【カミ東】表面張力

カミキリ様の赤面汗っかきたじたじに含まれる栄養素の高さは周知の事実ですが、東雲さんの赤面汗っかきたじたじは栄養素の塊なのを紳士淑女の嗜みとして以下略。
立場逆転完全体カミキリ様と東雲さん(お題箱リクエスト)の話。





暑さ寒さも彼岸まで、なんて言い慣わしが昨今意味を失いつつある滅茶苦茶な四季だってエアコンが動いてくれていれば電気代以外何の問題はない。何の問題はない、筈なんだ。
「涼シい?」
そう、いつ時かエアコンが故障した際、氷嚢扱いした子供に復讐めいたのをされるとは数秒前まで考えもしなかった。
変声期をとっくに過ぎ成熟した男の低い声が鼓膜を掠め東雲は反射的に首を竦めた。
両膝を揃えて立てて膝裏を抱くように両腕を回すコンパクトな姿勢の窮屈さ。背中を丸めじりじり前に進むのを臍の辺りを隠すように脂肪の少ない筋肉質な腕がやんわり阻止てくる。
足の裏と尻で僅かに前進した分だけ引き戻され、丸めた背中の稜線に合わせてふんわり覆い被さってくる相手に東雲の頬だけとはいわず、耳やうなじに至るまで真夏の太陽の下で焼かれたように赤らめ熱を帯びている。
「東雲さんアツイ? もっと近付ク」
「~~~ッ」
じっとり汗ばんだ肌が何てことのない言葉の一音一音を敏感に感じ取ってしまい思わず出そうになった悲鳴を意地で飲み込んだ。
実に大人らしくない余裕のない様子を揶揄うでも野次るでもない、東雲の後ろで胡坐を掻きその彼女を胡坐の中に収めている──、タケノコの成長スピードも真っ青なたった一晩で忽ち好青年に急成長したカミキリが気遣うように顔を覗き込んで来る。あどけなさが消えた精悍な顔付き。東雲のプリン髪よりも長くなった柔い癖のある白い髪がフローリングと絨毯の上を塗り替え、気遣いが出来る人間であれば踏むのを躊躇う深雪は殆どない逃げ道をさらに塞ぐ役目を担っていた。
「(ハメられたっ!!)」
言いがかり甚だしい東雲の叫び声が胸中こだまする。
キュッと結ばれ波打つ唇から覗く八重歯がむず痒そうに引っ込んだり出て来たりをくり返す。
甲斐甲斐しく肌触りの良い絹の白いハンカチで玉の汗を拭き取るカミキリの手を東雲が半分瞼を閉じた目で追う。自分の指よりも長く大きくなってしまった筋と血管が浮かび上がっている力強い手に宿る優しさと繊細さ。
普段雑に拭いているのと対極にある肌を労わり痛める気が無い拭き方がどれくらい大切に思っているのかを如実に知らしめてくる。
だが、それは日常的に世話を焼いてくれるツヅミの手付きとは近くて遠いのを東雲は、どうせまた汗が噴き出る肌を拭き終わってハンカチを袖の下に入れ再び下腹部に腕を巻きつけたカミキリの確かな腕の力に身じろいだ。



住人達の容姿をとやかく言う性質ではない。されど、カミキリに置いては例外中の例外だった。なにせ一晩で容姿が著しく変わった彼を見た東雲が元気よく二度見したくらいだ。
見下ろしていた視線が今や逆に見上げなければカミキリと目が合わない成長っぷりに感嘆の声を上げた。
甚兵衛ではなく羽織袴に身を包むザ・和装男性。地面を掃き掃除する一歩手前まで長くなった白髪。特徴的だった大きな瞳は可愛らしさの中に凛々しさが増え、人間とは一線を画す不思議な魅力を漂わせる整った面貌は見る者全て振り返るほど。
随分美丈夫になったカミキリの成長を喜び祝う東雲にはにかんでいたカミキリの顔付きがやにわ引き締まったかと思いきや蒼穹にも負けない瞳に東雲を捉え見詰めた。
「僕、カッコイイ?」
「そらあ、どこに出しても恥ずかしくないくらいかっこいいぜっ」
モテそう?」
「あたぼうよっ。カミキリさん性格良いし仕事だってちゃんとしてる。私が言うのもなんだが、超優良物件間違いなし。いやはや、カミキリさんに愛される人は幸せ者だねェ」

