花筵シヂマ
2025-01-15 11:52:08
6004文字
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旺惑

四十路父×十代前半の水(ショタ)の背徳的な話
年齢操作×転生父水
父はずっと前世から水を待っていた
親愛から恋愛に変わる話

物心つく頃から、水木の双眸は両親に似ない濃紺だった。
 それをきっかけにして両親は不仲になり、母は出て行き、父だけが残った。何か暴力を振るわれるということはないが、無関心の塊であった父は、食卓に出来合いの総菜を並べ、朝は早く夜は遅くまで仕事をして水木と顔を会わせることが少なかった。
 水木ができることはこの生活に順応していくことだけであった。金ならいつでも食卓に置かれていたし、近所にはスーパーもコンビニもある。教師からの家庭訪問の際は、父は寡黙であるが子煩悩だという嘘の仮面を着けて乗り越え、水木もそれに従った。
 厄介なのは、父ではなく、小学校というコミュニティであった。
 子供は普通でないことを嫌い、揶揄し、阻害する。
 水木もこれになぞらえるように、同級生からは爪弾きにされていた。特に彼らの関心をより誘ったのは水木の双眸の色であった。
 異人のような目の色は彼らの関心を酷く、引いた。
 あらゆる手を使って水木の心に傷をつけようとしたが、彼らの子供らしい悪戯はどこか達観した水木を傷つけはしなかった。
 やがて彼らは悩みぬいた末に、住宅街にあるあばら家に深夜零時に行けと命じて来た。件のあばら家は真新しい新築の一軒家が立ち並ぶなかで恐ろしく浮いており、水木にもどの家かはすぐに分った。
 その家は木造一軒家で家全体に蔦が巻き付き、何か大きな地震でもあればすぐに崩れるのではというほど古かった。人の姿は見えないのに、ある夜、人魂を見たとか、話し声を聞いただとか、そんな噂話が絶えず、肝試しにも使われるようになったで警察官と自治体が鉄柵を作り、有刺鉄線を巻いて立ち入りを禁じた。
 子供のなかでも小柄な水木であれば簡単に立ち入れると、子供たちは踏んだのだろう。
「家の玄関に名前を刻んでこい。朝イチ、見に行ってやるからな」
 そう言われた水木は、別にこの悪ガキどもは恐ろしくはなかったが、興味を引かれた。父は幸いにも出張でおらず、深夜零時に抜け出すのはいとも簡単だった。
 街灯が照らす夜道を走り、手にしたカッターナイフを握りしめて例のお化け屋敷に忍び込んだ。有刺鉄線で掌を怪我し、服が少し破けたがどうでもよかった。
 問題は戸が開いているのかということだった。肝心の鍵に関しては何も考えていなかったので、とりあえず、物は試しだと戸に手を掛けた。
 がらり、と重々しい音を立てて戸が開いた。
 水木は思わず足を踏みいれた。
 途端、足元が暗闇に覆われ、まるで大きな穴に落ちたように水木のからだは吸い込まれていった。
 声も出ないまま落ちて、落ちていく。
 痛みの衝撃に備えるように強く目を閉じると、誰かが優しく抱きとめてくれていた。
「やれやれ、誰かと思うたら童かのう……なぜ結界が破けたのか」
 良く通るおとこの声に水木は恐る恐る顔を上げた。
 頭上に見えるは眩いほどの金色のイチョウの木だ。
 そして照り付けるような太陽が輝いている。季節は秋ではなく、雨季であったはず。そして時間は夜中のはずだが、と水木は眉を寄せた。
 水木を抱きとめた腕の主も観察するように水木を見ていた。
 白髪に蘇芳の片目、今どきは見かけない着流し姿のおとこがそこにいる。やけに背が高く、父よりも大きく感じた。
 おとこは目が悪いのか目を細めながら顔を近づけ、水木を観察し、目を丸くした。
 「み………水木?」
 「なんで俺の名前を?」
 身を乗り出して思わず聞いてしまっていた。
 おとこは水木の腋に手を入れて、くるくると戯れるように回った。
