紫輝
2024-02-23 08:07:49
6704文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】その『お作法』を投げ捨てろ【原神】

ヌ様に恋愛相談されて心で泣きながらアドバイスするセスリ殿の話です。かっこいい公爵はいません。すみません。こんなあらすじですがいつものリリカルほもです(言い方)
書いてる最中セスリ殿にあまりに申し訳なくてずっと胸がギリギリいってたんですが、当事者の公爵がヌ様を愛しすぎててその辺り全部不問にしてしまったので2ページ目に後日談を足しました。空くんとお茶会する二人の話です。

 時として。
 『お作法』などに拘らないほうが簡単に済む話というのはあるものだ。

 陽光差し込むパレ・メルモニア、四階の執務室である。
 折り入って相談があるのだが――これは職務とは関係のない事なのだが、と前置いた最高審判官様からの珍しい申し出に、俺で力になれることならと即答し(てしまっ)た事を、リオセスリは後悔していた。
 曰く、「好いた相手に想いを伝えようと思うのだが、初めての事ゆえ作法がわからない。どのようにしたらいいだろうか」。
 まさか公正無私たる最高審判官様に恋愛相談を持ちかけられるとは思わなかった。あんたにも春が来たんだな、なんて軽口を叩いて。お相手はどんな人だい? あんたが惚れるんだから素晴らしく魅力的な人なんだろうな。一体どんな人なのか聞いても? その上で最も効果が高そうな方法を提案させてもらうとしよう。
 ――そんな風に言えたなら、どんなによかっただろう。
 その『相談』を聞いた瞬間、世界の音が消えて、心臓が嫌な音を立て、ひゅ、と喉が鳴った。手にしたティーカップにヒビを入れないよう自制するのが精々の、実に情けないザマが現状である。
 惚れている相手に。
 こんな事を持ちかけられたら。
 普通の人間はこうなると思う。
 だってそうだろう。この瞬間、自身の恋が破れるのが確定したようなものなのだから。
「突飛な事を口にしてすまない。だが私には君しか頼りがおらず
 カップを撫でながら告げられる言葉に、常であれば舞い上がっていただろう。年甲斐もなく。
 初めてのことゆえ、と紡いだ声が遅ればせながら襲ってきて、千年生きる水龍様が初めて心を寄せた人間がこの時代にいるのか、と、考えるだけでため息をつきそうになった。自分だったらよかったのに。浮かびかけたあまりにも分不相応な想いの欠片は即座に握り潰す。
 カップをソーサーへ戻し(これ以上手にしていたら本当にヒビを入れてしまいそうだった)、一度静かに深呼吸する。沸騰しかけた頭に氷元素を回すように。
「最高審判官様に頼られるとは嬉しいね。任せておけ、と言いたいところだが
「が?」
「そもそも好いた惚れたを伝えるのに作法なんてない。自分がどれだけ相手を想ってるか、それを伝えればいいだけさ。そういう意味では、あんたの役には立てそうにないかな」
 ヌヴィレットの口ぶりではお相手とはそれなりの関係を築いているのだろう。このひとが、アプローチをすっ飛ばして告白に至るとはちょっと考えがたい。時として予想もつかない事をやるひとだから可能性はゼロではないけれども、人の営みをよく観察して学ぼうとしているひとだからそれが『一般的には』珍しい事であるというのは理解しているはずで、であればそれこそまず「諸々すっ飛ばして告白しようと思うのだが」という相談が飛んでくるはずだ。どちらにせよ胸の痛い仮定の話を強制終了して曖昧な笑みでそう答えると、ふむ、とヌヴィレットは呟く。
「恋文、なるものはその過程でしたためられるのだな。だが意図が正しく伝わるような文章を書ける自信がない。であれば対面が最も適切かと思うが」
 まだ続くのか。こちらを見つめる宝玉の瞳の、言葉にされない「君はどう思う」に吐き出しかけたため息を飲み込む。勘弁して欲しい。今すぐ水の下に帰りたいくらいの気持ちだというのに。