「東雲さん──、僕と結婚を前提に付き合ってホシイ」

息子か弟の成長に感動して目尻に浮かぶ涙を拭う母親か姉のような仕草をしていた東雲の手を両手で包み込むように取ったカミキリは東雲から目線を片時も逸らさないで静かに告白した。
東雲とカミキリの髪の尾が微風に吹かれ靡き、風が止む頃に一拍置いてカミキリの言葉の意味を咀嚼し嚥下したあと東雲は誤魔化すように小首を傾げた。
さも何を言ったのか聞き取れなかったのを示す態度。
ただ、それで引き下がるほど遅すぎる思春期到来を乗り越えた齢500妖刀”神斬り”の付喪神は甘くない。
「あなた前に言っタ。僕が大きくなったラ付き合ってくれルって、恋人になっテくれるッテ」
「そ、そんなこと言いましたかなあ?」
下手くそすぎる口笛を吹き目を逸らす東雲にカミキリの追撃の手は止まらない。
「アレ嘘?」
「嘘というか、ありゃ言葉の綾ってやつで……
「超優良物件なんでショ?」
大概カミキリの耳と頬に朱が走り手汗が滲んでいるが、それでも東雲には負ける。ぶわっと火照った肌という肌は傍から見ても林檎のように赤く、手汗に置いては東雲自身が自覚するほどじっとり嫌な感じに湿っていた。
怪我の功名よろしくぬめついた手を鰻のように引き抜きたかったが如何せんカミキリの掴む力が強すぎた。
カミキリの決して離さない力が風を味方につけ、白い絹糸たちが東雲の身体を包み込む。ホットパンツから伸びる太腿、開放感溢れるオフショルダーなぞ艶のあるカミキリの髪が撫でるたびこそばゆさに身体をビクつかせた。
「僕のコト、キライ? スキ、じゃない?」
流れる風に乗って紡がれる懇願染みた言の葉。
寂しい夜を彷彿させる声音に東雲が足元に落としていた視線を徐々に上げ、脳裏に描いていた表情と大分違う神妙な面持ちに東雲は無意識にたじろいだ。
ゾッと身の毛がよだつカミキリのこの世ならざる魂まで魅了してしまう微笑。神性に耐性がない者が見れば一発で気が触れ狂い目が潰れる、そんな微笑を東雲はたじろぐだけで済ませた。

「分かった」

いつの間にか東雲の太腿や首筋、肩に頬を撫でていた白絹が解け、強く握り締められていた力が僅かばかり抜け手から籠っていた熱が逃げていく。
つと圧迫感が薄れた疑問の答えは、カミキリが半歩後退ったのを一拍置いて気が付いた。
「東雲さンが僕に惚れてくれるまで好きにナッテくれるまデ頑張ル」
どのタイミングだったからか。眩しいくらい純朴な好意を紡ぐカミキリの唇に目が行き、それがあまりにも真っすぐで居た堪れなくなり後頭部を掻き何度ものらりくらり躱していたツケが一気に来た。
変な期待を持たせてしまった大人の責任、大人であればその責任を取るべき、と。自分によく似た声が頭の中で響くのを「そんな資格なんかねェよ」ってさらに強い声で遮った。
茹っていた熱が冷まされ幾分かマシになったお陰で、片方空いている手の存在を思い出した東雲は両手で包み込んでいるカミキリの手を解き緩く手を肩まで掲げ踵を返す。
「ま、頑張れや。応援してっからさ」
軽く首を捻ってすぐさま前に戻してさも他人事のように振舞う東雲の顔に宿る何もかも諦めきった笑顔。
情けない八の字眉で形だけ笑う不甲斐ないさを糧に東雲は笑う。最後の最後に大人として強がったと思い込む滑稽で、きっぱり断ればいいのに断らない未練がましい己自身を嗤わずにはいられない。