 「そうかそうか、お主になら破られるのう。致し方あるまい」
 「あ、あの」
 「おや、怪我をしておるではないか!」
 水木のこころを置き去りにしておとこは水木を抱き上げ、歩いていく。見ればイチョウの木の向こう側に水木が先程入ってきたのと同じ屋敷があった。
 屋敷の戸をひいて水木を運ぶと、古めかしいカラーテレビが置かれた居間に下ろされた。
落ち着きなく周囲を見渡すと壁掛けの振り子時計がゆらゆら揺れているのが見えた。まるでこの家だけ時代に取り残されたようだ。
 畳を擦るような音が響き、巨躯を丸めるようにしておとこが座る。
 「すまぬ、必要ないと思うて高いところに置いておったわ」
 「こんなの、大したことない」
 「いかん、いかん。もし化膿でもしたら大変じゃ」
 水木のシャツを捲り、傷跡を観察される。有刺鉄線で切れた傷に消毒液を浸した脱脂綿を当てられた。
 「い、……っ」
 「すまぬ、痛いか……
 「痛くない」
 唇を噛んで耐えている間に傷から脱脂綿を外され、ガーゼを貼られる。手馴れた動作で手当をしてから、初対面だという水木に優しく微笑まれた。
 水木は土足で立ち入ってきた侵入者だというのに、やけに優しい。
「腹は空いておらぬか?嫌いなものはないかの」
「いや、そこまでしてもらわなくても」
「ふふ、利発な童じゃのう」
 水木の頭を撫でてからおとこは台所に行き、すぐに戻ってきた。
 剝きたてのみずみずしい桃が並んだその皿を水木の前に置かれる。
 家で食べるのは大体が出来合いの総菜が多い水木の食生活では見ることが無いものだった。
「儂はいらぬから全て食べるがいいぞ」
 断るにもできない雰囲気に押され、水木はおずおずとフォークを使ってそれを口の中にいれた。甘い桃はくちのなかで蕩けて潰れていく。
 まるで異世界に迷いこんだようだ。照り付ける太陽と庭先の紅葉、そして小さな小池のなかで跳ねる鯉に、どこかで聞こえるししおどしの音。外から見たこの屋敷は椿の垣根に覆われていた。この家の庭もどれほどの広さなのか分からない。現実ではありえない空間に、家に入った瞬間に気絶でもしたのだろうかと思う。
「どうして俺の名前を知っているんですか?」
 素性が分からない相手なのでなるべく丁寧に声を掛ける。どこか老爺を思わせるおとこの口調や白髪だが容姿は若々しい。水木の様子を肘をついて微笑ましく見ていたおとこは、笑みを崩さず答えた。
「儂は何でも知っておるのじゃ。ここはお主のおった世界とは別の世界。あの屋敷の戸を開けたぐらいではここにはこれぬ。じゃがここに来れたお主は、この屋敷に招かれたようなものじゃよ」
「答えに、なっていませんが」
「年を重ねるとはぐらかすのが上手くなるのじゃ。さて、今度はこちらが問いかける番じゃ」
 身構えた水木を前にして、おとこは懐から煙草の箱を取り出した。火を点けるつもりはないのか口に咥えるだけである。
「なぜこの屋敷に来た?」
「学校の、肝試しみたいなもので」
「ふぅむ」
 水木の服や、背負ってきたリュックサックを穴が開くほど観察し、肩を竦めている。
「この時間、子供が家から抜け出られるということは家には誰もおらぬということかな。肝試しといいつつ、誰も周囲にいた気配もない。お主、何か不当な扱いを受けておるのではないか?」
 痛い場所を突かれたように言葉が出ない。水木は唇を引き結び、果汁が残る皿を見つめた。
「答えずとも良い。ならばここにいつでもおいで。他の場所に行くより安全じゃ」
「あんたは、名前は?」
「儂か、そうじゃなぁ」
 本当の名前があるはずなのに、言いたくはないのか考えるような仕草をしてから言った。
「周囲からは親父殿と言われておる。息子がおるからの。お主からはそう言われるのはおかしい気もするし……