そうだな。認識の齟齬による誤解の発生を最小限にするには対面が一番だろう」
 少なくとも会話が成り立つ相手とのやり取りなら、言葉を尽くせばなんとでもなるだろう。どちらに転ぶにせよ。
「あんたの真面目さは誰もが知るところだ。目を見て好きだと言えば疑われることなんてないさ」
 まあ衝撃で固まりはするだろうが。ああいや、このひとが告白しようとまで思う人間(人外ならそもそも自分のところへ相談など持ち込まないだろう)が相手ならそれすらスマートにいなしてしまうのだろうか。それはそれで気に入らない。もっと噛み締めろ、僥倖を。
 名も顔も、なんとなれば存在すら今日まで知らなかったヌヴィレットの想い人に脳内で悪態をつきながら投げやりな空気が出ないよう努めて口にした『アドバイス』に、ヌヴィレットはこくりと頷く。
「対面で、目を見て、だな」
 復唱する彼は真剣そのものだ。これがヌヴィレットでさえなければ笑って激励の一つもできるのに、と思う。
 このひとの想いが届いたとして(このひとを袖にする人間がいるとは信じ難いけれど)、真面目なこのひとは顛末を報告してくれるだろう。その時笑っておめでとうと、良かったなと言えるだろうか。
 『特別』ができても、時々アフタヌーンティーくらいには付き合ってもらえるだろうか。
 敗れた恋を抱えてビジネスパートナーでいるのは正直かなり辛いなと、明日以降の事を考えて気が重くなる。今日は紅茶にたっぷりブランデーを入れよう。それは紅茶のブランデー割りなのよとシグウィンに叱られるだろうが今日ばかりは許して欲しい。仕事相手に失恋したので辞めますなどと言える軽い立場ではないのだ。今の仕事に責任も誇りもあるし、何よりこのひとに与えられた爵位に恥じるような事はリオセスリにはできない。
まあ、あんたが本気で告白して落ちない人間はいないだろうさ。あんたは魅力的なひとだから」
 悩んで、迷って、結局。
 口にしてしまった。ヌヴィレットの背を押す言葉を。
 存在も知らない誰かと寄り添うことでこのひとの背負うものが少しでも軽くなるのなら。
 人の世で生きるこのひとが安らぎを得られるのなら。
 その方がいい、と、思ってしまうくらいには拗らせてしまっているのだ。それが自分の隣だったらいいのに、なんて、もはや儚く消えた望みは今日を最後に墓まで持っていくと決めた。
 ぱちりと、階調の瞳がまたたいて、そして。
そうか。私は君の目に魅力的に映っているのだな」
 笑顔が咲いた。
 メリュジーヌ達に向けるのとは違う、歓喜の滲んだそれは。
 ――それを向けられるべきは、きっと自分じゃない。
 このひとはリオセスリを人間の基準としているところがある、から。物差したる自分にそう見えるのならと、そう判じたのだろう。
 きっとそれも今日までだ。次に会う時には物差しなど必要なくなっているはずだから。そう思えば名残惜しさがなくもない。嘘だ。それはもう名残惜しい。『予言の危機』を乗り越えて、人の世について前向きに学び始めたこのひとに振り回されるのは心地良かった。師として選ばれた事に密かに喜んでいたりしたものだ。
 紅茶に吹きかける呼気にため息を隠して吐き出し、口にしたそれはやっぱりとっくに冷めかけている。ぐいと煽って、暇乞いをしようと吸った息は。
 すいと立ち上がり、傍らへやってきて、片膝をついたヌヴィレットの姿になんの音にもならずに身体を巡ることになった。
 階調の瞳がこちらを見上げ。
 レインボーローズの花びらを押し当てたような唇が紡ぐ。――好きだ。
 音の羅列を単語と認識して。その意味を解して。
……うん。いいんじゃないか、シンプルで」
 絞り出した声は震えていなかっただろうか。正直上手く笑えている自信が欠片もない。
 何が楽しくて想いびとの告白の練習台にならなければならないのだろう。罪は清算したつもりでいたが足りなかったのかもしれない。戻ったら生産作業にでも従事しようか。水の下に帰ってからの予定をひたすら考えて平静を保つ。そうでもしていなければもう勘弁してくれと声を上げてここを飛び出してしまいそうだった。「お友達」の席くらいには座っていたい自分としては、ここでそんな失態を犯すわけにはいかないのだ。
