれて驚いて飛び上がった。髪をツインテールにして巻いており、向日葵の柄のワンピースを着ている。クラスメイトの女子だ。
 最も会話したことはなく、彼女がクラスで、人気者と呼ばれる存在であることは知っている。
「おはよう」
 なんでもないように返し、前を向けば、なおも女子は顔を覗いてくる。
「水木くんっていつもあのお化け屋敷でなにしているの?」
 思わず歩く速度が速くなる。誰かに見られている可能性は考えていなかった。
 冷や汗が背にふつふつと浮き上がる。
「私、見たんだよ」
 照り付ける太陽が焼いたアスファルトから立ち上がる熱気に、水木はくらりと眩暈を覚えた。
「あの屋敷の前で、知らない大人といたよね」
 振り返り、女子をみた。
 女子は何か、女の子らしからぬ様子で水木の様子を伺っている。
「誰?白い髪の、赤い目の人」
「ほっておいてよ。関係ないだろ」
 これ以上、詮索されたくなくて水木は踵を返す。
「知らない人と変なことしてたら危ないよ。警察に捕まるってママが言ってた」
 甲高い声が厭で水木は走り出した。学校まで一直線だ。息をするのも忘れるほど無我夢中で走り、校門に駆け込んだ。教室に入る前にトイレに駆け込み、汗だくの己の顔を鏡越しにみた。
 ———警察に捕まる。
 でもあの幽霊は大丈夫だ。人間じゃない。だから、捕まらない。
 それになにも非道なことをされているわけではないのだ。
 大丈夫、大丈夫。そう胸の中で言い聞かせる。
「大丈夫じゃない場合って、どんな場合なんだろう」
 鏡の中の水木は不安げに見つめ返すだけだった。