……辛そうな顔」
心なしか切ないサンダルの音を響かせ遠のく東雲の背中。今すぐ追い掛けて後ろから抱き締めるのは誰にだって出来る。
それゆえカミキリの手を届かない距離まで離れてしまった背中に伸ばすだけに抑え──、
神の儚い人間を慈しみ庇護する欲と此度覚えたて苦しみも悲しみも辛さも分かち合いたいあなたの全てを欲しい自分に寄り掛かって欲しい想いが織り交ざって俄然カミキリのやる気を焚きつける。
「今度ハ僕の番」
救済は神の本業で領分、得意分野。それが想い人であればあるほど指の間から逃げていく砂一粒すら零さない。全部受け止め決して離さない離しやしない。
外堀埋メる……
カミキリは広げた掌を小指から順々に折り畳み胸に添えた。
他者からの好意を受け止めるのが不器用で存外臆病な逃げ癖のある想い人。近付けば近付いた分だけ仲良くなった距離だけ、決して超えてはならぬラインを勝手に決めつけ踏鞴を踏み決して乗り越えない愛おしい人。
手を掴んで引っ張ったり後ろに回って背を押してラインを越させるのは容易い。でも、それでは根本的な解決にならない。
東雲の意思でカミキリが伸ばした手を取らせ東雲自身の足で勝手に決めつけたラインを踏み越えさせなければならない。
「待ッテて」
ありもしない幻を掴んだ手にそっと唇を寄せ、浅く俯いた顔から上目遣いで狙いを定めるカミキリの宵闇色の瞳がうっそりと瞬いた。








東雲を下手に警戒させないためカミキリは以前と同様に振舞った。何てことないように取り繕った顔の下、油断していれば神としての性質 さがが出てしまうのを必死に抑え込んだ。
東雲の与り知らぬ所で東雲を狙う不埒な性別種別問わない手合い等を牽制し、僅かな隙を見逃さないで気遣いや頼り甲斐のある所謂いいところを見せるのに余念が無かった。屡々空回った素振りを見せ「まだまだ子供だな」と東雲の笑いと油断を難なく誘えたのを見計らい、カミキリは堂々404号室で以前の意趣返しに打って出た。
正座をしないで胡坐を掻いているカミキリを物珍しくしげしげと眺めていれば手招きされホイホイと東雲は自らカミキリの掻いた胡坐の中に腰を下ろしてしまった。
当初「でっけえ座椅子」なんてはしゃぎ寄り掛かっていた東雲が自分がしている意味と近さを知っても遅すぎた。見た目以上に逞しい腕が東雲の腹部に巻き付き後ろに引き寄せる。極めつけに──。
「今日暑イ僕で涼む」
低く響いて心地よい柔らかなカミキリの声音が敏感で弱い東雲の耳元をやわく舐めあげ、文句を言い掛けていた彼女の抵抗心自体を取り上げた。
普段豪胆で物怖じしないしゃんと胸を張って咲き誇っている向日葵が戸惑い恥ずかしがって俯く光景に後ろから眺め見つめている夜が顔を綻ばせる。