 リオセスリの講評に、手を加えているはずもないのに美しい曲線を描く眉が寄る。
 何かを考えるように黙したヌヴィレットは、徐にその手を伸ばし膝の上で握り込まれていたリオセスリのそれに触れる。両の手で包み込まれれば、確かな温度を感じて眩暈がしそうだった。
「ずっと君を想っていた」
 ヌヴィレットが再び口を開く。
「どうか私を、君の隣に置いてほしい」
 玲瓏なる声音が紡ぐその言葉に、今度こそ取り繕いきれずに自由な片手で顔を覆った。
 アドリブ力がエグい。
 そんな提案はしていない。
 これで落ちない人間がいたらそれはもう人間じゃない。心の無い何かだ。
 今からこれを受けるのだろう誰かが羨ましくて、妬ましくて、このひとの隣に選ばれなかった事が悔しくて、悲しい。
 諸々諦めて、深く、大きく、ため息をつく。これに。これを。どう評しろと言うのか。
 黙りこくるリオセスリの鼓膜を、微かに震える声が揺さぶる。
 まだ伝わらないか。
 背を押してくれたのは君なのに。
 思わず上げた目線の先のヌヴィレットは見てわかるほどに気落ちしていた。
「確かにあんたが本気で云々とは言ったが。何も俺で試さなくてもいいんじゃないか? そんなことしなくても、」
 つと、執務室が一段暗くなる。どうやら日が陰ったようだ。フォンテーヌの空模様は時としてこのひとの心情を映すらしい。今がそうなのだろうか。取られたままの手を取り戻す事もできず、肩を落とすそのひとを見つめながら心中で天を仰ぐ。だったとして、何で曇るんだ。曇りたいのは自分の方だ。
「君が君に効果が無ければ意味がない。この想いを伝えたいのは君なのに」
 俯いたそのひとの唇からぽつりと落ちた言葉に。
…………は?」
 渾身の一文字が、空気を揺らした。
 俺のさっきまでの懊悩はなんだったんだ、とか。
 順番をすっ飛ばすどころの話じゃないだろ、とか。
 とりあえず立ってくれ、とか。
 言いたいことはそれはもうたくさんあったけれども。
 そんなものは全部、今心を占める歓喜の前では瑣末ごとなのだ。
「さっきのもう一回言ってくれるか」
 細く、長く呼吸して心を落ち着けてから、強いて内側へ通さないようにしていた言葉達を再度請うと、ぱっと顔を上げたそのひとは困ったように首を傾げる。
「さっきと言われても、どれのことだろうか」
「どれでもいいよ。あんたから見て一番俺の感触がよさそうに見えたものでも、あんたが一番伝えたいことでも」
 今度はそのつもりで聞くから。続く言葉は胸の内にしまう。
「一番伝えたいこと……
 ぽつりと呟いて目線を落とし、何やら悩んでいるヌヴィレットの考えがまとまるのを待ちながら耳を澄ませる。次の言葉を、間違いなく自分に宛てて紡がれる想いを、聞き漏らすことのないように。
 取られたままの手が引き寄せられて胸に抱かれる。
「君の、一番近くにいたい。この先ずっととは言わない。少しの間だけで構わない、から、」
 震える音が織り上げる声が、辿々しく空気を揺らして。
「君の隣に、いさせてくれないだろうか」
 おずおずと上げられたうつくしい瞳の、そこに宿る煌めきに今度こそ真っ直ぐに貫かれる。湧き上がった衝動を押し留めることは、今度はしない。取られていた手でその手を握り返し、そのひとを胸の内に引き寄せた。
「ほんとアドリブ力がえげつないんだよなぁ
「リオセ、」
「ヌヴィレットさん」
 呼ばれかけた名を、呼びかけで遮る。
「嬉しいよ。俺の命がある限り、俺の隣はあんただけのものだ。好きだよ」
 びく、と閉じ込めた身体が震えて、躊躇いがちに背中に回ってきた腕が服を掴んだ。
君の言葉はいつも真っ直ぐ私に届くのに」
「言ったろ。そもそも作法なんてないって」
 私はこんなにも不甲斐ない、と、耳を赤く染めたヌヴィレットがもごもご呟くのに、真面目過ぎて回り道しちまってただけでちゃんと届いてたよと笑った。