 確かに、このおとこは水木の親ではない。もっとも、実の親には親らしいものを感じていないので父だの、母だの呼ぶのは変な感じがする。
「じゃあ、幽霊のおじさんでいいよ」
「なっ、お、おじさん」
 なぜか酷く傷ついたような表情をされたが、水木としてはそれで十分な気がした。
「仕方あるまい、今のお主からみるとそうか」
 小さくそう呟きながら腰をあげた幽霊は、壁掛け時計の時間を見る。
「送っていってやろう、外は危険じゃ」
「一人で来たし大丈夫だ」
「いかんいかん」
 まるで頑固おやじのように譲らないおとこに手を引かれて玄関を共に出た。
 途端、先ほどまでの秋めいた寂寥感のある空気が霧散し、代わりにじっとりとした夏前の空気に変わり、外は暗闇に支配されていた。からん、と高下駄のおとがした。見れば幽霊は下駄を履いていた。
 有刺鉄線が張られた柵をどうするのかと思っていたが、幽霊は水木を抱き上げてしゃがんだかと思うと一気に飛び上がって柵を乗り越えた。そのまま地面を蹴り、立ち並ぶ民家やマンションに飛び移りながら移動していく。あまりの速度に水木の眼が回り、船酔いしたかのように気持ちが悪くなる。目を閉じて吐きそうな心地を耐えていると、見慣れたマンションの前に何時の間にかたどり着いていた。
「人を抱いて飛ぶのは久々ゆえに、早すぎたかのう……大丈夫か?」
 水木を下ろして顔色を覗き込まれると、水木は吐きそうなのを我慢しながら、大丈夫だと返した。
「そうか、鍵はもっておるか?」
 浅く頷けば、幽霊は水木の両手を丁寧におのれの両手で包み込んだ。そして小さく肩を震わせたかと思うと、眦に雫を浮かべている。
 泣いているのだ、このおとこは————
 いきなり現れた不届きなこどもを前にして。
 水木は動揺し、手を離すのも忘れてしまった。
「すまぬ、……儂はここで待つ、家にはいるまで見届けさせておくれ」
 そういうものだから、手を離された瞬間、おとこから逃げるようにオートロックの正面玄関を開ける。自動ドアが閉まっても、大男はこどもみたいに手を振っている。
 なんだか変な大人だ。
 泣いたり、嗤ったり、水木を怒ることがない。
 水木は手を振り返すことはなく、エレベーターに乗り込んだ。エレベーターを降りて廊下から下を見下ろすと、まだなおもおとこは手を振っている。
 何だか胸のなかが変に満たされていき、唇が緩む。
 水木は家の鍵を開けて部屋の中に入った。暗闇と静寂に支配された家のなかは、堪らなく孤独を感じる。眼下に先ほどまでの鮮やかな原色の世界が過った。
 あの家の暖かい縁側で眠ってみたい。  
 そしたらこんなにも孤独を感じなくて済みそうだった。

 翌朝、学校に行くと、いたずらっ子たちは水木に話しかけてこなかった。
 例の空き家に何の印も刻んでこなかったので、てっきり何かを言ってくると思っていたが、めいめいにランドセルを開けて教科書を出し、静かに自習している。一人、休んでいるようだったが、水木には関係がないことだった。
 ——もしかして、あの幽霊が何かしたのだろうか。
 まさかな、と想像を打ち消し、水木もランドセルから教科書を取り出した。
 女教師が教室に入ってきて、出席を取り出し、そしてホッチキス止めされたわら半紙を配ってきた。
「はい、秋の修学旅行の案内を配りました。ご両親に同意書を貰ってきてくださいね。修学旅行先は京都です。先日、グループを決めたかと思いますが―――
 そんな話をしている女教師の妙に明るいピンクの口紅が水木の目に焼き付く。
 水木はしおりをめくりながら、父にメールを入れなければと思っていた。父からは子供用携帯を貰っているので、学校で必要なことがあれば父にそれで連絡をしていた。
 外を見ると、またしても雨が降っている。もうすぐ夏休みが始まるというのに、涙を流しすぎた空は泣き止み方を忘れたのかもしれない。