素知らぬふりをして東雲ごと座り直したカミキリが東雲の足の踏み場を自身の白い長髪で狭めた。強行突破をしようものならカミキリの髪を踏む事請け合い。物理的に逃げ道を塞がれてしまい東雲は赤らめた顔を隠さないで首を捻り訴えかけた。
「もう充分涼しくなった」
「ホント?」
「おう」
だから引っ付かなくて大丈夫。などと東雲が毅然として物申すのは織り込み済み。
そして、檻の見張りに直接檻の鍵を頂戴と中に捕らえた者から強請られ鍵をむざむざ渡す輩はそうはいない。
「僕寒い、大家サん温めて」
「───ッッッ」
ほぼ無かった二人の間にあった隙間を埋め抱き寄せるカミキリに東雲が短く息を飲む。
ぼやけるほど近い距離で伏せられた白い睫毛から様子を窺う深い青色に見惚れる寸前、我に返った東雲が抗議の声を張り上げた。
「こちとらさっきから熱いっての!! それに、」
「だったら僕マダくっ付いてた方がイイ」
「~~ッ!! だあ~~~ッッッ!!!」
ああ言えばこう言うカミキリに東雲が吠える。耳元で叫ばれ甲高い耳鳴りにカミキリの顔がやや顰められるも東雲を逃がす気は毛頭無く、東雲もまた諦めたようで強張っていた体を微かに緩め膝裏を抱いていた両手を両膝に置いた。
「手、触ル」
「ぬんっ」
念のため一言言ってから東雲を捕まえている腕の一本を解いた。
如何とでもなれ状態な東雲の生返事でさえ愛おしい。俎板の鯉を上手く調理するのは料理人の見せ所。開きたくなる掌の口を堅く噤み、東雲の細い手首に指先を這わせてそのまま彼女の右手の甲を包み込み互い違いに指を絡ませた。
東雲が振り解き拒まない気配に安堵の溜息を胸中零し、カミキリは東雲の手を少し浮かせ親指と掌で相手の手の甲と手の平をくすぐるようにゆっくり撫でていった。
他愛ないスキンシップ。一方通行なじゃれ合いにかこつけてカミキリが冷たさを忘れた自分の熱を東雲に伝播 うつしていく。丁寧に一本ずつ指の間、根元まで優しく触れなぞり擦る。この世に存在するありとあらゆる全てのものより丁重に尊く扱う。
「東雲さん」
柔く触り心地のいい東雲の手の甲を一度撫で微かに離れたカミキリの大きな掌が緩く開いた状態で天井を仰ぐ。
離れていった熱と感触に縋りたくてやにわ東雲が手を伸ばすも触れるのを躊躇い空に留まり、真直ぐだった指が完全に内側に丸まってしまう前にカミキリがもう一度東雲を呼ぶ。

「僕はあなたを決して独りになんかサセない。あなたを置いテ何処かに行ったりなんかしナい。あなたに降リ掛かる災い全て斬り祓う……。だから、この手を取って欲シい」

ぎこちなくカミキリの掌の上に置かれた東雲の手が自ら指を弱々しく絡めるのと同時に揃えた膝に顔を埋め耳を澄まさなければ聞き取れないか細い声で呟いた。
……私以外にもいい人沢山いっから、そっちにしなって
突き放す言葉の割に握り締める力が強まる東雲に「如何シテ?」とカミキリが問い掛ける。
二、三度言おうか言わまいか迷った挙句、震える唇で東雲は話し出した。



