紫輝
2024-04-27 08:47:41
2418文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】口を滑らせた話【原神】

茶席で口を滑らせた公爵と最高審判官の話です。それぞれのお話は繋がっていません。折本として配布していたものの再録です。折り紙して下さった方ありがとうございました!



*茶席で口を滑らせた最高審判官の話

 かの公爵が向けてくれるものは何でもあたたかくて好ましい。
 例えば、自分を呼ぶ声。
 例えば、その眼差し。
 例えば、読まずともわかる、慈しみの籠った紅茶。
 細やかな「好ましい」は、水が杯を満たすように身の内に降り、積もり、ある日不意にこぼれた。
「好きだ」
「え」
「あ、」
 言葉が空気を揺らした瞬間、カップを傾けていた彼のフロスティブルーの瞳が丸く見開かれるのに、もしかしてこれは口を滑らせたというやつなのでは、と思い至る。
 カチン、とカップがソーサーに帰る音がして、丸くなっていた瞳が細まり、その口が開いた。
 そこから流れ出てきたのはカップの中で揺れる紅茶の話だ。産地が何処で、収穫はいつで、合わせるならこれこれこういう菓子がいい。湯の温度にうるさい気難しいやつだが俺の気に入りなんだ。
「あんたの口に合ったなら嬉しいよ」
 締めの言葉を聞き届けるまでに、自然と眉が寄っていた。
 真実紅茶のことだと信じて疑っていないのかもしれないと思いはしたが、であれば紅茶のことかと首を傾げるはずだ。少なくとも自分の知るリオセスリという男はそういう男なので。
 彼のことだから聞かなかったことにしてくれようとしているのかもしれない。世間一般の自分たちのような関係性の者たちであれば、先の言葉は築き上げてきたそれに一石を投じるものであるので。
 理解はできる。理解はできるが、納得はできなかった。
 拒絶は悲しいが許容できる。人の心だ。この世界の全ての水を司る存在だからといって思い通りになるなどという傲慢は いだいていない。
 けれど無かったことにされたくはなかった。受け容れてくれなくてもいい。受け止めて欲しかった。
「私の言葉は君に向けたものだ」
 寄った眉のまま、彼へと投げた声は大人気なくも拗ねたような色を帯びてしまった。呆れられたくはないのだけれど、どうしようもなく悲しくて寂しくて腹が立つのだから仕方がないと開き直ることにする。
 はあ、と大きな、ため息ひとつ。
 彼が立ち上がり、ぎしりと沈む隣。
「諦めるつもりだったんだがなぁ
 するりと頬を撫でられて、ぽつり落ちる独り言。
「私に関することを、私に諮らず諦められては困る」
 拾い上げて反じれば、公爵はくつりと笑う。
 頬に触れていた指が首筋を滑り、首裏を撫で上げて。
「悪かった。本気で口説きに行くからそのつもりでいてくれ」
 ぐいと引き寄せられた胸の内で、耳元に吹き込まれる声を聞く。背筋を撫で下ろされるような、凄絶な色香のある声だった。
「では私は本気で口説かれるつもりでいればいいのだな」
 去勢を張ってはみたものの、我知らず抜けた腰も震えの隠しきれなかった声音もきっと彼には気づかれている。けれど構わなかった。だって口説かれる準備をしているのだから。
 そうしてくれと笑う彼の腕の中、抑えきれず浮かんだ笑みは期待の色をしていた。