──自分と付き合った相手で生死を彷徨う程の事故や病気、とにかくヤバい目に遭うのをこれでもかって見てきた
──下手すれば今度は死んじまう……

──だから、カミキリさん頼むよ……

尻すぼみになって最後まで聞こえない悲痛な嘆きが東雲の華奢な肩を弱々しく戦慄かせる。
カミキリから手を振り解いてもらいたい甘えと不安が東雲の視界を歪めさせ下唇を強く噛み締めさせた。
心痛な面持ちで返事を待つ東雲に対してカミキリは眇めていた目を瞠り数度瞬かせたあと掴んでいる手をぎゅっとさらに握りしめた。
「東雲さんに僕ピッタリ」
思っていた返事じゃなくて素っ頓狂な声と顔を上げた東雲の視界いっぱいに映り込むふんわりと笑うカミキリに東雲の胸の中で色んな感情が綯い交ぜになった。
「子供なのト、その理由以外僕があなたと付き合っちゃイケナイ理由ある?」
……
「ナラ問題ないっ!」
むっふー、と。自信たっぷり満足気に笑うカミキリに東雲は一旦頭を抱えたい衝動を横に置き慌てふためきながらも言葉を紡いだ。
「私と付き合ったら死んじゃうかも……
「死ななイ」
「死ななくても酷い目に遭うかもしんねェし……
「そうイうの祓うノ得意、任セて」
でも……っ」
「さっきと変わラない。僕、あなたから離れて行っタりシナい。永久 ずっと一緒。だから東雲さんあなたの恋人ニしてクダさい。そして、ゆくゆくは僕に輿入れシテください」
既に途中から涙ぐみ潤んでいた瞳から堰を切るように大粒の涙が東雲の頬を伝い顎先から落ちていく。
せめて、大人の矜持で上げたくなる声を押し殺し厚く逞しいカミキリの胸板に縋るように抱き着いた。到底見せられない顔を見られたくない気持ちも確かにあった。あったがそれ以上に心の奥底で求め欲して止まない頼りにしていい寄り掛かってもいい安心感に東雲は包まれたくて仕方なかった。
「東雲サんの幸せが僕ノ幸せ。あなたが今まデ望んでいタこと我慢してたコト全部一緒にシテいこ?」
するゥ~……
東雲の手を引っ張るでも、はたまた後ろに回って背中を押すでもない。
東雲が恐々伸ばした手が二度と離さないくらい自分の手を強く握ってくれるこの時をカミキリは待ち焦がれていた。掴んだ手を一生離す気や掴んだ事を後悔させる暇も隙も無い。疎ましく思ってしまうくらいたっぷりの愛情を注いで無条件で愛されてもいいのをその体と心、魂に覚えさせる。その資格が東雲にはある。
淡い東雲の香りが鼻腔を擽る近さにまだ慣れなくて眩暈が起きそうになってしまうが、一先ず……











「はじめにこれって、ちょっと違くない?」
「そんなことナイ」
東雲に出会ってから好きになった洋菓子色の髪をブラシで優しく梳き、一房一房手と指で愛でながら赤い飴玉のような髪飾りが付いているヘアゴムでいつ時かのように二か所高めの位置で括った。
世間一般的な女性らしい髪型や服装特にスカート系は似合わない。東雲本人自嘲して遠ざけている節があるがカミキリは「そんなこと絶対無い」と言い切れた。女性的な恰好が似合わないって思っているのは当人だけ、なんならマンション住人全員満場一致で「似合う」の札を上げるのは火を見るよりも明らか。
その格好を嫌いでしないのと、似合わないと思い込みしないのとでは話が別。ゆっくりで構わない。怖がっているものが実は全然怖くないって思えるまで傍にいて手を握り続けよう。ブラシで整えた金色の尾を恭しく掌で掬い溢れて出てしまった愛おしさを東雲にバレぬよう唇に乗せ落とした。
「後ろ振り返ってクレる?」
期待に満ちたカミキリの声に不承不承振り返る東雲は自信なさげに俯き、その顔は似合っていない照れ恥ずかしさで真っ赤に染まっているのをまともに正面から喰らったカミキリはその可愛さのあまり東雲以上に顔を赤らめ汗が噴き出した。
限界まで縮まった瞳孔と瞠った目。所なさげに浮いている手からブラシはとっくに落下して白い海を揺蕩っている。空気を求める魚のように口をパクパクさせるだけで肝心の言葉が言葉未満の泡沫になって弾け飛ぶ。
そんなキャパオバになっているのをつゆ知らず、無言で停止しているカミキリに「ほら、やっぱ私にこういうのは似合わないんだって」と乾いた笑い声を零しつつヘアゴムに手を伸ばす東雲の手を正気に戻ったカミキリがすかさず止めた。
そして、長い深呼吸をして昂った気を落ち着かせ以前誤解を招いてしまった想いを腹の底から言い放った。
「可愛いッ! 似合っテるッ! 可愛イッ!」
ついで所なさげに漂っていた手でしっかり東雲の肩を掴み狼狽えている東雲の夜明け告げる瞳を半ば据わった真夜中の眼差しで射抜き。
「一生そのままでイて」
「いや無理だろ。風呂とかあんし」
口走った純粋すぎる要望が呆気なく現実的な訳で叩き落とされ、早々に壁の隅に行き拗ねるというのをやってのけたのだった。